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正義感の強い国

じっちゃんの受け売りは、分かる人にしか分からない――

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「戻れ、木偶棒デクノボウ

 ミドは右手に持っていた黒くて両端に綺麗な装飾がされた棒を『木偶棒デクノボウ』と呼ぶ。すると青白い光を放ちながら、マッチ棒ほどの大きさに縮まって掌の中に納まった。そしていつの間にか手の中から消えていた。

 すぐ横の壁には、先ほどミドが木偶棒で殴り飛ばした男がぐったりとした状態で横たわっていた。口からは血を流しており、軽く痙攣している。

 すると大勢の人の中にいた青年が顔を真っ青にしてミドに向かって言った。

「お前! 吸血鬼の肩を持つ気か!」

 怯えた声で青年がミドに罵声を浴びせた。しかしミドは何も答えず、ただその青年をジロリと睨みつけた。

 青年の横にいた男が手配書らしき紙を見ながら言った。

「お、おい見ろ。緑色の髪に真っ赤な目の男……間違いない、コイツが賞金首の男だ!」
「なるほど……旅芸人を装っていたのか。人は見かけによらないとはよく言ったもんだ」
「吸血鬼の味方をするなんて、やっぱり悪党なんだ! ヤツも捕まえて処刑しろ!」

 周囲の人間は動揺しながらも武器を構える。
 ミドはゆっくりと後ろを振り返る。そこにはミドを見上げるエイミーの姿があった。そしてミドはエイミーに言う。

「探したよ、やっと見つけた」

 ミドは優しく微笑んでしゃがみこむと、エイミーと目線を合わせた。
 ミドはエイミーの目を見て恐怖を感じているのが分かった。それも当然だろう、目の前で一人の男を一撃で瀕死に追い込んだのだ。冷酷、無慈悲に。

「ごめんね、恐がらせちゃったかな?」
「い、いえ……」

 エイミーは震えた声で短く応える。

「ケガは無いようだね。何でこんなことしたの? 危険だって分かりきっていたのに」
「わ、わかりません……」
「そっか~。まぁ、勢いで動いて失敗することってたまにあるよね~。ボクもたまにあるんだよね~。なんかこう、体が勝手に動いたっていうヤツ?  あはは~」

 ミドはエイミーに共感しながらヘラヘラ笑った。それを見ていた後ろの大勢の武器を持った男の一人が叫んだ。

「こ、この野郎!! 何呑気に話してやがる! さっきは油断してただけだ、全員でかかれば問題ねぇ! そうだろ!」
「そうだそうだ!」
「ぶっ殺してやる!!」

 殺気立った男たちがミドに襲いかかる。するとミドが一瞬ため息をついて人差し指と中指を揃えると、地面にポンと突き立てた。その瞬間、ミドの背後から木の丸太が何本も飛び出して、襲ってきた男たちの顎を下から突き上げた。

 男たちは「がぼふっ!?」や「あぶづっ!!」と理解不能な擬音の声を洩らして後ろに倒れ込む。中には舌を噛んで悶絶する者もいた。

 ミドはゆっくり立ち上がって倒れた男に言い放った。

「……今、エイミー彼女と話してるんだよ。邪魔するな」

 ミドから笑顔が消えて、冷酷な顔に戻る。

 周りを囲む大衆は目の前の光景に閉口している。何の前触れもなく木が、丸太が地面から飛び出すように生えてきたのだ。不可思議な現象が目の前で起こったことで、襲いかかった男たちが一瞬にして悶絶して倒れている。それを見ていた後方の男たちが話し合いだした。

「何だ今の!? いきなり木が生えてきたぞ、一体どんな手品を使ったんだ!?」
「こんなこと……ありえない。まさか、あの男『女神の絵本』を読んだヤツなんじゃ……」
「バカ言え! 女神の絵本なんて御伽おとぎ話だろ。そんなオカルトありえるかよ」
「でも実際目の前で起こったじゃないか。あんなの自然な現象じゃない、女神の呪いとしか考えられない……」
吸血鬼バケモノの見方をする奴も、やっぱり呪われた怪物バケモノってわけかよ」

