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正義感の強い国

メイドが女性だけの仕事だと思いますか?

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 ――キールは頭を抱えていた。

「クソっ……オレのミスだ。どうすれば……!」
「さ! 早く着替えるっスよ。キール」
「冗談じゃねえ! メイド服なんか着れるかぁああ!」

 フィオがフリフリのメイド服姿でキールに着替えを促す。
 ミドたちは、ザペケチの屋敷で面接に合格。見事採用を勝ち取ったのだが、なぜかメイドとしての採用だったらしい。
 するとミドがキールに言う。

「キールって、女装得意でしょ? きっと似合うよ。メイド服」
「女装じゃねぇ。変装だ」
「似たようなもんじゃ~ん」
「似てねぇよ!!!」

 キールは元盗賊という経緯で変装術に関しては非常に突出したものがある。姿や形を変えることはもちろんのこと、声を変えることも朝飯前だ。男性声と女性声を使い分けが巧みなのである。
 するとフィオも言う。

「大丈夫っス! キールなら、男の娘として十分通用するっス! あーしが保証するっス」
「全然嬉しくねぇよぉお!」

 すると、外からエイミーの声が聞こえてきた。

「着替え、終わりましたか?」
「ちょっと待って欲しいっス。すぐ終わらせるっスから! ほらキール、わがまま言ってる場合じゃないっスよ」

 キールはフィオに急かされて観念したらしく、メイド服に着替えた。三人が着替え終わると、ミドがキールを見て言った。

「いや~、キールの女装はいつ見ても見事だね」
「だから女装じゃねえ、変装だ……ジロジロ見るな」
「フィオ見て、くびれまであるよ~」

 キールはちょっとした身体操作によって体型を変えられる。胸を大きくしたり、くびれを作ったりである。限度はあるが、身長もある程度なら伸縮可能である。
 キールの体は、ちょっと前までは男性的で筋肉質というか、細くて引き締まった体をしていた。だがメイド服に身を包んだ現在は、華奢な美少女というのが相応しい様子だった。
 ミドとフィオはキールの変装技術に関心して言う。

「そうだ! おっぱいとか大きくして見せてほしいっス! 世の男たちは、巨乳大好きっスから、巨乳メイドにしたら報酬もアップするっス!」
「いやいや、小さいのも奥ゆかしさと風情があって、それもまた一興……」

 フィオとミドは互いに、おっぱい談義に花を咲かせる。

「あのなァ……さっきから何の話してんだお前らァ……!」

 キールが拳を握って肩を揺らしている。
 三人が着替えを済ませて更衣室を出るとエイミーが待っていた。三人はエイミーについて行き、ザペケチの元へ向かう。

「これはこれは……君たちが新しいメイドくんですか?」

 ミドとキールが振り向くと灰色の髪を後ろで束ねた黒いシルクハットの紳士、ザペケチがそこに立っていた。エイミーがザペケチを目にすると恭しい態度を返した。

「はい、ザペケチ様」
「おやおや、これはまた可愛らしいですねぇ……」

 ザペケチは顎に手を当てて、ニンマリと笑いながらミドとキールを観察している。ミドは照れ臭そうにして、キールが不機嫌そうに腕を組んで目をつぶる。
 すると、フィオが間に割って入り、

「はいは~い。あーしは、フィオって言うっス! 名を名乗るのは礼儀っス!」
「おっと、これは失礼しました。私はザペケチ・ブマヌカ。この屋敷の主です。どうぞよろしくお願いします」

 フィオが、いつもの調子で片手を挙手しながら、ぴょんぴょん跳び跳ねて名前を名乗る。ザペケチは帽子を脱いで、フィオに対して名乗り返しながら深々とお辞儀をした。
 そしてミドとキールも、

「ボクはミド、ミド・ローグリー!」
「オレはキールだ……」

 キールのムスッとした態度を見て、フィオが言った。

「キール、なんスかその態度? 笑顔っスよ、笑顔! メイドはスマイルが命っス」
「ふ・ざ・け・る・な!」
「もう~、気にすることないっスよ。今の時代、メイドが女だけの職業だなんて差別っス。女性の看護婦ナースだけの時代は終わったっス! 男性の看護師ナースマンがいてもおかしくないっス。だからこれからは、家政婦メイドだけじゃない。家政師メイドマンの時代が到来するっスよ!」
「メイドマンってなんだよ!」

