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竜がいた国『パプリカ王国編』
ママぁ! ママ、ママぁぁあああああ!
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「ママぁ! ママ、ママぁぁあああああ! 愛してる! 愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる! 愛してるよママあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
まるで母性に飢えた幼児のように甘えながらドッペルフは愛を叫んでいた。
シャボン玉の中で横たわり眠るアンリエッタの姿がドッペルフの目の前にあった。ドッペルフとアンリエッタは薄く白い生命線で繋がっており、へその緒で繋がった母と子のようであった。
ドッペルフはアンリエッタの胸や腹部に顔を埋めて擦り付けている。時折り深く深く息を吸い込み、数秒だけ息を止めて「んぶはぁ!」と一気に息を吐いてを繰り返している。興奮しているドッペルフは無我夢中で自分の世界に浸りきっていた。
──その光景を少し遠くから顔をゆがめて見ている少女がいる。
「うげぇ……、見ちゃいけないものを見てしまった気がするっス……」
飛行船まんまるマンボウ号の中、双眼鏡を覗きながらフィオがつぶやいた。
現在フィオはキールか、復活したミド、あるいは両方が来るのを待っている。キールがミドを助けている間にフィオは王家の墓にマンボウ号で先に来ていた。
キールによると、ミドの女神の能力『森羅』が覚醒した結果があるはずだという。どうやらそれがパプリカ王国に広がる炎を消すカギのようである。放火魔の張本人であるフィオにとっては重要なことだった。
たしかにフィオの目の前には王家の墓の塔の代わりに、突然現れたかのような巨木が聳え立っていた。巨木は地面から水を吸い上げているのか、王家の墓を囲む湖の水はほとんど枯れたように無くなっていた。生い茂る巨木の頭上には赤黒い渦が巻いている。
「マジでヤバいっスよ。世界の終りみたいな光景っス……」
フィオはどうすればいいのか分からず、ただ待つしなかった。
するとドッペルフの動きがピタリと止まった。覗いていたフィオはピクリと驚きながらも観察を続ける。
「………………蝿が一匹いますね」
胴体を微動だにせず頭部と首だけをぐるんと回してドッペルフが言う。そのまま口を開くと真正面に球体の炎弾が膨れ上がる。
「ひぇっ!!!??」
フィオはドッペルフと目が合ってしまい、驚いて双眼鏡を落としてしまう。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
「んぎゃあ!」
ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
次の瞬間、まんまるマンボウ号が大きく揺れ、フィオが尻もちついて転んでしまう。船内に警告音が鳴り響き、船が外から攻撃されたことが分かる。
「ちょちょちょちょちょちょおおおおおおおおお! いきなり撃つとかアイツ、マジ意味わかんないっスうううううううううううう!」
フィオはお尻を押さえながら慌てて立ち上がってマンボウ号のハンドルを握る。どうにか体勢を立て直そうと足搔くが操縦が効かない。致命傷ではないと判断したフィオは不時着を決意した。かろうじてまだ残っている湖の水の上にマンボウ号を下ろすことにしたようだ。
不穏な黒い煙を立たせながら、マンボウ号はゆっくりと旋回しながら下降する。そのままマンボウ号は湖の水面を滑るように沈んでいった。マンボウ号は水面に浮かんだ状態で止まる。
ガチャン!
するとマンボウ号の屋上の扉が開いて中からフィオが飛び出してくる。
「あああああああああああああ! あーしの可愛いマンボウ号ちゃんがあああああああああああああああああ!」
マンボウ号の横っ腹に付けられた巨大な凹みと傷を見てフィオが泣き叫ぶ。
ドッペルフは「ふんっ」と鼻で笑うと、再びアンリエッタに振り返って微笑む。
「計画は順調に進んでいるよ、ママ。もうすぐ目覚めさせてあげるからね」
ドッペルフがパプリカ王国全土に顔を向けて嗤った。
「おっと、亡霊どもの記憶を改変するのを忘れていました」
パチン!
