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竜がいた国『パプリカ王国編』
パプリカ王国の危機?! 女王カタリナの苦闘
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「おや? これはこれは、ボクシー様ではありませんか!」
──パプリカ王国の入国審査官の男が言った。
パプリカ王国の入口である巨大な門。そこには小さな小窓があり、入国審査官が受付をしていた。彼がいつも通りパプリカ王国の外門の事務所で暇そうにしていると突然ボクシーが窓口に現れたのだ。ボクシーは何も言わず黙って立っていたので、審査官の男は慌てて声をかけたのだ。
審査官の男は、なにか違和感を覚えながら訊ねた。
「たしか国の大切な任務で出かけてらしたのでは?」
「………………」
ボクシーは何も言わない。
奇妙なことに、そこにいたのは青白い顔と額に血管を浮き上がらせたボクシー一人だけだった。本来ならば同行した兵士たちが後ろにいてもおかしくない。それどころか、普通は兵士の誰かが窓口に来るはずである。ボクシー自らが窓口に立つなどありえないはずだ。
審査官の男は再度ボクシーに声をかける。
「ボクシー様?」
「まずはお前からなのね……」
「──っ!? ぼ、ボクシー様……! なにを!」
その時、ボクシーは何も知らない審査官の首を絞め始めた。審査官は突然のことで何も抵抗できず、首を絞められて顔が真っ赤に染まっていく。ボクシーは信じられないほどの腕力で審査官の男を軽々と持ち上げると、審査官の男は白目を剝いて泡を吹き始めた。
ボクシーが両手を離すと審査官はドサッと床に倒れて口から白い煙を吐き始めた。それはユラユラと上昇していき、三メートルほどはある天井付近で雲のように停滞し、徐々に青白い人型の生霊になっていく。
「お前に最初の命令を下すのね。門を開けてボキたちを中に入れるのね」
「ワカリ……マシタ……」
機械人形のような声で返事をして審査官の生霊が天井から降りてくる。そして壁に設置されている電話に向かって言った。
「モンヲ……アケロ……」
すると電話の先から何とも気の抜けた声で「あ~い、わっかりました~」という声が聞こえてきた。門を開くスイッチを担当している公務員だと思われる。
巨大な外門はズズズ、ゴゴゴという重々しい音を立てて上がっていく。それを眺めながらボクシーが言った。
「まずは手始めに、国民全員を幽霊化させるのね……」
すると隠していた青白い無数の生霊を出現させた。
人間の魂は一度引っ張り出して少しいじれば記憶の書き換えが容易に可能となる。そのため、ボクシーは国中の人間の記憶を書き換えるために、幽体を引き出す必要があった。
「お前たちはこの国の人間全員の魂を引っ張り出すのね……その間にボキは王家の墓に向かうのね……」
そう言ってボクシーが指でゴーサインをすると、後ろの霊たちはワラワラと門をくぐり抜けて言った。すると国の中から悲鳴が聞こえ始める。そしてボクシーが言った。
「ふふふ……今、会いに行きますよ。アンリエッタ様……」
ボクシーは最後にゆっくりと門をくぐって行った。
*
パプリカ王国城の中で自室の窓から外の景色を眺めながら女王カタリナがつぶやいた。
「大丈夫でしょうか……」
シュナイゼル、ボクシーの二人にドラゴ・シムティエール迷宮の封印補強作業を任せたが、彼らが無事に返ってくるまで安心することはできない。シュナイゼルとボクシーはとても優秀である。だから多少のトラブルが発生したとしても、何とか解決できるだろう。だが、万が一ということもある。最悪の場合を想定しておくのは責任のある立場としては当然のことだ。
コンコン。ドアをノックする音が聞こえてカタリナが振り返って言う。
「入りなさい」
「失礼します」
するとメイドのミルルがドアをノックして入ってきた。どうやらカタリナが頼んでいた紅茶を持ってきてくれたらしい。両手でお盆を丁寧に持ち、カタリナの近くに歩いてくると、落ち着いた動作で紅茶をテーブルに置いた。
「ありがとうミルル。マルコの様子はどうですか?」
「え、マルコですか?!」
カタリナが何気なく訊ねると、ミルルは目を逸らしてあからさまに動揺し始めた。
実はミルルはカタリナから直々にマルコの専属メイドを任されている。
ミルルの仕事はマルコのお世話をしつつ、マルコの行動を観察し、なるべく詳細にカタリナに報告することであった。マルコが城をこっそり抜け出している習慣があることをカナリナが知っていたのも、ミルルから情報を得ていたからなのだ。
