ミドくんの奇妙な異世界旅行記

作者不明

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竜がいた国『パプリカ王国編』

王家の墓の攻防! 儀式の終了とドッペルフの計画、第二段階とは──

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 マルコは尻もちをついたまま呆然としていた。

 王家の墓の周りには青白い亡霊たちが蠢き、空には真っ赤な渦が広がっている。その真下にゾンビ兵士シュナイゼルのバラバラ死体が転がっているのだろう。しかし巨大な塔である王家の墓の上からではよほど視力に自信のある者でなければハッキリとは見えないだろう。

 マルコは彼の死体を確認しようとはしなかった。怖くてできなかった。

 マルコはゾンビ兵士シュナイゼルに勝ったと言えるだろうか。勝利だと思う者もいるだろう。しかしマルコはそうは思っていない様子だ。その顔は悲しみと怒りの中間のような複雑な表情をしていた。これはマルコが勝ったのではない。シュナイゼルが敗北を選んだと言えるだろう。

 ──つまりシュナイゼルは、二度も自殺を選んだのだ。

 迷宮での自殺はドッペルフに操られて絶望したことによってのものだが、今回は明確な本人の意思が感じられた。マルコを傷つけまいとして自分を殺すことをシュナイゼルは選んだ。自分の存在が他者にとって危険だと判断したのだ。

 そのときアンリエッタドッペルフがマルコに向かって言った。

「ここは王家の墓です。王族の魂はすぐ帰ってきますよ」
「………………」

 マルコは振り向かず、尻もちをついた状態のままである。

「まさか迷宮から出られるとは思っていませんでした。しかも竜人にまでなるなんて……。迷宮の中で大人しくしていれば、永遠の命があったでしょうに。仕方がありませんね……」

 ドッペルフはアンリエッタの身体からヌルリと這い出してきた。

「大事な体です。あなたの肉体は私が安全な場所に……」

 アンリエッタの身体はドッペルフが抜けると電池が切れた人形のように倒れる。すると金色のオーラに包まれて浮かび上がっていく。そのまま上昇して消えてしまった。ドッペルフはその姿を見せたまま、ゆっくりと空から下りてくる。

「アンリエッタ様の身体への儀式は完了しました。あとは彼女の中で卵が細胞分裂を繰り返し、そして新しい生命が誕生した時ッ……。私は母の中へ帰り、もう一度目覚めることでしょう」

 頬を染めながら恍惚な表情でドッペルフは両手を広げて天を仰いだ。その足元でカタリナが下唇を噛み締めて口の端から血を流している。それを見下ろしたドッペルフが言う。

「その前に最後の仕事をしましょうか」
「最後の……仕事?」

 これ以上なにをするんだと言わんばかりの苦痛の表情でカタリナは見上げる。するとドッペルフが言った。

「この国の再生です」
「……???」
「まずは亡霊にした国民たちの記憶をいじらせてもらいましょう。新しい王族……私の子であり、そして私自身の器となる子が誕生するのです。盛大に祝ってもらわなければいけません。都合の悪い記憶は消去しなくては……」
「貴様……命を冒涜するだけでは飽き足らず、他者の心まで操ろうというのかッ!」
「幸せとは精神の営みによって生まれます。精神に影響を与えるものの中で記憶は重要なのです。安心してください、この国で起こった事件すべての責任は、このドッペルフが請け負いますよ。そしてドッペルフという存在が死に、アンリエッタ様に愛される私に生まれ変わるのです。──これで、めでたしめでたしです」

 カタリナはドッペルフが何を言っているのか訳が分からなくなってきた。もはや反論する気力も失っていた。

「ですが……一つだけ残念なことがあります」

 カタリナを見下ろしながらドッペルフが言った。カタリナは動かず黙って聞いている。ドッペルフが続けて言う。

「私の希望としては、できるだけ死人は出したくないのですが……一人だけ確実に死んでもらわなければいけない方がいらっしゃるのです。生きたままいてもらっては困るのですよ。汚れた存在は掃除しなくては……」

 そういうとドッペルフはおもむろにマルコに無表情な目線を向けた。そしてマルコに向かって金色のオーラの弾をドッペルフが撃ち放つ。マルコはそれに気づかずペタンと座ったままだ。

 ──カッ。

 マルコは背中が光りで明るくなって初めて異変に気付いて振り返った。目の前に真っ白い世界が広がっていた。同時にもうマルコの身体能力では避けられない位置まで光弾が迫っていた。

 バシュン!
 ビィン!