ドッペルフは片手を上げて指パッチンをする。どうやら今のが亡霊に変えた国民たちの記憶を改変する合図のようだ。亡霊たちは雷にでも撃たれたかのように痙攣し始める。目玉をグルグル回る亡霊や、舌を出してピクピクしている亡霊など様々だ。
このままでは計画通り、すべてドッペルフの都合良いように記憶を書き換えられていくのだろう。するとドッペルフが言う。
「これで下準備は完了。……と言いたいところですが、その前に“存在していてはいけない者”を削除する必要がありますね」
ドッペルフが見下ろす。その先には大樹の木の枝の上で息を切らせているマルコがいた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「おや? もうあの雑草の男を背負ってないのですね。まぁ、そんな弱点になりうるものを持ってくるはずがありませんね」
マルコはミドの本体を背負っておらず、深手を負ったキールの元に置いてきたようだ。当然だが鴨が葱を背負って来るようなことはしない。再びミドが生命線を握られて意識を失うリスクはあるが、ミドも二度同じ手にかかるほど馬鹿ではない。
それに生命線を握られると意識を失ってしまうという弱点は現在ではドッペルフも同じである。ドッペルフはアンリエッタのお腹の中の赤ちゃんと生命線で繋がっているのだ。ミドにそれを握られればドッペルフも意識を失ってしまうだろう。ドッペルフもそれを阻止するだろう。
するとドッペルフがマルコに向かって言う。
「少々邪魔はありましたが、軌道修正すればいいだけです。私の計画は順調に進んでいますよ、マルコ王子。パプリカ王国の国民の記憶も先ほど書き換えが完了しました。国王殺しの犯人であるドッペルフという男は死に、王妃のアンリエッタ様には、国王の“正式な第一子”が生まれるのです」
「お母……さん!」
「違います。私のママです」
「ふざけるな!」
「お腹の子の名前も、もう決めてあるんです」
マルコはドッペルフを睨みつけるがドッペルフはそれを無視をしている。そしてアンリエッタのお腹をさすりながらドッペルフが言う。
「この子の名前は『マルコ』。マルコ・パプリカです」
「な!?」
「そして私がこの子の体をもらう。私が新しい『マルコ王子』として生まれ変わるのです」
「なんで、何でボクと同じ、『マルコ』なんだよ?! お前、お前おかしいよ!?」
動揺するマルコに対してドッペルフは優しそうな声色で言う。
「本当はね……私は羨ましかったんですよ。何の努力もせずに、アンリエッタ様の愛を無条件で受けられるあなたが……羨ましくて、羨ましくて、羨ましくてしょうがなかったんだよッッッッッッ!!!!」
ドッペルフが突然怒鳴りだす。マルコも肩をびくっと震わせて驚く。するとドッペルフは興奮しながら言う。
「産まれるのが楽しみだなぁ、早くママのおっぱいを飲ませて欲しいですよぉ……」
ドッペルフは両手で自分の肩を抱き締めながら、唇を「ちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱ」と音を立てて吸いながら言う。すると急に冷静な表情で顔をゆがめているマルコに語り掛ける。
「今まで辛かったでしょうマルコ王子。酷い差別を受けて……少し前までは自殺まで考えていたではありませんか。もう心配いりません、私があなたに代わってマルコ王子になります。だから──」
ドッペルフは微笑みながら言った。
「早く死ねよ」
──ズン!