「え、えっと……いつも通りですよ! 普通にお部屋でお勉強を──」
「はぁ……嘘ですね?」
「ひっ!」
「またマルコを一人で行動させたのですか?」
「すみません! でもでも、マルコもたまには一人で羽を伸ばしたいかな~……と……」
なぜミルルがマルコの専属メイドを任されているのか? それはミルルの態度から分かると思うが彼女は『嘘をつくのが苦手』である。それゆえ、カタリナが少し強めに問いかけるだけで、すぐに真実を白状してくれるからなのだ。
優秀な人材を専属にすればいいと考えるだろうが、そういう者は損得勘定も優秀で、報酬次第で簡単に敵に寝返る可能性もある。優秀ゆえに嘘をつくのも上手いため、簡単にカタリナを騙して煙に巻いてしまうかもしれない。そんな危険な人間にマルコを任せるのは心配だった。
だから、ちょっと抜けているミルルくらいが丁度いいのだ。彼女は優秀ではないかもしれないが人情味に厚く、損得勘定抜きにマルコを見守ってくれると思ったのだ。嘘をつかれても今回のように簡単に見破れるし、マルコを単独行動させたのも彼女なりの優しさなのだろう。
「怒りませんから正直に言いなさい。ミルル」
「……はい」
ミルルは正直にマルコが城を出て行ったときのことを話した。
× × ×
「ミルル、カタリナ姉さんには絶っ対、内緒だからね!」
マルコは明らかに出かける準備をした状態でミルルを睨みながら言った。
「あ、コラ! マルコ、一人でどこ行く気?」
「教えない!」
「私にも言えないような所にいく気ね!」
「それは……」
マルコが口ごもり、モゴモゴし始めると、ミルルが両手で頬をおさえながら哀しそうに言う。
「まさか、そんな……!? マルコにエッチなお店はまだ早いよ!」
「ち、違うよ! なんでそうなるんだよ!?」
「マルコの初めては、あたしがもらうって決めてるんだから! 売春女になんか渡さないんだから!」
「いつ決めたんだよ、そんなこと!? それに売春女なんて言い方……よくないよ。そう言う人たちも必死で生きてるんだから……」
「そんな……!? マルコはあたしより、他の女を求めるの!? あたしはマルコ専用メイドなんだよ?! マルコの好きに使っていいんだよ!?」
「専用とか、好きに使っていいとか誤解されるような言い回しやめてよ////」
マルコは何とかミルルの誤解を解こうとしていた。しかしどこに行くのかは言えないのか、所々をぼやかした表現をしていたそうだ。そして、しぶしぶミルルはマルコを信じることにしたらしい。
× × ×
「なるほど。では、どこに行ったかまでは知らないということですね?」
「……はい」
「分かりました。下がっていいですよ」
「……はい」
ミルルはトボトボと歩いて部屋を出て行った。
カタリナはミルルにマルコの性教育まで頼んだ覚えはないのだが、ミルルもまだ一〇歳前後のマルコに対して自制心はあるようなので、多少のことは大目に見ることにした。
マルコもミルルには心を開いているみたいだから、じゃれ合っている程度のことなのだろう。もしかしたら本当にマルコとミルルが結ばれて年の差婚をしてしまう可能性もあるが、国中から差別されて孤独なまま死んでいくよりはマシなのかもしれない。
カタリナはそんなことを考えていた。その時だった──。
「女王! 大変です! 城下の人々が!!」
突然、禿げた髭の男が入って来た。
カタリナが冷静に振り返るとそこにいたのは大臣だった。大臣は息を切らせながらハンカチを胸ポケットから取り出した。禿げあがった頭部は脂汗なのか、冷や汗なのか分からないがテカテカと光沢しており、取り出したハンカチでペタペタと汗を拭きとっている。
カタリナは大臣を叱責するように言った。
「何ですか大臣! ノックぐらいしなさい」
「申し訳ありません……! ですが女王、緊急事態でして……あぐぅぁぁッ!」
大臣の男がそう言いかけると、いきなり苦しみ出してバタリと倒れてしまった。カタリナは驚いて大臣に駆け寄ろうとすると、大臣の口から何か奇妙な青白い煙が出てきたのだ。
「これは……!?」
「アァ、アアアアアァァ……」
それはカタリナの目の前で人型になっていくと、人ならざる者の声を発しながらカタリナに近づいてきた。
「ジョ……ジョ……オウ……」
まだ理性が残っているのか大臣だった青白いナニカはカタリナをかなしそうに見ている。カタリナは一度深呼吸をして冷静に状況判断をする。
