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竜がいた国『パプリカ王国編』

明かされる過去「少し、昔話をしましょうか――」

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「自己紹介が遅れました。初めまして、私の名は『ガルガント・ヴ・ドッペルフ』と申します。以後お見知りおきを……」

 ドッペルフと名乗る男は恭しく一礼をすると、マルコと後ろのミドたちを睥睨した。そして空中に浮かんだまま丸メガネを指で上げて鋭い目でマルコを睨む。

「……なんか、妙に礼儀正しいヤツっスね」

 フィオが見上げながら言った。キールは警戒して男から目を離さずに睨んでいる。ミドは自分の片腕と片脚を少しでも早く再生させるために、しゃがんで見つからないように影を薄くしている。するとドッペルフはマルコを見て言った。

「大きくなりましたね……マルコ王子」
「あなたは、誰……ですか?」
「そうですね。知らないのも当然でしょう……あなたが生まれて物心つく前に殺されましたからね……あなたのお母さんに」

 そう言ってアンリエッタにドッペルフは流し目をする。そして再び口を開く。

「殺された、って……でも今、目の前に……」
「今の私は霊体なのです。いわゆる“幽霊”と呼ばれる存在です」
「幽霊……」
「改めてお礼を申し上げます、マルコ王子。あなたがカギを壊してくれたおかげで私は牢獄から解放され――」

 ――バヒュン!
 そのとき、アンリエッタは問答無用でドッペルフに光の弾を撃ちだした。光の弾丸には鎖状の光の線が伸びており、ドッペルフは光の弾と鎖を寸前で身をひるがえしてかわした。

「大人しくしなさい! ドッペルフ!」
「おやおや、アンリエッタ様。そんなに怒らないでください。お互いに恋い焦がれた中ではないですか」
「やめなさい! 汚らわしい!」

 アンリエッタはドッペルフを見て憎悪の表情を浮かべる。再び全身から金色のオーラを放出すると、今度は光を剣のようにして両手で持ってドッペルフにアンリエッタが飛び掛かった。

「やれやれ、少し眠っていてもらいましょうか」

 するとアンリエッタの背中から伸びている白い管のようなものをドッペルフが掴んで引っ張った。白い管はピンッと引っこ抜けてしまい、その瞬間、アンリエッタは「あうっ!」と短い悲鳴を上げて倒れた。ドッペルフは倒れかけたアンリエッタを落ちる寸前で抱きかかえた。マルコは慌てて母に声をかける。

「お母さんッ!」
「安心してください、眠っているだけですよ」

 どうやら白い管はコンセントのような役割を果たしていたらしく、抜かれた瞬間にエネルギーが立たれて、電源が切れた電子機器のようにアンリエッタはピクリとも動かなくなってしまった。マルコは叫ぶ。

「お母さんに何をした!!」
「ちょっと眠っていてもらっただけですよ。これでゆっくりお話できますね……」
「ふざけるな! お母さんを返せ! お前は一体誰なんだ!!」
「そうですね……あなたには話しておきましょうか。まず初めに……」

 ドッペルフは改まってマルコに言った。

「――私もアンリエッタ様と同じ、竜人族なのです」

 すると、ドッペルフはマルコに楽しそうに昔話を始めた――。


 ドッペルフとアンリエッタは同じ竜人族であった。竜人族には二つの国があり、ドッペルフとアンリエッタは双方の国の王子と王女だった。双方の国は長い間いがみ合っており、争いが耐えなかった。

 だが、ドッペルフは敵対国の王女アンリエッタに恋をしていたのだ。だが、そんなことを誰かに話せるはずがない。叶わぬ恋だと諦めていたのだが、ある日転機が訪れる。
 双方の王が突然、終戦を宣言したのだ。互いに疲弊し合っていた両国は戦争を終わらせるために、とある約束を交わした。

 ――双方の子どもを許嫁とし、結婚させて友好の証としよう――

 お互いの国の王子と王女をくっつけて、国同士の繋がりを高めるというのは珍しい話ではない。有り体に言えば、ドッペルフとアンリエッタは政治の道具にされたわけだ。だがドッペルフは嬉しかったそうだ。

「ずっと好きだったんです。アンリエッタ様が初恋の人でした……」

 しかし、当時のアンリエッタは親同士が決めた許嫁を快く思っておらず、国を出て、森で出会った人族の王子と駆け落ちをしてしまったのだ。それがマルコの父、パプリカ王である。

「許せませんでしたよ。竜人族を捨てた挙句、下等な人族と結婚したと聞いた時はね……でも、すぐに許してあげようと思いました。駆け落ちの結婚など上手くいくはずがありませんからね。私はアンリエッタ様に近づき、良き理解者を続けていれば、いずれアンリエッタ様が下等な人族の王に見切りをつける。そのとき同じ竜人族であり、一番の理解者であるこの私に振り向いてくれると信じていました」