ドッペルフがマルコの心臓を抉り取ろうとする。しかし寸前で止まってつぶやく。
「……また、あなたですか」
「悪いね。マルコを殺すのは、ボクの仕事だから」
「──ッ」
「おっと! 危ない危ない」
ミドがドッペルフの腕を掴んで言う。するとドッペルフがミドの生命線を掴もうとした。ミドは瞬時に身を引いて後方に飛ぶ。マルコもミドと同様に後退した。
ミドの生命線を掴み損ねた片手を下ろしてドッペルフはミドに言う。
「もうやめにしませんか? マルコ王子の味方をして、あなたに何の得があると言うんですか?」
「………………」
「あなたも知ってるでしょう。マルコ王子が死にたがっていたことを」
ドッペルフがマルコの自殺願望について言及する。
確かにその通りだ。元々の出会いは、マルコが飛び降り自殺をしようとしたところをミドたち、正確にはフィオが助けたのがきっかけだ。緑髪の死神に「自分を殺して欲しい」と依頼しようとしたのも自殺願望からきている。
ドッペルフはミドに言う。
「どうせ死ぬ命です。あなたの仕事を代わりにやってあげようというのですよ。何の不満があると言うんですか?」
「ボクは狙った得物を逃したことはほとんどない。仕事を横取りされるのは不愉快だ」
「なら今すぐ殺したらいいじゃないですか。どうして殺らないのですか? 私としてはマルコ王子が消えてくれるなら誰が殺っても同じなんですがねぇ」
「今マルコに死なれると困るんだよね~。全財産がパーになっちゃうから」
忘れていると思うが、ミドはパプリカ王国の周辺にあるココナリ村で全財産をある男に預けてある。男は迷いの森からマルコを生きたまま連れて来いと言った。約束を破ったら預かっているお金をすべてもらうという決まりである。ドッペルフもアンリエッタのフリをしてマルコに憑りついているときに盗み聞いていたはずだ。
ドッペルフは思い出したような顔をすると、ミドを見て言う。
「ああ~! ……つまり、あのココナリ村の男から全財産を返金して頂いた後でマルコ王子を殺す……ということですか?」
「そういうこと。だからマルコは、“まだ”殺させない。だからボクの仕事の邪魔をするお前も、緑髪の死神の標的になる」
「なるほど、あなたの事情は分かりました。お金目的ですか、私の愛と違って汚れた理由です。しかし、それでは私も困るんですよ。これから生まれてる我が子……もとい、生まれ変わる私にとって『マルコ』という人物は二人も存在してはいけないのですから。マルコ王子には今すぐ死んでもらいたいのです」
「じゃあ交渉決裂だ。先にお前から殺すことにする」
「ふっ! どうやってですか? 分かってると思いますが私は無敵です。亡霊は傷つき痛みを感じることはあっても、死ぬことはありません。だってすでに死んでるんですからねぇ!」
「さ~て、それはどうかな~」
「なんだと……?」
ミドが飄々と不敵に笑う。ドッペルフは信じてはいない様子だが、ミドの表情に気持ち悪さを感じているようだ。
「どうする気ですか? ミドさん」
マルコもミドの態度が気になって問いかける。するとミドはマルコにだけ聞こえるように言う。
「アイツを殺す方法が一つだけある」
「え」
「実は、さっき思いついたんだけどね」
ミドが言うとマルコが驚いて問い返す。すると申し訳なさそうに笑いながらミドは言った。
「先に謝っておくよ。ごめんね、マルコ」
「え? 何を謝るんですか??」
ミドが突然謝罪をして、マルコが困惑するが、ミドは構わず話を続ける。
「マルコはアイツを気絶させてほしい」
「どうやって……」
「大丈夫。ボクがアイツを挑発して注意を引くから、そのときに──」
ミドが囁くとマルコは目を少し見開いて、そして悲しそうな複雑な表情をする。そして小さく頷いた。
するとドッペルフが言う。
「無駄だというのが分からないんですか!? もう私の計画は完了段階なんですよ。あなたたちが束になっても私を殺すことはできないッッッ!」
「確かにボクはお前を殺すことはできない。霊体に触れることはできても、すぐに傷が治っちゃうんじゃあ意味がない」
「それが分かっていて、これ以上なにをするというんだ!」
「簡単な話だよ。亡霊を殺せないけど生物は殺せる。ドッペルフと繋がってる“新しい生命”は、ね」
ミドはそう言うと、ゆっくりと目線を上げていく。その先にはアンリエッタの姿があった。ドッペルフは一瞬でミドが何をするつもりかを察したのか両目を見開いて叫ぶ。
「まさか!? 貴様あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
ミドの足が大樹と根っこのようなもので繋がっており、激しく脈打っており、まるでエネルギーを吸収してるように見えた。するとビリヤードを撃つように木偶棒をアンリエッタに向けて構えたミドが言った。
「さ~て問題です。妊娠の中絶は医者がすれば『医療行為』ですが、元殺し屋がしたら何と呼ばれるでしょうか?」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! ママに触るなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
ドッペルフが慌ててミドに突撃して叫び、ミドを殺そうと動いた。その速度は一瞬でミドの背後に回ろうかという速度である。
「──!?」
ドッペルフがミドを刺そうとしたその時、一瞬目の前が真っ白になる。かろうじて背後を見ると、そこにはドッペルフの生命線を両手で掴んでいるマルコの姿が見えた。
ミドは気を失いかけているドッペルフに飄々と、そして不敵に笑いながら言った。
「正解は『殺人』でした~」
そしてドッペルフは白目を剝いて気絶した。そしてミドが容赦なく叫んだ。
「貫け木偶棒! ──死神の狙撃──」
ギュオンッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!