 そのときである。マルコの目の前の世界が真っ赤に染まって光を遮った。そう思っていると急激な力で横に引き寄せられてマルコが引きずられていく。

「ハァ……ハァ、バカ野郎! 何やってんだマルコ!」
「キール、さん……!? 生きてたんですか……!」
「勝手に殺すな」

 それはキールの片手から伸びていた紅い鋼線、鬼紅線だった。鬼紅線は細かく編まれて布になっており、さっきまでマルコがいた場所の上に広がっている。鬼紅線は四方に伸びており、王家の墓の王冠のように尖っている箇所に繋がっていた。そのハンモックのような状態の鬼紅線がドッペルフの光弾を受け止めて弾いたのだ。布の光弾が当たっている場所は黒く焼けて所々穴が開いており、焦げ臭いニオイを漂わせている。

 マルコの腰付近にはキールの手から伸びた鬼紅線が巻き付けられていた。キールはそれを引っ張って、マルコを自分の元に引っ張ったようだ。キールの透き通るような白い片腕は血管が浮き上がっており、爪は鋭利に伸びている。筋肉も膨れ上がっていて、まるで片腕だけ他人のもののように見えた。すると腕を伝っている赤い液体にマルコは気が付く。

 マルコはハッとしてキールの背中の傷から流血しているのを見て言った。

「キールさん、血が出てる! 大丈夫なんですか!?」
「心配すんな。オレの体はちょっと特殊でな。内臓の位置を少しくらいなら動かせんだよ」

 キールは片手をゴキゴキと鳴らしながら爪を鋭利に尖らせながら言った。キールはゾンビ兵士シュナイゼルに止めを刺される直前に心臓の位置をずらし、急所を避けて一命をとりとめていたと言う。

「ま、オレもお前の兄貴に助けられたんだろうけどな……」
「………………」

 キールの背中にある剣の傷は貫かれたというより、刺さってしまった程度の傷のようだ。流血は酷いが貫通はしていない。どうやらゾンビ兵士シュナイゼルはキールに完全には止めを刺さなかったらしい。マルコはその事実を知り、再び罪悪感が膨れ上がっていった。

 キールの邪魔が入ったことに、ドッペルフが驚いて言う。

「どうして生きている!? お前はシュナイゼルが止めを刺したはず!」
「さぁ、どうしてだろう……なッ!」

 キールは鬼紅線をドッペルフに向けて無数に飛ばす。しかしドッペルフの身体をすり抜けていってしまう。ドッペルフは不機嫌そうにキールを睨んだ。キールがマルコに言う。

「マルコ、ミドは今どこにいる?」
「え」
「お前ひとりで来たわけじゃねぇんだろ。ミドならそこに倒れてるボロボロの女王さんを治せるはずだ。オレの傷もな」
「本当ですか!」
「教えろ、ミドは今どこで油売ってんだ?」
「それが──」

 マルコはキールにミドとのやり取りを手短に説明した。

   ×  ×  ×

 マルコとミドが迷宮を脱出してからパプリカ王国に向かって激流の川を巨大なイカダで下っていた。すると目の前に王家の墓と思われる巨大な塔が見え始める。それを確認するとミドがマルコに言った。

「悪いんだけどマルコは先に行って。ボクはちょっと寄るところがあるから~」
「え!? どこに行くんですか?」
「ちょっと乾燥機を回しにね~」
「いや、ちょっと! こんな時に何言ってるんですか?!」

