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竜がいた国『パプリカ王国編』
ついにマルコの覚醒! これがボクの本当の力ですか……?!
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「……バカですよ、ミドさんは」
マルコは小さく小さく、つぶやいた。
ドラゴ・シムティエール迷宮の奥に存在する亜空間。そこに胡坐のミドと、膝を抱えたマルコの二人が背中合わせで座っていた。二人の沈黙は気の遠くなるほど長かった。すると膝を抱えて座っているマルコが耐えきれずに先に口を開いたのだ。そして続けて言った。
「……ボクのことなんて、見捨てればよかったじゃないですか」
「………………」
「こうなったのも全部……全部ボクのせいなんですよ」
「………………」
「アイツの言う通りです。ボクなんか生まれてこなければよかったんだ」
「………………」
「ボクのせいで、お母さんは消滅した……。パプリカ王国もアイツに乗っ取られる」
「………………」
マルコは下唇を噛んで震えていた。ミドはマルコの言葉に返事をしなかった。そして落ちついた声でマルコに訊ねた。
「マルコはどうして迷宮から出たくないの?」
「どうせボクがパプリカ王国に行ったってなんの役にも立ちませんよ。ボクは逃げてばかりの弱虫ですから……」
「そんなことないんじゃない?」
「この場所にたどり着くまでだって、ボクは一度もまともに戦ってません。いつもミドさんやキールさんに助けてもらってばかりだったじゃないですか……」
マルコは両膝の間に顔をうずめて俯いた。顔が隠れてどんな表情をしているかは分からないが、少なくとも笑顔ではないことだけは分かった。
「……どうして残ったんですか?」
マルコがミドに訊ねると、ミドがゆっくり口を開いて言った。
「ボクにはまだ、マルコにやることが残ってるから」
「やること? ミドさんとの契約はお母さんの封印を解くまでですよね? もう終わったじゃないですか……」
「確かにマルコとの契約はお母さんの魂を救出するまでだった。だから契約は終了してる。それは間違いないよ。でもね、まだ別の約束が残ってるんだよ」
「約束?」
マルコは身に覚えがないように首を傾げ顔をしかめる。するとミドは言った。
「忘れたの? 『緑髪の死神にマルコの殺害依頼をする』。その約束はまだ継続中だよ」
「その約束なら忘れてください。どうせここから出られないんだから、もう死んだも同然です。今さら死神を探すことなんて無理なんですから」
マルコはミドから目を逸らして言った。どうやら約束は破棄するつもりらしい。するとミドは少し沈黙してから言った。
「マルコ……実はボク、キミに隠してたことがあるんだ」
「……?」
「ボクは表では流浪の旅芸人をしてるけど、もう一つ裏の顔があるんだ。マルコには特別に見せてあげる……」
「え?」
特別という言葉に反応して、マルコは少しだけ顔をミドの方に向ける。
それを確認したミドは深く深呼吸をして目をつぶる。すると、みるみるうちに深緑色の髪の毛が明るくなり、綺麗な緑色に染まっていく。同時にその黒い瞳は鮮血のように真っ赤に染まっていった。
マルコは目を丸くして、ミドの変化を凝視していた。するとミドが両目を開けて言った。
「緑髪の死神。それがボクの、もう一つの顔だ」
「!?」
確かに目の前のミドの姿は古い指名手配書で見た緑髪の死神の特徴をしていた。この世界で緑色の髪の毛と真っ赤な瞳をしている人物はそうそういないだろう。その希少な容姿をしていること自体が、ミドが緑髪の死神であることの証明として十分とも言えるのだ。マルコが声をあげた。
「ミドさんが……緑髪の死神!?」
「うん、黙っててゴメンね」
ミドはそう言うと、再び深呼吸を繰り返す。徐々に髪の毛の色が黒色に近づいていき、瞳はその赤みをやわらげ、黒色に戻っていった。そして言う。
「ボクとしては、ここでマルコに死なれたら困るんだ。だって──」