 フィオとキールがいつもの掛け合いをしていると、ザペケチが言う。

「それじゃあ、しっかり頼みますよエイミー。新しいメイドくんたちを案内してあげて下さい」
「はい、ザペケチ様。ミドさん、案内しますのでいきましょう」

 エイミーはザペケチの指示に従い、ミドとキールとフィオの三人に言った。三人はエイミーの後をついて行く。すると、歩きながらキールがミドの肩に手をかけて言った。

「いいかミド、オレたちの目的を忘れるな。警戒を怠るなよ」
「分かってるよキール」

 キールが警戒を促すと、ミドもそれに応じた。

 こうしてミドたちは、ザペケチの屋敷で短期のメイドとして雇われたのだった。キールが警戒していたわりに普通の仕事が多く、食事の用意や掃除、洗濯といったメイドらしい作業内容だった。しかし短期で雇われる使用人メイドということと、報酬が高いのには理由があった。

 三人はエイミーに連れられて、とある屋敷の奥の部屋に連れていかれた。エイミーが案内したのは、屋敷の中の一室の前だった。

「皆さんには、この部屋を綺麗にしてほしいんです。しばらく放置していたので、多少汚れていると思いますので、やりがいがある思います」
「よっしゃあ! あーしのお掃除メイドロボの出番っス! 汚ねぇゴミどもをまとめて冥土めいど送りにしてやるっス!」

 フィオは、どこから持ってきたのかドラム缶のような機械カラクリ人形にパツパツのメイド服を着せて、張り切っている。そしてミドとキールとフィオの三人は扉を開けた。すると――

「うひゃああ~、すごいねえ~……」
「何の冗談だ、これは?」
「なんじゃあ、こりぁっス!!」

 ミド、キール、フィオの三人は同時に驚いた。
 目の前に確かに汚れた部屋があった。しかし想像を上回るほどの汚さで、一言でいえばゴミ屋敷といった状態だ。

 お屋敷と言うだけあって、大きな空間が広がっていると想像していたのだが、隅から隅まで解析不明の黒い物体や壊れた玩具や衣服がミッチリと詰まっていて、むしろ狭苦しく感じた。

 ほとんどが黒いゴミ袋に詰め込まれていたり、棺桶のような箱だったりと、いろんなものが散乱していた。部屋全体に生臭い匂いが漂っており、異臭を放っていた。

「クッサ! 何だここ、ゴミ捨て場か? ならゴミ収集業者の仕事だ、部屋間違えたのか。よし、別のところを掃除するぞ」
「いいえ、この部屋で間違いありません」

 キールが目の前の光景を見なかったことにしようとして、立ち去ろうとする。しかし、目の前にエイミーが立ちはだかって言った。三人はエイミーの笑顔に沈黙した。

                   *

「ぎゃああああ!! 異臭が目に染みるっスうううう!!」

 フィオが黒いゴミ袋を運びながら泣き叫んでいた。ミドとキールも渋々棺桶のような箱を二人で運びながら、じんわり汗をかいている。ミドとキールは掃除をしながらゴミを観察した。

 首の取れた女の子の人形、クマのぬいぐるみ、おままごとセット、玩具おもちゃのお金、積み木、パズルのピース、子どもの洋服。ほとんどが子どもに関するゴミで溢れかえっていた。

 この屋敷の主は孤児を拾ってきては、食事や教育などの世話をしていると聞いていた。そのため、必然的に子どもに支給するものは玩具や子供服が大半となる。そして壊れた玩具や着なくなった服などがこの部屋に放り投げられているのだろう。

