神様何様どちら様

かもめ

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神様何様どちら様

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「神様?」
「そう、私神様」
 ゴミステーション横に積み上げられたコンクリートブロックに座る女は言った。
 革パンツに革ジャン、ライダース風のやや奇抜なファッション。髪は腰まで届くロングの金髪だった。しかし、眉は黒い。染めているだけに見えた。
 俺はその女を不審な目で見ていた。
 当たり前である。
 この郊外の国道を自転車で走っていたら突如この女に声をかけられたのである。
 周りはただ田んぼが続き、その向こうに山が見える。そんなど田舎の町外れ。そこで突然こんな女に「私は神様。願いをひとつかなえてあげましょう」などと言われて警戒しないやつはいない。「へぇー、そうなんですかぁ」などと合図地を打つヤツなど居ない。
 普通無視だ。
 立ち止まって応えただけ俺も相当な変わり者と言えるだろう。
 女は続ける。
「神様だからなんでも出来るのよ。あなた一人の願いをかなえるくらいワケないわ」
 女は得意げに言う。
 女は本当に自分が神様だと主張している。頭がおかしいのか、新手の宗教の勧誘か。とにかく関わらないに越したことはない。
「あの、急いでるんで。すいません」
 俺は自転車をこぎ出す。
「ちょっとちょっとぉ」
 女は慌てて俺の肩を掴んで引き留めた。
「話しだけでも聞いていってよ。これじゃあまるで私不審者じゃないの」
 不審者だろうが、と思ったが言わないことにする。下手な刺激を与えると何が起きるか分からないからだ。新聞沙汰の事件に発展しかねないからだ。
 とにかくこの女は普通ではない。
「じゃあ、なにか神様っぽいところ見せてくださいよ。浮くとか」
 俺は応える。証拠を見せてもらわなくてはならない。
「うーん、下界じゃ神様の力は使えないのよねー。願いを聞いて、天上に戻ってからかなえる感じだから」
「そうでしたか」
 俺は愛想笑いをひとつかますと構わずペダルを踏み込んだ。
「ちょっとちょっとぉ」
 また女は肩を掴んでくる。振りほどこうと思えば出来るが事故にでもなったら事だ。俺は動きを止める。
「用事があるんですよ。頼むから離してください」
「そうは言ってもこんなチャンスそうそう無いのよ? なんでも願いが叶うのよ?」
「なんだって俺なんですか。他の人にすれば良いじゃないですか」
「そ・れ・はー、あなたが誰かに助けを求めてる感じがしたからよ☆」
「なんですかそれは」
 助けを求めている? そんなことはない。俺の人生は順風満帆だ。平和で平和で仕方が無い。なんの問題も無いし、誰かに助けを求める必要なんてどこにもない。誰かに手を差し伸べてもらう必要なんてどこにもない。
 苦しいのは当然だがみんなこんなものだ。生きるというのは苦痛を伴うのだ。俺だけが特別なわけではない。
「苦しんでるひとなんか他にもいくらでもいます。世界中にいくらでも。僕だけに手を貸してる場合じゃないのでは?」
「心配しなくても私みたいなのは何人も居るから。この地域は今日は私が担当ってだけ♪」
 女はテヘペロ、と舌を出して言う。なにもテヘペロではないが。
 とにかく厄介なことになった。この女は是が非でも俺を解放しないつもりらしい。俺はこのままでは、この明らかに普通では無い女に付き合わなくてはならないらしい。
 ゴメン被る。
「なんでも良いですから。俺は行きます」
「ダメダメ。願いを言ってからじゃないと。でないと私もあなたを助けられないのよ。そういう決まりだから」
「だぁから! 助けなんて求めてないってんですよ! 他を当たってください!」
「えぇ~またまたぁ。自分に正直になりなさいって。これっきりの機会なのよぉ?」
「僕の人生は至って平和でそこそこ充実してますよ! 放っといてください!」
 女はあまりにもしつこかった。俺は必死に抵抗する。こんな意味の分からん女にいつまでもかかずらっている場合ではない。
 そんな風な俺に女はずいと顔を近づけて覗きこんできた。
「本当に? 本当に平和なの? 充実してるの?」
 そして、そんなことを聞いてきた。
 そんな風に言われて、一瞬俺の頭は真っ白になる。なにかの考えが浮かびそうになる。しかし思考が止まる。
 考える必要はない。昨日と同じ今日がやってきて今日と同じ明日がやってくるだけだ。なにも問題はない。
 俺は応える。
「ああ、平和だし充実してるさ」
「......なかなか重傷ねぇ」
 女は難しい顔でうなり腕を組んだ。俺には女がなんのつもりなのか分からない。
「まぁ、良いわ。状況が解決すればおのずと事も転がるでしょう。さぁ、私に『助けて』と言いなさい」
 女はそうしてそう言った。
「嫌だ」
 俺は言った。
「なんでよ! 助けてって言うだけよ。それだけじゃない」
「なんで見ず知らずの人にいきなり助けてって言わなくちゃならないんだ。しかもワケも分からず。気分が悪いわ」
「なんでも良いからとりあえず言ってよぉ。助けてって私に言ってよぉ。それだけで良いのよぉ。あなたに言って貰えないとわたしも神様として動けないのよぉ。そしたらノルマが達成されないのよぉ」
「なんなんだあんたは!」
 女はしょぼくれた顔で俺に必死に訴えてくる。しかもノルマがどうとか急に生活感のあることも言ってくる。
 女は必死に腕に取り付いてくる。はがすにはがせない。
 しかし、俺はこんなワケの分からん女にこれ以上関わりたくない。怖い。
 自分を神様と言い張る女に田舎の田んぼの真ん中で腕を捕まれて「助けてと言え」とせがまれている。途方も無く異常な状況だ。空前絶後である。
 なんとしてもこの異常事態から抜け出さなくてはならない。これ以上関わると俺の今後になんらかの影響が出る気がする。
「いい加減にしてくれ!」
 俺はとうとう俺は叫んだ。この上ない拒絶である。
 それを聞いて女はさすがに肩から手を離した。しょんぼりした様子だった。こっちはなにも悪くないはずだが、こっちが申し訳なくなるほどしょんぼりしていた。
「助けてって言ってくれるだけで良いのよぅ.....」
 女は弱々しく言った。
 何故かだんだん俺の方が悪者のような雰囲気になってきている気がした。そんなことはまるでないのだがそんな雰囲気だった。
 なんだかんだ、人をしょんぼりさせるのは少し気が引けるのだ。俺個人のポリシーとして。
「じゃ、じゃあ。『助けて』って言ったら解放してくれますか?」
 俺の言葉を聞いて女はパァ、と顔を明るくした。
「もちろんもちろん! その言葉さえ聞ければそれで良いわ!」
「分かりましたよ.....」
 無理矢理押し通された気がしてならないが。気がしてというか実際そうなのだろうが俺は観念した。
「助けて。......これで満足ですか?」
「よくぞ言ったわ! これであなたを襲っている困難は綺麗さっぱり解決、明日からバラ色の毎日が始まるって寸法よ☆」
「はぁ、それは良かった」
 女は一人でかなり満足げだった。
 俺はこれがきっかけで恐ろしいことでも始まらないかという恐怖に襲われたが、女はあまりに純粋に嬉しそうだった。新興宗教とかじゃなく普通にヘンな奴なのかもしれない。
 まぁ、とにかく、
「じゃあ、俺はこれで行きますから」
「はいはい。人生楽しんでね~!」
「なんなんだあんたは.....」
 俺は自転車をこぎ出す。女はパタパタと手を振っていた。
 しばらく走って振りかえってもまだ振っていた。変わり者だった。珍妙な女だった。今までの人生でトップ3に入る異様な出来事だった。もうあの女には関わり合いになりたくなかった。いや、もう二度と会うこともないだろう。こんな出来事そうそうあるものではない。そう信じたかった。
 そしてまたしばらく走って振りかえると女は居なかった。田んぼの真ん中だったのにその姿はもうどこにも無かった。
 不思議だったが、俺は深くは考えなかった。
 何事も深く考えないのが一番だ。そのはずだ。