 男たちがミドに対して恐怖を抱いて動けなくなっていると、ミドが言った。

「まったく、人をバケモノ呼ばわりとは失礼しちゃうね。ま、否定はしないけど。とにかく、今の殺気立ったあなた方にエイミー彼女は渡せませんね。したがって、ボクが一時的に保護させていただきます」

 ミドがエイミーの手を引いて立ち上がらせると、そのままその場を去ろうとした。すると大衆の中からリーダーらしき人物がミドに言った。

「旅人さん……これは我々の国の問題です。余計な手出しはしないでいただきたい」

 ミドは男の声に反応して立ち止まり、後ろを振り返らずに言う。

「もう少しだけ待ってはいただけませんか? ボクが必ず、真犯人を皆さんの前に連れてきますよ」
「信用に値する証拠はあるんですか? あなたがこの国に潜む凶悪犯あくまを必ず捕まえてくるという保証がありません」
「ではボクに依頼してください、『その凶悪犯の首を持ってこい』とね……気づいていらっしゃるんでしょう? ボクの正体に……」

 ミドは鋭い眼光で男を睨むと、男は少し気圧されて動揺したが、すぐに隠すように表情を戻して言う。

「それはつまり……緑髪の死神あなたに殺しの依頼をしろ、という意味ですか?」
「その通りです」

 男たちがチラホラと手配書を持っているのは見えていた。つまり、ミドが『緑髪りょくがの死神』と呼ばれている殺し屋だと知ってる様子だった。普段ならころしやであることは隠しておくのだが、むしろ逆に利用してしまえばよいと考えた。

 殺しの依頼という名目で犯人の首を持ってくればエイミーの疑いも晴れるだろう。今この瞬間に殺気立った彼らからエイミーの身柄を保護するためには、こういう方法しか思いつかなかったのだ。

 殺し屋が一度契約したことや、約束したことを破ったり裏切ったりすることはない。その辺のゴロツキや野党なら裏切ることもあるかもしれないが、プロの殺し屋にとって裏切りは万死に値する。

 依頼主が裏切らない限り必ず標的ターゲットを始末する。依頼主が裏切って、衛兵や政府の組織に情報を売った場合、どこまでも追いかけて必ず依頼主ソイツを始末するだろう。裏切りはお互いにとって命がけである。

 つまり、『殺し屋に依頼する』という言葉にはそれほど重い意味が込められているのだ。絶対に裏切ることはないという保証としては十分である。

 男は緊張しながらミドに言った。

「では……報酬は、いくらですか?」

 当然の交渉というものだろう。少なくとも表ざたにできない裏の仕事なわけだから正統な金額なわけがない。法外な金額を請求されるに決まっている。

 男は緊張して額から汗が一滴流れる。莫大な金額を請求されるのを覚悟して問いかけると、ミドは一呼吸おいて言った。

「報酬は……エイミー彼女を貰います」

 男は少し呆気にとられ、意味が分からないといった表情をした。そして言う。

「わ、分かりました。無事に凶悪犯あくまの首を持ってきた暁には、その吸血鬼の娘を好きにして構いません」
「ありがとうございます。期待して待っていてください」

 リーダーらしき男が了承すると、隣の男が会話に割って入ってきた。

「おい、本気か!? 殺し屋に依頼をするなど、正義に反する行為だ!」
「今ココで死神に逆らっても、こちら側の被害者が増えるだけだ。見ただろう? あの呪われた女神の力を。安心しろ、死神ヤツをこのまま逃げすつもりはない。ここは死神ヤツ殺人鬼あくまを捕まえさせて、首を持ってきたところを一気に全員で奇襲をかければいい。それなら一度に二つの悪を同時に成敗できるだろう? 一石二鳥というわけだ、それが私の正義の判断だ」

 男たちはコソコソヒソヒソ話し合っている。ミドにはその声は聞こえなかったが、何を話しているのかは大体の見当はつく。むしろ好都合だとミドは考えていた。なりふり構わず襲いかかってくるなら皆殺しにすることも容易いだろう、しかしこの国を滅ぼしても何のメリットもないのだ。話し合いでまとまるのなら願ったり叶ったりである。
 ……それに差別を受けてきたとはいえ、エイミーが暮らしてきた国に、そんな血の雨を降らせるようなことはしたくない。

