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竜がいた国『パプリカ王国編』
迷いの森は、人生に迷った人も入る。
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「ちょっと~、まだ森を抜けないのね? もっとキビキビ歩くのね」
籠の中からボクシー王子が籠を担いでいる王国兵に言った。
ここは迷いの森、素人が知らずに入り込むと帰れなくなる森。まだ昼の時間帯だというのに森の中はまるで深夜のように暗く、太陽の光が差し込まない世界だった。
上を見上げると、かろうじてだが太陽の光がチラチラ見える。ざわざわと風に揺らされている木の葉が音を立てて、さらに不気味さが一層際立つ。湿ったような空気が広がっており、どんよりとした雰囲気である。
その中を白金の鎧に身を包んだパプリカ王国の兵士たちが隊列を崩さずに歩いていた。
「わあああああああああああああああああああああああああああああ!」
――その時、隊列の中央付近にいた若い兵士が突然叫びだして尻もちをつく。全員がその兵士を見ると、兵士は森の道の横を凝視して固まっている。耳を澄ますと、微かだがカチャリカチャリといった金属音と足を擦って歩くような音が聞こえてくる。
森の奥から何かがこちらを見ているのが分かった。
それは人の形をしているが、明らかに人ではない存在だ。皮膚は鼠色に変色しており、しわだらけで骨と皮しかない。片脚のひざの関節が逆方向を向いており、とても歩きにくそうである。錆びついた片手剣を持っており、くねくねしながら歩いてくる。
それは、ヌチャリと口を開くと息を吐くように声を発した。
「オオオオオオオオォォォォォオォォオォオォォオ……」
――その声を聞いた兵士たちは確信して叫んだ。
「モンスターだああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
その声に全員が腰の剣に手をかけてジャキンと引き抜く。
「は、早くソイツを殺すのね!」
ボクシーは近くの兵士に命令している。
兵士たちは初めてモンスターを見た者も多く、警戒して誰かが先に行くのを期待している様子だ。すると、先頭にいたシュナイゼルが瞬時に背中の大剣を握って走りだす。
「やあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
シュナイゼルが放った一閃が、腐った死体の怪物を一刀両断した。腐った死体は脳天から股にかけて割れていき、ドタンとその場に転ぶと、ピクピクと痙攣している。
「まったく、ヒヤヒヤしたのね! ボキを守るのが仕事なのに腰を抜かすなんて!」
「……申し訳ありません」
最初にモンスターを目撃した兵士は、まだ腰を抜かしていた。ボクシーに謝罪をし、そしてシュナイゼルを申し訳なさそうに見た。するとシュナイゼルは兵士の手を取って立ち上がらせて言う。
「この先は自殺の名所として有名だ。おそらくこの森で自死をした人間がモンスター化したのだろう……」
「モン、スター……?」
「そうだ。初めてで驚いたと思うが、あの程度のモンスターなど珍しくない」
シュナイゼルについてきた兵士の中には、モンスターを戦った経験がある者は多い。しかし中にはモンスターとの戦闘経験がない者もいる。
この任務は精鋭が集まっているのは確かだが、中には自ら志願した新米エリート兵士もいる。彼らは王国の戦闘訓練では非常に優秀な成績を収めている者ばかりだが、だからといってモンスターを間近で見たことがある者ばかりではない。だから初めての経験に腰を抜かしてしまったのだろう。
「あんなバケモノが、これから、いくつも……」
「ああ、気を引き締めていくぞ」
シュナイゼルが兵士に言うと、彼はすぐに気持ちを切り替えて立ち上がった――。
*
――一方その頃。
「悪いが、帰ってくれ」
