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竜がいた国『パプリカ王国編』

戦慄! ドッペルフの能力『亡霊人間』の力──

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「私はあなたに死んでもらうつもりでした」

 マルコはドッペルフを見て後ずさりした。するとドッペルフは言う。

「ふふ……嬉しいでしょう? マルコ王子は死にたがっていましたもんねぇ?」
「………………」

 マルコは沈黙する。ドッペルフはマルコを見下ろしながら嗤って言った。

「そうだ、あなたに合わせたい人がいるんですよ」
「……?」

 するとドッペルフは大仰に両手を広げた。再び暗闇から黒い手が伸びていき、何かをこちらに引きずってくるのが分かった。それは人影であり、立派な鎧に身を包んだ男である。その男は折れた剣を片手に持って引きずっているのが分かった。するとその男は言った。

「た……のむ……。わた……しを、死なせて……くれ……」

 マルコはその人物を見て息を呑んだ。そこに現れたのは血まみれの大剣を引きずるシュナイゼルだったのだ。

「シュナイゼル兄さん!」
「彼には私と同じ亜空間にいてもらいました」
「兄さんに、何を……」
「私の手で殺してあげても良かったのですが、それでは面白くありません。だから殺し合いをしてもらったんですよ。彼の大切なお仲間たちと……」


 ──今から少し前。シュナイゼルはマルコたちよりも先にドッペルフのいるこの空間に到着していた。
 予定通り封印の補強に取りかかろうとしたのだが、突然真っ暗な空間に飛ばされて、シュナイゼルは一人になってしまった。
 すると突然シュナイゼルに襲いかかるモンスターが現れた。シュナイゼルは迷わずモンスターを斬り殺す。しかしモンスターは際限なく現れて襲いかかってくる。シュナイゼルは大剣をモンスターの血で染めながら次々に斬り刻んでいった。大量の返り血を浴び、雄叫びを上げてシュナイゼルはモンスターを斬り殺していった。

 そしてシュナイゼルは最後の骸骨モンスター一匹の頭部を掴み、首を切り落とした。シュナイゼルはその時になってようやく気づいたのだ。

「──ッ!?」

 ──さっきまで斬り殺していたモンスターは、すべて仲間の兵士たちだった。

 シュナイゼルの足元にはモンスターではなく、顔見知りの兵士たちが首や胴体を切り離されて倒れいている死体が山のように転がっていた。

「そ、んな……なぜ?!」

 シュナイゼルは動揺する。自分は今までモンスターと戦っていたはずだ。それなのに、なぜ仲間達の死体を自分は踏みつけているのだ。
 そのとき、見知らぬ人影が目の前に現れて言った。

「ご苦労様です。シュナイゼル様」
「誰だ!」
「このドッペルフをお忘れですか?」
「ドッペルフ?」

 シュナイゼルは一瞬、誰のことかと考えてしまったがすぐに思い出す。一○年前の邪竜襲撃事件で竜に喰い殺された男の名である。死んだ男がなぜ目の前にいるのか。シュナイゼルは訳が分からず動揺する。

「生きていたのですか? ドッペルフ殿!?」
「いいえ……すでに死んでいます。今の私は、いわば亡霊です」
「亡霊?!」
「それより、いかがでしたか。私の幻覚は?」
「幻覚?! ……では、私がモンスターだと思っていたのは……」
「ええ、あなたの配下の兵士たちです」

 ドッペルフに幻覚を見せられていたのだとシュナイゼルは知り、膝から崩れ落ちる。それによって、自分の配下であるパプリカ王国兵がモンスターに見えていたのだ。シュナイゼルが両手で顔を覆い、唇が震えて、肺が苦しくなっていく。震えながらシュナイゼルがつぶやく。

「私は……なんてことを……!」
「兵士たちは、あなたが狂ったように見えていたでしょうね……信頼していた人間に仲間を斬り殺されて、動揺している兵士たちの姿は面白い見世物でしたよ」
「どうして、こんなことを……!!」
「どうして? 自分の部屋に害虫が湧いてきたのですよ。駆除するのは当然の感覚だと思いますがねェ」
「く……。──ッッ! あがぅっ!?」

 シュナイゼルは自らの手で兵士たちを斬り殺したことに罪悪感を感じ、自ら舌を噛み切ろうとした。だが、ドッペルフによって操られて金縛りのように体た動かず、自殺すらも許されなかった。

「私にとっては不快な害虫ではありますが、あなただけはもう少し生かしておきましょう」
「なぜ、私だけ……!」
「ふふ……これから訪れるマルコ王子には、絶望が必要なのですよ」

