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正義感の強い国
別れの涙で、おにぎりがしょっぱいっス!
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「戻れ、木偶棒」
ミドが小さくつぶやくと、片手に持っていた木偶棒と呼ばれた棒が短くなっていった。みるみるうちに縮んでいった木偶棒は、最終的にミドの掌の中に納まるといつの間にか消えていった。
今この現場には三人の人物がいた。ミドとキール、そしてエイミーの三人である。
ミドはキールとエイミーの元へとフラフラと歩み寄った。しかし疲労がたまっている様子で、途中で仰向けにバッタリと倒れる。そして言った。
「あ~、疲れたぁ……」
ミドは疲れた様子だが、さっきまでの殺意に満ちた表情はなくなっていた。ヘラヘラとした男の姿がそこにあった。
「ミドさん!」
エイミーが心配した様子で、ミドに走って近づく。大の字に倒れたミドの顔の横にエイミーが膝をついてしゃがみこむと、ミドはにっこり笑って言った。
「怪我はあんまりなさそうだね」
「はい……」
エイミーはうつむいたまま言った。するとエイミーの後ろから声がした。
「おい、ミド。まだ動けるか?」
ミドが顔を越えの先に向けると、額に布を巻いて止血しているキールが立っていた。顔に血が流れた跡が薄赤色で残っており、布のような物で拭った跡がある。
怪我と言えるほど大きな怪我はしていなかった。キールは吸血鬼と人間の混血のため、自己治癒力は人間の倍以上なのだ。
ミドはキールの回復力に反応して言う。
「もう額の傷治ってるんだ。さすがだねぇ~」
「別にすごくねえよ。で、どうなんだ?」
「悪いんだけど、ちょっとしばらく動きたくないかな~」
「『動けない』じゃなくて、『動きたくない』のかよ……」
「最近運動不足だったからね~。久々に本気出したからさ~。こりゃ、明日は筋肉痛が酷いね」
「そうか、まぁいい。とにかくオレが言いたのは、あの吸血鬼女の処理についてだ」
「処理?」
「ああ。真犯人はコイツですって言ったところで、信じるヤツがどれほどいるか……」
「それなら大丈夫だと思うな~」
「何でだよ?」
「だって、ここは……『正義感の強い国』だからね」
「説明になってねぇぞ」
キールが少し呆れたように言いながらゾイの死体に目をやる。するとキールが両目を見開いて眉間にしわを寄せた。
ミドはそれに気づかず、エイミーに話しかけた。エイミーもそれに応える。
「エイミー、終わったね」
「そう、ですね……」
「浮かない顔してるね?」
「だって、私のせいで……こんな……」
エイミーがミドの体中の傷を見て心配そうに言った。同時に複雑艘な顔をしている。
エイミーはミドの目を見て言った。
「人を……殺したんですよ」
「そうだね」
「罪悪感は、ないんですか?」
「……もう、慣れちゃったよ」
「慣れ……ですか」
エイミーは敵だったとはいえ、ゾイを殺すつもりはなかったらしい。自分の濡れ衣を晴らしてもらえれば満足だったようだ。エイミーにとってゾイを吸血鬼の怪物ではなく、自分と同じ血をもつ『人』だったのだ。
ミドには助けてもらった手前、批判的態度をするのは気が引けたようだったが、それでもエイミーは自分の正義を訴えた。人を殺すのは悪いことだと。
ミドはエイミーの“正義”の訴えを優しそうに聞いていた。そして一言だけつぶやいた。
「そうだね。ボクは……悪い人殺しだね」
「そうです。あなたは、悪い人殺しです」
そして、しばらくの沈黙が続く。するとミドが、ふと言った。
「ボクを衛兵さんに突き出すかい?」
「……いいえ」
「そっか」
エイミーが小さく否定すると、ミドが微笑んで言った。
ミドがゆっくりと上半身を上げてキールと探す。しかし、気がつくとキールが姿を消していた。ミドとエイミーはキョロキョロを回りを見渡すがキールの姿はどこにもなかった。
「あれ? キール、どこいったんだろ? 死体の処理がまだ残ってるのに……」
そう言ってミドは何気なく、さきほど殺した吸血鬼の死体に目を向けた。
「あれ、いな……い??」
ミドの目線の先には、先ほど息絶えたはずの死体が消えていた――
――人気にいない裏道。
白い髪の女が胸を押さえながら屋根の上を飛んで移動していた
「はぁ……はぁ……!」
ゾイは安堵していた。
先ほど貫かれた彼女の胸は今も風穴があいており、溢れ出る血を止めることはできていない。それでも何とか逃げるだけの力は残っていた。
ゾイにとっては予想外の展開である。
それまで自分の力は圧倒的であると自負していた。それが突然現れた旅人に計画を台無しにされかけている。もちろん完全に計画が終わったわけではない、まだ出直すことは可能だ。だからゾイは逃げていた。
「緑髪の死神……」
ゾイはその名をつぶやく。彼女にとっては畏怖と同時に嬉しさもあった。
ゾイは以前から自分の強さがどれほどなのか試したいと思っていた。しかし吸血鬼族のような強い種族は、現在ほぼ見かけない。見かけたとしても、混血の一般人の吸血鬼族である。
一般人とはいえ、吸血鬼族の血を引いているのだから、それ相応の身体能力はあるだろう。エイミーも人族と比べれば優れた身体能力がある。
しかしゾイの求めていたものは『強い者』である。
吸血鬼族だとしても、ゾイにとっては素人同然でしかない。つまらない。
つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない――。
……ゾイは最低でも自分と互角に戦える人材を探していた。そこで目をつけたのが『緑髪の死神』という名だった。
その人物は死神と呼ばれるだけあって、超人的な女神の力を持っているらしい。
会ってみたい。ゾイはいつか殺し合ってみたいと思っていた。
死神といっても所詮は人族の掃除屋という話である。吸血鬼の……純潔の吸血鬼である自分が負けるわけがないと思っていた。むしろ遊ぶ気でいたのだ。
――甘かった。
脆弱な人族がなぜ、ここまで繁殖し、強者だった吸血鬼族が絶滅寸前に追いやられているのか……。それを身をもって体験した気分だった。
もう二度と油断はしない。今度は本気で、あの死神の息の根を止める。
「とにかく今は、ボスに報告を――」
ゾイが逃げ切ったと安堵した。その瞬間――
「――っ!?」
女の、ゾイの生首が、上空に跳ね上がった――
「逃がすかよ」
キールは、静かに呟いた。
ゾイの視界が、クルクルクルクルと回る。視界の端に金髪の少年の横顔が見えた。ゾイの生首が路上の地面に転がり落ちる。血を噴き出しながら女の目が、まばたきをしていた。
「あらあら、殺られてしまったわ……残念」
生首のゾイは、ため息をつきながらキールに話しかけた。
それを見たキールが驚いて、
「……バケモンかよ」
「あら失礼ね。私は吸血鬼よ……あなたと同じ、ね」
「――チッ」
キールはゾイを睨みながら舌打ちをした。
吸血鬼族は現在様々な種族と交流をしており、吸血鬼の血は混血がほとんどである。純粋な吸血鬼の血を受け継ぐ者は、もはや伝説のものとなっている。
