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第28話 大暴走と結末
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「ん?」
「あ?」
「何?」
シャーロットの様子がどうも変わったのでダンも竜もフレデリックまでもが動きを止めてシャーロットを見た。
シャーロットはくるりとダンに振り返った。その顔に浮かんでいた感情は不快感だった。
ダンは、それを見て固まった。
「ダメだわダンさん。あのコーヒーメーカー、どうも気に入らないわよ」
「お、おい。シャーロット、なに言ってやがる」
「形が微妙に気にくわない。いや、ダンさんの仕事は完璧よ。問題は私の設計だから。そうね、もうちょっと土台を大きくした方が安定するし、あの形だと熱効率も少し悪い気がするのよ。サーバーの形もあと1ラリムほど高くした方が良さそうだし、水を入れる受け口ももう少し広くした方が良さそう。あと全体で見てももう少し....かっこよくしたいわね。うん、そうよ。それが良いわ」
シャーロットはうんうん、とうなずいた。
この顔をダンは知っていた。前にも、今までも何度も見てきた表情だった。これ以上にろくでもない人間の表情をダンは知らなかった。
ダンはこの次に続く言葉を良く知っていた。
そして、シャーロットはまさしくそれを口にした。
「ダメだわこれは。一度全部壊して一から作り直しましょう」
それを聞いた途端にダンは叫んだ。
「な、なに言ってやがるてめぇ!!」
「だって、ダメよダンさん。あれはダメ。もう見てるだけで頭が重くなってくるわ。一刻も早く解体しなくちゃあ」
「ふ、ふざけんなてめぇ!」
ダンはシャーロットにつかみかかる。
竜は困惑も困惑だった。一体全体なにが起きているのか。竜は眉をひそめながら軽い取っ組み合いをする二人を眺める。
さっきまで必死こいて守ろうとしていたコーヒーメーカーをシャーロットはあろうことかぶっ壊すと言い出したのである。
普通に考えて異常な状況だ。
いや、しかし竜には少し心当たりがあった。皆が、シャーロットと仕事の依頼に行った業者全員が口を揃えて糾弾したあの話。彼らが地獄を見たというあの事件。これはひょっとして、
「ダメだ! こりゃあヤギの時と同じだ!」
謝肉祭のヤギ事件と同じらしかった。
「なんなんだ! なにをやっている貴様らは!」
しかし、竜と同じくらいに困惑しているはフレデリックだった。
突然敵方のシャーロットが意味不明のことを言い出したのだから当たり前だ。
そんなフレデリックにシャーロットは言った。
「フレデリック壊すんならさっさとして頂戴。本当はひとつひとつバラすのが良いんだけど仕方ないわ。その小手の波動は物体全体に均一に届くわけだからハンマーで殴りつけるよりはずっと綺麗に壊れるものね。使える部品は修理するとするわよ」
「な、な...なにを言ってるんだ貴様は.....」
フレデリックは最早言葉が出なかった。目の前の今まで圧倒していたと思っていた女が自分に何を言っているのか全然分からなかったのである。
今まで自分が壊すと言って人質に取っていたものを「さっさと壊してくれ」と言い出したのだから当然のことである。
状況の把握もシャーロットという人物も、なにからなにまで意味不明だ。
「な、何言ってやがるこの女は」
そして、それはパターソンも同じらしい。慌てた様子でフレデリックの表情を伺っていた。
そんな二人にシャーロットは業を煮やしたようだった。
「ええい、じれったいわね。なにを迷ってるのよ」
エルウッドをそのまま進めようとする。それをダンは全力で制止した。
「止めろ、止めるんだシャーロット。ふざけんな! どれだけの人間が関わってあれ作ったと思ってやがる!」
「分かってる、分かってるわダンさん。でも、ダメよやっぱ」
シャーロットはダンを見ていない。その視線はコーヒーメーカーに釘付けだ。表情はどこか常軌を逸していて浮世離れしている。
「くそがぁ!!! おい、お前も手伝ってくれ。こいつ、完全にキレちまってる!」
ダンは竜に叫んだ。
「ええと、すいませんダンさん。どういう状況なんですかこれ」
「だから、こいつはあのコーヒーメーカーの出来が気にくわなくなって、もうそれしか目に入ってねぇんだ! もう、全然まともじゃねぇんだよ。こうなったら、もうこいつは誰の話も聞かねぇ! 気にくわないからくりをとりあえずぶっ壊すだけだ!」
シャーロットはそんなダンの言葉も聞こえていないようで今にもエルウッドを走らせようとしていた。ダンがそのシャーロットの腰をふん捕まえてようやく止めている状態である。
「頼む! こいつを止めてくれ!」
「ええ、本当ですか」
竜は動揺だった。話には聞いていた。からくりへのこだわりが極限になったシャーロットは暴走すると。謝肉祭の時などそのせいであらゆる人間が地獄を見たのだ。それがこの状況らしい。