木こりの男が言うと、キールはおもむろに金貨を一枚取り出して見せる。すると木こりの男は言った。
「金の問題じゃない……」
「じゃあ何が問題なんだ?」
「俺がアンタらを信用できねぇって話だ」
木こりの男はキールを睨む。キール、フィオ、ミド。そしてマルコの順番に品定めするように見て、マルコを指さして言った。
「俺の目はごまかせねぇぞ……そこの後ろに隠れてるガキ。お前、自殺目的だろ?」
「――ッ!?」
突然、指を差されたマルコがビクリと肩を揺らして緊張している。ミドたちも痛いところを突かれたと言った様子で黙っている。
迷いの森を抜けようなんて考える者の大半が自殺願望があるというのは分かっていた。当然、村の人間に森の抜け方なんて聞けば止められるというのも考えられたことだ。あわよくば気付かれずに情報を聞き出して先に進めればいいなと思っていたが、そうは問屋が卸さないらしい。
「俺は自殺を目的にあの森に行こうってヤツを何人も見てきた。だからそういうヤツは見たら大体わかるんだよ」
男はマルコの様子を観察しただけで自殺が目的であると言い切った。何故そう言い切れるのか分からないが、おそらく経験的に知っているものがあるのだろう。
マルコの表情は暗く、常に何かに怯えているように逃げようとする態度。落ち着きがなく、ミドの後ろにすぐ隠れようとする。もしかしたらマルコの左頬の火傷も見られていた可能性もある。それが何らかの自殺を図った形跡だと思われても仕方がないかもしれない。
マルコの噂や情報はココナリ村にも当然流れてきているだろうし、木こりの男もマルコの正体に気づいているかもしれない。マルコは前髪で顔を隠している。そんな変な髪型にする人など普通はいないから、特徴を知っていればすぐ分かる。
それにマルコが王国でどんな扱いを受けているのかは容易に想像もできるだろう。ココナリ村の人の中にも、マルコを気味悪がっている人も少なからずいるはずだ。
そんな報われていないであろう人物が自殺の名所に向かいたいと言ってきたのだ。疑って当然かもしれない。
木こりの男はマルコから目線を逸らし、今度はミドたちを睨む。
「他の連中は自殺幇助ってところか、気に入らねぇな。普通止めるのが常識なんじゃねぇのか?」
「………………」「………………」「………………」
「おい、どうなんだよ!」
男が怒鳴って三人を睨む。
ミド、キール、フィオの三人は何も言い返せずに沈黙している。もちろん今のマルコの目的は違うのだが、自殺幇助を考えていたことは事実だったからだ。
「何も言い返さねぇってことは図星ってことだ。さっさと出て行きやがれ!」
男はミドの肩を突き飛ばす。キールとフィオがミドを後ろから支えた。そうしてミドたちは男に追い返されるように家の外に出されてしまった。
ミド一行は仕方なく、男の家を離れて歩いて行く。
「う~む、あれは手ごわいっスね……」
するとフィオが最初に言葉を発した。ミドも頬を掻きながら言う。
「そうだね~見事に突っぱねられちゃったね~」
「どうするっスか? あれじゃあ絶対に道なんて教えてくれないっスよ?」
ミドは腕を組んで眉間にしわを寄せて、キールに提案する。
「自力で森を抜けるっていうのは?」
「それができりゃあ苦労しねぇ。あの森はプロの冒険者や旅人でも、一度迷ったら脱出するのは困難らしい。地元の人間だって迂闊に入りたがらねぇほどだからな」
「ん~、他に知ってる人とかいないかな~」
「オレもそう思って他の村人も調べてみたんだが、どうやらほとんどの村人は森に入ったことがないそうだ。森の中にはモンスターも出るらしいしな」
キールが淡々と説明するとフィオが驚いて言う。
「ちょ!? 今モンスターって言ったっスか!!??」
「ああ、村の周辺は結界装置があるから安全だが、森の中は結界の外だ。モンスターに出くわしたら自分で対処しなきゃいけないからな」
「それって、道順が分かっても危険じゃないっスか!」
「だから村人は誰も入りたがらねぇんだよ。入りたがる奴なんか、自殺願望があると思われても仕方がねぇって訳だ」
