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竜がいた国『パプリカ王国編』

浮気は良くないな~。お前の相手はボクだよ?

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 ──王家の墓。塔の頂上で一人の旅人と亡霊が睨み合っている。

 ミドの髪は深い緑色に染まっており、その瞳は鮮血の色をしていた。彼が現れたときに木偶棒デクノボウで激しく叩かれた塔の石畳は不思議なことに一切傷がついておらず、綺麗なままであった。ミドの肩や背中、足からは白い煙が昇っており、どこか薄ぼけた様な雰囲気を漂わせている。まるで現世と死の狭間にいるかのような姿だった。

 キールがミドにたずねた。

「今までどこ行ってたんだ、ミド?」
「ん? ちょっとマンボウ号までね~」
「船には亡霊どもがいたはずだぞ。どうやって中に入ったんだ?」
「え、そんなのいなかったよ~」

 ミドはキールの問いかけにはキョトンとして言った。キールは船の周囲に亡霊どもがうろついていたために船に入ることを断念したのだが、ミドの話によるとそんなものは一人もいなかったと言う。
 キールは訝し気に首を傾げたが、今はそんなことはどうでもいいと気持ちを切り替えるようにドッペルフに視線を移す、そしてミドにどうして空から落ちてきたのか問いかけるとミドが応える。
 ミドが空から落ちて来たのは木偶棒デクノボウを使って棒高跳びの要領で湖を越えてきたからだと言う。さらにキールはミドだけに聞こえる声でたずねた。

「どうやってるつもりだ? あの亡霊野郎は実体がない。物理攻撃は効かねぇんだぞ?」
「そうだね……普通に殴っても、スルっとすり抜けるだけだろうね~」
「何か策があるのか?」
「ないよ~」

 ミドは木偶棒デクノボウをクルクルブンブン振り回しながら言った。それにキールが呆れている。だがミドはふざけている様子は全くなく、本気でそのままぶん殴りに行くつもりのようだ。

「お前オレの話聞いてたか?」
「大丈夫、今度は当たるからッ──」

 そう言うとミドは身軽な足取りで走り出した。キールは慌てて声をかける。

「待てミド! 無理だ!」

 ミドはキールの声を無視し、上空にいるドッペルフに向かって飛び上がった。ドッペルフに直進しながら木偶棒デクノボウを構える。

「無駄ですよ。私に物理攻撃は効きません」

 ドッペルフは全く動じることなく不動を維持している。そこにミドが一切の躊躇なくドッペルフの顔面に向かって木偶棒デクノボウを薙ぎ払った。

「――ッ!」

 ──バキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッッッッッッッッッッ!!!

「んがッはぁッッ!!????」

 ミドが木偶棒デクノボウを振り抜いたとき、骨が砕かれるような鈍い音が響き渡った。
 顔面が殴られた衝撃で凹み、白目を剝いたドッペルフが後方に吹っ飛ばされる。そのまま王家の墓からパプリカ城のある方角に向かって消えていった。

 そこにいた全員が愕然とした。
 女王カタリナは両目を見開いてポカンと口を開け、マルコも同様に驚いている。キールも口を開けて、ミドが一体どうやってドッペルフに触れることができたのか理解できずにいた。

 上空から落ちてきて着地するとミドがキールに言う。

「キール、そこの女王様を連れてボクらのマンボウ号に向かって。そこにもう一人のボクがいるから」
「ちょ、ちょっと待て! もう一人ってどういう意味だ?! それにお前どうやってアイツをぶっ飛ばしたんだ?」

 キールは状況が理解できず、問いかけながらミドに触れようとした。

 ──スルっ……。

 ミドの全身は薄白くぼやけていて湯気のようなものを漂わせている。キールが目の前のミドはいつものミドではないことに気付いて「お前……」とつぶやく。するとミドはニッコリ微笑んだ。

「時間がないんだ、お願い」
「ミド……もしかして“アレ”使ったのか?」
「うん」
「なるほど、そういうことか。だからもう一人のお前がマンボウ号で眠ってると……確かに時間がねぇな。お前“それ”になってからどれくらい経った?」
「四、五分くらいかな」
「じゃあ残り二〇から二五分がタイムリミットだな」
「うん」