正直、竜の想像を遙かに超えている。シャーロットは本当に誰の話も聞こうとしない。ただ、自分の意思に従うのみになっている。理性なんて最早無いのだろう。
「助けてくれ! 誰かこいつを止めてくれ! お願いだぁ!!」
もはや、ダンは敵である兵士やフレデリックにさえ懇願していた。
「思い立ったが吉日、善は急げよ」
シャーロットはうわ言のように独り言をつぶやいていた。
対するフレデリックは、
「え、ええい! 最早なんでもよい! その娘を引っ捕らえろ! 全員でだ!!」
そう指令を下した。何が何やら分からないが、とにかくシャーロットさえ捕まえればそれで良しという判断だ。概ねにおいて正しいと言えるだろう。
どのみち、シャーロットさえ捕まえればすなわちフレデリックの勝利なのだから。
そして、大広間の全てがシャーロットに向かって殺到した。
兵士全員だ。
元々グレイスに協力していた兵士たちも様子のおかしさを察したのかシャーロットを止めに入ったのだ。すさまじい人の波が押し寄せる。
「全員で私の邪魔をしようってわけね。でも、そうはいかないわ。ごめん、ダンさん!」
そして、シャーロットはとうとうダンを振り切ってエルウッドを猛進させた。爆速だ。エルウッドは兵士たちをかわしながら、そして跳ね飛ばしながらコーヒーメーカーに突っ込んでいった。
それはそれはすさまじい勢いだった。強靱な兵士達をエルウッドは次々吹き飛ばしていく。
魔法を放たれても淀みなくシャーロットはそれを逸らし、剣や槍を石の壁で跳ね返す。そして、その壁で通路を作りシャーロットは人の波の中を突っ走っていった。
さっきまで、ダンたちと戦っていたときの比ではない。とんでもない動きで全てをはねのけていく。
それはまさしくリミッターが外れたかのようであり、暴走という言い方が適当と言える状態だった。
もはや、シャーロットはただただコーヒーメーカーまでまっしぐらだ。
「すごいですね。あれだけの人間を」
「感心してる場合か! なんでここに来てあいつが一番の敵になるんだくそったれ!!!」
ダンは絶叫した。
シャーロットの勢いは止まるところを知らなかった。刃をかざされても、魔法の炎が迫ってもまるでたじろぐことさえない。エルウッドは床をえぐり、作った壁をレールのように走り、そしてその牙で襲いかかる全てをかみ砕いていった。
槍だの剣だの魔法だの全てだ。そして、その背に乗るシャーロットの目はずっとコーヒーメーカーしか見ていなかった。
このままではまずい。一番守るべき、取り返すべきコーヒーメーカーが当のシャーロットによって跡形も無く破壊されてしまう。
「なんだ、なんなんだお前は! シャーロット・グランデ!!!」
フレデリックは絶叫していた。
哀しいかな、シャーロットが暴走したことで形勢は完全に逆転していた。
もはやフレデリックにはシャーロットを脅し、拘束するための人質は居なかった(ダンたちを代わりにする余裕も無かった。そもそも、シャーロットにそれが効くか疑問だった)。
そして、そのシャーロットはすさまじい勢いで、トンだ目をしながらフレデリックに迫っているのだ。このまま、シャーロットがあのエルウッドでコーヒーメーカーに襲いかかれば巻き添えでフレデリックもただでは済まないだろう。
「くそっ! くそっ! シャーロット・グランデめ! 忌々しい女め!!」
叫ぶフレデリックの表情は完全に取り乱していた。常軌を逸したものが自分目がけて迫ってくるので恐怖しているのだ。相手に話し合いは通用しない。
「殿下! 逃げましょう、危険だ!」
「くそっ! くそがっ!!」
パターソンに袖を引っ張られ、フレデリックは少しずつ後退る。
そこへシャーロットは猛進する。
竜にはまったくもて理解に苦しむ状況だった。何から何までひっくり返って、敵だったやつが味方のようになり、一番の味方が最後の敵になってしまった。まったく、メチャクチャでまったく予想もしていなかった状況だった。
「人間ってのはやっぱり良く分からないですねぇ」
そして、竜は柔らかく微笑んだのだった。
「脳天気なこと言うな! このままじゃマジであれを壊しやがる! ちくしょう!!」
「そうですね。それは僕も困る。仕方が無いでしょうね」
竜はそして、テクテクとその大騒動の中に歩みを進めた。
「何する気だ!?」
「始末を付けますよ。この騒動の大本の発起人は僕ですしね」
そして竜の、少年の足下から薄紫の煙がぼぁ、と吹き上がった。そのまま少年の姿を消してしまう。兵士たちはその煙を見てにわかに騒いだ。彼らには何事か分からないのだ。
とりあえず、武器を構えながら煙に触れないように後退する。
そして、煙はむくむく膨れ上がりながら広がりシャーロットの元へと到達する。シャーロットはそれさえ気に留めないがその姿は煙の向こうに消えてしまった。
大広間の人間がどよめく。何が始まったのか、何が起きるのか。兵士達は隊列を組みながら煙に対峙した。
そして、煙の中から猛進するシャーロットが飛び出すことは無かった。
代わりに、
「ちょっと! 邪魔よ!!」