マルコが緊張した様子でミドを見ている。ミドは言った。
「──マルコを殺すのは『緑髪の死神』の仕事だから」
マルコはゴクリと唾を呑み込んでから言った。
「……じゃあ、ここでボクを殺すんですか?」
「まだ殺さない」
「え?」
「だって、迷宮で死んだら自殺ってことになっちゃうでしょ? マルコの望みは“緑髪の死神に殺されること”だよね。なら迷宮を脱出してからじゃないとマルコは死んじゃいけない。それはボク……いや、緑髪の死神が許さない」
迷宮の奥地に向かって帰ってこなかったとなれば、パプリカ王国では第三王子マルコは自殺の名所に向かって死んだことになる。それはつまり、自殺扱いをされてしまうということだ。
自殺とはすなわち『自ら命を絶つこと』である。それではマルコを殺したのは“マルコ本人”ということになってしまう。マルコの望みは“緑髪の死神に殺してもらうこと”なのだから、ミドはこの約束を守ろうとしているのだ。
ミドは続けて言う。
「死神ってさ、生死を司る存在だよね。つまり“死”以外にも“生”も同時に運んでくるわけだ」
「……どういう、ことですか?」
「ボクの血には傷を癒す力がある。仮にマルコがいくら自分を傷つけても、ボクが強制的に治す。そうなったらマルコは自傷行為で痛い思いを繰り返すだけで、死にたくても死ねないね~」
ミドの血液の中には『世界樹の雫』の成分が含まれている。女神の呪い『森羅』の能力の一つだ。ミドの血を生物の傷口に付着させると、瞬く間に傷口を塞いでしまうのだ。
マルコが手首を切ろうが喉を貫こうが、死神が“死”を許さない限りマルコは永遠に傷を癒され続ける。自殺願望者にとっては、まさに無限地獄である。
マルコはミドに言った。
「ひどい人ですね……」
「ボクは稀代の悪党だからね~」
ミドはヘラヘラ笑いながら言った。
彼の笑った顔は人によっては人の生き死にを弄ぶ悪魔のように見えるかもしれない。だが、マルコはどこかホッとしたような表情をしていた。彼には死を弄ぶ悪魔ではなく、人を助けるために自己犠牲を厭わない人に見えていたのかもしれない。
するとマルコはミドに訊ねた。
「どうやって脱出するって言うんですか?」
「簡単だよ。マルコが潜在能力を引き出せばいいんだ」
「え……?」
「マルコには迷宮から脱出する力がある、ボクはそう確信してる。だから安心して迷宮に残れたんだよ」
マルコの力があれば亜空間を脱出できると信じて疑っていない様子で、ミドは続けて言った。
「マルコは気づいてないかもしれないけど、間違いなくあるよ」
「ありませんよ。ボクにそんな力……」
「大丈夫だって~。マルコがその気になれば簡単に──」
「そんな力ないって言ってるじゃないですか!!!!!!!」
マルコは突然大声をあげた。ミドは目を丸くして閉口する。
「ミドさんはボクを買いかぶり過ぎなんですよ!!! 何でそんなに人を信じれるんですか!! 今までのボクを見てたなら分かるでしょ!? バカみたいに他人を信じた結果……裏切られたんですよ!?」
「………………」
「やっぱりミドさんはバカです……。ありもしないボクの才能なんかを信じたばっかりに、ボクと一緒にここで死ぬんですよ…………」
マルコは悔しそうに歯噛みをして俯いて肩を震わせた。そして恐る恐る顔を上げてミドの顔見る。するとミドは怒っているわけでもなく、悲しんでいるわけでもない。ただ優しそうにマルコを見て微笑んでいただけだった。マルコは苦しそうに、今にも泣きだしそうな表情でミドに問いかけた。
「本当に……ボクにそんな力があると思ってるんですか?」
「あるよ。だってここに来るまでにボクは、マルコの実力を一度見てるからね」
「え?」
ミドはマルコの目を真っ直ぐ見て言った。マルコは不安そうにミドを見返す。
ミドの発言は嘘でもハッタリでもない。ミドとマルコがドラゴ・シムティエール迷宮を目指して迷いの森を通過しようとしていた時に、たった一度だけマルコは潜在能力の片鱗を見せている。マルコはただ怯えて逃げていただけのつもりだったかもしれないが。ミドはそれを見逃してはいなかった。