とにかく距離を置かなければ、情報が少ない以上、迂闊に触れると毒をもらう危険性もある。今は回避と逃走が先決だ。
カタリナは青白いナニカが触れようとするのを軽々と避けて壁にかけてある剣を手に取った。カタリナが女王になる前に使っていた愛刀である。パプリカ王国の剣は基本は両刃なのだが、カタリナだけは珍しく片刃の剣を好んで使用している。カタリナは剣士を引退しても、剣の手入れを常に怠らなかったため、刀身は美しい銀色に輝いていた。
振り返って大臣だったナニカにカタリナが言った。
「大臣、必ず助けます……」
カタリナはそうつぶやくと、部屋を勢いよく出て行った。大臣だったナニカは「アァ……アァ……」とうめき声を上げながら部屋をグルグルとさまよっていた。
カタリナは考えた。今パプリカ城で何が起こっているのか。明らかに異常な状況が発生している。
「これは……!?」
カタリナが大広間に到着し、階段の下を見て絶句する。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ……」
「オウ、オウオウ、オウオウオウオウ、オウオウオウオウオォォ……」
「エグッ! エグッ! エグッ! エグッ! エグッ! エグッ!」
そこにはうめき声と奇声を発する大勢の青白い影が蠢いていたのだ。
カタリナはドレスのスカートの裾を破り捨てて短くする。するとカタリナの太ももと白いストッキングが露わになった。そして動きづらいであろうハイヒールを脱ぎ捨て、そのまま階段を降りて大広間に降りる。
当然だが青白い影たちはカタリナの存在に気付くと我先にと襲い掛かるように近づいてくる。カタリナは電光石火の如く速度で掻い潜り、あっという間に大広間を出て行った。
「ブランクはありますが、まだまだ戦えそうですね」
カタリナは自身の戦闘力に関して冷静に観察している。
そして城の外に出て行くまでに無事な人間はいないか確認しながら移動していたが、どうやらカタリナ以外の兵士や城の人間はすべて青白い影のナニカにされている様子だった。
カタリナの脳裏には嫌な予感がしていたのか、真っ先に向かったのは王家の墓だった。王家の墓を見てカタリナが目を見開いて言った。
「一体、何が起こっているのですか?!」
そこには、王家の墓の上空に不気味な螺旋状の穴が開き、蠢いていたのだ。
「アンリエッタ様……!」
カタリナは走った。アンリエッタが眠っている王家の墓、最上階へ向かって──。
──パプリカ王国の入国審査官の男が言った。
パプリカ王国の入口である巨大な門。そこには小さな小窓があり、入国審査官が受付をしていた。彼がいつも通りパプリカ王国の外門の事務所で暇そうにしていると突然ボクシーが窓口に現れたのだ。ボクシーは何も言わず黙って立っていたので、審査官の男は慌てて声をかけたのだ。
審査官の男は、なにか違和感を覚えながら訊ねた。
「たしか国の大切な任務で出かけてらしたのでは?」
「………………」
ボクシーは何も言わない。
奇妙なことに、そこにいたのは青白い顔と額に血管を浮き上がらせたボクシー一人だけだった。本来ならば同行した兵士たちが後ろにいてもおかしくない。それどころか、普通は兵士の誰かが窓口に来るはずである。ボクシー自らが窓口に立つなどありえないはずだ。
審査官の男は再度ボクシーに声をかける。
「ボクシー様?」
「まずはお前からなのね……」
「──っ!? ぼ、ボクシー様……! なにを!」
その時、ボクシーは何も知らない審査官の首を絞め始めた。審査官は突然のことで何も抵抗できず、首を絞められて顔が真っ赤に染まっていく。ボクシーは信じられないほどの腕力で審査官の男を軽々と持ち上げると、審査官の男は白目を剝いて泡を吹き始めた。
ボクシーが両手を離すと審査官はドサッと床に倒れて口から白い煙を吐き始めた。それはユラユラと上昇していき、三メートルほどはある天井付近で雲のように停滞し、徐々に青白い人型の生霊になっていく。
「お前に最初の命令を下すのね。門を開けてボキたちを中に入れるのね」
「ワカリ……マシタ……」
機械人形のような声で返事をして審査官の生霊が天井から降りてくる。そして壁に設置されている電話に向かって言った。
「モンヲ……アケロ……」
すると電話の先から何とも気の抜けた声で「あ~い、わっかりました~」という声が聞こえてきた。門を開くスイッチを担当している公務員だと思われる。
巨大な外門はズズズ、ゴゴゴという重々しい音を立てて上がっていく。それを眺めながらボクシーが言った。
