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オトナの権利の国

木を隠すなら、森の中。人を隠すなら――

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「ちょ、ちょっと! ミドくん起きるっス!」

 突然、激しくフィオに揺り起こされるミドは、目を擦りながら上半身を起こした。フィオがミドの胸ぐらを掴んでに言う。

「ミドくん! 今度は何やらかしたっスか!?」
「ん~、何って……どうしたの?」
「この国の衛兵……じゃなかった、ケイサツが来てるっス!」
「ケイ、サツ?」

 ミドが寝ぼけ眼で部屋の入り口のドアを見ると、青い制服に身を包んだ女性がキールに言った。

「――では、この写真の少女に間違いありませんね?」
「ああ、間違いない。確かにオレたちはその子に案内人を頼んだ」
「ご協力ありがとうございます。お騒がせしてすみませんでした」
「いや、問題ない」

 キールが警察と話をしているのが見えた。
 時刻は朝の七時頃だろうか、窓から見える外はすでに明るくなっていた。ミドがキールのところに歩み寄ると、警察と名乗る人物は聴取を終えて満足したのか、ミドにも軽く会釈をしてその場を去っていった。

 キールは腕を組んで眉間にしわを寄せながら、去っていく警察の後ろ姿を見ている。ミドが「おはよう~」と言うと、キールが「やっと目が覚めたか?」と言った。

 ミドがキールと一緒に去っていく警察と名乗る訪問者の後ろ姿を見つめながら、

「何があったの?」
「……ペトラが捕まったらしい」
「なるほど、昨日のはやっぱり……」
「ああ」

 何かを察したようにミドが言うと、キールも同意した。フィオは、ミドが何かしたわけじゃないと分かると安心していたが、同時にペトラをことを心配していた。

 ――コン、コン。

 部屋のドアをノックする音が聞こえた。三人が一斉に振り向く。

「失礼いたします」

 するとチョビ髭の太った男が現れた。このホテルにミドたちを連れてきたチョビ髭の太った従業員である、チョビ髭の男がキールに言った。

「おはようございます、旅人さん。お話は聞かせていただきました、案内人の方が逮捕されたと伺っております」

「ああ、それがどうした?」

「以前もお話させていただいた通り、旅人さんには『宿の外に出る権利』はございません。これまでは案内人の同伴によって外出が許されていました。しかし、案内人が捕まってしまった以上……旅人さんに外出を許すわけにはいきません。ご理解ください」

 ミドたちが自由にホテルからの外出を許されていたのは、案内人であるペトラのおかげだった。しかし彼女が捕まってしまい、権利を剥奪された以上は旅人の案内人でもないことになる。

 すなわちミドたちは、再びホテルに『囚われの身』となってしまったのだ。
 仕方がないとキールが了承し、ミドも同意する。フィオだけが、あからさまに嫌そうな顔をしていた。――それから、貴重な滞在時間が無為に過ぎていった。

                   *

 時刻は既に一八時を回っていた。するとフィオが唐突に、この世界部屋の中心で叫んだ。

「もう我慢できないっス! シャバの空気が吸いたいっス!」
「そうだね~、囚われの身になっちゃったもんね~、ハッハッハ……あれ? これってデジャヴ?」
「笑いごとじゃないっス! ミドくん、今度こそ脱獄するっスよ!」

 この国に来た時と同じような状況になってしまったミド一行。フィオの提案にミドは笑って対応する。すると、トイレのドアがガチャっと開き、キールが出てきて両手をハンカチで拭いている。

「何騒いでんだ、またフィオか?」

 キールがフィオを一瞥すると、フィオが顔を真っ赤にしてプリプリ怒っているのが分かった。フィオは駄々をこねる子どものように言う。

「キール! あーしはもう我慢の限界っス! 脱獄するっス! 大脱走っス!」
「いいから大人しくしてろ、フィオ」
「む〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰!!!」

 キールが言うと、フィオはほっぺを膨らませて不満そうな顔をしたが、最後にはしぶしぶ従った。


 その後、特に変わったことが起こることもなく、ただただ時間が過ぎていく。各々は好きな行動をとっていた。

 ミドは床に胡坐をかいて瞑想をしている。キールは椅子に座ってホテルの部屋にある本を読み漁っている。フィオは部屋の中をうろちょろしていたようだが、再び我慢できなくなってしまってミドとキールの二人に言った。

「二人とも! 何でそんな落ち着いてられるっスか!?」
「………………」「………………」

 ミドは座ったまま目を開かず、微動だにしない。キールはつまらなそうに本のページをめくる。ミドとキールはフィオを無視して各々の行動に没頭している。フィオは構わず言い続ける。

「ペトラちゃんが捕まっちゃったんスよ! 心配じゃないっスか!」
「………………」「………………」

 それでもミドとキールは動かない。イライラが頂点に達したフィオは怒気が上がった。

「あーーもう!! 二人ともいい加減にするっス! あーし等も外に出られなくなったんスよ!? このままで良いんスか!!??」

 すると、ミドが瞑想状態からゆっくり目を開ける。

「うん、そろそろ……いい時間だね」
「そうだな、行くか」

 ミドが言うとキールも本をパタンと閉じて同意した。それを見たフィオがギョッとして、ミドとキールを見つめながら訊いた。

「な、何がそろそろなんスか??? 説明を求むっス!」
「ん? ちょっと散歩に出かける時間かな、ってね~」

 フィオが問いかけると、ミドがヘラヘラと答える。そしてキールがいつもの真剣な顔で言った。

ホテルここから脱獄する準備が整ったってことだ」
「――っ! やっとやる気になったっスか!!」

 キールの言葉を聞いたフィオの表情明るくしてミドに向き直った。するとミドも笑顔で頷く。

「ボクは最初からやる気だったよ。ただすぐ脱獄するには、ちょっと問題があったからね」
「へ? 問題?? 何が問題なんスか???」
「気づかない? そこ……」
「???」

