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竜がいた国『パプリカ王国編』
…………………………………………パーン。
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マルコがカタリナを優しく抱き上げたまま自信に満ちた表情をしていた。
カタリナはまだ混乱していたが目の前の少年がマルコであることは理解できた。今までのマルコとは雰囲気が違っており、いつも隠していた左の頬が露わになっている。キレイな金色の線で竜の鱗が浮き上がっていて、左目は紫色の宝石のように輝いていた。
マルコがカタリナを助けてくれたのだろうか。マルコは一〇歳でカタリナは二八歳の体格の差があるにもかかわらず、マルコは軽々とカタリナを抱き抱えていた。そしてカタリナをゆっくりと降ろす。カタリナはペタンと座ったまま震えた声で言った。
「マルコ……生きていたのですね……!」
「遅れてしまいました。ごめんなさい、カタリナ姉さん」
酷い状態のカタリナを見てマルコは申し訳なさそうに言う。そしてカタリナに明確な殺意を向けた女性に目線を向けた。するとその女性は金色のオーラに包まれるマルコを見ては不機嫌になって言う。
「マルコ……ついに竜人が目覚めてしまったようですね」
「お母、さん……?」
目の前にいるアンリエッタを見てマルコは訝し気に言う。姿は迷宮で見た母親と同じに見えるのだが、何か違う。するとカタリナが言った。
「マルコ! アレはアンリエッタ様ではありません!」
「……え、じゃあ誰なんですか?」
カタリナはマルコに状況を簡単に説明する。
ドッペルフがアンリエッタに憑依していること。ゾンビ兵士にシュナイゼルの魂が憑依、操られている状態であること。そしてアンリエッタを傷つけることは、彼女の肉体を傷つけるだけでドッペルフにはダメージがないこと。
ただ一つ言わなかったのはアンリエッタがドッペルフに妊娠させられていることだけだった。マルコがカタリナの言葉に耳を傾けたまま言う。
「じゃあ、ドッペルフがお母さんの体を?」
「そうです……逃げなさいマルコ。あなたでは殺されてしまう……!」
カタリナはマルコを心配して逃げろと言う。今までのマルコだったら女王カタリナの命令には素直に従っていただろう。しかし、マルコは初めてカタリナに反抗した。
「ごめんなさいカタリナ姉さん……、それだけは聞けない」
「ダメですマルコ! お願いだから逃げて! あなたまで殺されてしまったら……私は……!」
「大丈夫ですよ。ボクはまだ殺されませんから」
「……まだ? 何を言っているのですか?」
カタリナはマルコの意味深な発言に目を丸くする。マルコはニッコリと笑うだけでそれ以上は言わなかった。そしてマルコはアンリエッタに目線を向けて歩み出す。アンリエッタは真っ直ぐ近づいてくるマルコを睨みながら言った。
「シュナイゼル、マルコを殺しなさい」
「了解シマシタ」
マルコとゾンビ兵士が対峙する。マルコは悲しそうで、寂しそうな表情をしながらゾンビ兵士を見つめる。ゾンビ兵士は無感情にマルコに大剣を向けて構えた。するとマルコがつぶやく。
「本当に、シュナイゼル兄さんなんだね……」
「………………」
マルコは横で倒れているキールに目線を向ける。キールはピクリとも動かずにうつ伏せで倒れていた。そしてマルコが言う。
「キールさんをやったのも、兄さんなんですか?」
「……排除、スル」
ゾンビ兵士は問答無用で剣を構えた。
ギュオン!
目にも止まらぬ速さで一直線にマルコへ接近する。しかしマルコはそれに一切気づいていないのか全く動く気配がない。
「マルコーーーーーーーー! 逃げてーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
カタリナの目にはゾンビ兵士の動きがハッキリと見えている様子である。マルコに必死の形相で叫んだ。しかしマルコはそれでも動かない。
ズピィン!