 キールはやっと理解できたといった様子で自分の肩を片手で揉んだ。そしてマルコに言う。

「マルコ、女王さんはオレが背負う。急いでオレ等の飛行船まで行くぞ」
「ミドさんを置いて行くんですか?!」
「そうだ」
「待ってください! 一体何がどうなってるんですか? ミドさんはどうやってアイツに触れたんですか?! 方法があるなら同じやり方で一緒に戦いましょうよ!」
「ダメだ。ミドのやり方は邪道だ、リスクが大きすぎる。それに今は女王さんの傷を治すのが先だろう。マルコはオレを船まで最短で逃げ切れるルートを案内しろ」
「そんな……」

 その時である。城の方角から何かが蠢きながら押し寄せてくる。全員が目を凝らすとその正体は王国の中を彷徨さまよっていた亡霊たちの軍勢だった。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……」

 ここからは見えないが、おそらくドッペルフが指揮をして連れてきたのだろう。どう見ても全勢力を持ってきている様子だ。それを見たミドが叫んだ。

「キール! 早く行って!」
「説明してる時間はなさそうだ! 走りながら教えてやるから行くぞ!」

 キールがミドの声に反応してマルコに言った。マルコはまだ理解が及ばず困惑していたが、今はそれどころではないと判断して動き出す。キールたちは王家の墓を降りて行った。

 一人残されたミドがつぶやく。

「今回はちょっとしんどそうだね……少しだけ安全装置リミッター、外そうかな」

 そう言ってミドが深く深呼吸をした。ミドの足元から草木が生い茂る。王家の墓は雑草と緑色のツルに覆われていった。ミドが持つ木偶棒デクノボウがドクン、ドクンと脈打ち出す。

「森羅万象。──エデンの園──」

 ミドが静かに言った。 

「やば、ちょっと森羅を開放しすぎたな。急がないとパプリカ王国が樹海になっちゃうね……ま、その前にボクが命がないだろうけど」

 そう言ってミドは苦笑いする。
 そうしていると亡霊たちは瞬く間に王家の墓を覆い、周りをぐるぐると手を繋いで壁を作る。するとその上から顔の全体に竜人の鱗を浮かび上がらせたドッペルフが降りて来て言う。

「旅人……どうやって私に触れた?」
「さぁ、どうしてだろうね」

 ミドは不敵に笑い、ドッペルフは苛立ちを隠せないように眉間にしわを寄せた。
 霊体のドッペルフには実体を持つ存在は触れることすら叶わない。なのにドッペルフだけは女神の能力のおかげか実体をもつ者に危害を加えられる理不尽な力……のはずだった。
 それに対し、ミドは当たり前のようにドッペルフを殴り飛ばしたのだ。ドッペルフからすれば不愉快極まりないだろう。
 王家の墓が謎の雑草やツルの草木で覆われている状況を見てドッペルフが訝し気に言う。

「さっきまでこけなど生えていませんでした。これはあなたの仕業ですか?」
「そうだよ」
「まさか、あなたも女神に愛された者だと?」
「正解」
「なるほど……」

 ミドが答えるとドッペルフも納得したようだった。女神の偏愛はその者に物理法則を歪める不条理と理不尽な力を与えると言われている。ならばミドがなんらかの方法でドッペルフに反撃できたのも頷ける。

 すると王家の墓から出て走って行くマルコとキール、カタリナにドッペルフが気づいてミドに聞こえるように言う。

「私がマルコを見逃すと思いますか?」

 ドッペルフが指をクイッと動かすと、周りを囲んでいた亡霊数体がマルコたちに向かって飛んでいった。

 キールはカタリナを背負っているため自由に鬼紅線を使えない。マルコは一人で逃げることはできるがキールとカタリナを守れるだけの戦闘力はない。

 ──そのときである。マルコたちを守るように背後に巨大な影が地面から伸びてきた。

緑髪の死神ボクがそれを黙って見てると思うか?」

 ミドが木偶棒デクノボウで足元をトンと叩く。するとキールとカタリナ、マルコに襲いかかっていった亡霊の目の前に現れた巨大な人食い花がパクンと口の中に閉じ込めてしまった。亡霊は人食い花の口の中で蠢いて暴れている。

 キールが自分たちの足元が最初の状態と違って謎の雑草や苔、草木が生い茂っていることに気付く。キールとカタリナ、マルコは冷や汗をかきながら再び走りだした。

 王家の墓上空からそれを見ていたドッペルフが舌打ちをしてミドを睨む、するとミドが言う。

「浮気は良くないな~。お前の相手はボクだよ?」
「チッ……良いでしょう。マルコを抹殺する前にまずはあなたから消してあげましょう。竜人族の真の力を見せてあげますよ」

 ドッペルフの全身が金色のオーラに包まれて両目が紫色に染まる。
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