伝承では純粋な吸血鬼族は首を落とされても死に至ることはない。首を斬り落とされて生首になった純粋な吸血鬼は、生命維持のために一時的な眠りにつく。驚異的な再生力も、頭だけでは時間がかかるのだろう。これだけ聞くと吸血鬼と敵対している者は絶望しか感じられないが、長い歴史の中で吸血鬼の不死に対しての対策として生み出されている方法もあるらしい。
その方法の一つに、斬り落とした吸血鬼の首の断面に再生妨害の魔法薬を塗ることで、再生を遅らせたり、永久に再生させずに封印したということも少数だが実例があったようだ。しかし、それでも『殺す方法』に関しては未だ解明されていない。
現在まで様々な伝承が語り継がれているが、未だ純粋な吸血鬼を殺す方法は、老衰以外に見つかっていない。それほど強力な種族なのだ。
キールはゾイに問いかける。
「他にもお前みたいに純粋な吸血鬼がいるのか?」
「あなたの質問に答えてあげたいけど、そろそろ眠りにつく時間だわ」
「おい、まて! 質問に答えろ!」
「また会える日を楽しみにしているわ、緑髪の死神さんによろしくね。さよなら……」
ゾイはそう言うと、ゆっくりまぶたを閉じて安らかに眠りについた。キールはゾイの生首を見下ろし、摑み上げる。
「くそっ、不気味な女……いや、吸血鬼だな。オレも人のことは言えねぇが……。まぁ、なんにしても、これで終わりだな。さっさとこの国ともおさらばしねぇと………………いや、まだ仕事が残ってるな」
キールはゾイの生首を丁寧に布で包んで片手に持つと、裏道の闇に消えていった。
とある貴族の屋敷。その屋敷は扉と窓を全て閉めきって明かりもついていなかった。そこに一人の男が頭を抱えて震えていた。
「まさか……こんなはずでは……」
男は椅子に座りながら、両手で頭を抱えて床をじっと見つめてブツブツと何か呟いていた。それは数分前の出来事である。
× × ×
男は全ての計画を実行に移し、紅茶を飲みながら優雅なひと時を過ごしていた。すると何やら騒がしいことに気づいたのだ。
どうやら子どもたちが騒いでいるらしい。男は落ち着いた一時を邪魔されてイラつきながら様子を見に行った。
子どもたちが泣いていた。男はどうしたのかと問いかけると、一人の少年がとある方向を指さしたのだ。
「ヒッ……ヒック。あれ……あれが……」
その指差す先には、屋敷の巨大な門があるだけのはずである。
男は目を凝らしてよく見ると、何か丸いボールのような物が門の下に置かれていた。
落ち着いてゆっくりと歩いて近づくと、そのボールのような物が何なのかが分かった。白い布が被せられたボールだ。しかし男は奇妙なことに気づいた。
その布は端が先ほどまで結ばれていたかのようにシワが寄っており、中心部には赤黒い液体が浸み込んで固まっていた。それに、遠目で見た時はボールに見えたのだが近くで見て見ると、ボールのように綺麗な球体ではない。それはまるで……。
――マネキンの頭のような形状をしていた。
男は息を呑んだ。それはどう考えても人間の頭としか思えなかったからだ。
その頭の様な物体に汚れた布がかぶせられている。おそらく子どもたちが最初に見つけた時、この布は目の前の物体を包み込んでいたのだろう。
子どもたちは興味本位で布の結び目を解いて中を見たのだ。
男は深呼吸を一つして、ゆっくりと布に手を伸ばした。布の汚れていない端の方を親指と人差し指で摘まむと、恐る恐る引っ張ってずらした。
「――!?」
男は愕然とした、そこに転がっていたのは彼の計画の成功に欠かせない人物だった……。
ゾイの生首が、転がっていた――。
× × ×
「逃げなければ……!」
男が思い立ったように立ち上がって部屋を飛び出した。男が向かった先は宝物庫のような部屋で、巨大な黒い金庫の扉があった。
男は金庫を開けようと呪文を唱えながらダイヤルを回している。
「――面白そうなことしてんな」
――声が聞こえた。
男は怯えたように周りを見渡し、とある柱の影を凝視する。すると、その奥から一人の人影が、ゆっくり歩いて現れた。男は顔を歪ませて睨む。
「どこに逃げるつもりだ? ザペケチさんよぉ……」
「お前は……」
「オレのお土産……喜んでもらえたか?」
金髪のくせ毛が特徴の少年、キールが現れて言った。
「お前が……ゾイを殺ったのか……?」
「どうやら、サプライズにはなったようだな」
「私も、殺すのか?」
「いや……オレは一つ頼みごとをしようと思った来ただけだ」
「頼みだと??」
ザペケチは怪訝な顔をして言う。
「な、何が望みだ?」
「フッ……な~に簡単なことだ。お前の口でオレたちの疑いを晴らしてほしいんだよ」
「わ、わかった。手配書のことだな!? すぐに取り下げをさせてもらう! だから頼む! 見逃してくれ!」
「話が早くて助かるよ。さすがは貴族様だ」
キールは悪役顔で笑った。
「でも、どうやってこの街の連中を説得する気だ?」
「それなら大丈夫だ、すべてあの女の仕業にすればいい!」
「あの女……吸血鬼女か」
「そうだ! あの女の生首を私が持っていって、『犯人を処刑した』と宣言すればいいんだ! そうすれば、街の馬鹿な連中も納得するはずだ!」
「………………」
キールはしばらく沈黙した。最初は眉間にしわを寄せて何か問題がありそうな表情をしていたが、チラリとザペケチを見てすぐに口元をニンマリとさせて言った。
「……そいつは名案だ。だが、本当にいいのか? あのゾイって女はお前の仲間だったんだろ?」
「ば、馬鹿を言わないでくれ! アレは金で雇っただけの殺し屋だ! 契約を全うできずに返り討ちに遭うようなマヌケをかばうつもりはない!」
「そうか……それならいいか。じゃあさっきの話、頼んだぞ……言っておくが、もし約束を破ったら――」
「分かってる! 必ず約束は守る!!」
キールはザペケチの言葉を聞いてにっこり笑って窓から出て行った。
ザペケチは膝を揺らして言った。
「このままでは、私も殺される……!」
ザペケチはゾイの生首を抱えて屋敷を飛び出した。
数時間後……ザペケチは約束を守ったらしく、ミドたちとエイミーの手配書が取り下げられた。
街の人たちは犯人が処刑されたことを知って大喜びだった。
「おい、聞いたか? 例の変死体事件の犯人が見つかったらしいぞ」
広場は騒然としていた。事件解決を心待ちにして安心している者や、ただの興味本意な者、眉間にシワを寄せている者など様々だ。
「本当か!? 一体誰なんだ? やっぱりあの吸血鬼の娘だったのか?」
「いや、それが違うらしい……なんでも別の吸血鬼って話だ。ザペケチ様が犯人の首を届けに来たらしい」
「さすがはザペケチ様だ!」
ザペケチが無実を証言したのだ。
広場の中心の木製の小さなテーブルの上に乗せられたゾイの生首に向かって大勢の人間が石を投げていた。人々は「この悪魔め!」と言って石を投げ続けた。
エイミーにも知らせは届いていた。しかし、それでも彼女を疑って嫌う者は一定数いる。しかし、それが一般大衆というものなのだろうとエイミーも理解している。自分がやったことではないとはいえ、長い歴史の中で吸血鬼が大勢の人間族に被害を与えたのも事実なのだから。
少なからずエイミーに対して罪悪感を感じている者もいて、戸惑っている者たちなど様々だ。
「濡れ衣だって!? 本当か? オレは信じねぇ!」
「どうしよう……オレ、あの娘に酷いこと言っちゃったよ。謝ったら許してくれるかな?」
「私も、ちょっと冷たい態度しちゃったかも……」