しかしまだミドを信じ切れず、マルコは眉間にしわを寄せている。そして顔を背けながらミドに言った。
「そんな瞬間、いつあったって言うんですか? ボクにできたのは、せいぜい怯えて逃げることくらいですよ……」
するとミドは言った。
「そうだよ。マルコには『逃げる才能』がある」
「逃げる才能?? 意味が分かりませんよ……」
するとミドが目をつぶって唱えるように言った。
「──逃げるは恥だが役に立つ」
「何ですか、その言葉?」
「とある国の諺だよ。いま自分がいる場所、置かれている状況にしがみつく必要は無い、自分の得意なことが活かせる場所へ行こう、逃げることも選択肢に入れようって意味なんだって~」
「自分の……得意なこと……」
「マルコの最大の強みは『逃げ切る力』だ。それを逆に利用すれば、ここから脱出できる!」
「逆にって……」
「想像して、マルコにとって最も苦しい破滅、最低最悪の結末を……」
「一番嫌な、結末……」
「そして願うんだ。破滅から逃れたいって──」
マルコはミドに言われた通り、考えられる最悪の状況を想像した。するとマルコの表情がだんだん暗くなっていった。目と口にぎゅっと力が入る。両目を力いっぱい閉じて、下唇を噛んで震え出す。
するとマルコが独り言のようにつぶやいた。
「嫌だ……」
× × ×
マルコとミドが永遠に亜空間に閉じ込められて、何億、何十億年も生き地獄を味わう。
そしてパプリカ王国がドッペルフに支配され、国民が死人のように操られている。キールとフィオが死ぬ、あるいは亡霊にされて、マルコの帰る場所がなくなる。
× × ×
「嫌だッ…………!」
× × ×
唯一優しかった仲の良いメイドのミルルや、厳しくても絶対にマルコを見捨てなかった女王カタリナも、シュナイゼル同様に自殺に追い込まれて殺されてしまう。母の身体はドッペルフに乗っ取られ、そして母アンリエッタが……マルコの、ことを……完全に……忘れ………………る──。
× × ×
「そんなの、絶対に嫌だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!」
その時、マルコの全身が上昇気流のような金色のオーラに覆われた。
「──ッ」
──マルコの全身をユラユラとオーラが揺らめいている。
上昇気流によってマルコの髪が逆立ち、前髪で隠れていた左の顔が露わになる。そこにあったのは痛々しい火傷の後ではない。ハッキリとした竜の鱗が金色の線で浮き上がっており、左目の瞳孔は紫色の竜の瞳に変化して、オッドアイのような瞳をしていた。
マルコの『竜人』への覚醒である。マルコはミドに言った。
「これは、一体???? ……ボク、どうなってますか??!!」
マルコは自分でも驚いており、ミドに訊ねる。するとミドは飄々と答える。
「う~ん、そうだね~。すっごい白くて金色だね~」
「これが、ボクの潜在能力ですか!?」
「かもね~」
ミドは飄々としていた。そして気持ちを切り替えるようにマルコにミドが言った。
「さて……マルコ。このままだとボクたち亜空間から出られない。それでもいい?」
「嫌です!」
──バキッ。
マルコが強く拒否を示すと白金のオーラがマルコの感情に反応するように膨張し、亜空間に亀裂を作った。ミドは上を指さして言った。
「さあ、もう少しだマルコ! 真上に向かってお母さんのようにオーラの弾丸が出せる?」
「やれるかどうかわかりませんけど……」
「できないと最悪の未来が待ってるよ? いいの?」
「嫌ですううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!」
マルコを両手をめいっぱい上にあげて叫んだ。するとマルコの頭上に金色のオーラがこねられて丸まっていき、バシュンと凄い勢いで真上に飛んでいった。
──バギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!