結界とは村の人間が言っているモンスターを寄せ付けないようにする装置である。村をグルッと囲むように設置されており、人間には聞こえない音のような何かを発している。それがモンスターが嫌いな音のため、村に近づいて来ないというわけだ。
見た目は普通のランタンのような形状をしており、中には古代文明のオーパーツが入っていて、常に青く光っているそうだ。モンスターはそのオーパーツから発せられる音と青い光を嫌って村に近づいて来ない。
「あの人は森に入っても平気なんでしょうか?」
マルコが疑問を言葉にする。あの木こりの男は森の抜け方を知っているということは、森に一度でも入ったことがあるということになる。
しかし森にはモンスターが出現するため、戦闘力の低い者が入ったら、たちまちモンスターの餌になるだろう。では木こりの男はどうやって無事に帰還できているのだろうか。
「そうだな……あの男にモンスターと戦えるだけの力があるのか……」
キールが腕組みをして考えている。するとマルコがキールに言う。
「もう一度説得に行ってみませんか? ちゃんと説明すれば、きっと誤解は解けるはずです!」
ミドたちはマルコの熱意に押されて、再び男の家を訪れることにした――。
*
「なんだ! またお前らか!」
男はミドたちやマルコを見た瞬間に顔をこわばらせる。マルコが言う。
「誤解です! ボクたちはあなたが思ってるような目的じゃありません!」
「嘘つくんじゃねぇ!」
「本当です!」
「………………じゃあ証明して見せろ」
「え?」
「本当に自殺目的じゃないなら、証明してみせろ」
「証明って……どうやって?」
男はマルコから目を離し、ミドやキール、フィオの三人にを睨んで言った。
「自殺幇助じゃないってことは、お前らはこの小僧の護衛か何かか?」
「……そうです」
ミドが短く返事をする。すると男が言う。
「分かった、教えてやる。ただし森の抜け道を教える情報料として、お前らの全財産だしな」
男の発言にキールが眉間に一層しわを寄せて抗議する。
「おい待て、全財産は取りすぎだろう!」
「勘違いするな、これはお前らを信用するための人質みたいなもんだ。情報料はその中の一部だけさ、残りは預からせてもらう」
「預かるだと??」
「お前らはそのガキの護衛なんだろう? なら必ず生きて連れて帰ってこい。その時に残りの金は返してやるよ」
「オレ等がそれを信じると思ってんのか? アンタが金を持ち逃げする可能性だってある」
「最初に言っただろ、金の問題じゃない。お前らを信用するために必要なことだ」
「………………」
「嫌ならいいんだぜ」
「んぐぐ……この野郎……!!」
キールがこめかみに青筋を立てて怒りを露わにすると、ミドが穏やかな声で言った。
「いいでしょう、分かりました。全財産をあなたにお預けします」
「おいミド、本気か!?」
「今はそれしかなさそうだから、マルコもそれでいい?」
ミドが黙っているマルコに声をかけると、マルコも小さく頷いて言う。
「構いません」
「いいんだな。じゃあこれはオレが預からせてもらう」
男はキールから金貨の入った袋を奪い取る。男は一瞬、その金額に目を見開いて驚愕したが、すぐに表情を戻して言う。
「ふん! ただの旅人のくせに、随分な大金を持ってるな。いいか、そのガキを必ず“生きたまま”連れて帰ってこい。もしお前らだけで、ノコノコ帰って来やがったら――」
「そのお金はすべて、あなたにお渡しします」
マルコが力強く言う。男はギョッとしてマルコを見据える。
こうして、ミドたちは男から迷いの森の抜け方を教えてもらえることになった。ご親切に地図まで作ってあるらしく、マルコは男から森の地図を受け取る。
男の家を出て、村の外れに向かうと迷いの森の入口である。そこに向かって歩いている道中、ミドが言った。
「いや~、一瞬で富豪になったと思ったら、一瞬で貧民になっちゃったね~」