 シュナイゼルの耳元でドッペルフは囁いた──。



 ──ボロボロのシュナイゼルはマルコの前に立っていた。その姿は以前とは比べ物にならないほど弱っていた。シュナイゼルは言う。

「たの……む、から。殺して……私を……」
「可哀想に……お望み通り、死なせてあげましょう……」

 するとドッペルフはシュナイゼルの上から舞い降りてくるかのように憑依した。するとシュナイゼルの身体が硬直して、上から糸で吊り下げられた操り人形のようにぶらんとしている。そしておもむろに片手に持ってる剣を自らの首に当てだした。
 マルコが戦慄して全身が硬直する。止めようと思ったときにはもう遅かったのだ。

 ──ブシュ。

 シュナイゼルは折れた剣で首を斬った。
 ドクドクと赤黒い血が首から流れていく。首から胸、腹と腰を通って太ももと足に血が到達する。シュナイゼルのつま先からポタポタと血が流れているのを見て、彼が宙に浮いている状態というのが分かる。
 すると、さらに剣を両手で持つと、ためらいなく腹部に剣を突き立てる。

 ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ!

 そして何度も何度も胸や腹を刺した。シュナイゼルの体から血が大量に吹き出していく。

「やめて! やめてよ、兄さん!!」

 マルコがシュナイゼルに向かって叫んだ。
 シュナイゼルが口から「ゴプッ、ゴプ……」と吐血して、徐々に肌の色が青白くなっていくのが分かる。マルコは必死で叫んだ。

「お願い! お願いだから! 死んじゃうよ!」

 マルコは思うように動かない身体を無理やりに動かしてシュナイゼルを助けようと走りだす。しかしそれを後ろから手を掴まれて止められた。

「ダメだマルコ! ヤツに近づくな!」
「止めないでください! キールさん!」

 マルコは振りほどこうを何度も腕を振る。しかしキールはマルコの腕を掴んで離さない。

「今近づいたらお前まで操られるかもしれねぇ!」
「でもこのままじゃ兄さんが!!」
「諦めろ! もう手遅れだ!」

 キールは残酷な決断だと分かっていた。マルコにとってシュナイゼルという男が大切な存在だというのも分かっていた。だが見捨てる決意をしたのだ。なぜそんなことを? 決まっている『マルコを死なせないため』だ。今、闇雲にドッペルフに近づいても殺されるだけだと判断したのだ。

 ──ダンッ。

 その時、床を蹴る衝撃音と共にキールとマルコの間から何かが飛び出して行った。二人は驚いてそれを認識しようとする。それはまぎれもなく──。

「伸びろおおおおおおおおおおおおお! 木偶棒デクノボウーーーーー!!」
「ミドさん!」

 木偶棒デクノボウを片手に構えたミドだった。マルコが思わず声を洩らすと、キールはミドの後ろ姿に向かって叫んだ。

「ミド! ダメだ、よせ!!」

 片脚が木製の棒の義足と、腕が折れた枝のような状態のまま飛び出して行った。そしてミドの木偶棒デクノボウがドッペルフ目掛けて一直線にビューンと伸びていく。

「──っ!?」

 しかし、ミドの木偶棒デクノボウはドッペルフをすり抜けてしまった。黒い手に触れられず、手応えがなかったときと同じ感覚だ。目の前にソイツはいるのに、何ももいないかのような奇妙な感覚。ミドは木偶棒デクノボウに「戻れ」と命令し、再び床を蹴って今度は至近距離で薙ぎ払おうと振りかぶった。
 するとドッペルフが言う。

「残念、私に物理的な攻撃は通じませんよ。なぜなら……」

 ドッペルフは飛んできたミドの首をガシッと掴んで捕まえて言った。

「──実体のない『幽霊』ですから」

 ドッペルフはミドの首を掴んで持ち上げる。ミドは首を絞められて呼吸ができず木偶棒で殴り飛ばそうとするがドッペルフをすり抜けてしまう。ミドの手も足もヤツにも触れることすらできなかった。キールが驚愕し、フィオが目を丸くして言った。

「幽霊!? だったらなんでアイツだけはミドくんに触れるっスか?!」
「知るかよ! 物理攻撃が効かねぇんじゃ、どうしようもねぇ……くそったれ!」

 ミドはドッペルフに霊体の首を掴まれて苦しそうにもがいている。すると体から力が抜けていって、木偶棒デクノボウを手から放してしまう。カランカランと音を立てて木偶棒デクノボウが床に落ちた。 
 そしてドッペルフはミドの首を締めながら囁いた。