マルコの作った白金のオーラは亜空間に大きな亀裂の穴を生み出した。その奥には見覚えのある螺旋状の渦が蠢いているのが分かった。ミドはそれを見てニヤリと笑い、マルコに言う。
「思った通りだ。マルコ、やっぱりキミは最高だ!」
「あ、ありがとうございます……////」
「それじゃあ、穴が塞がらない内に脱獄しちゃおっか!」
「はい!」
ミドがヘラヘラと笑うと、マルコも一緒に微笑んだ。そしてミドが床に触れて言う。
「森羅万象。ジャックと豆の木!」
するとニョキニョキと巨大な蔓が伸びてきて、みるみるうちに亀裂のある穴に向かっていった。ミドはマルコの手を取ってヒョイっと蔓に乗って言う。
「行くよ、マルコ!」
「行きましょう、ミドさん!」
こうして、ミドとマルコの二人は亜空間を飛び出していった──。
*
──王家の墓の最上階、屋上。
「か……あぐ……」
カタリナは苦しそうに息をしていた。そして全身には、一方的に殴られたような青い痣を作って倒れていた。
大切な剣は既に折られ、武器としては使いものにならなくなっている。
カタリナの髪の毛はくしゃくしゃに乱れ、顔には痛々しく殴られた痣が目立つ。おそらく髪の毛を掴まれて持ち上げられたまま一方的に殴打されたのだろう。しかも両足の骨を折られているらしく、パンパンに赤黒く張れているのが分かる。カタリナはもうすでに立ち上がることができなくなっていた。
「ごめんなさいね……カタリナ」
瀕死のカタリナを見下ろしているのは、両手をカタリナの血で染めた。マルコの母、アンリエッタの姿だった──。
マルコは小さく小さく、つぶやいた。
ドラゴ・シムティエール迷宮の奥に存在する亜空間。そこに胡坐のミドと、膝を抱えたマルコの二人が背中合わせで座っていた。二人の沈黙は気の遠くなるほど長かった。すると膝を抱えて座っているマルコが耐えきれずに先に口を開いたのだ。そして続けて言った。
「……ボクのことなんて、見捨てればよかったじゃないですか」
「………………」
「こうなったのも全部……全部ボクのせいなんですよ」
「………………」
「アイツの言う通りです。ボクなんか生まれてこなければよかったんだ」
「………………」
「ボクのせいで、お母さんは消滅した……。パプリカ王国もアイツに乗っ取られる」
「………………」
マルコは下唇を噛んで震えていた。ミドはマルコの言葉に返事をしなかった。そして落ちついた声でマルコに訊ねた。
「マルコはどうして迷宮から出たくないの?」
「どうせボクがパプリカ王国に行ったってなんの役にも立ちませんよ。ボクは逃げてばかりの弱虫ですから……」
「そんなことないんじゃない?」
「この場所にたどり着くまでだって、ボクは一度もまともに戦ってません。いつもミドさんやキールさんに助けてもらってばかりだったじゃないですか……」
マルコは両膝の間に顔をうずめて俯いた。顔が隠れてどんな表情をしているかは分からないが、少なくとも笑顔ではないことだけは分かった。
「……どうして残ったんですか?」
マルコがミドに訊ねると、ミドがゆっくり口を開いて言った。
「ボクにはまだ、マルコにやることが残ってるから」
「やること? ミドさんとの契約はお母さんの封印を解くまでですよね? もう終わったじゃないですか……」
「確かにマルコとの契約はお母さんの魂を救出するまでだった。だから契約は終了してる。それは間違いないよ。でもね、まだ別の約束が残ってるんだよ」
「約束?」
マルコは身に覚えがないように首を傾げ顔をしかめる。するとミドは言った。
「忘れたの? 『緑髪の死神にマルコの殺害依頼をする』。その約束はまだ継続中だよ」
「その約束なら忘れてください。どうせここから出られないんだから、もう死んだも同然です。今さら死神を探すことなんて無理なんですから」