「まずは手始めに、国民全員を幽霊化させるのね……」
すると隠していた青白い無数の生霊を出現させた。
人間の魂は一度引っ張り出して少しいじれば記憶の書き換えが容易に可能となる。そのため、ボクシーは国中の人間の記憶を書き換えるために、幽体を引き出す必要があった。
「お前たちはこの国の人間全員の魂を引っ張り出すのね……その間にボキは王家の墓に向かうのね……」
そう言ってボクシーが指でゴーサインをすると、後ろの霊たちはワラワラと門をくぐり抜けて言った。すると国の中から悲鳴が聞こえ始める。そしてボクシーが言った。
「ふふふ……今、会いに行きますよ。アンリエッタ様……」
ボクシーは最後にゆっくりと門をくぐって行った。
*
パプリカ王国城の中で自室の窓から外の景色を眺めながら女王カタリナがつぶやいた。
「大丈夫でしょうか……」
シュナイゼル、ボクシーの二人にドラゴ・シムティエール迷宮の封印補強作業を任せたが、彼らが無事に返ってくるまで安心することはできない。シュナイゼルとボクシーはとても優秀である。だから多少のトラブルが発生したとしても、何とか解決できるだろう。だが、万が一ということもある。最悪の場合を想定しておくのは責任のある立場としては当然のことだ。
コンコン。ドアをノックする音が聞こえてカタリナが振り返って言う。
「入りなさい」
「失礼します」
するとメイドのミルルがドアをノックして入ってきた。どうやらカタリナが頼んでいた紅茶を持ってきてくれたらしい。両手でお盆を丁寧に持ち、カタリナの近くに歩いてくると、落ち着いた動作で紅茶をテーブルに置いた。
「ありがとうミルル。マルコの様子はどうですか?」
「え、マルコですか?!」
カタリナが何気なく訊ねると、ミルルは目を逸らしてあからさまに動揺し始めた。
実はミルルはカタリナから直々にマルコの専属メイドを任されている。
ミルルの仕事はマルコのお世話をしつつ、マルコの行動を観察し、なるべく詳細にカタリナに報告することであった。マルコが城をこっそり抜け出している習慣があることをカナリナが知っていたのも、ミルルから情報を得ていたからなのだ。
「え、えっと……いつも通りですよ! 普通にお部屋でお勉強を──」
「はぁ……嘘ですね?」
「ひっ!」
「またマルコを一人で行動させたのですか?」
「すみません! でもでも、マルコもたまには一人で羽を伸ばしたいかな~……と……」
なぜミルルがマルコの専属メイドを任されているのか? それはミルルの態度から分かると思うが彼女は『嘘をつくのが苦手』である。それゆえ、カタリナが少し強めに問いかけるだけで、すぐに真実を白状してくれるからなのだ。
優秀な人材を専属にすればいいと考えるだろうが、そういう者は損得勘定も優秀で、報酬次第で簡単に敵に寝返る可能性もある。優秀ゆえに嘘をつくのも上手いため、簡単にカタリナを騙して煙に巻いてしまうかもしれない。そんな危険な人間にマルコを任せるのは心配だった。
だから、ちょっと抜けているミルルくらいが丁度いいのだ。彼女は優秀ではないかもしれないが人情味に厚く、損得勘定抜きにマルコを見守ってくれると思ったのだ。嘘をつかれても今回のように簡単に見破れるし、マルコを単独行動させたのも彼女なりの優しさなのだろう。
「怒りませんから正直に言いなさい。ミルル」
「……はい」
ミルルは正直にマルコが城を出て行ったときのことを話した。
× × ×
「ミルル、カタリナ姉さんには絶っ対、内緒だからね!」
マルコは明らかに出かける準備をした状態でミルルを睨みながら言った。
「あ、コラ! マルコ、一人でどこ行く気?」
「教えない!」
「私にも言えないような所にいく気ね!」
「それは……」
マルコが口ごもり、モゴモゴし始めると、ミルルが両手で頬をおさえながら哀しそうに言う。
「まさか、そんな……!? マルコにエッチなお店はまだ早いよ!」
「ち、違うよ! なんでそうなるんだよ!?」
「マルコの初めては、あたしがもらうって決めてるんだから! 売春女になんか渡さないんだから!」
「いつ決めたんだよ、そんなこと!? それに売春女なんて言い方……よくないよ。そう言う人たちも必死で生きてるんだから……」
「そんな……!? マルコはあたしより、他の女を求めるの!? あたしはマルコ専用メイドなんだよ?! マルコの好きに使っていいんだよ!?」
「専用とか、好きに使っていいとか誤解されるような言い回しやめてよ////」
