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竜がいた国『パプリカ王国編』

ついに激突! 天才剣士カタリナ VS 亡霊竜人族ドッペルフ

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「何してんだ! 急げフィオ!」

 キールが息切れして膝をついているフィオに叫んだ。

「ちょ、ちょっとタイムっス! 休憩! 五分休憩、求むっスよ!!」
「何言ってんだ! 日が暮れちまうぞ!」

 迷宮の亜空間から脱出し、キールとフィオはパプリカ王国に向かって走っていた──。



 今から数時間前、キールとフィオは出口の穴から亜空間を脱出した後、迷宮の外に出た。するとそこには待機していたはずのボクシーの姿はなく、代わりに大勢の若い兵士たちが硬直して倒れている光景だった。
 キールとフィオは驚いて兵士の一人を調べる。鎧に激しい傷や返り血はなく、掠り傷程度のものだった。おそらく、ここに来るまでのモンスターとの戦闘で受けたものだろう。死んでいるようにも見えるがどうやら息はしている様子だった。

「おい、しっかりしろ!」

 キールは迷宮の入口で倒れている兵士に話しかけるが誰一人として反応せず、真っ青な表情で硬直していた。キールは他に意識がある兵士がいないか周りを見渡した。すると、一人だけうめき声を上げている兵士を発見する。キールはすぐにその兵士の元へ駆け寄って声をかけた。

「おい、大丈夫か! おい!」
「うぅ……あ……」

 兵士は虚ろな表情でキールを見た。そのまま口をパクパクと動かして、やっとのことで言葉を発する。

「あ、あなたは……」
「一体なにがあった?!」
「突然……不気味な、黒い煙が……」
「!」

 それを聞いたキールはすぐにドッペルフだと理解した。ヤツがこの兵士たちに女神の能力を使ったのだろう、何が起こっても不思議ではない。女神の絵本に常識を求めてはいけないのだ。キールは兵士に訊ねた。

「その黒い煙ってのは、どこに行ったんだ? 教えてくれ!」
「ぱ、パプリカ、王国の、方角、へ……」
「やっぱそうか……」
「この川に沿って行けば、パプリカ、王国まで、最短距離で、行けます……」
「本当か!?」
「はい。川の、行き着く先は、パプリカ王国城の、王家の、墓、です……」
「そんな近道あったのか……!」
「お、お願いが……」
「なんだ?」
「女王を……カタリナ様を……助け……」

 兵士はそう言いかけると突然白目を剝いて痙攣を始める。口から青白い煙を吐いて動かなくなった。恐らくそれは兵士の魂か、亡霊の類だろう。兵士の魂は奇声を発しながらパプリカ王国があるであろう方角に一直線に飛んでいってしまった。
 キールがそれを見て言う。

「とりあえず最悪の状況に向かってるのは間違いなさそうだな」
「早くパプリカ王国に向かうっス!」

 キールとフィオは兵士に教えてもらった通り、川に沿って走り出す。

 流れている川の状態はまさに激流であった。迷宮の中では下から上にゆっくりと流れていたのだが、外に出た途端まるでジェットコースターの如く勢いで流れている。キールは川を渡るのは危険だと判断し、川に沿って走ることにした。

「ちょ、ちょっとタイムっス! 休憩! 五分休憩、求むっスよ!!」
「何言ってんだ! 日が暮れちまうぞ!」

 しばらく走っていると、先に音を上げたのがフィオだった。
 フィオは一〇〇メートルの全力疾走で息切れをするくらいの体力なのだが、キールは吸血鬼の身体能力があるため、人間の持久力とは比べ物にならない。なんなら二四時間ぶっ続けで走りっぱなしでも平気な顔をしていられるほどだ。そのため、フィオはいちいち休憩を挟みたがり、キールは苛立ちを隠せなくなって言った。

「分かった。フィオは休みながらでいいから後から来い、オレは先に行ってる」
「ちょ、ダメっス! こんなところに一人ぼっちにされたら、あーし寂しくて死んじゃうっス!!!」
「じゃあ死ぬ気で走れ! 手遅れになっちまうだろうが!」

 現状パプリカ王国がどういう状況かは分からないが、最悪の方向に向かっているのだけは分かっている。
 ミドがパプリカ王国に行けと言ったということは、彼もマルコを引っ張ってでも連れてくるはずだ。ならばキールはミドが来るまでにパプリカ王国の状況を確認して戦うか逃げるか判断しなければならない。
 戦うならミドが来るまでアンリエッタの肉体を守らなければならないだろう。マルコも一緒に連れてくるということは「マルコの大切なものを守れ」という指示が含まれているのは容易に予想できる。
 逃げるなら自分たちの船をすぐにでも出航可能な状態にしなければならない。キールたちの船「まんまるマンボウ号」は現在パプリカ王国に置いてきたままである。
 人間というは身勝手な生き物だから、追い詰められれば他人の物でも盗んでしまう者もいるだろう。パプリカ王国の危機で国民が国を捨てて脱出する際にマンボウ号に勝手に乗って逃げる可能性もあるのだ。
 キールはパプリカ王国を救いたいわけではない、大事なのは仲間と仲間の大切なものを守ることである。そのため、今は一刻も早くマンボウ号の状態とパプリカ王国の状況を知る必要があるのだ。
 キールがイライラしていると、フィオが何か思いついたように目を見開いて言った。