「相談は終わりましたか?」
「ああ、終わった。必ず犯人を捕まえて持ってきてくれ」
「分かりました、それではボクは失礼します」

 ミドは軽く会釈をしてからエイミーを抱きかかえると、その場を去って行った。

                   *

 緑髪の少年は少女を抱きかかえたまま、街の屋根の上を軽々と飛び越えながら走っている。するとエイミーは小さくつぶやいた。

「旅人さんは、悪い人だったんですね……」
「そうだね、ボクは悪い殺し屋だね」

 ミドもそれに素っ気なく応える。
 そして屋根の上から地面の上に着地して少女を下ろした。

「悪い人なのに、なんで……助けたんですか?」
「さぁ、何でだろうね」
「悪い人に助けられた私は……あなたと同じ悪い人、だと思われてますね」
「悪い人は嫌い?」
「……当たり前じゃないですか」
「ハハ……そう、だね」

 正義はすべからく正義の味方をする。ならば悪は、すべからく悪の味方をするのだろうか。
 少なくともエイミーはそう感じているのかもしれない。悪い殺し屋が正義の味方をするなんて考えられないからだ。

「旅人さん、正義って何ですか? 悪って何ですか?」

 エイミーはミドに対して問いかけるが、ミドは応えない。エイミーが続けて言う。

「私は正しいことを……正義を貫けば、必ず救われると信じて今まで生きてきました。でも、結局は無駄だったんですか?」
「………………」
「今まで、ずっと必死で、なのに……なのに……!」

 エイミーは俯いて両手で服の裾を強く掴んで震えている。そして堰を切ったように言った。


「――もう、何も信じられない!!!」


 正義の神様は一体何をやっているのだろうか。一人の少女が差別されながらも精一杯に信用を得るために生きているというのに、なぜ救いの手を差し伸べないのだろうか。一体何が足りないのだ。まさか報われようとして親切にすることや社会貢献は、利己的で汚らわしい考えだというのだろうか。

 エイミーの心の中は、もうぐちゃぐちゃだった。

「旅人さん、教えてください……私は何を信じればいいんですか?」

 今まで黙って聞いていたミドは、エイミーの問いかけにやっと口を開いて言った。


「――君は、正義に殺されたい? それとも、悪と罵られても生きていたい?」


 エイミーはミドの問いかけに顔をしかめる。

「何を、言ってるんですか?」
「エイミーは正義を信じてるんでしょ? でも今、その正義に殺されかけているわけだ」
「……そう、です」
「なら正義とは別の物を信じればいい」
「まさか、悪を信じろって言うんですか!?」
「エイミーは、悪を何だと思ってるの?」
「それは……正義に反する真逆のもので、存在してはいけないものです」
「なるほど……でもちょっと違うよ」

 ミドは静かに否定して言った。

「――正義の反対は悪じゃない、また別の正義である」
「何ですか、それ?」
「ボクを育ててくれたじっちゃんの受け売り」
「どういう意味ですか?」
「みんな、自分こそが正義だと信じたがるものだよ。でも自分を悪だと信じる者は少ない」
「………………」
「この世界に悪は実在しない。実在するのは正義だけだ」

 それを聞いたエイミーは声を張り上げて言う。

「そんなはずありません! 現に許されない悪の犯罪者は存在してるじゃないですか!」
「その犯罪者も、自分の行為は正しいことだと信じているんだ。食べ物の盗みを働く者は『生きるためにはしょうがない行為だ』って自分を正当化するだろう。子どもを虐待をする親は『間違った子どもを正しい道に導く行為だ』って思ってるだろうね。自分の行動を愚かで間違ったことだと信じて行う。そんな酔狂な人の方が少ないと思うよ」
「………………」
「元々この世界には、正義も悪も存在しないんだよ。正義と悪は、人が生まれた後に作った概念なんだから」
「じゃあ、悪は本当に存在しないって言うんですか?」
「そんなことはないよ。悪は、ある人たちの主観の中に存在してる。……というより、その人たちが生み出してると言ってもイイかな……」
「誰が……悪を生み出してるんですか?」
「それは……怒らないで聞いてくれる?」
「怒りません」

 ミドは少し口篭もった。何やら言いにくそうな表情でエイミーを見ながら言った。

「――正義感の強い人がいるから、悪が生まれるんだと思う」
「は? そ、それって……?! 悪が生まれるのは、正義のせいだって言うんですか??!!」
「そう、とも言えるね。ハハ……」