広場にいる野次馬が、それぞれ思い思いの言葉を口にする。
そこには、それを聞きながら食事を摂っている三人組がいた。その中の一人が、おにぎりを頬張りながら不機嫌な様子だった。
「まったく!! 信じらんないッス!!」
「まぁまぁ、お茶でも飲んで落ち着いて」
「これが落ち着いてなんかいられないッス! あーしも必死に戦ったっていうのに忘れるなんて二人とも酷いっス! 最低っス!!」
フィオが興奮して鼻息を荒くしながらプリプリと不満をミドとキールにぶちまけていた。ミドがフィオの話を聞いてなだめようとしている。
「ごめんね~、ボクも筋肉痛で動けなくってさぁ~。それにキールもいなくなっちゃうし」
「まったく! あーしがどれだけ寂しい思いをしたか分かってるっスか!」
「そうだね~。お漏らしした状態で放置プレイされたら不安になっちゃうよね~」
「シャラああああああぁぁぁップ! それ以上は言っちゃいけないっス! 乙女の純情が汚されるっス! もうお嫁に行けなくなるっスううぅぅ!!!」
キールが横で二人の会話を聞きながらため息をついて言った。
「はぁ……うるせぇな。静かに食えねぇのか?」
「も~! ちょっとは反省して、あーしに深々とお辞儀でもして謝罪してほしいもんッス!」
フィオが頬を膨らませてご立腹の様子だ。それにミドが「そうだね~」と返事をする。
三人組がそんな話をしていると、
「あ、あの……」
横から少女の声が聞こえてきた。三人が一斉に振り返るとそこにいたのはエイミーだった。
エイミーが深々とお辞儀していた。
「う、嬉しいッス! 感激ッス! 涙でおにぎりが、しょっぱいッス!」
フィオは塩おむすびを頬張って感激している。
ミドがエイミーに声をかける。
「やぁ」
「あの……ご迷惑をおかけしました」
するとエイミーは申し訳なさそうに応える。そして再び深く頭を下げた。それをみてフィオがまた感激して涙を流している。
キールもフィオに声をかけた。
「気にするな。ただの気まぐれだ」
「でも……」
「だから気にするな。それより、これからどうするつもりだ?」
「これから、ですか?」
エイミーは目を伏せて黙る、ミドとキールはエイミーが応えるのを待っていた。エイミーが口を開いた。
「……旅に出ます」
「旅に?」
「はい、もうこの国には……居たくありませんから」
「そっか」
ミドは静かに応えた。するとフィオが会話に入ってくる。
「旅に出る!? じゃあ、あーしたちと一緒に冒険の空へと飛び立つっスか! 大歓迎っス!! 部屋は、あーしと一緒でいいっスか?」
「いえ、私は一人で旅に行きたいんです」
エイミーがキッパリ断ると、フィオが再び泣き出して「うえぇぇん……おにぎりがしょっぱいっス!」といいながら、ムシャムシャ再び食べはじめた。
ミドがエイミーに言う。
「でも、お金はどうするの? 旅に出るっていっても先立つものがないと――」
「それなら問題ありません。ザペケチ様……ザペケチの金庫の財宝を換金して旅の資金にします」
エイミーは他人の金庫の中身を盗むと悪びれもせずに応えた。キールはその答えにフッと笑い、ミドは微笑んで「いやぁ~、キミも悪だね~」とヘラヘラ笑っていた。
そこにフィオが入ってきて言う。
「そういえば、ザペケチはどうなったっスか?」
フィオが唐突にキールに聞いた。それにキールが思い出したように言う。
「ん? ああ、多分もう終わっただろうな」
「終わった? 何がっスか?」
「制裁だ」
「制裁???」
フィオの顔から頭の中がハテナマークでいっぱいになってることが分かった。キールは続けて説明する。
「ザペケチは裏のルールに背いた。だから直接、裏の連中から制裁が下されただろうって話だ」
「ルールに背いたって……何したっスか?」
「裏の人間と契約した者……今回は殺し屋だ。その殺し屋を裏切ってはいけないんだよ。何があってもな。今回ザペケチは契約してたゾイを売った訳だ、当然ゾイを派遣した先から刺客が送られたはずだ」
「バカな男っスね~。それを分かってて、なんで……」
「まぁ、オレが脅したからなんだけどな」
フィオがギョッとしてキールを見ると、キールはおにぎりを頬張りながら平然としていた。そしてフィオが聞く。
「つまり……キールのせいで、今頃ザペケチは……」
「ザペケチも焦ってたんだろうな、自分から勝手に裏切るって言ってきたんだよ。オレはその提案に賛成しただけだ」
「……キールは制裁のこと知ってて賛成したわけっスね?」
キールは一瞬だが動きを止めてニヤリと笑って言う。
「――さぁ……覚えてねぇな……」
「やっぱり確信犯っスううううううううぅぅ!!」
その場にフィオの叫び声が木霊した。
× × ×
――数時間前の話である。
ザペケチは手配書を取り下げて、すぐに屋敷に戻っていた。
今やるべきことは、一刻も早く逃亡することである。もう金庫の財宝には目もくれず、必要最低限の旅支度を整えて屋敷を飛び出す準備をした。
屋敷の玄関を目の前にした時、声が聞こえた。
「残念でございます……ザペケチ様」
ザペケチは数時間前と同じような後ろから声をかけられる状況に再び戦慄する。しかし聞こえてきた声は、明らかに少年の声ではなかった。聞き間違いでなければ老人のような声だった。
ザペケチが振り返ると、そこには背の高い男の人影が見えた。
現れた男の姿は、七〇代ほどの執事のような老人で、背が高く茶系の服に身を包んでいた。髪は黒髪のオールバックで、白髪のメッシュが入っていた。
「だ、誰だ。貴様!」
ザペケチが叫ぶと、人影はぬぅっと近づきながら言う。
「……お忘れですか? 私は『世界の清掃業者』の者でございます」
その姿に見覚えがあるのか、ザペケチが言った。
「お前は……な、何の用だ! お前たちが派遣した殺し屋は失敗したぞ! この責任どう取ってくれるんだ!」
「責任、ですか? それはこちらのセリフでございます」
「なんだと!?」
「あなたはルールに背いた……制裁を下さなければなりません」
「ふ……ふざけるな! 何が制裁だ!」
ザペケチは動揺して近くの壁に掛けてあったサーベルを手に取って男に向けて威嚇しながら言った。
男はザペケチの威嚇に微塵も反応せずに、淡々と言った。
「我々の業界では裏切りは最も重い罪でございます……よって、私が自らザペケチ様を粛清させていただきます」
「殺し屋一人くらい何だって言うんだあああぁ! どうせ社会に必要のない連中だろうがあああ!」
ザペケチは半狂乱状態に陥り、サーベルを振り回している。
男はゆっくりと右手を上げて、自分の首付近に持ってくる。そして左から右へ、スッと首を切るような仕草をした。
するとザペケチが「プッ……」と息を洩らすと、視界が上下反転した。
――ボト……。
次の瞬間、ザペケチの目には男の口のつま先が見えていた。何が起こったのか分からず体を動かそうとするが反応がない。目はかろうじて動いたので、眼球を動かして男を見ようとした。
しかし、目の前が貧血で倒れたときのように真っ白に染まっていった。耳鳴りの不快な音がキーンと鳴り響いてうるさかった。そして意識が途切れる最後に、男の声が聞こえたような気がした――。
「我々の『掃除』は、必要悪なのでございます……」
男は踵を返して、その場を後にした。
× × ×
「え!? あなたも吸血鬼なんですか??」