マルコはミドから目を逸らして言った。どうやら約束は破棄するつもりらしい。するとミドは少し沈黙してから言った。
「マルコ……実はボク、キミに隠してたことがあるんだ」
「……?」
「ボクは表では流浪の旅芸人をしてるけど、もう一つ裏の顔があるんだ。マルコには特別に見せてあげる……」
「え?」
特別という言葉に反応して、マルコは少しだけ顔をミドの方に向ける。
それを確認したミドは深く深呼吸をして目をつぶる。すると、みるみるうちに深緑色の髪の毛が明るくなり、綺麗な緑色に染まっていく。同時にその黒い瞳は鮮血のように真っ赤に染まっていった。
マルコは目を丸くして、ミドの変化を凝視していた。するとミドが両目を開けて言った。
「緑髪の死神。それがボクの、もう一つの顔だ」
「!?」
確かに目の前のミドの姿は古い指名手配書で見た緑髪の死神の特徴をしていた。この世界で緑色の髪の毛と真っ赤な瞳をしている人物はそうそういないだろう。その希少な容姿をしていること自体が、ミドが緑髪の死神であることの証明として十分とも言えるのだ。マルコが声をあげた。
「ミドさんが……緑髪の死神!?」
「うん、黙っててゴメンね」
ミドはそう言うと、再び深呼吸を繰り返す。徐々に髪の毛の色が黒色に近づいていき、瞳はその赤みをやわらげ、黒色に戻っていった。そして言う。
「ボクとしては、ここでマルコに死なれたら困るんだ。だって──」
マルコが緊張した様子でミドを見ている。ミドは言った。
「──マルコを殺すのは『緑髪の死神』の仕事だから」
マルコはゴクリと唾を呑み込んでから言った。
「……じゃあ、ここでボクを殺すんですか?」
「まだ殺さない」
「え?」
「だって、迷宮で死んだら自殺ってことになっちゃうでしょ? マルコの望みは“緑髪の死神に殺されること”だよね。なら迷宮を脱出してからじゃないとマルコは死んじゃいけない。それはボク……いや、緑髪の死神が許さない」
迷宮の奥地に向かって帰ってこなかったとなれば、パプリカ王国では第三王子マルコは自殺の名所に向かって死んだことになる。それはつまり、自殺扱いをされてしまうということだ。
自殺とはすなわち『自ら命を絶つこと』である。それではマルコを殺したのは“マルコ本人”ということになってしまう。マルコの望みは“緑髪の死神に殺してもらうこと”なのだから、ミドはこの約束を守ろうとしているのだ。
ミドは続けて言う。
「死神ってさ、生死を司る存在だよね。つまり“死”以外にも“生”も同時に運んでくるわけだ」
「……どういう、ことですか?」
「ボクの血には傷を癒す力がある。仮にマルコがいくら自分を傷つけても、ボクが強制的に治す。そうなったらマルコは自傷行為で痛い思いを繰り返すだけで、死にたくても死ねないね~」
ミドの血液の中には『世界樹の雫』の成分が含まれている。女神の呪い『森羅』の能力の一つだ。ミドの血を生物の傷口に付着させると、瞬く間に傷口を塞いでしまうのだ。
マルコが手首を切ろうが喉を貫こうが、死神が“死”を許さない限りマルコは永遠に傷を癒され続ける。自殺願望者にとっては、まさに無限地獄である。
マルコはミドに言った。
「ひどい人ですね……」
「ボクは稀代の悪党だからね~」
ミドはヘラヘラ笑いながら言った。
彼の笑った顔は人によっては人の生き死にを弄ぶ悪魔のように見えるかもしれない。だが、マルコはどこかホッとしたような表情をしていた。彼には死を弄ぶ悪魔ではなく、人を助けるために自己犠牲を厭わない人に見えていたのかもしれない。
するとマルコはミドに訊ねた。
「どうやって脱出するって言うんですか?」
「簡単だよ。マルコが潜在能力を引き出せばいいんだ」
「え……?」