 それに毎日大量に食事を作るため、残飯もかなりの量のようだ。しかしどれほどの年月をかければこれほどの残飯を溜められるのだろうか。

 キールはザペケチに対して、メイドをあまり雇わないとは聞いていたが、少しは掃除する人間が必要だろうと掃除をしながら愚痴っていた。

「ふぅ~、やっと終わったね~」
「まったく……道理で報酬が高額なわけだ」

 ミドとキールが一息ついていると、エイミーが言った。

「お疲れ様です。休憩が終わったら、次は洗濯をお願いします」

 エイミーに次の仕事を支持されて、三人は洗濯に向かった。

 洗濯は子どもたちの下着や衣服がほとんどで、その中にザペケチの物と思われる衣服は存在しなかった。エイミーの話では、ザペケチは食事や洗濯は自分で行っているらしく、メイドにさせているのは、主に子どもたちへの奉仕が多いらしい。

 ジャガイモのスープなどの食事を持っていくと、たくさんの子どもたちが殺到する。見たところ孤児など身寄りのない子どもたちがほとんどだろうと推察できた。ザペケチが慈善活動に熱心なのは本当なのだろう。

 キールは屋敷の掃除をしながら見取り図を頭の中で作成した。彼はとても優秀で記憶力が良かった。屋敷の構造はシンプルでよくある貴族の屋敷といったイメージだ。廊下が異常に長くて紅いカーペットが敷かれている。屋敷の八割は掃除の際に見て回ることができた。しかしキールは歩きながら違和感を感じていた。

(なんだこの違和感……?)

 キールは自分の屋敷の外観と内装の記憶を照らし合わせて思考すると、何だとは言えないが確かに違和感を感じていた。そして自分と同じように警戒をしているはずのミドを見ると、いつも通りヘラヘラと笑っている。ミドとフィオは何故かメイド仕事にノリノリだった。

 ミドはフィオにスカートをめくられながら「イヤン、いけませんわ」と口調まで変化していて、フィオがそれにゲラゲラ笑っている。キールだけが不機嫌な表情をしつつ、ため息をつきながらも警戒の目を緩めなかった。

 ミドたち三人は朝の七時三〇分から、深夜一一時五〇分までメイドとして仕事をしていたのだが、特にザペケチから怪しい行動と思われる素振りは見られなかった。傍から見ると優しい慈善活動家の貴族様というべきだろう。

 そして時刻は、深夜一二時の五分前を回っていた、その日の仕事が終了する。

                   *

 ――コツ……コツ……コツ……。

 夜、エイミーは屋敷の廊下を一人で歩いていた。足音が全体に響き渡るほど、屋敷の中は静かだった。

 夜の見回りをしてから帰るまでが彼女の仕事である。通常のメイドは屋敷に使用人の部屋があり、そこで休むことになるのだが、ザペケチは何故かメイドを屋敷内に住まわせることはない。

 屋敷内に住んでいるのは、ザペケチ本人と孤児として拾われた子たちだけだ。

 孤児はある一定の年齢までいくと独り立ちさせられるのだ。エイミーも元々は孤児でザペケチに拾われた一人である。ザペケチの屋敷を出てから貧民街で部屋を借りて生活しながら定期的にメイドとして来ているのだ。

「よし、今日はもう帰って休まないと……」

 エイミーが鍵とランタンを持って帰ろうとしていた時だった。いつもはそのまま鍵を閉めて帰宅する。しかし今日はミドたちの屋敷の案内や仕事の説明といういつもと違う状況だった。そのため、ミドたちに屋敷に泊まってはいけないという説明をするのをうっかり忘れてしまった。

 ザペケチから『どれだけ仕事が残っていようと、一二時以降は屋敷内に留まってはいけない。必ず帰宅すること』ときつく言われている。おそらくミドたちは、最初に荷物を下ろした東側にある部屋に戻って休んでいる可能性が高い。

「そうだ!? ミドさんたちに伝えないと……」

 エイミーは、いつもの習慣と違うことをするのは正しいことかどうか迷ったのだが、問題を放置するのは悪いことだと考えた。そして歩いてきた廊下を戻って、ミドたちがいるであろう部屋に早歩きで向かった。