ゾンビ兵士の刺突がマルコの心臓目掛けて突き出される。カタリナは目を背けた。
──────。
カタリナがゆっくり目を開けて状況を確認するように周囲を見渡す。
「………………?」
カタリナは何が起こっているのか理解できず、目の前の奇妙な状況に困惑していた。
そこには真っすぐに突き出されたゾンビ兵士の剣を横に立って片手で撫でているマルコの姿が目に映ったのだ。確かに刺突がマルコの心臓を貫いたはずだった。カタリナの目は節穴ではない、卓越した動体視力でハッキリみたはずなのだ。
「これは……どうなって……?」
カタリナは血と涙と、土埃の汚れで顔をくしゃくしゃにしたままつぶやく。するとゾンビ兵士は猛烈な勢いで後退して再び構え直す。マルコは一切動じておらず、悲しそうな表情でゾンビ兵士を見つめていた。
そしてもう一度マルコに向かって刺突を繰り出すゾンビ兵士。カタリナは今度は目を背けなかった。
「無駄ですよ。兄さんの剣は、今のボクには当たらない」
マルコがゾンビ兵士に向かって言う。ゾンビ兵士の刺突が心臓に近づいた時、マルコは足を内股にして右足を前に動かした。そのまま右足を軸にして左足をグルっと回転させるように後ろに動かして体を正面から横にする。ゾンビ兵士の剣はマルコの胴体、心臓付近の横を突き抜けて躱される。マルコはそのまま再び右手で剣の横に手を添えるように押した。ゾンビ兵士はマルコに剣を押されて自分の勢いもあってか、よろめいて倒れてしまったのだ。
カタリナはその光景に目を見開く。シュナイゼルの剣技が素手のマルコに容易くあしらわれてしまったのだ。
──当たらない。
「マルコ、いつのまにそんなに強く……!」
「いえ、ボクは強くなったわけじゃありません、前よりも臆病になっただけです。それに──」
マルコがカタリナに何かを言いかける。するとアンリエッタは苛立ちを隠さずに声を荒げた。
「何をしているのですかッ! 早く殺しなさい!!」
するとゾンビ兵士が反応し、再び剣を構えてマルコに斬りかかる。マルコはカタリナに顔を向けたままである。カタリナがそれをマルコに伝えようと口を開く。
そのとき、マルコは突然お辞儀をする。ゾンビ兵士の剣がマルコの胴体があった空間を横に薙ぎ払った。マルコはお辞儀した状態から両手を石畳の上について側転するように前に飛んでゾンビ兵士と距離をとる。
「──ッッッッッッッッッッッッッッ!!」
そこからゾンビ兵士の猛攻が始まった。全方向からの斬り込みを全て間一髪で避け続けるマルコ。カタリナはマルコとゾンビ兵士の戦いを凝視している。ゾンビ兵士がマルコに斬りかかる。
斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ!
ゾンビ兵士の剣に躊躇いなどない、確実にマルコの急所を狙ってきている。ゾンビ兵士の剣の速度と正確さはカタリナは良く知っている。彼女が知っているマルコでは避けられるはずがない。そのはずなのに……。
──だが、当たらない!?
当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない!
──当たらないッッッッッッッッッ!!!
剣を振り続けるゾンビ兵士の周囲にマルコの金色のオーラの残光が見える。それは残像のような人型で残り、ゾンビ兵士は気づけば誰もいない空間を必死で斬り続けているのだ。
マルコは決して超高速で動いているとは言えない、むしろその速度はカタリナの目には遅く見えるくらいだ。しかし確実に、そして正確に間一髪で避け続けている。マルコの表情には息切れの兆候は見られない。とても落ち着いており、まるで正面から歩いてきた通行人を横に避けて歩くような落ち着いた動作である。
一体何が起こっているのか?