木偶棒は時速一二〇キロはあろうかという速度で上に伸びて行く。
そして狙撃するかのようにミドの木偶棒はアンリエッタの下腹部を貫いた。アンリエッタの子宮を突き破るように飛び出した木偶棒は胎児の霊体も一緒に押し出すように外に飛び出す。急激な速度で貫かれ、これから産まれるはずだった新しい生命は一瞬でその命を絶たれた。
「お母さん!」
マルコはアンリエッタの体が貫かれたのを見て動揺し、ドッペルフの生命線を離してしまう。
「──はっ?!」
ドッペルフは意識を取り戻すと瞬時に周りを見渡して状況を確認する。
そしてアンリエッタのお腹がミドの木偶棒に貫かれて、彼の受け皿となるはずの胎児が殺された瞬間を目の当たりにした。
胎児の霊体が消滅すると、繋がっていた生命線が、まるで導火線に火がつけられたかように連鎖反応的に消滅していく。
ジュジュジュジュジュジュジュジュジュジュュジュジュジュジュジュ。
燃えて灰になるような音を響かせて生命線が消滅していく。当然だがその先にはこれまでの厄災の元凶である亡霊がいる。彼は泣き叫びながら言った。
「嫌だあああああああああああああああああああああ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 私は! 私はアンリエッタの子として生まれ変──」
逃れられない生命線の消滅に抗うことができず、最後の言葉も言い切れないままにドッペルフは消滅していった。
そこには跡形も残らず、最後の灯はあっけなく消えていった。
「ミドさん!」
「戻れ、木偶棒」
ミドの勝利を確信したマルコが言う。するとミドが木偶棒の長さを戻してつぶやいた。
「これで、ようやく終わった……かな?」
ミドが口角を少しだけ上げて笑った。そのままリラックスするように全身の力を抜いて、抜いて……いや、これは──。
──プッツン……。
「あ」
その時、ミドの生命線が切れた──。
まるで母性に飢えた幼児のように甘えながらドッペルフは愛を叫んでいた。
シャボン玉の中で横たわり眠るアンリエッタの姿がドッペルフの目の前にあった。ドッペルフとアンリエッタは薄く白い生命線で繋がっており、へその緒で繋がった母と子のようであった。
ドッペルフはアンリエッタの胸や腹部に顔を埋めて擦り付けている。時折り深く深く息を吸い込み、数秒だけ息を止めて「んぶはぁ!」と一気に息を吐いてを繰り返している。興奮しているドッペルフは無我夢中で自分の世界に浸りきっていた。
──その光景を少し遠くから顔をゆがめて見ている少女がいる。
「うげぇ……、見ちゃいけないものを見てしまった気がするっス……」
飛行船まんまるマンボウ号の中、双眼鏡を覗きながらフィオがつぶやいた。
現在フィオはキールか、復活したミド、あるいは両方が来るのを待っている。キールがミドを助けている間にフィオは王家の墓にマンボウ号で先に来ていた。
キールによると、ミドの女神の能力『森羅』が覚醒した結果があるはずだという。どうやらそれがパプリカ王国に広がる炎を消すカギのようである。放火魔の張本人であるフィオにとっては重要なことだった。
たしかにフィオの目の前には王家の墓の塔の代わりに、突然現れたかのような巨木が聳え立っていた。巨木は地面から水を吸い上げているのか、王家の墓を囲む湖の水はほとんど枯れたように無くなっていた。生い茂る巨木の頭上には赤黒い渦が巻いている。
「マジでヤバいっスよ。世界の終りみたいな光景っス……」
フィオはどうすればいいのか分からず、ただ待つしなかった。
するとドッペルフの動きがピタリと止まった。覗いていたフィオはピクリと驚きながらも観察を続ける。
「………………蝿が一匹いますね」
胴体を微動だにせず頭部と首だけをぐるんと回してドッペルフが言う。そのまま口を開くと真正面に球体の炎弾が膨れ上がる。
「ひぇっ!!!??」
フィオはドッペルフと目が合ってしまい、驚いて双眼鏡を落としてしまう。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
「んぎゃあ!」
ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
次の瞬間、まんまるマンボウ号が大きく揺れ、フィオが尻もちついて転んでしまう。船内に警告音が鳴り響き、船が外から攻撃されたことが分かる。
「ちょちょちょちょちょちょおおおおおおおおお! いきなり撃つとかアイツ、マジ意味わかんないっスうううううううううううう!」
フィオはお尻を押さえながら慌てて立ち上がってマンボウ号のハンドルを握る。どうにか体勢を立て直そうと足搔くが操縦が効かない。致命傷ではないと判断したフィオは不時着を決意した。かろうじてまだ残っている湖の水の上にマンボウ号を下ろすことにしたようだ。
不穏な黒い煙を立たせながら、マンボウ号はゆっくりと旋回しながら下降する。そのままマンボウ号は湖の水面を滑るように沈んでいった。マンボウ号は水面に浮かんだ状態で止まる。
ガチャン!