「まったくだ。これで騙されてたら、五○○○万ゼニーの損失だよ」
「大丈夫大丈夫。マルコを連れて帰ればいいんだから」
ミドはいつものようにヘラヘラ笑っていると、キールが不機嫌そうに言った。
元々マルコのお金であるため、ミドたちに痛手はないとも言える。しかし大金を失うという感覚はどうにも耐えがたいものがある。
マルコを失えば、苦労して帰還しても男からお金を返してもらえなくなるばかりか、残りのマルコからの成功報酬は得られなくなくなる。まさに踏んだり蹴ったりだ。
つまりミドたちにとって、マルコの生存は必要不可欠なのだ。
そうこうしていると、ミドたちは森の入口まで到着していた。
「ここが迷いの森……ですか」
マルコが呟く。
森は村の墓場の近くにあり、大きな口を開いているかのように空気が吸い込まれていく感覚を感じられた。
入口の横には大きな看板が立っている。そこには大きく、こう書かれていた。
『命は両親からいただいた大切なもの! もう一度静かに両親や兄弟、子供のことを考えてみましょう 一人で悩まず相談してください』
ミドがその看板を見て一言。
「命は大切にしましょうってさ」
「元伝説の殺し屋の意見は?」
キールが返すと、
「答えずらいこと聞くね~」
ミドは複雑そうな表情で笑った。するとマルコは先の会話で引っかかったように訊ねた。
「元、殺し屋???」
「あ、いや、なんでもないよマルコ。気にしないで!」
「ちょっと待ってください?! ミドさんが元殺し屋って……??」
「えっと、それはつまり――」
ミドが困っているとキールが助け舟を出す。
「旅人の中での隠語だ。他にも掃除屋なんて言ったりするが、有り体に言えば“モンスター退治をする連中”って意味だ」
「そ、それだよ! 社会にいるモンスターペアレントを始末して周ってるんだ! あはは~……」
ミドはキールに乗っかって話を進めた。マルコが言う。
「モンスター、ですか……」
マルコは、まだ訝し気だったが、とりあえずは納得してくれたようだ。
「とにかく! もうヘラヘラしてられないっスよ! いざ出陣っス!」
フィオの掛け声で全員が森の中に一歩踏み出した。こうして、ミドたちは『迷いの森』に呑み込まれていった――。
籠の中からボクシー王子が籠を担いでいる王国兵に言った。
ここは迷いの森、素人が知らずに入り込むと帰れなくなる森。まだ昼の時間帯だというのに森の中はまるで深夜のように暗く、太陽の光が差し込まない世界だった。
上を見上げると、かろうじてだが太陽の光がチラチラ見える。ざわざわと風に揺らされている木の葉が音を立てて、さらに不気味さが一層際立つ。湿ったような空気が広がっており、どんよりとした雰囲気である。
その中を白金の鎧に身を包んだパプリカ王国の兵士たちが隊列を崩さずに歩いていた。
「わあああああああああああああああああああああああああああああ!」
――その時、隊列の中央付近にいた若い兵士が突然叫びだして尻もちをつく。全員がその兵士を見ると、兵士は森の道の横を凝視して固まっている。耳を澄ますと、微かだがカチャリカチャリといった金属音と足を擦って歩くような音が聞こえてくる。
森の奥から何かがこちらを見ているのが分かった。
それは人の形をしているが、明らかに人ではない存在だ。皮膚は鼠色に変色しており、しわだらけで骨と皮しかない。片脚のひざの関節が逆方向を向いており、とても歩きにくそうである。錆びついた片手剣を持っており、くねくねしながら歩いてくる。
それは、ヌチャリと口を開くと息を吐くように声を発した。
「オオオオオオオオォォォォォオォォオォオォォオ……」
――その声を聞いた兵士たちは確信して叫んだ。
「モンスターだああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
その声に全員が腰の剣に手をかけてジャキンと引き抜く。
「は、早くソイツを殺すのね!」
ボクシーは近くの兵士に命令している。