簡単に言えば、マルコはただ“恐いものから逃げている”だけなのだ。
マルコの才能は『恐怖対象から確実に逃げる力』である。人はそれを臆病と呼んだりするが、マルコはそれを極限の領域まで上げているのだ。
つまり、マルコがゾンビ兵士の剣に対して恐怖を抱いているのは変わらない。できれば今すぐすべての責任を放り投げて逃げ出したいだろう。だが、その欲求を別のもっと強い恐怖と比較、対比させて押さえつけているのだ。
ゾンビ兵士の剣は『短期的な恐怖』に分類される。それに対して『長期的な恐怖』という想像上の恐怖がマルコを繋ぎ留め、突き動かしている。マルコが短期的な恐怖から逃げることは、長期的な恐怖へ結果的に近づくことに等しいからだ。
マルコにとっての長期的な恐怖とは『母アンリエッタの完全なる死』である。このまま逃げてしまえば、母アンリエッタはドッペルフに精神を乗っ取られ、魂は死んだも同然だろう。
恐怖対象が一つならそれから逃げてしまえばいいだけなのだが、複数存在する場合はその中から最も畏怖するものを選ぶと心に決める。
そしてそれから逃げることを最優先にして、その他の恐怖対象は脳が無視するようになる。むしろ微々たる恐怖による心拍数の増加は、まるでエンジンを回すかのように血流の増加を促して興奮させ、やる気と危機回避能力、身体能力まで向上させるだろう。
マルコは破滅する未来という想像《ビジョン》から逃げきることを最優先におくことで本来恐いと思っている実物に近づくという矛盾を可能にしている。
脅威に対して恐怖を感じながら近づくという矛盾。それは逃走力を闘争力に変えて最小の力で最大限の神回避を実現した。
ゾンビ兵士の剣が当たる寸前までマルコは斬られる恐怖を無視することができている。それ以外の恐怖、すなわち想像上の恐怖の方が勝っているからだ。しかし当然だが、剣が当たる瞬間のみ、斬り殺されることが最も強い恐怖対象に切り替わるため、マルコは最小の力で最大の逃走力を発揮して斬撃を神回避する。それが紙一重で避け続けられている理由だ。
この間もマルコはまるで風になびく雑草のようにゾンビ兵士の斬撃をフラフラと避け続けていた。驚いたことにマルコは一切攻撃をしていない、ただ避け続けているだけなのだ。
攻撃をしないのではない、できないのだ。当然と言えば当然かもしれない。竜人覚醒によって多少はスピードや腕力などが強化されているマルコだが所詮は逃げる力である。物語のスーパーヒーローのように並外れた怪力になった訳ではない。今のマルコが叩いたところでゾンビ兵士は痛くもかゆくもないだろう。
なのにマルコは確実にゾンビ兵士を追い詰めていた。
ゾンビ兵士の剣は真上からの切り落としを仕掛けるがマルコに軽くあしらわれた。
パキン!
そのとき切っ先を石畳に叩きつけてしまい、ついに剣が折れてしまった。
気付けばゾンビ兵士は王家の墓、屋上の端まで追い詰められていた。そこには柵などなく、チョンと軽く押してあげれば確実な転落死が待っている。ゾンビ兵士は動けなくなった。
マルコは立ち止まると悲しそうにゾンビ兵士を見つめた。そのときマルコは気づいた。
「……!」
──ゾンビ兵士が泣いていたのだ。
なぜ泣いているのかは分からない。ゾンビ兵士の表情は一貫して険しいままなのに涙だけが頬を伝っていた。
いや、先ほどまでの戦いでゾンビ兵士の剣に躊躇いが生まれていることにマルコは気づいていたのかもしれない。急所を狙っているように見えて、微かに急所を外しているようにも感じていた。
これはただの仮説でしかないが、元々の兵士の魂がまだ生きており、シュナイゼルの魂と同時に混同しているときは殺意に躊躇いなどなかっただろう。
だが兵士の魂がアンリエッタに殺されて、シュナイゼルの魂のみが兵士の肉体を支配する。それによってシュナイゼルの剣技を完全に再現することが可能になったかもしれない。だが同時に彼の精神も薄っすらと徐々に再現してしまっていたのだ。
ゾンビ兵士の肉体がシュナイゼルの精神に支配されて、マルコを傷つけたくないという気持ちに従った。その結果、マルコは容易く彼の剣を躱せていたのかもしれない。
「シュナイゼル兄さん……」