するとマンボウ号の屋上の扉が開いて中からフィオが飛び出してくる。
「あああああああああああああ! あーしの可愛いマンボウ号ちゃんがあああああああああああああああああ!」
マンボウ号の横っ腹に付けられた巨大な凹みと傷を見てフィオが泣き叫ぶ。
ドッペルフは「ふんっ」と鼻で笑うと、再びアンリエッタに振り返って微笑む。
「計画は順調に進んでいるよ、ママ。もうすぐ目覚めさせてあげるからね」
ドッペルフがパプリカ王国全土に顔を向けて嗤った。
「おっと、亡霊どもの記憶を改変するのを忘れていました」
パチン!
ドッペルフは片手を上げて指パッチンをする。どうやら今のが亡霊に変えた国民たちの記憶を改変する合図のようだ。亡霊たちは雷にでも撃たれたかのように痙攣し始める。目玉をグルグル回る亡霊や、舌を出してピクピクしている亡霊など様々だ。
このままでは計画通り、すべてドッペルフの都合良いように記憶を書き換えられていくのだろう。するとドッペルフが言う。
「これで下準備は完了。……と言いたいところですが、その前に“存在していてはいけない者”を削除する必要がありますね」
ドッペルフが見下ろす。その先には大樹の木の枝の上で息を切らせているマルコがいた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「おや? もうあの雑草の男を背負ってないのですね。まぁ、そんな弱点になりうるものを持ってくるはずがありませんね」
マルコはミドの本体を背負っておらず、深手を負ったキールの元に置いてきたようだ。当然だが鴨が葱を背負って来るようなことはしない。再びミドが生命線を握られて意識を失うリスクはあるが、ミドも二度同じ手にかかるほど馬鹿ではない。
それに生命線を握られると意識を失ってしまうという弱点は現在ではドッペルフも同じである。ドッペルフはアンリエッタのお腹の中の赤ちゃんと生命線で繋がっているのだ。ミドにそれを握られればドッペルフも意識を失ってしまうだろう。ドッペルフもそれを阻止するだろう。
するとドッペルフがマルコに向かって言う。
「少々邪魔はありましたが、軌道修正すればいいだけです。私の計画は順調に進んでいますよ、マルコ王子。パプリカ王国の国民の記憶も先ほど書き換えが完了しました。国王殺しの犯人であるドッペルフという男は死に、王妃のアンリエッタ様には、国王の“正式な第一子”が生まれるのです」
「お母……さん!」
「違います。私のママです」
「ふざけるな!」
「お腹の子の名前も、もう決めてあるんです」
マルコはドッペルフを睨みつけるがドッペルフはそれを無視をしている。そしてアンリエッタのお腹をさすりながらドッペルフが言う。
「この子の名前は『マルコ』。マルコ・パプリカです」
「な!?」
「そして私がこの子の体をもらう。私が新しい『マルコ王子』として生まれ変わるのです」
「なんで、何でボクと同じ、『マルコ』なんだよ?! お前、お前おかしいよ!?」
動揺するマルコに対してドッペルフは優しそうな声色で言う。
「本当はね……私は羨ましかったんですよ。何の努力もせずに、アンリエッタ様の愛を無条件で受けられるあなたが……羨ましくて、羨ましくて、羨ましくてしょうがなかったんだよッッッッッッ!!!!」
ドッペルフが突然怒鳴りだす。マルコも肩をびくっと震わせて驚く。するとドッペルフは興奮しながら言う。
「産まれるのが楽しみだなぁ、早くママのおっぱいを飲ませて欲しいですよぉ……」
ドッペルフは両手で自分の肩を抱き締めながら、唇を「ちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱ」と音を立てて吸いながら言う。すると急に冷静な表情で顔をゆがめているマルコに語り掛ける。
「今まで辛かったでしょうマルコ王子。酷い差別を受けて……少し前までは自殺まで考えていたではありませんか。もう心配いりません、私があなたに代わってマルコ王子になります。だから──」
ドッペルフは微笑みながら言った。
「早く死ねよ」
──ズン!