エイミーは出国準備をしているキールに対して驚きの声をあげる。キールが複雑な面持ちで応える。
「混血だけどな」
キールは頭を軽く掻きながらエイミーをチラチラ見て、
「まぁ、混血だからってあんまり気にするな。色々辛いこともあると思うが、オレたちみたいな混血は世界には以外と多いもんだ。だから、その……元気出せ」
キールが照れながら、エイミーを元気付けようとするが、慣れないせいか言葉に詰まっていた。
フィオが、それを見て慌てふためきながら、
「き、キールが人を元気づけようとしてるッス!? ミドくん、出国を明日にずらすッス。悪い予感がするッス! あーしの山勘が火を吹いてるッス!!」
「山が火を吹いたら、山火事になっちゃうね~。こりゃ大変だ。あっはっは」
フィオが騒いでいると、ミドくんもそれに乗っかってふざけ出す。それを受けてキールが頬を染めながら睨みつけて言う。
「お前ら、うるせえよ」
その後、フィオが出国を一日ずらしたいとゴネたり。手続きの人が困り果てて、キールが「わがまま言うな」と怒ったり。ミドがそれらを眺めて、お茶をすすりながら「平和だなぁ」とほっこりしていた。そして結局、予定通りの出国が決まったのだ。
「それじゃあ、これでさよならだね」
ミドはエイミーに小さく伝えた。エイミーは何も言わず、ただ小さくうなずいた。
「………………」
「??」
エイミーが何か言いたそうにこちらを見ている。ミドはエイミーの態度を見て察したようにニヤニヤしながら言った。
「どうしたのかなぁ??」
「……もう! ミドくん、イジワルです!」
「可愛いなぁ、エイミーは~」
ミドがエイミーをからかうと、エイミーは頬を膨らませてプリプリ怒る。
「何、二人でイチャイチャしてんスか? もう出発の時間ッスよ」
フィオが、ミドに対して催促してきた。ミドは「うん、わかった」と言って歩いていく。
するとエイミーが、何かモジモジしている。ミドがそれに気づいて首を傾げた。
「あぁ、あ……あの……」
「?」
そしてエイミーは意を決してミドに向き直り、
「――ありがと」
エイミーは照れくさそうにつぶやいた。
ミドは目を丸くして、すぐに安堵した表情に変わり、
「また、逢えたらいいね」
一言だけエイミーに言った。
「いたぞおおおおおおおぉ! 捕まえろおおおおおおおおおおおおおぉ!!」
――その時、突然大きな声が響き渡る。
何事かと三人組と一人の少女が振り返ると、国中から集まった大勢の人が押し寄せてきた。
「わ!? 何スか、あれ!?」
「くそ、逃げるぞ!」
「あらら、見つかっちゃったのね~」
フィオが最初に声をあげ、キールが素早い判断で逃走を決意。そして、ミドが呑気に反応する。
その時ミドは、エイミーの手を引っ張って連れていく。
「え!? ミドさんどうしたんですか??」
「言ったでしょ。ボクたちは、“お尋ね者”だって」
エイミーが戸惑いながらミドに手を引かれる。ミドは質問に笑って答えた。
今回、手配書が取り下げられたのは、どうやら今回の事件に関する手配書だけだったらしい。
ミドとキールに関しては元々賞金首のため、古い手配書は取り下げられていないことになる。この国の正義感の強い人たちにとっては未だに極刑に値する極悪人という認識なのだ。
「まったく! 毎度ミドくんの悪名っぷりには本当に呆れるッス! 一体なにしたら、世界から命狙われるッスか? あちこちで食い逃げでもしたんスか??」
「そうだね~。世界中の女の子をつまみ食いでもしたら追われるのかな。いやぁ、モテる男は辛いねぇ~」
「とんだ、すけこまし男ッス!! 軽蔑するッス!! これからは、歩く花粉男って呼ぶッス!!」
「花粉? なるほど、それは名案だね。森羅の能力で、ボクの種を世界中に撒いて大勢の女の子の穴という穴をぐしょぐしょに濡らしちゃうぞ~」
それを聞いたキールが、
「マジでやめろおおお! そんな気持ち悪りぃこと、男側からしたら地獄だろうがあああ!」
三人が走りながら会話する。フィオとミドの話の間にキールが入ってきてミドを睨む。
すると、ミドが突然しみじみとした一言を残した。
「――これでイイんだ」
「こんな時に、何言ってるんですか!?」
エイミーがミドを見て言う。ミドがそれでも晴れやかな表情を崩さなず、むしろ追われている状況を喜んでいるかのようだ。
そしてミドは走りながらエイミーを抱きかかえて大声で叫んだ。
「みんな! この女を人質にして逃げるぞ!」
すると追ってくる大勢の人が、それを聞いて、
「人質を取るとは、何て卑劣な!」
「捕まえて、縛り首にしてやるぞおおおおおおおおおおお!」
追ってくる大衆が激高する。エイミーが困った様子でミドを見つめる。ミドは笑いながら、さらに大衆を煽る。
「捕まえられるもんなら、捕まえてみろ! がっはっはっはっは!」
するとそれを聞いた大衆が、
「こ、この野郎がああああああああああああああああああああ!!!」
「畜生、なめやがってええええええええええええええええええええ!!!」
ミドの煽りに大衆の熱がさらに上がり、手の付けられない状況になる。
するとフィオが半泣きで叫んだ。
「最悪ッスううううううう! 何やってんスかああああああああ!?」
「これでイイの!」
フィオが絶望の表情を浮かべて息を切らしながら走っていると、ミドは晴れやかな顔をして応えた。すると二人にキールが冷静に声をかけた。
「喋ってねぇで、急ぐぞ!」
ミドが後ろを確認しながら考えごとをしていると突然何か閃いた様子で、
「よし、そろそろかな」
ミドが抱きかかえていたエイミーを路地の行き止まりに置いていく。
「それじゃエイミー、ここでお別れだ。元気でね」
「そ、そんな!? こんな急に――」
エイミーが急展開についていけずにいると、ミドがニッコリ笑って再び追っ手に向かって息を大きく吸い込んでから声を張り上げる。
「すぅぅぅ………………まったく邪魔で使えねぇ女だああああああ!!! ここに捨ててやる!!!」
ミドは声を張り上げると、木偶棒を伸ばして棒高跳びの要領で屋根の上まで飛び上がる。そしてミドは能力を使って、上から植物のつるで出来た縄ばしごを降ろし、キールとフィオがそれを上がっていく。二人が上りきると縄ばしごはボロボロに朽ちていった。
少ししてから大勢の人間が行き止まりに辿り着き、エイミーの周りを囲んで心配そうに見つめて声をかけてきた。
「お嬢さん。大丈夫か!?」
「無事でよかった……怪我はないかい?」
「何もされなかったか? 刃物で脅されたりとか……」
口々に心配の言葉を聞かされた。
――次の瞬間、突然大きなエンジン音が聞こえてきた。
エイミーと大衆の全員が空を見上げると、そこには赤と黄色に染まった大きなマンボウ状の船が飛び上がる。そこには、ミドとキールの二人が縄ばしごに捕まっているのが見えた。
「極悪人が逃げるぞ!」
「あ~ばよ~、とっつぁああん!」
大勢の人の一人が声を張り上げると、縄ばしごの一番端に捕まっているミドが手を振りながら叫んだ。そして、ミドが少し口元を緩める。大衆の中に見えるエイミーを確認して、つぶやいた。
「これで、エイミーに対する悪意は、全部ボクたちの方に……」
エイミーは、空高く舞い上がる船のハシゴにしがみつくミドたちを見つめながら、
(みなさん、お元気で……)
声には出さず、心の中でつぶやいた。