 ミドが部屋の隅をチラリと見るが、フィオは何がなんだか分からなかった。するとミドが言った。

「よく聞いてフィオ。これからキールに移動してもらうから、フィオはキールを目で追ってほしい。キール、悪いんだけどちょっと“そこ”に移動してもらえるかな。できるだけ自然に……」
「わかった」

 キールは短く返事をすると部屋の隅に移動する。フィオはミドに言われた通りに歩いて移動するキールに視線を向ける。

 キールが歩いて移動したのはホテルの部屋の隅っこである。そこには観葉植物が置かれ、壁には誰だか知らない女性の肖像画が飾られている。
 キールは再び腕を組んで壁に寄りかかった。フィオがミドを見て訊く。

「ミドくん、一体何なんスか?」
「その肖像画の女性の目……細工されてるのに気づかない?」
「え………………? ――っ!?」

 フィオは目を凝らして肖像画の女性とにらめっこをする。すると微かだが、肖像画の女性の目の瞳孔が開いたり閉じたりするのが分かった。

「こ、これって……!?!?」
「――そう、ボクたちは監視されてる」
「監視って……盗撮!? なら話したらマズいっス! 声も盗聴されて――」
「盗聴はされてないよ」
「どうして言い切れるっスか!?」
「さっきまでそれを調べてたから」
「いつ調べたっスか?」
「ボクとキールが、意味もなくこの部屋の中でダラダラ過ごしてたと思うの?」

 ミドとキールは、ただ黙って時間を無為に過ごしていたわけではなかった。
 昨日ホテルに戻った時から違和感を感じていたミドとキールは、普段通りに生活するフリをして部屋中をくまなく調べ回っていたのだ。

 見つけた監視カメラは四台だった。肖像画の両目、トイレの天井、時計の『6』と描かれたところなどなど様々だった。

「トイレにあるなんて! いやらしいっス! 悪意を感じるっス!」
「そうだね、許せないよね。あとでフィオのお花摘みシーンが盗撮されてないかホテルのデータを確認しないと……」
「その確認は必要ないっス!」

 違和感は部屋に戻った時だけではない、ホテルに着いた時から感じていた。ホテルの従業員は、旅人専用の特別な部屋だと言っていたのを思い出す。

   ×  ×  ×

「我がホテルの部屋は旅人さん専用になっております! 最高級の家電製品と最高級の食事、最高級の時間を提供いたします!」

   ×  ×  ×

 旅人専用の高級ルームというと聞こえがは良いが、言い方を変えると旅人以外は泊まることがない部屋とも言える。

 旅人は泊まる権利はあるが、外出の権利はない。では、どうやって外出を阻止するのだろうか。考えるまでもない、旅人が泊る部屋に監視カメラを仕掛けて観察していればよいのだ。

 おそらく警備員室のような部屋がどこかにあり、そこから常時監視されているのだろう。もし旅人が不審な動きをしたら、すぐに関係者に伝わる警報を作動させて、旅人を取り押さえると予想できる。

「監視カメラなんて、いくら何でも非常識っス! お客さんに失礼だと思わないんスかね!?」
「この国の権利主義に対する考え方は他の国と違って異質だからな、ホテル側にしてみれば『我々には旅人を監視する権利があるのです』とか言うんじゃねぇか? それにオレたちはホテルに一ゼニーも出してねぇんだ、客と言えるかどうかも疑わしいな」
「そんなの普通じゃないっスよ!」
「オレたちの『普通』と、この国の『普通』を一緒だと考えるな」

 キールの言葉にフィオは黙ってしまったが、すぐに切り替えてミドに言う。

「と、とにかくミドくん! どうやって監視の目をごまかして抜け出すっスか?」
「それはね……」

 フィオが訊くと、ミドはいたずらっ子のようにニヤリと笑った。

 そしてミドは、おもむろに部屋を出て、廊下を歩いて行く。キールとフィオもついて行った。すると廊下の壁に赤く点灯しているランプが見える。ランプの下には赤いボタンがあり、透明なカバーが装着されていた。

 ミドはそこで立ち止まると両手を合わせた。すると木製のトンカチが生えてくる。ミドはそれを掴んで肩に乗せてから言った。

「木を隠すなら、森の中。人を隠すなら、人ごみの中ってね……」

 ミドがトンカチを振りかぶる! フィオは「まさか!?」と両目を見開いて口を大きく開ける。

 ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアン!

 ミドが振り切ったトンカチの衝撃で、赤いランプのボタンは透明なカバーごと押されて吹き飛んだ。その瞬間――。

 ビ────────────────────────ッッッ!!!!!!!

 ホテル中に不安感を煽る警報が鳴り響いた――。
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