マルコは何とかミルルの誤解を解こうとしていた。しかしどこに行くのかは言えないのか、所々をぼやかした表現をしていたそうだ。そして、しぶしぶミルルはマルコを信じることにしたらしい。
× × ×
「なるほど。では、どこに行ったかまでは知らないということですね?」
「……はい」
「分かりました。下がっていいですよ」
「……はい」
ミルルはトボトボと歩いて部屋を出て行った。
カタリナはミルルにマルコの性教育まで頼んだ覚えはないのだが、ミルルもまだ一〇歳前後のマルコに対して自制心はあるようなので、多少のことは大目に見ることにした。
マルコもミルルには心を開いているみたいだから、じゃれ合っている程度のことなのだろう。もしかしたら本当にマルコとミルルが結ばれて年の差婚をしてしまう可能性もあるが、国中から差別されて孤独なまま死んでいくよりはマシなのかもしれない。
カタリナはそんなことを考えていた。その時だった──。
「女王! 大変です! 城下の人々が!!」
突然、禿げた髭の男が入って来た。
カタリナが冷静に振り返るとそこにいたのは大臣だった。大臣は息を切らせながらハンカチを胸ポケットから取り出した。禿げあがった頭部は脂汗なのか、冷や汗なのか分からないがテカテカと光沢しており、取り出したハンカチでペタペタと汗を拭きとっている。
カタリナは大臣を叱責するように言った。
「何ですか大臣! ノックぐらいしなさい」
「申し訳ありません……! ですが女王、緊急事態でして……あぐぅぁぁッ!」
大臣の男がそう言いかけると、いきなり苦しみ出してバタリと倒れてしまった。カタリナは驚いて大臣に駆け寄ろうとすると、大臣の口から何か奇妙な青白い煙が出てきたのだ。
「これは……!?」
「アァ、アアアアアァァ……」
それはカタリナの目の前で人型になっていくと、人ならざる者の声を発しながらカタリナに近づいてきた。
「ジョ……ジョ……オウ……」
まだ理性が残っているのか大臣だった青白いナニカはカタリナをかなしそうに見ている。カタリナは一度深呼吸をして冷静に状況判断をする。
とにかく距離を置かなければ、情報が少ない以上、迂闊に触れると毒をもらう危険性もある。今は回避と逃走が先決だ。
カタリナは青白いナニカが触れようとするのを軽々と避けて壁にかけてある剣を手に取った。カタリナが女王になる前に使っていた愛刀である。パプリカ王国の剣は基本は両刃なのだが、カタリナだけは珍しく片刃の剣を好んで使用している。カタリナは剣士を引退しても、剣の手入れを常に怠らなかったため、刀身は美しい銀色に輝いていた。
振り返って大臣だったナニカにカタリナが言った。
「大臣、必ず助けます……」
カタリナはそうつぶやくと、部屋を勢いよく出て行った。大臣だったナニカは「アァ……アァ……」とうめき声を上げながら部屋をグルグルとさまよっていた。
カタリナは考えた。今パプリカ城で何が起こっているのか。明らかに異常な状況が発生している。
「これは……!?」
カタリナが大広間に到着し、階段の下を見て絶句する。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ……」
「オウ、オウオウ、オウオウオウオウ、オウオウオウオウオォォ……」
「エグッ! エグッ! エグッ! エグッ! エグッ! エグッ!」
そこにはうめき声と奇声を発する大勢の青白い影が蠢いていたのだ。
カタリナはドレスのスカートの裾を破り捨てて短くする。するとカタリナの太ももと白いストッキングが露わになった。そして動きづらいであろうハイヒールを脱ぎ捨て、そのまま階段を降りて大広間に降りる。
当然だが青白い影たちはカタリナの存在に気付くと我先にと襲い掛かるように近づいてくる。カタリナは電光石火の如く速度で掻い潜り、あっという間に大広間を出て行った。
「ブランクはありますが、まだまだ戦えそうですね」
カタリナは自身の戦闘力に関して冷静に観察している。
そして城の外に出て行くまでに無事な人間はいないか確認しながら移動していたが、どうやらカタリナ以外の兵士や城の人間はすべて青白い影のナニカにされている様子だった。
カタリナの脳裏には嫌な予感がしていたのか、真っ先に向かったのは王家の墓だった。王家の墓を見てカタリナが目を見開いて言った。
「一体、何が起こっているのですか?!」
そこには、王家の墓の上空に不気味な螺旋状の穴が開き、蠢いていたのだ。
「アンリエッタ様……!」
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