ミドたちの船は、エイミーから離れて、遠く、遠く、空の彼方まで消えていった――。
ミドが小さくつぶやくと、片手に持っていた木偶棒と呼ばれた棒が短くなっていった。みるみるうちに縮んでいった木偶棒は、最終的にミドの掌の中に納まるといつの間にか消えていった。
今この現場には三人の人物がいた。ミドとキール、そしてエイミーの三人である。
ミドはキールとエイミーの元へとフラフラと歩み寄った。しかし疲労がたまっている様子で、途中で仰向けにバッタリと倒れる。そして言った。
「あ~、疲れたぁ……」
ミドは疲れた様子だが、さっきまでの殺意に満ちた表情はなくなっていた。ヘラヘラとした男の姿がそこにあった。
「ミドさん!」
エイミーが心配した様子で、ミドに走って近づく。大の字に倒れたミドの顔の横にエイミーが膝をついてしゃがみこむと、ミドはにっこり笑って言った。
「怪我はあんまりなさそうだね」
「はい……」
エイミーはうつむいたまま言った。するとエイミーの後ろから声がした。
「おい、ミド。まだ動けるか?」
ミドが顔を越えの先に向けると、額に布を巻いて止血しているキールが立っていた。顔に血が流れた跡が薄赤色で残っており、布のような物で拭った跡がある。
怪我と言えるほど大きな怪我はしていなかった。キールは吸血鬼と人間の混血のため、自己治癒力は人間の倍以上なのだ。
ミドはキールの回復力に反応して言う。
「もう額の傷治ってるんだ。さすがだねぇ~」
「別にすごくねえよ。で、どうなんだ?」
「悪いんだけど、ちょっとしばらく動きたくないかな~」
「『動けない』じゃなくて、『動きたくない』のかよ……」
「最近運動不足だったからね~。久々に本気出したからさ~。こりゃ、明日は筋肉痛が酷いね」
「そうか、まぁいい。とにかくオレが言いたのは、あの吸血鬼女の処理についてだ」
「処理?」
「ああ。真犯人はコイツですって言ったところで、信じるヤツがどれほどいるか……」
「それなら大丈夫だと思うな~」
「何でだよ?」
「だって、ここは……『正義感の強い国』だからね」
「説明になってねぇぞ」
キールが少し呆れたように言いながらゾイの死体に目をやる。するとキールが両目を見開いて眉間にしわを寄せた。
ミドはそれに気づかず、エイミーに話しかけた。エイミーもそれに応える。
「エイミー、終わったね」
「そう、ですね……」
「浮かない顔してるね?」
「だって、私のせいで……こんな……」
エイミーがミドの体中の傷を見て心配そうに言った。同時に複雑艘な顔をしている。
エイミーはミドの目を見て言った。
「人を……殺したんですよ」
「そうだね」
「罪悪感は、ないんですか?」
「……もう、慣れちゃったよ」
「慣れ……ですか」
エイミーは敵だったとはいえ、ゾイを殺すつもりはなかったらしい。自分の濡れ衣を晴らしてもらえれば満足だったようだ。エイミーにとってゾイを吸血鬼の怪物ではなく、自分と同じ血をもつ『人』だったのだ。
ミドには助けてもらった手前、批判的態度をするのは気が引けたようだったが、それでもエイミーは自分の正義を訴えた。人を殺すのは悪いことだと。
ミドはエイミーの“正義”の訴えを優しそうに聞いていた。そして一言だけつぶやいた。
「そうだね。ボクは……悪い人殺しだね」
「そうです。あなたは、悪い人殺しです」
そして、しばらくの沈黙が続く。するとミドが、ふと言った。
「ボクを衛兵さんに突き出すかい?」
「……いいえ」
「そっか」
エイミーが小さく否定すると、ミドが微笑んで言った。
ミドがゆっくりと上半身を上げてキールと探す。しかし、気がつくとキールが姿を消していた。ミドとエイミーはキョロキョロを回りを見渡すがキールの姿はどこにもなかった。
「あれ? キール、どこいったんだろ? 死体の処理がまだ残ってるのに……」
そう言ってミドは何気なく、さきほど殺した吸血鬼の死体に目を向けた。
「あれ、いな……い??」
ミドの目線の先には、先ほど息絶えたはずの死体が消えていた――
――人気にいない裏道。
白い髪の女が胸を押さえながら屋根の上を飛んで移動していた
「はぁ……はぁ……!」
ゾイは安堵していた。
先ほど貫かれた彼女の胸は今も風穴があいており、溢れ出る血を止めることはできていない。それでも何とか逃げるだけの力は残っていた。
ゾイにとっては予想外の展開である。
それまで自分の力は圧倒的であると自負していた。それが突然現れた旅人に計画を台無しにされかけている。もちろん完全に計画が終わったわけではない、まだ出直すことは可能だ。だからゾイは逃げていた。
「緑髪の死神……」
ゾイはその名をつぶやく。彼女にとっては畏怖と同時に嬉しさもあった。
ゾイは以前から自分の強さがどれほどなのか試したいと思っていた。しかし吸血鬼族のような強い種族は、現在ほぼ見かけない。見かけたとしても、混血の一般人の吸血鬼族である。
一般人とはいえ、吸血鬼族の血を引いているのだから、それ相応の身体能力はあるだろう。エイミーも人族と比べれば優れた身体能力がある。
しかしゾイの求めていたものは『強い者』である。
吸血鬼族だとしても、ゾイにとっては素人同然でしかない。つまらない。
つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない――。
……ゾイは最低でも自分と互角に戦える人材を探していた。そこで目をつけたのが『緑髪の死神』という名だった。
その人物は死神と呼ばれるだけあって、超人的な女神の力を持っているらしい。
会ってみたい。ゾイはいつか殺し合ってみたいと思っていた。
死神といっても所詮は人族の掃除屋という話である。吸血鬼の……純潔の吸血鬼である自分が負けるわけがないと思っていた。むしろ遊ぶ気でいたのだ。
――甘かった。
脆弱な人族がなぜ、ここまで繁殖し、強者だった吸血鬼族が絶滅寸前に追いやられているのか……。それを身をもって体験した気分だった。
もう二度と油断はしない。今度は本気で、あの死神の息の根を止める。
「とにかく今は、ボスに報告を――」
ゾイが逃げ切ったと安堵した。その瞬間――
「――っ!?」
女の、ゾイの生首が、上空に跳ね上がった――
「逃がすかよ」
キールは、静かに呟いた。
ゾイの視界が、クルクルクルクルと回る。視界の端に金髪の少年の横顔が見えた。ゾイの生首が路上の地面に転がり落ちる。血を噴き出しながら女の目が、まばたきをしていた。
「あらあら、殺られてしまったわ……残念」
生首のゾイは、ため息をつきながらキールに話しかけた。
それを見たキールが驚いて、
「……バケモンかよ」
「あら失礼ね。私は吸血鬼よ……あなたと同じ、ね」
「――チッ」
キールはゾイを睨みながら舌打ちをした。
吸血鬼族は現在様々な種族と交流をしており、吸血鬼の血は混血がほとんどである。純粋な吸血鬼の血を受け継ぐ者は、もはや伝説のものとなっている。
伝承では純粋な吸血鬼族は首を落とされても死に至ることはない。首を斬り落とされて生首になった純粋な吸血鬼は、生命維持のために一時的な眠りにつく。驚異的な再生力も、頭だけでは時間がかかるのだろう。これだけ聞くと吸血鬼と敵対している者は絶望しか感じられないが、長い歴史の中で吸血鬼の不死に対しての対策として生み出されている方法もあるらしい。