 エイミーは、ますます混乱していた。

 ミドの言っていることは、この正義の国家にとって良からぬ思想である。

 現在の世界の一般常識としては、人は心の弱い生き物で悪に染まりやすい。だから強い心を持った正義が罰を下さなければならない、それが普通の人たちの常識だろう。

 しかしミドは逆だと言った。正義が先に生まれることで、悪が後から生まれるというのだ。理解不能だ。こんなことを世間に公表すれば、壮絶な批難を受けるだろう。

 エイミーの信じてきたものを……いや、エイミーを傷つけたくない。だからミドは口篭もってしまったのだ。

 ミドは嫌われるのを覚悟したのか、エイミーを真っ直ぐ見てハッキリと言った。

「悪っていうのは……一つの正義が、別の正義を罵る時に使う蔑称のようなものじゃないかな。Aさんが信じる正義は、Bさんの正義を受け入れることはできない。だからAさんは、Bさんの正義を『悪』と別の言い方で罵ってるだけなんだよ。自分の信じる神以外を邪神って呼んだり、それを信じる者を邪教徒って呼んだりするのと同じだ」

 エイミーは黙って聞いている。ミドは構わず続けた。

「悪は……正義感の強い人から見た、自分と相容れない正義のことを言ってるんだ」
「でも、でも……正義は、みんな好きだし、悪は、みんなが困るから、嫌いだから……」
「確かにその通りだね」

 エイミーは俯いていた顔を上げてミドを見る。ミドは微笑んで言った。

「――正義と悪とは、好きと嫌いを言い換えているだけにすぎない」
「え?」
「これも、じっちゃんの受け売り。その人が好きなものは正義であり、嫌いなものは悪であるってこと。私が好きだから皆もやるべきとか、嫌いだから皆もやめるべきって言ったら、誰も賛同してくれない。だから『正義スキ』だから皆するべき、『キライ』だからやめるべきって表現にした方が、社会的に受け入れてもらいやすいって、昔の誰かが思いついたんじゃないかな」

 エイミーは泣きそうな顔をしていた。それを見てミドは、自分が人間味の感じられない声で淡々と語っていたことに気づく。そして慌てた。

「あ、ああ!? えっと、その、ボクが言いたいのは……」

 ミドは一呼吸おいてから言った。

「誰かに悪って言われても、気にしなくていい。善悪に囚われたら、本質が見えなくなるよ。エイミーはエイミーだ、そこに良いも悪いもない」
「でも……」
「悪も捨てたもんじゃないよ。この世の争いは、悪がいるから収まるんだから」

 エイミーが目を細めて、ミドを睨む。また訳の分からないことを言っていると思われただろうか。
 エイミーは、よほど悪を毛嫌いしている様子だ。当然と言えば当然だろう。今までずっと正義を信じて悪を討つことが、この世界の正しい在り方だと信じさせられてきたのだ。出会って三日も経たないような旅人に、今さら悪は実在しないだの、悪が争いを収めているだの言われても信じる方がどうかしている。
 それでもミドは言う。

「この世の争いは、『正義と悪』のぶつかり合いじゃない。『正義と正義』のぶつかり合いだ」
「正義と、正義の……」
「うん、争いは双方の正義の一方が『悪』と決まった瞬間に収まるようになってる。『私が悪かったです。ごめんなさい』ってなったらケンカがおさまるイメージ感じかな」

 さっきも言ったように、この世には様々な正義がうごめいている。正義の混沌カオス状態だ。どんなものでもそうだが、片方に偏ればバランスが崩れるものだ。
 日常生活で野菜を一切食べずに、お肉ばかり食べたら不健康になるだろう。片方の車輪だけの車はまともに走れないだろう。生まれた時から左目を眼帯で押さえて右目だけを見えるように残したら、その子の左目は、いずれ失明するだろう。