「マルコには迷宮から脱出する力がある、ボクはそう確信してる。だから安心して迷宮に残れたんだよ」
マルコの力があれば亜空間を脱出できると信じて疑っていない様子で、ミドは続けて言った。
「マルコは気づいてないかもしれないけど、間違いなくあるよ」
「ありませんよ。ボクにそんな力……」
「大丈夫だって~。マルコがその気になれば簡単に──」
「そんな力ないって言ってるじゃないですか!!!!!!!」
マルコは突然大声をあげた。ミドは目を丸くして閉口する。
「ミドさんはボクを買いかぶり過ぎなんですよ!!! 何でそんなに人を信じれるんですか!! 今までのボクを見てたなら分かるでしょ!? バカみたいに他人を信じた結果……裏切られたんですよ!?」
「………………」
「やっぱりミドさんはバカです……。ありもしないボクの才能なんかを信じたばっかりに、ボクと一緒にここで死ぬんですよ…………」
マルコは悔しそうに歯噛みをして俯いて肩を震わせた。そして恐る恐る顔を上げてミドの顔見る。するとミドは怒っているわけでもなく、悲しんでいるわけでもない。ただ優しそうにマルコを見て微笑んでいただけだった。マルコは苦しそうに、今にも泣きだしそうな表情でミドに問いかけた。
「本当に……ボクにそんな力があると思ってるんですか?」
「あるよ。だってここに来るまでにボクは、マルコの実力を一度見てるからね」
「え?」
ミドはマルコの目を真っ直ぐ見て言った。マルコは不安そうにミドを見返す。
ミドの発言は嘘でもハッタリでもない。ミドとマルコがドラゴ・シムティエール迷宮を目指して迷いの森を通過しようとしていた時に、たった一度だけマルコは潜在能力の片鱗を見せている。マルコはただ怯えて逃げていただけのつもりだったかもしれないが。ミドはそれを見逃してはいなかった。
しかしまだミドを信じ切れず、マルコは眉間にしわを寄せている。そして顔を背けながらミドに言った。
「そんな瞬間、いつあったって言うんですか? ボクにできたのは、せいぜい怯えて逃げることくらいですよ……」
するとミドは言った。
「そうだよ。マルコには『逃げる才能』がある」
「逃げる才能?? 意味が分かりませんよ……」
するとミドが目をつぶって唱えるように言った。
「──逃げるは恥だが役に立つ」
「何ですか、その言葉?」
「とある国の諺だよ。いま自分がいる場所、置かれている状況にしがみつく必要は無い、自分の得意なことが活かせる場所へ行こう、逃げることも選択肢に入れようって意味なんだって~」
「自分の……得意なこと……」
「マルコの最大の強みは『逃げ切る力』だ。それを逆に利用すれば、ここから脱出できる!」
「逆にって……」
「想像して、マルコにとって最も苦しい破滅、最低最悪の結末を……」
「一番嫌な、結末……」
「そして願うんだ。破滅から逃れたいって──」
マルコはミドに言われた通り、考えられる最悪の状況を想像した。するとマルコの表情がだんだん暗くなっていった。目と口にぎゅっと力が入る。両目を力いっぱい閉じて、下唇を噛んで震え出す。
するとマルコが独り言のようにつぶやいた。
「嫌だ……」
× × ×
マルコとミドが永遠に亜空間に閉じ込められて、何億、何十億年も生き地獄を味わう。
そしてパプリカ王国がドッペルフに支配され、国民が死人のように操られている。キールとフィオが死ぬ、あるいは亡霊にされて、マルコの帰る場所がなくなる。
× × ×
「嫌だッ…………!」
× × ×
唯一優しかった仲の良いメイドのミルルや、厳しくても絶対にマルコを見捨てなかった女王カタリナも、シュナイゼル同様に自殺に追い込まれて殺されてしまう。母の身体はドッペルフに乗っ取られ、そして母アンリエッタが……マルコの、ことを……完全に……忘れ………………る──。