ドッペルフがマルコの心臓を抉り取ろうとする。しかし寸前で止まってつぶやく。
「……また、あなたですか」
「悪いね。マルコを殺すのは、ボクの仕事だから」
「──ッ」
「おっと! 危ない危ない」
ミドがドッペルフの腕を掴んで言う。するとドッペルフがミドの生命線を掴もうとした。ミドは瞬時に身を引いて後方に飛ぶ。マルコもミドと同様に後退した。
ミドの生命線を掴み損ねた片手を下ろしてドッペルフはミドに言う。
「もうやめにしませんか? マルコ王子の味方をして、あなたに何の得があると言うんですか?」
「………………」
「あなたも知ってるでしょう。マルコ王子が死にたがっていたことを」
ドッペルフがマルコの自殺願望について言及する。
確かにその通りだ。元々の出会いは、マルコが飛び降り自殺をしようとしたところをミドたち、正確にはフィオが助けたのがきっかけだ。緑髪の死神に「自分を殺して欲しい」と依頼しようとしたのも自殺願望からきている。
ドッペルフはミドに言う。
「どうせ死ぬ命です。あなたの仕事を代わりにやってあげようというのですよ。何の不満があると言うんですか?」
「ボクは狙った得物を逃したことはほとんどない。仕事を横取りされるのは不愉快だ」
「なら今すぐ殺したらいいじゃないですか。どうして殺らないのですか? 私としてはマルコ王子が消えてくれるなら誰が殺っても同じなんですがねぇ」
「今マルコに死なれると困るんだよね~。全財産がパーになっちゃうから」
忘れていると思うが、ミドはパプリカ王国の周辺にあるココナリ村で全財産をある男に預けてある。男は迷いの森からマルコを生きたまま連れて来いと言った。約束を破ったら預かっているお金をすべてもらうという決まりである。ドッペルフもアンリエッタのフリをしてマルコに憑りついているときに盗み聞いていたはずだ。
ドッペルフは思い出したような顔をすると、ミドを見て言う。
「ああ~! ……つまり、あのココナリ村の男から全財産を返金して頂いた後でマルコ王子を殺す……ということですか?」
「そういうこと。だからマルコは、“まだ”殺させない。だからボクの仕事の邪魔をするお前も、緑髪の死神の標的になる」
「なるほど、あなたの事情は分かりました。お金目的ですか、私の愛と違って汚れた理由です。しかし、それでは私も困るんですよ。これから生まれてる我が子……もとい、生まれ変わる私にとって『マルコ』という人物は二人も存在してはいけないのですから。マルコ王子には今すぐ死んでもらいたいのです」
「じゃあ交渉決裂だ。先にお前から殺すことにする」
「ふっ! どうやってですか? 分かってると思いますが私は無敵です。亡霊は傷つき痛みを感じることはあっても、死ぬことはありません。だってすでに死んでるんですからねぇ!」
「さ~て、それはどうかな~」
「なんだと……?」
ミドが飄々と不敵に笑う。ドッペルフは信じてはいない様子だが、ミドの表情に気持ち悪さを感じているようだ。
「どうする気ですか? ミドさん」
マルコもミドの態度が気になって問いかける。するとミドはマルコにだけ聞こえるように言う。
「アイツを殺す方法が一つだけある」
「え」
「実は、さっき思いついたんだけどね」
ミドが言うとマルコが驚いて問い返す。すると申し訳なさそうに笑いながらミドは言った。
「先に謝っておくよ。ごめんね、マルコ」
「え? 何を謝るんですか??」
ミドが突然謝罪をして、マルコが困惑するが、ミドは構わず話を続ける。
「マルコはアイツを気絶させてほしい」
「どうやって……」
「大丈夫。ボクがアイツを挑発して注意を引くから、そのときに──」
ミドが囁くとマルコは目を少し見開いて、そして悲しそうな複雑な表情をする。そして小さく頷いた。
するとドッペルフが言う。
「無駄だというのが分からないんですか!? もう私の計画は完了段階なんですよ。あなたたちが束になっても私を殺すことはできないッッッ!」
「確かにボクはお前を殺すことはできない。霊体に触れることはできても、すぐに傷が治っちゃうんじゃあ意味がない」
「それが分かっていて、これ以上なにをするというんだ!」