 アンリエッタと同様に竜人族の国を捨ててドッペルフはパプリカ王国に向かった。そして竜人族というのは隠して王国の一般兵からはじめた。隠していたとはいえ竜の力もあってか、あっという間に王直属にまでのし上がってしまった。その頃にはアンリエッタ王妃からも信頼されており、相談役としても頼られていた。
 ドッペルフはアンリエッタの他愛もない話や相談に笑顔で聞き役に徹し、いつか自分に振り向いてくれると信じ続けていた。いつまでも、いつまでも。
 しかしドッペルフの予想とは裏腹に、アンリエッタはパプリカ王から離れることはなかった。そしてついに子どもまで作ってしまった。そう、マルコ王子の誕生である。

 その頃には、ドッペルフは我慢の限界に達していた。竜人族の崇高な血に低俗な人族の血が混じってしまった。ドッペルフはアンリエッタの赤子を見て思ったのだ。

 ――早く殺さなければ。

 ドッペルフは城で調理される竜の料理から廃棄される「竜の毒」を小瓶につめて懐に忍ばせた。城の人間はすべてドッペルフを信頼しているため、比較的簡単に竜毒を手に入れることができた。
 最初は哺乳瓶のちくびと呼ばれる部位に毒を塗ろうと考えたのだが、アンリエッタ王妃は自ら母乳を与えることにこだわったため失敗した。その後、殺し屋を雇って賊を差し向けたり、事故に見せかけて谷に落とそうとしたり、何度も何度も暗殺を企てたのだが失敗に終わった。

 その頃ドッペルフの異変にアンリエッタ王妃は気付き始めていた。ドッペルフが近くにいるときに限って幼いマルコ王子が危険な目に遭うからだ。
 国王の前王妃の長女で剣士として有望だったカタリナにアンリエッタは言った。

「カタリナ、お願いがあります。もし、この国に竜が現れたら……迷わず首を切り落としなさい」
「竜?! 突然何をおっしゃるのですか!」
「いいですね」
「……分かりました」

 カタリナはアリエッタ王妃が何を言っているのか完全には理解できなかった。しかし、竜がパプリカ王国を襲うのならば迷わず斬る。そう決意した。

「………………」

 その会話を陰から盗み聞きしていた男がいた。ドッペルフ本人である。ドッペルフは時間がないと考えた。そしてその夜、事件が起こる。

 ――パプリカ王が殺された。

 王が殺害されたというニュースが瞬く間に広がった。

 最初に目撃した一般兵は見回りの最中、王の寝室が開かれているのを見つけた。不審に思い中を覗くと、謎の巨大な竜がパプリカ王の頭部に喰らいついていたのだ。
「ガチンッ!」という噛み切る音がすると、パプリカ王の首なし死体が寝室の床に転げ落ちたのだ。恐怖に身を震わせた一般兵はその場から命からがら逃げ出し、警報を鳴らした。

 大勢の兵士が集まったのだが、そこに竜の姿はなかった。
「謎の巨大な竜がパプリカ王を喰い殺したのです」と事件を目撃した一般兵たちは供述した。しかしその竜は一夜にして姿を消してしまったと言うのだ。それほど大きい竜ならば、大勢の人間が目撃しているはずである。竜は一体どこに消えたというのだろうか。

 一般兵は信じてもらえず、王の殺害容疑をかけられて極刑が決まった。
 だが、アンリエッタだけは気づいていた。竜の正体はドッペルフ本人であると。微かだが、王の寝室に竜の体液が残っていたことに気付いていたからだ。

 巨大な竜が一夜にして消える方法はただ一つ、竜人族の『竜変化』である。竜人族は普段は人の姿に変化しており、解除すれば本来の竜の姿に戻れるのだ。当然、竜から人の姿に変化するのも容易である。それならば、一夜で巨大な竜が城から消えた理由も説明できる。

 ドッペルフは竜人族であるというのを隠しているようだがアンリエッタの目はごまかせない。七年前に城に訪れ、一般兵に志願したときからドッペルフが竜人族の、それも王族であることは気づいていた。アンリエッタも竜人族であることを隠してパプリカ王に近づいたこともあり、色々事情があるのだろうと黙っていたのだ。

 何を企んでいるのか知らないが、このままでは幼いマルコの命も危ない。最後の切り札と言えるだけの竜の力を残して、アンリエッタは竜の力をマルコに与えた。マルコの周りが金色に輝きだし、バリアのような結界が生まれる。ドッペルフでも今のマルコの結界は破れないほど強いものだった。
 しかし、アンリエッタのこの行動が悲劇を生んだ。

 ――ドッペルフが、アンリエッタ王妃をレイプした。

 崇高な竜人族の血に、下等な人族の血が混じるなど言語道断である。このままではアンリエッタが二人目を生んでしまいかねないと考えた。だからパプリカ王には死んでもらったのだ。
 マルコに大半の力を与えてしまったため、弱っているアンリエッタでは成す術もなかった。ドッペルフは七年、溜まりに溜まった竜人族の遺伝子をアンリエッタ王妃の中に注ぎ込んだ。

「私は嬉しかった。あのときのアンリエッタ様の柔らかさ、温もりは今でも忘れられません……」
「………………」

 マルコはドッペルフを睨んだまま下唇を噛んでいる。ドッペルフは話を続けた。

「あなたには死んでもらうつもりでした……マルコ王子」

 ドッペルフはマルコを見下ろして言った――。
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