「ご苦労様でした、緑髪の旅人さん……あなた方のおかげで、無事マルコ王子と再会し、私は解放されることができました。ありがとうございます」
「がっ……あが……」

 このままではミドが危険な状態になることが容易に予想できた。
 キールは必死で頭を回転させる。フィオは懐からあれやこれやを出して大慌てだ。二人ともミドを救うために必死なのが分かる。

「クソッ! やるだけやるしかねぇ!」

 キールは考えることをやめて鬼紅線きこうせんをドッペルフの首に飛ばすが案の定すり抜けてしまう。ドッペルフはキールに目線を下ろして言った。

「言ったでしょう? 私に物理的な接触は不可能だと」
「だったら、なんでお前はミドに触れるんだ!」
「そうですねぇ……これから敵になる相手に、わざわざ秘密を教えるのはどうかと思いますが……いいでしょう」

 ドッペルフはミドから手を離した。ミドは数メートル上空から真っ逆さまに落とされる。キールは慌ててミドに鬼紅線を巻きつけて引き寄せる。ミドはキールとフィオに受け止められて何度も苦しそうに「ゲホ、ゲホ」と咳をした。

「ミド! しっかりしろ、おい!」
「死んでないっスよね?! ミドくん!」

 二人が心配そうにミドを見て言う。ミドは涙目になりながらキールとフィオを見て頷いた。するとドッペルフが言った。

「──私は、『女神の絵本』を読んだのですよ」

 ミドを含め、キールとフィオが息を呑んだ。ドッペルフはその反応に嬉しそうに嗤って言う。

「ご存知でしたか? このドラゴ・シムティエール迷宮は元々古代文明の遺跡なのです。つまり古代の叡智の一部が残されていたのですよ。アンリエッタ様は知らなかったのでしょうね……遺跡の亜空間に『女神の絵本』が隠されていたことに──」

「……一体、どんな力を与えられた?」

 キールが恐る恐る問いかけた、するとドッペルフは答えた。

「私が与えられた女神の愛の形……それは『亡霊』です」

 女神の絵本『亡霊』は、実体を持たない亡霊人間になれる能力である。ドッペルフが触れていたのはミドの肉体ではなく“霊体”の方だったのだ。

 霊体に触れるということは、例えて言うなら身体の薄皮が剥けて露出した赤い皮膚に直接触れるようなものだろう。本来、皮で守られている赤い皮膚はちょっと擦れただけで激痛が走るほどデリケートな部位だ。ミドはドッペルフにそれを鷲掴みにされて締め付けられたのだからその痛みは計り知れない。
 生物にとって肉体と霊体は命綱のような物で頑強に繋がっているため、霊体が上空にあるなら肉体も上空に留まることになる。だからあたかも、ドッペルフがミドの肉体に触れているかのように見えたのだ。

 霊体は本来意識を持っていない。自然と同じようなもので、水が流れるように風が吹くように幽霊は流されるだけの存在である。つまり幽霊とは自然現象の意一部でしかないのだ。しかしドッペルフは幽霊でありながら、意識を持つことができるのだ。それが『亡霊人間』、意識を持つ精神体である。

 通常、人は肉体と霊体の二つが同一で存在してるらしい。霊体は魂とも呼ばれ、生き物の根幹を司ると言ってもいいだろう。それを悪意を持って攻撃されれば、肉体のダメージは見えづらく、精神のダメージは計り知れない。

 ドッペルフは肉体を持つ生物に干渉できる。なぜなら生物の中にある霊体に直接触れることが可能な亡霊だからだ。しかしそれ以外の人間はドッペルフに触れることすら叶わない。なぜなら、肉体は霊体に干渉することができないからだ。

 つまり、生物のミドたちは誰もドッペルフに触れることはできないが、幽霊のドッペルフは明確な意思で生物(の霊体)に攻撃が可能なのだ。

「なんだよそれ! ムチャクチャじゃねぇか!」
「こっちは触れないのにアイツだけ、あーし等に触り放題っスか!!??」

 キールとフィオが言った。
 唯一ドッペルフの『亡霊』に欠点があるとするならば、その姿が誰にでも目視可能なことだろうか。
 本来の幽霊を生物が認識することは、例外を除いてほぼ不可能だ。しかし、亡霊であるドッペルフの姿は、誰でも認識することができる。

 その時、マルコが叫んだ。

「兄さんっ!!!」

 キールとフィオ、それぞれが声の方向に目を向ける。
 するとそこには、仰向けに横たわったシュナイゼルがいた。全身から溢れた血が水溜りのように広がって彼を包み込んでいる。その顔は既に意識を失っており、目はどこを向いているのか分からない、明後日の方向を見ているようだった。

 ──シュナイゼルは、マルコの目の前で自殺をして……死んだ。
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