その方法の一つに、斬り落とした吸血鬼の首の断面に再生妨害の魔法薬を塗ることで、再生を遅らせたり、永久に再生させずに封印したということも少数だが実例があったようだ。しかし、それでも『殺す方法』に関しては未だ解明されていない。
現在まで様々な伝承が語り継がれているが、未だ純粋な吸血鬼を殺す方法は、老衰以外に見つかっていない。それほど強力な種族なのだ。
キールはゾイに問いかける。
「他にもお前みたいに純粋な吸血鬼がいるのか?」
「あなたの質問に答えてあげたいけど、そろそろ眠りにつく時間だわ」
「おい、まて! 質問に答えろ!」
「また会える日を楽しみにしているわ、緑髪の死神さんによろしくね。さよなら……」
ゾイはそう言うと、ゆっくりまぶたを閉じて安らかに眠りについた。キールはゾイの生首を見下ろし、摑み上げる。
「くそっ、不気味な女……いや、吸血鬼だな。オレも人のことは言えねぇが……。まぁ、なんにしても、これで終わりだな。さっさとこの国ともおさらばしねぇと………………いや、まだ仕事が残ってるな」
キールはゾイの生首を丁寧に布で包んで片手に持つと、裏道の闇に消えていった。
とある貴族の屋敷。その屋敷は扉と窓を全て閉めきって明かりもついていなかった。そこに一人の男が頭を抱えて震えていた。
「まさか……こんなはずでは……」
男は椅子に座りながら、両手で頭を抱えて床をじっと見つめてブツブツと何か呟いていた。それは数分前の出来事である。
× × ×
男は全ての計画を実行に移し、紅茶を飲みながら優雅なひと時を過ごしていた。すると何やら騒がしいことに気づいたのだ。
どうやら子どもたちが騒いでいるらしい。男は落ち着いた一時を邪魔されてイラつきながら様子を見に行った。
子どもたちが泣いていた。男はどうしたのかと問いかけると、一人の少年がとある方向を指さしたのだ。
「ヒッ……ヒック。あれ……あれが……」
その指差す先には、屋敷の巨大な門があるだけのはずである。
男は目を凝らしてよく見ると、何か丸いボールのような物が門の下に置かれていた。
落ち着いてゆっくりと歩いて近づくと、そのボールのような物が何なのかが分かった。白い布が被せられたボールだ。しかし男は奇妙なことに気づいた。
その布は端が先ほどまで結ばれていたかのようにシワが寄っており、中心部には赤黒い液体が浸み込んで固まっていた。それに、遠目で見た時はボールに見えたのだが近くで見て見ると、ボールのように綺麗な球体ではない。それはまるで……。
――マネキンの頭のような形状をしていた。
男は息を呑んだ。それはどう考えても人間の頭としか思えなかったからだ。
その頭の様な物体に汚れた布がかぶせられている。おそらく子どもたちが最初に見つけた時、この布は目の前の物体を包み込んでいたのだろう。
子どもたちは興味本位で布の結び目を解いて中を見たのだ。
男は深呼吸を一つして、ゆっくりと布に手を伸ばした。布の汚れていない端の方を親指と人差し指で摘まむと、恐る恐る引っ張ってずらした。
「――!?」
男は愕然とした、そこに転がっていたのは彼の計画の成功に欠かせない人物だった……。
ゾイの生首が、転がっていた――。
× × ×
「逃げなければ……!」
男が思い立ったように立ち上がって部屋を飛び出した。男が向かった先は宝物庫のような部屋で、巨大な黒い金庫の扉があった。
男は金庫を開けようと呪文を唱えながらダイヤルを回している。
「――面白そうなことしてんな」
――声が聞こえた。
男は怯えたように周りを見渡し、とある柱の影を凝視する。すると、その奥から一人の人影が、ゆっくり歩いて現れた。男は顔を歪ませて睨む。
「どこに逃げるつもりだ? ザペケチさんよぉ……」
「お前は……」
「オレのお土産……喜んでもらえたか?」
金髪のくせ毛が特徴の少年、キールが現れて言った。
「お前が……ゾイを殺ったのか……?」
「どうやら、サプライズにはなったようだな」
「私も、殺すのか?」
「いや……オレは一つ頼みごとをしようと思った来ただけだ」
「頼みだと??」
ザペケチは怪訝な顔をして言う。
「な、何が望みだ?」
「フッ……な~に簡単なことだ。お前の口でオレたちの疑いを晴らしてほしいんだよ」
「わ、わかった。手配書のことだな!? すぐに取り下げをさせてもらう! だから頼む! 見逃してくれ!」
「話が早くて助かるよ。さすがは貴族様だ」
キールは悪役顔で笑った。
「でも、どうやってこの街の連中を説得する気だ?」
「それなら大丈夫だ、すべてあの女の仕業にすればいい!」
「あの女……吸血鬼女か」
「そうだ! あの女の生首を私が持っていって、『犯人を処刑した』と宣言すればいいんだ! そうすれば、街の馬鹿な連中も納得するはずだ!」
「………………」
キールはしばらく沈黙した。最初は眉間にしわを寄せて何か問題がありそうな表情をしていたが、チラリとザペケチを見てすぐに口元をニンマリとさせて言った。
「……そいつは名案だ。だが、本当にいいのか? あのゾイって女はお前の仲間だったんだろ?」
「ば、馬鹿を言わないでくれ! アレは金で雇っただけの殺し屋だ! 契約を全うできずに返り討ちに遭うようなマヌケをかばうつもりはない!」
「そうか……それならいいか。じゃあさっきの話、頼んだぞ……言っておくが、もし約束を破ったら――」
「分かってる! 必ず約束は守る!!」
キールはザペケチの言葉を聞いてにっこり笑って窓から出て行った。
ザペケチは膝を揺らして言った。
「このままでは、私も殺される……!」
ザペケチはゾイの生首を抱えて屋敷を飛び出した。
数時間後……ザペケチは約束を守ったらしく、ミドたちとエイミーの手配書が取り下げられた。
街の人たちは犯人が処刑されたことを知って大喜びだった。
「おい、聞いたか? 例の変死体事件の犯人が見つかったらしいぞ」
広場は騒然としていた。事件解決を心待ちにして安心している者や、ただの興味本意な者、眉間にシワを寄せている者など様々だ。
「本当か!? 一体誰なんだ? やっぱりあの吸血鬼の娘だったのか?」
「いや、それが違うらしい……なんでも別の吸血鬼って話だ。ザペケチ様が犯人の首を届けに来たらしい」
「さすがはザペケチ様だ!」
ザペケチが無実を証言したのだ。
広場の中心の木製の小さなテーブルの上に乗せられたゾイの生首に向かって大勢の人間が石を投げていた。人々は「この悪魔め!」と言って石を投げ続けた。
エイミーにも知らせは届いていた。しかし、それでも彼女を疑って嫌う者は一定数いる。しかし、それが一般大衆というものなのだろうとエイミーも理解している。自分がやったことではないとはいえ、長い歴史の中で吸血鬼が大勢の人間族に被害を与えたのも事実なのだから。
少なからずエイミーに対して罪悪感を感じている者もいて、戸惑っている者たちなど様々だ。
「濡れ衣だって!? 本当か? オレは信じねぇ!」
「どうしよう……オレ、あの娘に酷いこと言っちゃったよ。謝ったら許してくれるかな?」
「私も、ちょっと冷たい態度しちゃったかも……」
広場にいる野次馬が、それぞれ思い思いの言葉を口にする。
そこには、それを聞きながら食事を摂っている三人組がいた。その中の一人が、おにぎりを頬張りながら不機嫌な様子だった。
「まったく!! 信じらんないッス!!」