「あなたの生活を支配していた組織は壊滅しました。首謀者は現時点でも無期懲役。構成員のほとんども塀の向こうから出てくるころには老人です」
「はぁ」
「殺人、詐欺、違法薬物の売買、余罪もまだまだ出てくるでしょう。あなたにもいくつかの罪状が出てしまいますが状況が状況だ。軽いものになると思います」
「そうですか」
 弁護士の男は言った。
 俺は警察の保有する施設のひとつで弁護士と話していた。
 俺がある事件に巻き込まれていたからだ。俺は保護され、そしてここで匿われているというわけである。
「それにしても本当に大変でしたね。地獄のような日々だったでしょう。私にはどんなに苦しいのか想像すら出来ない」
 俺はある犯罪組織に生活を支配されていた。暴力と恐怖で支配され、身内との繋がりさえ遮断され、完全に孤独にされて飼い慣らされていた。
 自分の家を明け渡し、言われるがままに金銭を貢ぎ、そして時には犯罪にさえ手を染めていた。
 全て言われるがままだった、らしい。
 俺にはその自覚が無かった。
 俺の人生にはなんの問題もなく、順風満帆で充実しているように錯覚していた。体中あざだらけでもだ。
「マインドコントロールですね。あなたは完全に洗脳されていたんですよ。本当に大変でしたね」
 弁護士は言う。俺は自我らしい自我さえ恐怖と暴力で塗りつぶされていたらしい。自分が不幸だと感じる感覚さえ奪われていたらしいのだ。
 それが俺の今までの生活だった。
 しかし、それが唐突に終わったのだ。
「しかし、偶然もあったものですね。あなたの家が火事になって通りかかった消防車と警察が証拠隠滅する間もなく消火、現場検証。そこからさらに逃げる構成員が偶然次々事故に合い警察に調査され全員逮捕。そのほかにも偶然に偶然が重なってこうして全てが明るみに出た。こんな事例は犯罪史上でも希ですよ。綺麗さっぱり解決ですから。本当に奇蹟としか言いようがない」
 弁護士は言いながら頭を掻く。確かに出来過ぎだ。漫画やドラマだってここまでのご都合主義は控える。あまりにも俺に都合良く全てが動きすぎていた。あまりにも俺が助かるように全てが動いていた。
 俺はぼんやり考える。医者が言うには俺はまだマインドコントロールの中にあるらしいがそれでも考える。確かな現実を思い浮かべる。
 あの田んぼ道で出会った妙な女のことを。
「本当に良かったですねぇ」
 弁護士は感慨深げに言う。
「ええ、神様のおかげです」
 俺は困ったように笑いながら応えた。
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