「んん~~~~~~~~~~~~~~!! そうだ! 良いこと思いついたっス!」

 フィオは体力の限界が来ておりキールの吸血鬼の体力についていけなくなっていた。しかし置いていかれて一人になるのは避けたかったらしく、必死で頭をひねらせた結果、とあるアイデアを出した──。



 フィオが大はしゃぎで叫んでいた。

「ひゃっほおおおおおおおおお!! 快適っスううううううううううううううう!!」
「おいフィオ、はしゃぐな! ひっくり返って落ちるぞ!」

 キールとフィオは小さな二人乗りの小船に乗って激流の川を下っていた。

 フィオはキールに置いて行かれるのを何としても回避するため必死に考えた結果、川を利用してい川下りをしようと提案したのだ。

 初めは乗れるイカダもボートもないため危険だからダメだと、キールに却下されたのだがフィオは必死で食い下がった。すると、フィオが古代文明の技術で作られたと思われる謎のポケットを漁り始め、一瞬でに二人乗りのボートのような船を出現させたのだ。

 キールはフィオに「どこに持ってたんだよ。そんなデカいの?」と訊ねると、フィオは「あーしの『四次元収納グッズ』はどんな大きいものでもしまえるっス」とよく分からないことを言っていた。
 とにかく、それによってキールとフィオの激流の川下りがスタートしたのだ。

「真面目に走るなんてバカバカしいっスよ! 自然の力を逆に利用するのが賢い選択っス!」
「確かにこの方が早いだろうが危険リスクもデカいだろ。しっかり掴まってろよ! 落ちたら助けらんねぇぞ!」

 キールはそう言うと周囲の木や岩に鬼紅線きこうせんを飛ばしてちょっと引いてすぐに切り離す。それを繰り返して軌道修正しながら小船の操作をしていた。フィオは調子に乗って叫ぶ。

「大丈夫っスよ!」

 フィオは、まるでアトラクションを楽しんでいるかのように両手を離し、万歳をしてのけぞっている。

 そのとき、川の中にあった大岩と船の底がぶつかって、一瞬だが船が飛び上がり、空中に浮かんだ。フィオはその衝撃でお尻を突き上げられて「んぎゃあ」と声を洩らして飛び上がってしまう。船から飛んで落ちてしまったフィオは空中で後ろに飛ばされ、キールと距離が離れて行った。

「たたたた、助けてええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」
「言わんこっちゃねぇ!! だからしっかり掴まってろって言ったろうが!」

 フィオは泣きながらキールに助けを求めた。キールは慌てて両手から伸ばしている鬼紅線を片手だけ切り離してフィオの胴体に飛ばして巻きつけた。そのまま一気に引き戻すために身体操作で腕力を一時的に強化する。キールの腕がパンパンに膨れ上がって強靭的な力でフィオはされるがままに引っ張られながら船の上に頭から落っこちてきた。

「死んだっス! 絶対あーし死んだっスよ! 幽霊になってるはずっス! 早くあーしの体を探しに戻るっスよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「安心しろ、まだ死んでねぇよ」

 キールにそう言われてフィオが自身の身体をくまなく触り、感触があることを確認してとりあえずホッとしている様子だった。

 川を下っていくと、少しずつパプリカ王国らしき城の姿が見えてきた。それを確認したフィオが大喜びでキールに指差し呼称をしている。すると川の流れが一瞬早くなりキールとフィオは船が飛び出してフワっと浮かぶ感覚を覚えた。どうやら小さな滝があったようだ。そのまま落ちるように船は急降下し、バシャーンという音を立てて水面に当たった。

 激流の川下りを何とか乗り越えて、キールとフィオの二人は何とかパプリカ王国の城の泉に到着する。

「なんだこりゃあ!?」

 キールは目の前のパプリカ王国、いや王家の墓と呼ばれる塔を見て思わず声を洩らした。
 巨塔の上空に赤黒いうずが螺旋状に蠢いていた。それは禍々しいオーラを発しており、本能が危険だという感覚を送ってくる。
 さらに塔の周りには青白い人型の亡霊と思われる存在がグルグルと回って飛んでいた。よくよく見ると、どうやら城下町から霊たちは流れてきている様子である。それを見たフィオが言う。

「国の中が幽霊まみれっス!? これがゴーストタウンってヤツっスか!!」
「ゴーストタウンの意味が違う気がするが……って今はそれどころじゃねえ。いくぞ!」
「え!? あの塔の中にっスか?!」
「そうじゃねえ、先にマンボウ号の安否を確認する。逃げるにしても船が盗まれてたら意味ねぇだろ!」
「なるほど、了解っス!」