 すると廊下を曲がろうとしたとき、その先の人影に気づいて、驚いてランタンの火を消してしまった。真っ暗闇の中、その人影を目を凝らしてみると、それはザペケチだった。

「あれ……? ザペケチ、様?」

 ザペケチの姿を目撃したエイミーは声をかけようと考えたのだが、廊下の壁に向かって何かぶつぶつ話している姿に異様な雰囲気を感じて立ち止まる。

「…………………しい………………………ほ……………………………………ち…………」

 すると、ザペケチが何かぶつぶつ言っていた壁が扉のように開いた。

「――!?」

 エイミーは自分の知らない隠し通路? 部屋? ……の存在を知って息を呑んだ。ザペケチは隠された壁の向こうに歩み出していく。

 エイミーはザペケチの後をついて行こうと考えがよぎったが足を止める。エイミーにも教えていない隠し通路、ザペケチにとっては秘密の部屋があるに違いない。人それぞれ他人には知られたくない秘密というモノの一つや二つあるものだ。それを好奇心の赴くままに覗いて良いのだろうか。それは正しい行為なのだろうか。エイミーの正義感がゆらぐ。

 しかし、ついさっき習慣を破ってしまったこともあってか、エイミーは自身の好奇心に背中を押される。

 そしてザペケチの後を追って、真っ暗な隠し通路の中へと吸い込まれていった――

                   *

 ――深夜、人々が寝静まる時間。

 微かな月明かりの下に人影があった。一つは地面に這いつくばり、もう一つは静かに立っていた。その人影が落ち着いた声で、もう一つの人影に話しかける。

「あらあら、もう逃げるのを諦めたのかしら?」

 真っ赤な瞳と、白い長髪を腰まで伸ばし、ワインレッド色のドレスの美女がたたずんでいる。両手には分厚い肉切包丁を持っており、その包丁からは、どす黒い血液がしたたり落ちている。

「やめろおおおお! 近づくなバケモノおおおお!!」
「ひどいわ……バケモノだなんて、傷ついちゃう」
「ひゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 路上で男が悲鳴を上げて、情けなくへたり込んでいる。足の筋は切断されていて、まともに歩くこともできなくなっている様子だ。

「もう鬼ごっこには飽きてしまったわ。今夜の殿方は朝まで付き合ってくれると思っていたのに……残念ね」
「や、やめ……お願い。殺さ、ないで……」
「大丈夫よ。私、男性の扱いは得意なの。だから安心して、いっぱいピュッピュしてね」

 ――次の瞬間、男の太ももが斬り落とされる。男はバランスを崩して倒れると、斬り落とされた太ももの断面から筋肉の繊維と白い粒粒の脂肪が露わになる。

「があああ!!! うぐぐぐ、ぎゃいいいあああああああああ!!!」

 一瞬で短足になった太った男は匍匐ほふく前進で、必死に足を引きずりながら逃げようともがいている。両太ももから大量の血液が、心臓の鼓動にあわせ、一定の間隔でピュッピュッと吹き出している。
 その太った男の姿を女が上から眺めながら言う。

「あらあら、こんなにたくさん出しちゃって……もったいない」

 すると女は、うつ伏せで必死に匍匐前進する太った男の背中に、どっかりと座って指先を首に押し当てる。

「このままだと全部流れ出てしまうわ。ふふふ……もったいないから、私が全部飲んであげる」

 そう言って、女は唇を舌で舐めて濡らした。
 次の瞬間、女の指が太った男の首に突き刺さって血管が浮き上がる。脈打つ鼓動が確認できるほど大きく動いていた。

「あぐぁ……いぎいいぃい…………こぽぉ……」

 指先が脈打つたびに、女が喘ぎ声を上げた。

「んんっ! ああん!! 美味しい……ああ、いいわ! んん、ああっ!」

 徐々に男の肌が白く染まっていき、冷たくなっていく。女が指先を抜いて、ゆっくり立ち上がる。そして左手で自分の胸を揉みながら、右手の指先を舌で舐め取って、

「おいしかったわぁ……ごちそうさま」

 女は死体を見下ろしながら嗤った。すると男は次第に骨と皮だけになり、最終的に土のようにボロボロになって朽ちて逝った。
 女は胸の谷間から懐中時計を取り出して時間を確認して言う。

「あら、もうこんな時間。ということは、あの殿方もお楽しみの時間ね……」

 そして、包丁を持った女は闇に消えていった――。
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