「まぁまぁ、お茶でも飲んで落ち着いて」
「これが落ち着いてなんかいられないッス! あーしも必死に戦ったっていうのに忘れるなんて二人とも酷いっス! 最低っス!!」
フィオが興奮して鼻息を荒くしながらプリプリと不満をミドとキールにぶちまけていた。ミドがフィオの話を聞いてなだめようとしている。
「ごめんね~、ボクも筋肉痛で動けなくってさぁ~。それにキールもいなくなっちゃうし」
「まったく! あーしがどれだけ寂しい思いをしたか分かってるっスか!」
「そうだね~。お漏らしした状態で放置プレイされたら不安になっちゃうよね~」
「シャラああああああぁぁぁップ! それ以上は言っちゃいけないっス! 乙女の純情が汚されるっス! もうお嫁に行けなくなるっスううぅぅ!!!」
キールが横で二人の会話を聞きながらため息をついて言った。
「はぁ……うるせぇな。静かに食えねぇのか?」
「も~! ちょっとは反省して、あーしに深々とお辞儀でもして謝罪してほしいもんッス!」
フィオが頬を膨らませてご立腹の様子だ。それにミドが「そうだね~」と返事をする。
三人組がそんな話をしていると、
「あ、あの……」
横から少女の声が聞こえてきた。三人が一斉に振り返るとそこにいたのはエイミーだった。
エイミーが深々とお辞儀していた。
「う、嬉しいッス! 感激ッス! 涙でおにぎりが、しょっぱいッス!」
フィオは塩おむすびを頬張って感激している。
ミドがエイミーに声をかける。
「やぁ」
「あの……ご迷惑をおかけしました」
するとエイミーは申し訳なさそうに応える。そして再び深く頭を下げた。それをみてフィオがまた感激して涙を流している。
キールもフィオに声をかけた。
「気にするな。ただの気まぐれだ」
「でも……」
「だから気にするな。それより、これからどうするつもりだ?」
「これから、ですか?」
エイミーは目を伏せて黙る、ミドとキールはエイミーが応えるのを待っていた。エイミーが口を開いた。
「……旅に出ます」
「旅に?」
「はい、もうこの国には……居たくありませんから」
「そっか」
ミドは静かに応えた。するとフィオが会話に入ってくる。
「旅に出る!? じゃあ、あーしたちと一緒に冒険の空へと飛び立つっスか! 大歓迎っス!! 部屋は、あーしと一緒でいいっスか?」
「いえ、私は一人で旅に行きたいんです」
エイミーがキッパリ断ると、フィオが再び泣き出して「うえぇぇん……おにぎりがしょっぱいっス!」といいながら、ムシャムシャ再び食べはじめた。
ミドがエイミーに言う。
「でも、お金はどうするの? 旅に出るっていっても先立つものがないと――」
「それなら問題ありません。ザペケチ様……ザペケチの金庫の財宝を換金して旅の資金にします」
エイミーは他人の金庫の中身を盗むと悪びれもせずに応えた。キールはその答えにフッと笑い、ミドは微笑んで「いやぁ~、キミも悪だね~」とヘラヘラ笑っていた。
そこにフィオが入ってきて言う。
「そういえば、ザペケチはどうなったっスか?」
フィオが唐突にキールに聞いた。それにキールが思い出したように言う。
「ん? ああ、多分もう終わっただろうな」
「終わった? 何がっスか?」
「制裁だ」
「制裁???」
フィオの顔から頭の中がハテナマークでいっぱいになってることが分かった。キールは続けて説明する。
「ザペケチは裏のルールに背いた。だから直接、裏の連中から制裁が下されただろうって話だ」
「ルールに背いたって……何したっスか?」
「裏の人間と契約した者……今回は殺し屋だ。その殺し屋を裏切ってはいけないんだよ。何があってもな。今回ザペケチは契約してたゾイを売った訳だ、当然ゾイを派遣した先から刺客が送られたはずだ」
「バカな男っスね~。それを分かってて、なんで……」
「まぁ、オレが脅したからなんだけどな」
フィオがギョッとしてキールを見ると、キールはおにぎりを頬張りながら平然としていた。そしてフィオが聞く。
「つまり……キールのせいで、今頃ザペケチは……」
「ザペケチも焦ってたんだろうな、自分から勝手に裏切るって言ってきたんだよ。オレはその提案に賛成しただけだ」
「……キールは制裁のこと知ってて賛成したわけっスね?」
キールは一瞬だが動きを止めてニヤリと笑って言う。
「――さぁ……覚えてねぇな……」
「やっぱり確信犯っスううううううううぅぅ!!」
その場にフィオの叫び声が木霊した。
× × ×
――数時間前の話である。
ザペケチは手配書を取り下げて、すぐに屋敷に戻っていた。
今やるべきことは、一刻も早く逃亡することである。もう金庫の財宝には目もくれず、必要最低限の旅支度を整えて屋敷を飛び出す準備をした。
屋敷の玄関を目の前にした時、声が聞こえた。
「残念でございます……ザペケチ様」
ザペケチは数時間前と同じような後ろから声をかけられる状況に再び戦慄する。しかし聞こえてきた声は、明らかに少年の声ではなかった。聞き間違いでなければ老人のような声だった。
ザペケチが振り返ると、そこには背の高い男の人影が見えた。
現れた男の姿は、七〇代ほどの執事のような老人で、背が高く茶系の服に身を包んでいた。髪は黒髪のオールバックで、白髪のメッシュが入っていた。
「だ、誰だ。貴様!」
ザペケチが叫ぶと、人影はぬぅっと近づきながら言う。
「……お忘れですか? 私は『世界の清掃業者』の者でございます」
その姿に見覚えがあるのか、ザペケチが言った。
「お前は……な、何の用だ! お前たちが派遣した殺し屋は失敗したぞ! この責任どう取ってくれるんだ!」
「責任、ですか? それはこちらのセリフでございます」
「なんだと!?」
「あなたはルールに背いた……制裁を下さなければなりません」
「ふ……ふざけるな! 何が制裁だ!」
ザペケチは動揺して近くの壁に掛けてあったサーベルを手に取って男に向けて威嚇しながら言った。
男はザペケチの威嚇に微塵も反応せずに、淡々と言った。
「我々の業界では裏切りは最も重い罪でございます……よって、私が自らザペケチ様を粛清させていただきます」
「殺し屋一人くらい何だって言うんだあああぁ! どうせ社会に必要のない連中だろうがあああ!」
ザペケチは半狂乱状態に陥り、サーベルを振り回している。
男はゆっくりと右手を上げて、自分の首付近に持ってくる。そして左から右へ、スッと首を切るような仕草をした。
するとザペケチが「プッ……」と息を洩らすと、視界が上下反転した。
――ボト……。
次の瞬間、ザペケチの目には男の口のつま先が見えていた。何が起こったのか分からず体を動かそうとするが反応がない。目はかろうじて動いたので、眼球を動かして男を見ようとした。
しかし、目の前が貧血で倒れたときのように真っ白に染まっていった。耳鳴りの不快な音がキーンと鳴り響いてうるさかった。そして意識が途切れる最後に、男の声が聞こえたような気がした――。
「我々の『掃除』は、必要悪なのでございます……」
男は踵を返して、その場を後にした。
× × ×
「え!? あなたも吸血鬼なんですか??」
エイミーは出国準備をしているキールに対して驚きの声をあげる。キールが複雑な面持ちで応える。
「混血だけどな」
キールは頭を軽く掻きながらエイミーをチラチラ見て、