 キールとフィオはマンボウ号のある場所に向かうため、城下町を通り抜ける選択をし、亡霊が彷徨さまよい歩くパプリカ王国の中に入って行ったのだった。

                   *

 ──そのころ、女王カタリナが王家の墓、巨塔の中を最上階に向かって走っていた。

 螺旋状の階段を幾つも駆け上がっていき、それぞれの王の部屋を無視していく。最上階の部屋に入ると、アンリエッタの身体が無くなっていた。

「アンリエッタ様!」

 カタリナは必死で部屋の中を見渡すがどこにもいない。不安と焦りが募っていったその時、もしかしたらさらに上かもしれないと思った。
 王家の墓は最上階からさらに上に屋上のような場所がある。そこはだだっ広い場所で周りには柵もなく、危険なため、立ち入ることができないようになっているはずであった。
 カタリナはいてもたってもいられず、立ち入り禁止となっている屋上に向かって走る。屋上の扉は頑丈な造りとなっており、大人数人でなければ開けられないほど重い扉である。当然だがカタリナ一人の腕力では到底開けることは叶わない。しかし彼女には最大にして最強の武器がある。

「──ッッッ!!」

 カタリナが腰の剣を利き手で握り、一閃を放つ。頑丈な扉は一撃で真っ二つに斬られ、崩れ落ちていった。カタリナは扉の瓦礫の隙間から屋上に飛び出した。

 カタリナは目の前の状況に目を見開き、叫んだ。

「何をしているのですか! ボクシー!!」

 カタリナの目の前には異様な光景が広がっていた。そこには大勢の青白い影と共にボクシーが両手を上げながら奇妙な動きをしていたのだ。

「おや? もう来てしまったのね……」

 ボクシーはピタリと止まり、振り返ってカタリナを見た。

「与えた任務はどうしたのですか! 私は封印を強化するように命令したはずです!!」
「これはこれは、カタリナ様ではありませんか……おひさしぶりです。私のことを覚えていませんか?」
「な、なにを言っているのですか??」

 カタリナはボクシーが何を言っているのか理解できずにいた。それに気づいたボクシーが言った。

「おっとこれは失礼、この姿では分かりませんか。そうですねぇ……もうこの入れ物に用はなくなりましたし、ここに捨てていきましょう」

 そう言うとボクシーが痙攣を始めた。口からヌルヌルの黒い光沢している液体が溢れ出して上空に上がっていった。それは雲のようにモワモワと動いて、八メートルほど上空で人の形に変わっていった。するとその人影はカタリナを見下ろしてニヤリと笑うと言った。

「お久しぶりですねぇ……カタリナ様……」

 カタリナが空を見上げて愕然とする。目の前にいる人物は紛れもなく彼女が想像もしたくなかった最悪の象徴だったからだ。そしてカタリナは叫んだ。

「貴様?! ドッペルフ!!! なぜここにいる!?」
「なぜって、封印を解いてもらったからに決まってるじゃないですか」
「そんなバカな……! 任務は失敗したというのですか……!! ボクシーに何をしたのですか!」
「何もしていませんよ。ただちょっと体を借りていただけです」
「くっ……シュナイゼルも失敗したなんて……」
「彼なら死にましたよ」
「なんですって! 一体だれに……?!」
「残念ですが、彼は自殺しました」
「自殺!? そんなバカな!!」
「事実です」

 カタリナはめまいがして崩れ落ちそうになる。シュナイゼルが自殺したなんて信じられなかった。

「貴様が自殺に追い込んだのですね……ドッペルフ!!」
「まさか、そんなこと。もしかしたら私の封印を解いてしまった“彼”の代わりに償いをしようとしたのかもしれませんよ」
「償い? 一体だれが封印と解いたというのですか!」
「カタリナ様がよく知っている人物ですよ……竜と人間の忌まわしい混血種──」

 カタリナは、ドッペルフの最期の一言を聞いて言う。

「まさか……!」
「んふふふふふふふふ……」
「マルコ……なんてバカなことをッ……!!」

 悲しそうな表情で拳を握りながらカタリナがつぶやく。

「あまりマルコ王子を責めないでくださいね。彼も今は辛い状況でしょうから……」
「マルコは……マルコは今どこにいるのですか!! 答えなさい、ドッペルフ!!!」
「ご安心ください。殺してはいませんよ、ただ私の代わりに迷宮の亜空間をさ迷い歩いているでしょうけど」
「!?」

 カタリナはそれを聞いて決断をしたようすだった。そして誰にも聞こえない程度の声で言った。

「まさか、再び剣を抜く日がこようとは……」

 ジャキン──。
 剣を抜き、目の前の亡霊に向ける。カタリナは鋭い眼光で睨みつけて言った。

「……覚悟しなさい! ガルガント・ヴ・ドッペルフ!!」
「いいでしょう。お相手させていただきます」

 天才剣士カタリナ VS 亡霊ドッペルフの一騎打ちが始まった──。
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