× × ×
「そんなの、絶対に嫌だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!」
その時、マルコの全身が上昇気流のような金色のオーラに覆われた。
「──ッ」
──マルコの全身をユラユラとオーラが揺らめいている。
上昇気流によってマルコの髪が逆立ち、前髪で隠れていた左の顔が露わになる。そこにあったのは痛々しい火傷の後ではない。ハッキリとした竜の鱗が金色の線で浮き上がっており、左目の瞳孔は紫色の竜の瞳に変化して、オッドアイのような瞳をしていた。
マルコの『竜人』への覚醒である。マルコはミドに言った。
「これは、一体???? ……ボク、どうなってますか??!!」
マルコは自分でも驚いており、ミドに訊ねる。するとミドは飄々と答える。
「う~ん、そうだね~。すっごい白くて金色だね~」
「これが、ボクの潜在能力ですか!?」
「かもね~」
ミドは飄々としていた。そして気持ちを切り替えるようにマルコにミドが言った。
「さて……マルコ。このままだとボクたち亜空間から出られない。それでもいい?」
「嫌です!」
──バキッ。
マルコが強く拒否を示すと白金のオーラがマルコの感情に反応するように膨張し、亜空間に亀裂を作った。ミドは上を指さして言った。
「さあ、もう少しだマルコ! 真上に向かってお母さんのようにオーラの弾丸が出せる?」
「やれるかどうかわかりませんけど……」
「できないと最悪の未来が待ってるよ? いいの?」
「嫌ですううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!」
マルコを両手をめいっぱい上にあげて叫んだ。するとマルコの頭上に金色のオーラがこねられて丸まっていき、バシュンと凄い勢いで真上に飛んでいった。
──バギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!
マルコの作った白金のオーラは亜空間に大きな亀裂の穴を生み出した。その奥には見覚えのある螺旋状の渦が蠢いているのが分かった。ミドはそれを見てニヤリと笑い、マルコに言う。
「思った通りだ。マルコ、やっぱりキミは最高だ!」
「あ、ありがとうございます……////」
「それじゃあ、穴が塞がらない内に脱獄しちゃおっか!」
「はい!」
ミドがヘラヘラと笑うと、マルコも一緒に微笑んだ。そしてミドが床に触れて言う。
「森羅万象。ジャックと豆の木!」
するとニョキニョキと巨大な蔓が伸びてきて、みるみるうちに亀裂のある穴に向かっていった。ミドはマルコの手を取ってヒョイっと蔓に乗って言う。
「行くよ、マルコ!」
「行きましょう、ミドさん!」
こうして、ミドとマルコの二人は亜空間を飛び出していった──。
*
──王家の墓の最上階、屋上。
「か……あぐ……」
カタリナは苦しそうに息をしていた。そして全身には、一方的に殴られたような青い痣を作って倒れていた。
大切な剣は既に折られ、武器としては使いものにならなくなっている。
カタリナの髪の毛はくしゃくしゃに乱れ、顔には痛々しく殴られた痣が目立つ。おそらく髪の毛を掴まれて持ち上げられたまま一方的に殴打されたのだろう。しかも両足の骨を折られているらしく、パンパンに赤黒く張れているのが分かる。カタリナはもうすでに立ち上がることができなくなっていた。
「ごめんなさいね……カタリナ」
瀕死のカタリナを見下ろしているのは、両手をカタリナの血で染めた。マルコの母、アンリエッタの姿だった──。
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