兵士たちは初めてモンスターを見た者も多く、警戒して誰かが先に行くのを期待している様子だ。すると、先頭にいたシュナイゼルが瞬時に背中の大剣を握って走りだす。
「やあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
シュナイゼルが放った一閃が、腐った死体の怪物を一刀両断した。腐った死体は脳天から股にかけて割れていき、ドタンとその場に転ぶと、ピクピクと痙攣している。
「まったく、ヒヤヒヤしたのね! ボキを守るのが仕事なのに腰を抜かすなんて!」
「……申し訳ありません」
最初にモンスターを目撃した兵士は、まだ腰を抜かしていた。ボクシーに謝罪をし、そしてシュナイゼルを申し訳なさそうに見た。するとシュナイゼルは兵士の手を取って立ち上がらせて言う。
「この先は自殺の名所として有名だ。おそらくこの森で自死をした人間がモンスター化したのだろう……」
「モン、スター……?」
「そうだ。初めてで驚いたと思うが、あの程度のモンスターなど珍しくない」
シュナイゼルについてきた兵士の中には、モンスターを戦った経験がある者は多い。しかし中にはモンスターとの戦闘経験がない者もいる。
この任務は精鋭が集まっているのは確かだが、中には自ら志願した新米エリート兵士もいる。彼らは王国の戦闘訓練では非常に優秀な成績を収めている者ばかりだが、だからといってモンスターを間近で見たことがある者ばかりではない。だから初めての経験に腰を抜かしてしまったのだろう。
「あんなバケモノが、これから、いくつも……」
「ああ、気を引き締めていくぞ」
シュナイゼルが兵士に言うと、彼はすぐに気持ちを切り替えて立ち上がった――。
*
――一方その頃。
「悪いが、帰ってくれ」
木こりの男が言うと、キールはおもむろに金貨を一枚取り出して見せる。すると木こりの男は言った。
「金の問題じゃない……」
「じゃあ何が問題なんだ?」
「俺がアンタらを信用できねぇって話だ」
木こりの男はキールを睨む。キール、フィオ、ミド。そしてマルコの順番に品定めするように見て、マルコを指さして言った。
「俺の目はごまかせねぇぞ……そこの後ろに隠れてるガキ。お前、自殺目的だろ?」
「――ッ!?」
突然、指を差されたマルコがビクリと肩を揺らして緊張している。ミドたちも痛いところを突かれたと言った様子で黙っている。
迷いの森を抜けようなんて考える者の大半が自殺願望があるというのは分かっていた。当然、村の人間に森の抜け方なんて聞けば止められるというのも考えられたことだ。あわよくば気付かれずに情報を聞き出して先に進めればいいなと思っていたが、そうは問屋が卸さないらしい。
「俺は自殺を目的にあの森に行こうってヤツを何人も見てきた。だからそういうヤツは見たら大体わかるんだよ」
男はマルコの様子を観察しただけで自殺が目的であると言い切った。何故そう言い切れるのか分からないが、おそらく経験的に知っているものがあるのだろう。
マルコの表情は暗く、常に何かに怯えているように逃げようとする態度。落ち着きがなく、ミドの後ろにすぐ隠れようとする。もしかしたらマルコの左頬の火傷も見られていた可能性もある。それが何らかの自殺を図った形跡だと思われても仕方がないかもしれない。
マルコの噂や情報はココナリ村にも当然流れてきているだろうし、木こりの男もマルコの正体に気づいているかもしれない。マルコは前髪で顔を隠している。そんな変な髪型にする人など普通はいないから、特徴を知っていればすぐ分かる。
それにマルコが王国でどんな扱いを受けているのかは容易に想像もできるだろう。ココナリ村の人の中にも、マルコを気味悪がっている人も少なからずいるはずだ。
そんな報われていないであろう人物が自殺の名所に向かいたいと言ってきたのだ。疑って当然かもしれない。
木こりの男はマルコから目線を逸らし、今度はミドたちを睨む。
「他の連中は自殺幇助ってところか、気に入らねぇな。普通止めるのが常識なんじゃねぇのか?」