マルコはゆっくりと近づいてゾンビ兵士をそっと抱き締めた。冷たく硬いその体はマルコが知っているシュナイゼルとは全く違う。だが、そこにはシュナイゼルの魂があるような気がした。
するとゾンビ兵士がマルコに言った。
「スマ、ナイ……マル、コ……」
「──! 待って! ダメだ、兄さん!!」
ゾンビ兵士は突き放すように、ドンッとマルコを押した。その勢いでマルコは尻もちをつく。そしてゾンビ兵士はそのまま後ろに倒れ、王家の墓の塔の上から真っ逆さまに転落していく。
………………………………………………………………パーン。
王家の墓、塔の下で人間の頭と体が破裂する音が響いた──。
カタリナはまだ混乱していたが目の前の少年がマルコであることは理解できた。今までのマルコとは雰囲気が違っており、いつも隠していた左の頬が露わになっている。キレイな金色の線で竜の鱗が浮き上がっていて、左目は紫色の宝石のように輝いていた。
マルコがカタリナを助けてくれたのだろうか。マルコは一〇歳でカタリナは二八歳の体格の差があるにもかかわらず、マルコは軽々とカタリナを抱き抱えていた。そしてカタリナをゆっくりと降ろす。カタリナはペタンと座ったまま震えた声で言った。
「マルコ……生きていたのですね……!」
「遅れてしまいました。ごめんなさい、カタリナ姉さん」
酷い状態のカタリナを見てマルコは申し訳なさそうに言う。そしてカタリナに明確な殺意を向けた女性に目線を向けた。するとその女性は金色のオーラに包まれるマルコを見ては不機嫌になって言う。
「マルコ……ついに竜人が目覚めてしまったようですね」
「お母、さん……?」
目の前にいるアンリエッタを見てマルコは訝し気に言う。姿は迷宮で見た母親と同じに見えるのだが、何か違う。するとカタリナが言った。
「マルコ! アレはアンリエッタ様ではありません!」
「……え、じゃあ誰なんですか?」
カタリナはマルコに状況を簡単に説明する。
ドッペルフがアンリエッタに憑依していること。ゾンビ兵士にシュナイゼルの魂が憑依、操られている状態であること。そしてアンリエッタを傷つけることは、彼女の肉体を傷つけるだけでドッペルフにはダメージがないこと。
ただ一つ言わなかったのはアンリエッタがドッペルフに妊娠させられていることだけだった。マルコがカタリナの言葉に耳を傾けたまま言う。
「じゃあ、ドッペルフがお母さんの体を?」
「そうです……逃げなさいマルコ。あなたでは殺されてしまう……!」
カタリナはマルコを心配して逃げろと言う。今までのマルコだったら女王カタリナの命令には素直に従っていただろう。しかし、マルコは初めてカタリナに反抗した。
「ごめんなさいカタリナ姉さん……、それだけは聞けない」
「ダメですマルコ! お願いだから逃げて! あなたまで殺されてしまったら……私は……!」
「大丈夫ですよ。ボクはまだ殺されませんから」
「……まだ? 何を言っているのですか?」
カタリナはマルコの意味深な発言に目を丸くする。マルコはニッコリと笑うだけでそれ以上は言わなかった。そしてマルコはアンリエッタに目線を向けて歩み出す。アンリエッタは真っ直ぐ近づいてくるマルコを睨みながら言った。
「シュナイゼル、マルコを殺しなさい」
「了解シマシタ」
マルコとゾンビ兵士が対峙する。マルコは悲しそうで、寂しそうな表情をしながらゾンビ兵士を見つめる。ゾンビ兵士は無感情にマルコに大剣を向けて構えた。するとマルコがつぶやく。
「本当に、シュナイゼル兄さんなんだね……」
「………………」
マルコは横で倒れているキールに目線を向ける。キールはピクリとも動かずにうつ伏せで倒れていた。そしてマルコが言う。
「キールさんをやったのも、兄さんなんですか?」
「……排除、スル」
ゾンビ兵士は問答無用で剣を構えた。
ギュオン!
目にも止まらぬ速さで一直線にマルコへ接近する。しかしマルコはそれに一切気づいていないのか全く動く気配がない。
「マルコーーーーーーーー! 逃げてーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
カタリナの目にはゾンビ兵士の動きがハッキリと見えている様子である。マルコに必死の形相で叫んだ。しかしマルコはそれでも動かない。
ズピィン!