「まぁ、混血だからってあんまり気にするな。色々辛いこともあると思うが、オレたちみたいな混血は世界には以外と多いもんだ。だから、その……元気出せ」
キールが照れながら、エイミーを元気付けようとするが、慣れないせいか言葉に詰まっていた。
フィオが、それを見て慌てふためきながら、
「き、キールが人を元気づけようとしてるッス!? ミドくん、出国を明日にずらすッス。悪い予感がするッス! あーしの山勘が火を吹いてるッス!!」
「山が火を吹いたら、山火事になっちゃうね~。こりゃ大変だ。あっはっは」
フィオが騒いでいると、ミドくんもそれに乗っかってふざけ出す。それを受けてキールが頬を染めながら睨みつけて言う。
「お前ら、うるせえよ」
その後、フィオが出国を一日ずらしたいとゴネたり。手続きの人が困り果てて、キールが「わがまま言うな」と怒ったり。ミドがそれらを眺めて、お茶をすすりながら「平和だなぁ」とほっこりしていた。そして結局、予定通りの出国が決まったのだ。
「それじゃあ、これでさよならだね」
ミドはエイミーに小さく伝えた。エイミーは何も言わず、ただ小さくうなずいた。
「………………」
「??」
エイミーが何か言いたそうにこちらを見ている。ミドはエイミーの態度を見て察したようにニヤニヤしながら言った。
「どうしたのかなぁ??」
「……もう! ミドくん、イジワルです!」
「可愛いなぁ、エイミーは~」
ミドがエイミーをからかうと、エイミーは頬を膨らませてプリプリ怒る。
「何、二人でイチャイチャしてんスか? もう出発の時間ッスよ」
フィオが、ミドに対して催促してきた。ミドは「うん、わかった」と言って歩いていく。
するとエイミーが、何かモジモジしている。ミドがそれに気づいて首を傾げた。
「あぁ、あ……あの……」
「?」
そしてエイミーは意を決してミドに向き直り、
「――ありがと」
エイミーは照れくさそうにつぶやいた。
ミドは目を丸くして、すぐに安堵した表情に変わり、
「また、逢えたらいいね」
一言だけエイミーに言った。
「いたぞおおおおおおおぉ! 捕まえろおおおおおおおおおおおおおぉ!!」
――その時、突然大きな声が響き渡る。
何事かと三人組と一人の少女が振り返ると、国中から集まった大勢の人が押し寄せてきた。
「わ!? 何スか、あれ!?」
「くそ、逃げるぞ!」
「あらら、見つかっちゃったのね~」
フィオが最初に声をあげ、キールが素早い判断で逃走を決意。そして、ミドが呑気に反応する。
その時ミドは、エイミーの手を引っ張って連れていく。
「え!? ミドさんどうしたんですか??」
「言ったでしょ。ボクたちは、“お尋ね者”だって」
エイミーが戸惑いながらミドに手を引かれる。ミドは質問に笑って答えた。
今回、手配書が取り下げられたのは、どうやら今回の事件に関する手配書だけだったらしい。
ミドとキールに関しては元々賞金首のため、古い手配書は取り下げられていないことになる。この国の正義感の強い人たちにとっては未だに極刑に値する極悪人という認識なのだ。
「まったく! 毎度ミドくんの悪名っぷりには本当に呆れるッス! 一体なにしたら、世界から命狙われるッスか? あちこちで食い逃げでもしたんスか??」
「そうだね~。世界中の女の子をつまみ食いでもしたら追われるのかな。いやぁ、モテる男は辛いねぇ~」
「とんだ、すけこまし男ッス!! 軽蔑するッス!! これからは、歩く花粉男って呼ぶッス!!」
「花粉? なるほど、それは名案だね。森羅の能力で、ボクの種を世界中に撒いて大勢の女の子の穴という穴をぐしょぐしょに濡らしちゃうぞ~」
それを聞いたキールが、
「マジでやめろおおお! そんな気持ち悪りぃこと、男側からしたら地獄だろうがあああ!」
三人が走りながら会話する。フィオとミドの話の間にキールが入ってきてミドを睨む。
すると、ミドが突然しみじみとした一言を残した。
「――これでイイんだ」
「こんな時に、何言ってるんですか!?」
エイミーがミドを見て言う。ミドがそれでも晴れやかな表情を崩さなず、むしろ追われている状況を喜んでいるかのようだ。
そしてミドは走りながらエイミーを抱きかかえて大声で叫んだ。
「みんな! この女を人質にして逃げるぞ!」
すると追ってくる大勢の人が、それを聞いて、
「人質を取るとは、何て卑劣な!」
「捕まえて、縛り首にしてやるぞおおおおおおおおおおお!」
追ってくる大衆が激高する。エイミーが困った様子でミドを見つめる。ミドは笑いながら、さらに大衆を煽る。
「捕まえられるもんなら、捕まえてみろ! がっはっはっはっは!」
するとそれを聞いた大衆が、
「こ、この野郎がああああああああああああああああああああ!!!」
「畜生、なめやがってええええええええええええええええええええ!!!」
ミドの煽りに大衆の熱がさらに上がり、手の付けられない状況になる。
するとフィオが半泣きで叫んだ。
「最悪ッスううううううう! 何やってんスかああああああああ!?」
「これでイイの!」
フィオが絶望の表情を浮かべて息を切らしながら走っていると、ミドは晴れやかな顔をして応えた。すると二人にキールが冷静に声をかけた。
「喋ってねぇで、急ぐぞ!」
ミドが後ろを確認しながら考えごとをしていると突然何か閃いた様子で、
「よし、そろそろかな」
ミドが抱きかかえていたエイミーを路地の行き止まりに置いていく。
「それじゃエイミー、ここでお別れだ。元気でね」
「そ、そんな!? こんな急に――」
エイミーが急展開についていけずにいると、ミドがニッコリ笑って再び追っ手に向かって息を大きく吸い込んでから声を張り上げる。
「すぅぅぅ………………まったく邪魔で使えねぇ女だああああああ!!! ここに捨ててやる!!!」
ミドは声を張り上げると、木偶棒を伸ばして棒高跳びの要領で屋根の上まで飛び上がる。そしてミドは能力を使って、上から植物のつるで出来た縄ばしごを降ろし、キールとフィオがそれを上がっていく。二人が上りきると縄ばしごはボロボロに朽ちていった。
少ししてから大勢の人間が行き止まりに辿り着き、エイミーの周りを囲んで心配そうに見つめて声をかけてきた。
「お嬢さん。大丈夫か!?」
「無事でよかった……怪我はないかい?」
「何もされなかったか? 刃物で脅されたりとか……」
口々に心配の言葉を聞かされた。
――次の瞬間、突然大きなエンジン音が聞こえてきた。
エイミーと大衆の全員が空を見上げると、そこには赤と黄色に染まった大きなマンボウ状の船が飛び上がる。そこには、ミドとキールの二人が縄ばしごに捕まっているのが見えた。
「極悪人が逃げるぞ!」
「あ~ばよ~、とっつぁああん!」
大勢の人の一人が声を張り上げると、縄ばしごの一番端に捕まっているミドが手を振りながら叫んだ。そして、ミドが少し口元を緩める。大衆の中に見えるエイミーを確認して、つぶやいた。
「これで、エイミーに対する悪意は、全部ボクたちの方に……」
エイミーは、空高く舞い上がる船のハシゴにしがみつくミドたちを見つめながら、
(みなさん、お元気で……)
声には出さず、心の中でつぶやいた。
ミドたちの船は、エイミーから離れて、遠く、遠く、空の彼方まで消えていった――。
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