「………………」「………………」「………………」
「おい、どうなんだよ!」
男が怒鳴って三人を睨む。
ミド、キール、フィオの三人は何も言い返せずに沈黙している。もちろん今のマルコの目的は違うのだが、自殺幇助を考えていたことは事実だったからだ。
「何も言い返さねぇってことは図星ってことだ。さっさと出て行きやがれ!」
男はミドの肩を突き飛ばす。キールとフィオがミドを後ろから支えた。そうしてミドたちは男に追い返されるように家の外に出されてしまった。
ミド一行は仕方なく、男の家を離れて歩いて行く。
「う~む、あれは手ごわいっスね……」
するとフィオが最初に言葉を発した。ミドも頬を掻きながら言う。
「そうだね~見事に突っぱねられちゃったね~」
「どうするっスか? あれじゃあ絶対に道なんて教えてくれないっスよ?」
ミドは腕を組んで眉間にしわを寄せて、キールに提案する。
「自力で森を抜けるっていうのは?」
「それができりゃあ苦労しねぇ。あの森はプロの冒険者や旅人でも、一度迷ったら脱出するのは困難らしい。地元の人間だって迂闊に入りたがらねぇほどだからな」
「ん~、他に知ってる人とかいないかな~」
「オレもそう思って他の村人も調べてみたんだが、どうやらほとんどの村人は森に入ったことがないそうだ。森の中にはモンスターも出るらしいしな」
キールが淡々と説明するとフィオが驚いて言う。
「ちょ!? 今モンスターって言ったっスか!!??」
「ああ、村の周辺は結界装置があるから安全だが、森の中は結界の外だ。モンスターに出くわしたら自分で対処しなきゃいけないからな」
「それって、道順が分かっても危険じゃないっスか!」
「だから村人は誰も入りたがらねぇんだよ。入りたがる奴なんか、自殺願望があると思われても仕方がねぇって訳だ」
結界とは村の人間が言っているモンスターを寄せ付けないようにする装置である。村をグルッと囲むように設置されており、人間には聞こえない音のような何かを発している。それがモンスターが嫌いな音のため、村に近づいて来ないというわけだ。
見た目は普通のランタンのような形状をしており、中には古代文明のオーパーツが入っていて、常に青く光っているそうだ。モンスターはそのオーパーツから発せられる音と青い光を嫌って村に近づいて来ない。
「あの人は森に入っても平気なんでしょうか?」
マルコが疑問を言葉にする。あの木こりの男は森の抜け方を知っているということは、森に一度でも入ったことがあるということになる。
しかし森にはモンスターが出現するため、戦闘力の低い者が入ったら、たちまちモンスターの餌になるだろう。では木こりの男はどうやって無事に帰還できているのだろうか。
「そうだな……あの男にモンスターと戦えるだけの力があるのか……」
キールが腕組みをして考えている。するとマルコがキールに言う。
「もう一度説得に行ってみませんか? ちゃんと説明すれば、きっと誤解は解けるはずです!」
ミドたちはマルコの熱意に押されて、再び男の家を訪れることにした――。
*
「なんだ! またお前らか!」
男はミドたちやマルコを見た瞬間に顔をこわばらせる。マルコが言う。
「誤解です! ボクたちはあなたが思ってるような目的じゃありません!」
「嘘つくんじゃねぇ!」
「本当です!」
「………………じゃあ証明して見せろ」
「え?」
「本当に自殺目的じゃないなら、証明してみせろ」
「証明って……どうやって?」
男はマルコから目を離し、ミドやキール、フィオの三人にを睨んで言った。
「自殺幇助じゃないってことは、お前らはこの小僧の護衛か何かか?」
「……そうです」
ミドが短く返事をする。すると男が言う。
「分かった、教えてやる。ただし森の抜け道を教える情報料として、お前らの全財産だしな」
男の発言にキールが眉間に一層しわを寄せて抗議する。
「おい待て、全財産は取りすぎだろう!」