「簡単な話だよ。亡霊を殺せないけど生物は殺せる。ドッペルフと繋がってる“新しい生命”は、ね」
ミドはそう言うと、ゆっくりと目線を上げていく。その先にはアンリエッタの姿があった。ドッペルフは一瞬でミドが何をするつもりかを察したのか両目を見開いて叫ぶ。
「まさか!? 貴様あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
ミドの足が大樹と根っこのようなもので繋がっており、激しく脈打っており、まるでエネルギーを吸収してるように見えた。するとビリヤードを撃つように木偶棒をアンリエッタに向けて構えたミドが言った。
「さ~て問題です。妊娠の中絶は医者がすれば『医療行為』ですが、元殺し屋がしたら何と呼ばれるでしょうか?」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! ママに触るなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
ドッペルフが慌ててミドに突撃して叫び、ミドを殺そうと動いた。その速度は一瞬でミドの背後に回ろうかという速度である。
「──!?」
ドッペルフがミドを刺そうとしたその時、一瞬目の前が真っ白になる。かろうじて背後を見ると、そこにはドッペルフの生命線を両手で掴んでいるマルコの姿が見えた。
ミドは気を失いかけているドッペルフに飄々と、そして不敵に笑いながら言った。
「正解は『殺人』でした~」
そしてドッペルフは白目を剝いて気絶した。そしてミドが容赦なく叫んだ。
「貫け木偶棒! ──死神の狙撃──」
ギュオンッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!
木偶棒は時速一二〇キロはあろうかという速度で上に伸びて行く。
そして狙撃するかのようにミドの木偶棒はアンリエッタの下腹部を貫いた。アンリエッタの子宮を突き破るように飛び出した木偶棒は胎児の霊体も一緒に押し出すように外に飛び出す。急激な速度で貫かれ、これから産まれるはずだった新しい生命は一瞬でその命を絶たれた。
「お母さん!」
マルコはアンリエッタの体が貫かれたのを見て動揺し、ドッペルフの生命線を離してしまう。
「──はっ?!」
ドッペルフは意識を取り戻すと瞬時に周りを見渡して状況を確認する。
そしてアンリエッタのお腹がミドの木偶棒に貫かれて、彼の受け皿となるはずの胎児が殺された瞬間を目の当たりにした。
胎児の霊体が消滅すると、繋がっていた生命線が、まるで導火線に火がつけられたかように連鎖反応的に消滅していく。
ジュジュジュジュジュジュジュジュジュジュュジュジュジュジュジュ。
燃えて灰になるような音を響かせて生命線が消滅していく。当然だがその先にはこれまでの厄災の元凶である亡霊がいる。彼は泣き叫びながら言った。
「嫌だあああああああああああああああああああああ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 私は! 私はアンリエッタの子として生まれ変──」
逃れられない生命線の消滅に抗うことができず、最後の言葉も言い切れないままにドッペルフは消滅していった。
そこには跡形も残らず、最後の灯はあっけなく消えていった。
「ミドさん!」
「戻れ、木偶棒」
ミドの勝利を確信したマルコが言う。するとミドが木偶棒の長さを戻してつぶやいた。
「これで、ようやく終わった……かな?」
ミドが口角を少しだけ上げて笑った。そのままリラックスするように全身の力を抜いて、抜いて……いや、これは──。
──プッツン……。
「あ」
その時、ミドの生命線が切れた──。
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吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
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