 ――では、『正義のみ』が渦巻く世の中は……バランスが取れているだろうか。

 正義のみでは争いが勃発するだろう。お互いに相容れない正義とぶつかった瞬間に一触即発だ。最悪の場合、それが発端で戦争になる可能性もある。
 だからこそ『悪』が必要なのだ。悪とは『自分は間違っている』と認めることができる者のことである。
 一方が「……すみません」と謝罪し、もう一方がそれを受けて許すことで争いが収まる。もちろん規模が大きくなれば、謝って済む問題ではない場合もあるだろう。しかし、個人間の正義の争いであれば、片方が「私が悪かった……」と誤れば相手の怒りも静まる。
 正義と悪が相対したとき、バランスが取れて安定がもたらされるとミドは語る。
 ミドが静かに、エイミーに向かって言った。

「悪を選んだっていいじゃん。優しい悪のおかげで、争いが収まるならさ……」
「私に悪の道を進めるんですか?」
「悪は道連れ、世は情けってね~。でも――」

 ミドはエイミーの問いに目を閉じる。そしてゆっくり目を開けて言う。

「選ぶのは、エイミーの自由だよ」

 エイミーは涙目でミドを見つめている。
 おかしなことを言う旅人だと思われただろうか。それも当然と言えば当然か……平然と正義を否定したり、悪に染まってもいいなど、普通は考えないだろう。どうかしていると思われても仕方がない。
 だが、それで良かった。ミドにとって正義や悪という考え方自体が取るに足らないものだったからだ。悪と罵る者には言わせておけばいい。正義なんて主観的で抽象的な概念に踊らされる方が可哀想である。

「エイミーが争いを失くす優しい悪を選ぶなら、ボクはその味方になろう。悪の味方に……」
「ふふ……悪の味方? 何ですか、それ?」
「正義の味方は沢山たくさんいるけど、悪の味方は少ないでしょ? ボクだけでも友達になるんだ」

 エイミーに少しだけ笑顔が戻ってきた。

 ミドは彼女の笑顔を見てホッとする。さっきまでの鬼気迫るような緊張感がなくなった。「これで良かったのだろうか?」とも思ったが、彼女が少しでも元気を取り戻したのなら、意味があったと思いたい。

 しかし、勢いで悪の道を進めてしまったが、これはとても残酷なことなのかもしれない。自ら悪だと認めるということは、常に『敗者の側に回る』ということだ。

 戦いは勝者正義敗者が決まった瞬間に終戦する。敗者にされた者は、勝者正義に何をされても文句は言えない。それはつまり、争いは収まるかもしれないが勝者正義の横暴を許すことになってしまう。だからこそ、人は自分が敗者になることを受け入れられないのだろう。

 この世界は、なんて残酷なのだろうか。自ら悪を選ぶのは自己犠牲に等しい、おそらく一生報われることはないのかもしれない。

 ミドは自己矛盾を抱えながら、エイミーに微笑んだ。

 しかし、我ながら『悪の味方』とは何だろうか。ミドは自分で言っていて疑問に思ってしまった。正義の味方となると、大多数が正義を主張するのだから、正義の味方は社会的多数派の味方ということだろうか。数の暴力を味方につけるとは……正義は必ず勝つとはよく言ったものだ。

 ならば、悪は逆に少数派になる可能性が高いから、悪の味方とは言い換えるなら……社会的少数派の味方と呼ぶのが適切だろうか。社会的弱者の味方ともいえるかな。

 ミドが自分の中の思考にのめり込んでいたその時だった――。

「――がはっ!?」

 ミドは身体のド真ん中に包丁を突き立てられて吹き飛んだ。

「あらあら、ダメよ。悪の誘いに乗っちゃ……」
「――!?」

 エイミーは目の前で前触れもなく血を噴き出しながら吹き飛ばされるミドに思考が停止する。

 その時、一瞬だが視界にローブを羽織った女が包丁をミドに突き刺して横切ったのが見えた。だが一瞬だけだ、なぜかすぐに見えなくなった。何が起こったのか分からない。

 すると、エイミーは背中から何者かに蹴り飛ばされて壁に激突する。

「――がっ!?」

 エイミーがプルプル震えながら振り返ると、ローブの頭部を露わにした女が立っていた。その姿を見て彼女は戦慄する。白い髪の毛と真っ赤な瞳……いや、その目からは違和感を感じた。右目は正常なのだが左目が大きく外側を向いており、焦点が合っていなかった。

 すると女は言った。

「み~つけた」

 女の左目が痙攣したかのように震え出し、女はミドから包丁を引き抜いてニヤリと嗤った。
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