 ミドはヘラヘラ笑いながらイカダからぴょんっと飛び出してしまった。マルコは仕方がなくそのまま激流をどうにか下り、王家の墓まで辿り着いたのだ。

   ×  ×  ×

「──ということなんです」
「またアイツは……今度は何する気だ? ったく!」

 キールはマルコの話を聞いてイライラしつつも、ミドが生きて迷宮を出られたことに安心しているのか、口元が少し緩んでいた。そしてキールが言う。

「とにかく、マルコは女王さんを担いだままミドを探して逃げろ。ここはオレがなんとかする」
「そんな! キールさんだけ残して逃げるなんて」
「いいから逃げろマルコ!」

「逃がすわけないでしょうがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 するとドッペルフが光弾をキールたちの方向に向けて無数に撃ち放った。キールは鬼紅線を何度も張り巡らせ、光弾を弾いたり、逸らしていく。その一つをドッペルフ目掛けて弾き返す。ドッペルフは光弾を慌てて避けた。それをみてキールがニヤリと笑う。

「随分慌てて避けるじゃねぇか。まさか自分の攻撃は当たるから恐いなんて言わねぇよなァ?」
「………………」
「やれやれ、図星ってか?」
「………………殺す」
「いいねぇ。オレもてめぇをぶっ殺してやろうと思ってたところなんだよッ!」

 キールが挑発するとドッペルフの肩が震えだす。そして両手を胸の前で合わせるように構えると、両手の間に巨大な光弾が生まれてどんどん膨れ上がっていく。おそらく時間をかけて最大火力で打つ気なのだろう。

「──びろ!」

 そのときキールのツンと軽く尖った耳がピクリと動く。するとマルコに言った。

「マルコ、オレがドッペルフあいつの注意を引く。その間に女王さん連れて逃げろ」
「……分かりました」

 マルコがキールの顔を見て決意する。這いつくばっているカタリナを抱えると彼女が言った。

「私はいいですから……あなた一人で逃げなさい!」
「嫌です。もうボクは、姉さんの命令は聞きません」

 カタリナがキールに向かって言う。

「旅人さん、私はもうこんな状態です。生きられたとしても障害が残るでしょうし、恐らく私の寿命は長くはもちません。死にぞこないの私を助けるより、マルコ一人で逃げて作戦を練り直す方が合理的です!」
「美しい自己犠牲のセリフ中に悪いんだが、アンタを死なせるつもりはねぇよ」
「どうして……!?」
「アンタは生き証人だ、ドッペルフあの野郎をぶっ殺したら殺害料金を請求させてもらう。それに、もうすぐ“死神”がココに来るだろうからな」
「死神……??」

 ──その時だった、空に人影が見えた。するとその人影が叫んだのだ。

「伸びろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 木偶棒デクノボウおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッッッッッッッッッッ!!!」

 その人影から棒がものすごい勢いで真上に伸びて、そのままくるりと回して振り下ろすように落ちて来た。

 バーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!

 王家の墓、屋上の石畳が長い棒で激しく叩かれて振動する。風圧で砂埃が起こってマルコやカタリナたちに風が当たる。すると砂埃の中に一人の人影が見えた。それを見たキールがつぶやいた。

おせえんだよ、ばか」

 キールが不敵に笑い、その人影に目くばせした。するとその人影が砂埃から現れて言った。

「――ふぅ、ギリギリ間に合ったようだね」

 キレイな深緑色の髪、血のように真っ赤に染まった瞳、緑色の民族衣装のような旅装束に身を包んだ旅人だった。するとマルコが叫んだ。

「ミドさん!」
「待たせてゴメンねマルコ~」

 呼ばれたミドは飄々としながらマルコを見て微笑んだ。そしてゆっくりと振り返る。そこにはミドを睨みつける亡霊が浮かんでいた。ミドは先ほどまでの笑顔が消え去り、冷たい死神の目をして言う。

「さて……ボクの標的は、お前だな」
「また掃除するゴミが増えましたね……」

 ついに緑髪りょくがの死神と、竜人族の亡霊がぶつかる──。
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