ゾンビ兵士の刺突がマルコの心臓目掛けて突き出される。カタリナは目を背けた。
──────。
カタリナがゆっくり目を開けて状況を確認するように周囲を見渡す。
「………………?」
カタリナは何が起こっているのか理解できず、目の前の奇妙な状況に困惑していた。
そこには真っすぐに突き出されたゾンビ兵士の剣を横に立って片手で撫でているマルコの姿が目に映ったのだ。確かに刺突がマルコの心臓を貫いたはずだった。カタリナの目は節穴ではない、卓越した動体視力でハッキリみたはずなのだ。
「これは……どうなって……?」
カタリナは血と涙と、土埃の汚れで顔をくしゃくしゃにしたままつぶやく。するとゾンビ兵士は猛烈な勢いで後退して再び構え直す。マルコは一切動じておらず、悲しそうな表情でゾンビ兵士を見つめていた。
そしてもう一度マルコに向かって刺突を繰り出すゾンビ兵士。カタリナは今度は目を背けなかった。
「無駄ですよ。兄さんの剣は、今のボクには当たらない」
マルコがゾンビ兵士に向かって言う。ゾンビ兵士の刺突が心臓に近づいた時、マルコは足を内股にして右足を前に動かした。そのまま右足を軸にして左足をグルっと回転させるように後ろに動かして体を正面から横にする。ゾンビ兵士の剣はマルコの胴体、心臓付近の横を突き抜けて躱される。マルコはそのまま再び右手で剣の横に手を添えるように押した。ゾンビ兵士はマルコに剣を押されて自分の勢いもあってか、よろめいて倒れてしまったのだ。
カタリナはその光景に目を見開く。シュナイゼルの剣技が素手のマルコに容易くあしらわれてしまったのだ。
──当たらない。
「マルコ、いつのまにそんなに強く……!」
「いえ、ボクは強くなったわけじゃありません、前よりも臆病になっただけです。それに──」
マルコがカタリナに何かを言いかける。するとアンリエッタは苛立ちを隠さずに声を荒げた。
「何をしているのですかッ! 早く殺しなさい!!」
するとゾンビ兵士が反応し、再び剣を構えてマルコに斬りかかる。マルコはカタリナに顔を向けたままである。カタリナがそれをマルコに伝えようと口を開く。
そのとき、マルコは突然お辞儀をする。ゾンビ兵士の剣がマルコの胴体があった空間を横に薙ぎ払った。マルコはお辞儀した状態から両手を石畳の上について側転するように前に飛んでゾンビ兵士と距離をとる。
「──ッッッッッッッッッッッッッッ!!」
そこからゾンビ兵士の猛攻が始まった。全方向からの斬り込みを全て間一髪で避け続けるマルコ。カタリナはマルコとゾンビ兵士の戦いを凝視している。ゾンビ兵士がマルコに斬りかかる。
斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ!
ゾンビ兵士の剣に躊躇いなどない、確実にマルコの急所を狙ってきている。ゾンビ兵士の剣の速度と正確さはカタリナは良く知っている。彼女が知っているマルコでは避けられるはずがない。そのはずなのに……。
──だが、当たらない!?
当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない! 当たらない!
──当たらないッッッッッッッッッ!!!
剣を振り続けるゾンビ兵士の周囲にマルコの金色のオーラの残光が見える。それは残像のような人型で残り、ゾンビ兵士は気づけば誰もいない空間を必死で斬り続けているのだ。
マルコは決して超高速で動いているとは言えない、むしろその速度はカタリナの目には遅く見えるくらいだ。しかし確実に、そして正確に間一髪で避け続けている。マルコの表情には息切れの兆候は見られない。とても落ち着いており、まるで正面から歩いてきた通行人を横に避けて歩くような落ち着いた動作である。
一体何が起こっているのか?