「勘違いするな、これはお前らを信用するための人質みたいなもんだ。情報料はその中の一部だけさ、残りは預からせてもらう」
「預かるだと??」
「お前らはそのガキの護衛なんだろう? なら必ず生きて連れて帰ってこい。その時に残りの金は返してやるよ」
「オレ等がそれを信じると思ってんのか? アンタが金を持ち逃げする可能性だってある」
「最初に言っただろ、金の問題じゃない。お前らを信用するために必要なことだ」
「………………」
「嫌ならいいんだぜ」
「んぐぐ……この野郎……!!」
キールがこめかみに青筋を立てて怒りを露わにすると、ミドが穏やかな声で言った。
「いいでしょう、分かりました。全財産をあなたにお預けします」
「おいミド、本気か!?」
「今はそれしかなさそうだから、マルコもそれでいい?」
ミドが黙っているマルコに声をかけると、マルコも小さく頷いて言う。
「構いません」
「いいんだな。じゃあこれはオレが預からせてもらう」
男はキールから金貨の入った袋を奪い取る。男は一瞬、その金額に目を見開いて驚愕したが、すぐに表情を戻して言う。
「ふん! ただの旅人のくせに、随分な大金を持ってるな。いいか、そのガキを必ず“生きたまま”連れて帰ってこい。もしお前らだけで、ノコノコ帰って来やがったら――」
「そのお金はすべて、あなたにお渡しします」
マルコが力強く言う。男はギョッとしてマルコを見据える。
こうして、ミドたちは男から迷いの森の抜け方を教えてもらえることになった。ご親切に地図まで作ってあるらしく、マルコは男から森の地図を受け取る。
男の家を出て、村の外れに向かうと迷いの森の入口である。そこに向かって歩いている道中、ミドが言った。
「いや~、一瞬で富豪になったと思ったら、一瞬で貧民になっちゃったね~」
「まったくだ。これで騙されてたら、五○○○万ゼニーの損失だよ」
「大丈夫大丈夫。マルコを連れて帰ればいいんだから」
ミドはいつものようにヘラヘラ笑っていると、キールが不機嫌そうに言った。
元々マルコのお金であるため、ミドたちに痛手はないとも言える。しかし大金を失うという感覚はどうにも耐えがたいものがある。
マルコを失えば、苦労して帰還しても男からお金を返してもらえなくなるばかりか、残りのマルコからの成功報酬は得られなくなくなる。まさに踏んだり蹴ったりだ。
つまりミドたちにとって、マルコの生存は必要不可欠なのだ。
そうこうしていると、ミドたちは森の入口まで到着していた。
「ここが迷いの森……ですか」
マルコが呟く。
森は村の墓場の近くにあり、大きな口を開いているかのように空気が吸い込まれていく感覚を感じられた。
入口の横には大きな看板が立っている。そこには大きく、こう書かれていた。
『命は両親からいただいた大切なもの! もう一度静かに両親や兄弟、子供のことを考えてみましょう 一人で悩まず相談してください』
ミドがその看板を見て一言。
「命は大切にしましょうってさ」
「元伝説の殺し屋の意見は?」
キールが返すと、
「答えずらいこと聞くね~」
ミドは複雑そうな表情で笑った。するとマルコは先の会話で引っかかったように訊ねた。
「元、殺し屋???」
「あ、いや、なんでもないよマルコ。気にしないで!」
「ちょっと待ってください?! ミドさんが元殺し屋って……??」
「えっと、それはつまり――」
ミドが困っているとキールが助け舟を出す。
「旅人の中での隠語だ。他にも掃除屋なんて言ったりするが、有り体に言えば“モンスター退治をする連中”って意味だ」
「そ、それだよ! 社会にいるモンスターペアレントを始末して周ってるんだ! あはは~……」
ミドはキールに乗っかって話を進めた。マルコが言う。
「モンスター、ですか……」
マルコは、まだ訝し気だったが、とりあえずは納得してくれたようだ。
「とにかく! もうヘラヘラしてられないっスよ! いざ出陣っス!」
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