簡単に言えば、マルコはただ“恐いものから逃げている”だけなのだ。
マルコの才能は『恐怖対象から確実に逃げる力』である。人はそれを臆病と呼んだりするが、マルコはそれを極限の領域まで上げているのだ。
つまり、マルコがゾンビ兵士の剣に対して恐怖を抱いているのは変わらない。できれば今すぐすべての責任を放り投げて逃げ出したいだろう。だが、その欲求を別のもっと強い恐怖と比較、対比させて押さえつけているのだ。
ゾンビ兵士の剣は『短期的な恐怖』に分類される。それに対して『長期的な恐怖』という想像上の恐怖がマルコを繋ぎ留め、突き動かしている。マルコが短期的な恐怖から逃げることは、長期的な恐怖へ結果的に近づくことに等しいからだ。
マルコにとっての長期的な恐怖とは『母アンリエッタの完全なる死』である。このまま逃げてしまえば、母アンリエッタはドッペルフに精神を乗っ取られ、魂は死んだも同然だろう。
恐怖対象が一つならそれから逃げてしまえばいいだけなのだが、複数存在する場合はその中から最も畏怖するものを選ぶと心に決める。
そしてそれから逃げることを最優先にして、その他の恐怖対象は脳が無視するようになる。むしろ微々たる恐怖による心拍数の増加は、まるでエンジンを回すかのように血流の増加を促して興奮させ、やる気と危機回避能力、身体能力まで向上させるだろう。
マルコは破滅する未来という想像《ビジョン》から逃げきることを最優先におくことで本来恐いと思っている実物に近づくという矛盾を可能にしている。
脅威に対して恐怖を感じながら近づくという矛盾。それは逃走力を闘争力に変えて最小の力で最大限の神回避を実現した。
ゾンビ兵士の剣が当たる寸前までマルコは斬られる恐怖を無視することができている。それ以外の恐怖、すなわち想像上の恐怖の方が勝っているからだ。しかし当然だが、剣が当たる瞬間のみ、斬り殺されることが最も強い恐怖対象に切り替わるため、マルコは最小の力で最大の逃走力を発揮して斬撃を神回避する。それが紙一重で避け続けられている理由だ。
この間もマルコはまるで風になびく雑草のようにゾンビ兵士の斬撃をフラフラと避け続けていた。驚いたことにマルコは一切攻撃をしていない、ただ避け続けているだけなのだ。
攻撃をしないのではない、できないのだ。当然と言えば当然かもしれない。竜人覚醒によって多少はスピードや腕力などが強化されているマルコだが所詮は逃げる力である。物語のスーパーヒーローのように並外れた怪力になった訳ではない。今のマルコが叩いたところでゾンビ兵士は痛くもかゆくもないだろう。
なのにマルコは確実にゾンビ兵士を追い詰めていた。
ゾンビ兵士の剣は真上からの切り落としを仕掛けるがマルコに軽くあしらわれた。
パキン!
そのとき切っ先を石畳に叩きつけてしまい、ついに剣が折れてしまった。
気付けばゾンビ兵士は王家の墓、屋上の端まで追い詰められていた。そこには柵などなく、チョンと軽く押してあげれば確実な転落死が待っている。ゾンビ兵士は動けなくなった。
マルコは立ち止まると悲しそうにゾンビ兵士を見つめた。そのときマルコは気づいた。
「……!」
──ゾンビ兵士が泣いていたのだ。
なぜ泣いているのかは分からない。ゾンビ兵士の表情は一貫して険しいままなのに涙だけが頬を伝っていた。
いや、先ほどまでの戦いでゾンビ兵士の剣に躊躇いが生まれていることにマルコは気づいていたのかもしれない。急所を狙っているように見えて、微かに急所を外しているようにも感じていた。
これはただの仮説でしかないが、元々の兵士の魂がまだ生きており、シュナイゼルの魂と同時に混同しているときは殺意に躊躇いなどなかっただろう。
だが兵士の魂がアンリエッタに殺されて、シュナイゼルの魂のみが兵士の肉体を支配する。それによってシュナイゼルの剣技を完全に再現することが可能になったかもしれない。だが同時に彼の精神も薄っすらと徐々に再現してしまっていたのだ。
ゾンビ兵士の肉体がシュナイゼルの精神に支配されて、マルコを傷つけたくないという気持ちに従った。その結果、マルコは容易く彼の剣を躱せていたのかもしれない。
「シュナイゼル兄さん……」
マルコはゆっくりと近づいてゾンビ兵士をそっと抱き締めた。冷たく硬いその体はマルコが知っているシュナイゼルとは全く違う。だが、そこにはシュナイゼルの魂があるような気がした。
するとゾンビ兵士がマルコに言った。
「スマ、ナイ……マル、コ……」
「──! 待って! ダメだ、兄さん!!」
ゾンビ兵士は突き放すように、ドンッとマルコを押した。その勢いでマルコは尻もちをつく。そしてゾンビ兵士はそのまま後ろに倒れ、王家の墓の塔の上から真っ逆さまに転落していく。
………………………………………………………………パーン。
王家の墓、塔の下で人間の頭と体が破裂する音が響いた──。
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