叫び声が響いた。
「ええ、邪魔させてもらいますよ。これは一応僕のコーヒーメーカーになりますからね」
兵士達は口々に声を上げた。そして、武器を構える事も忘れてそれを見上げた。
煙の中から姿を現したのは彼らが初めて見るものだった。
怪物だった。
それは、白銀の鱗を持つ大きな大きな竜だった。
翼を広げれば大広間の半分近くを覆ってしまう。その長い尾はエルウッドの倍近く長い。爪も雄壮で、牙も鋭く白銀に煌めいていた。
そして、その巨体に似合わない優しい瞳はその手でがっしりと掴んでいるエルウッドとシャーロットに向けられていた。
「離して頂戴。あれは壊さなくちゃなのよ!」
「いいえ、シャーロットさん。あなたは冷静さを欠いています。あなたはさっき朗々とあのコーヒーメーカーがどれだけの人のおかげで出来て、シャーロットさん自身がどれだけの苦労を費やしたかを語ったじゃないですか。壊したら後悔しますよ」
「ええい! 邪魔しないで頂戴!」
「これは本当に話を聞かないな」
竜が優しく諭してもなお聞く耳持たずのシャーロットに竜はもう片方の手でぽりぽり頬を掻いた。シャーロットはじたばたと暴れ、自分を抑えている竜の指にかみついたりしていた。
「やれやれ、人間に魔法は使えませんが、友達なら良いでしょう」
そして、竜はシャーロットにゆっくりとその巨大な顔を近づける。そして、ふう、と小さな息をシャーロットに吹きかけた。
すると、シャーロットの瞳がゆっくり閉じた。そして、そのまま寝息を立ててシャーロットは眠ってしまったのだった。
「これで良し」
竜の『眠りの魔法』だった。人間の使うものよりもずっと高度で、ずっと害の無い魔法。人間を越えた超常の術だ。シャーロットの猛進はこうしてなんとか阻まれた。そして、コーヒーメーカーは守られたのだった。
あれだけ、理性が吹っ飛んでいたシャーロットは竜の手の中ですやすやと穏やかに眠っている。竜はそれを見て溜め息だった。
さっきまでの人間と同一人物とは納得がいかないような、しかし、面白いような複雑な感情を抱いたのだった。
ダンはそうやって事態が収まったのを後ろから見て、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。
なんとか、竜が竜に戻ることで場はしっかりと収まったのだった。
「り、竜だ.....! 本当に竜だった....!」
そして、その竜の足下でフレデリックは泣きながら震えていた。パターソンも腰を抜かし動けなくなっていた。二人とも見ている竜が哀れに感じるほどの有様だった。
「あの」
「ぐぅ....」
そして、竜が一言発しただけでフレデリックもパターソンも泡を吹いて白目を剥き、失神してしまったのだった。
「ふむ、僕が竜だって全然実感してなかったんですね。でも、これで清々しました。さて」
そして、竜は鎌首を持ち上げた。そして、大広間全体を見回す。そこには今まで通りにすさまじい数の兵士たちが居た。皆武器を構え、魔導書や銃をかざし、完全な臨戦態勢だ。竜が少しでも動けばそれらは津波のように襲いかかってくるだろう。
コーヒーメーカーは守られたが全てが終わったわけではない。今度はここから逃げ出さなくてはならない。シャーロットを抱え、コーヒーメーカーを乗せ、ダンを連れて脱出する。
竜には容易い話だった。しかし、そのためには一暴れしなくてはならない。けが人が出るのは確実だ。どうにかして穏便に事を進められないかと竜は思案する。
手元にはそんなこと全然知るよしも無く寝息を立てるシャーロット。竜はまたひとつ溜め息だ。
ここまで来たのだ。なるべく、めでたしめでたし、で終わりたいのである。
しかし、中々良い案は浮かばなかった。
大広間全ての視線が竜に集中していた。意識が集中していた。
その時だった。
「おや、少し遅れましたな」
大広間の入り口、大きな門の前から声がした。
「みなさん、どうか武器を収めてください。争いでは何も解決しませんよ」
そこには実に綺麗に洗濯された制服を着込み、この上なく姿勢良く立つ一人の老人が居た。
サウスエンドの憲兵、竜も知っているブライトじいさんだった。
「あ?」
「何?」
シャーロットの様子がどうも変わったのでダンも竜もフレデリックまでもが動きを止めてシャーロットを見た。
シャーロットはくるりとダンに振り返った。その顔に浮かんでいた感情は不快感だった。
ダンは、それを見て固まった。
「ダメだわダンさん。あのコーヒーメーカー、どうも気に入らないわよ」
「お、おい。シャーロット、なに言ってやがる」
「形が微妙に気にくわない。いや、ダンさんの仕事は完璧よ。問題は私の設計だから。そうね、もうちょっと土台を大きくした方が安定するし、あの形だと熱効率も少し悪い気がするのよ。サーバーの形もあと1ラリムほど高くした方が良さそうだし、水を入れる受け口ももう少し広くした方が良さそう。あと全体で見てももう少し....かっこよくしたいわね。うん、そうよ。それが良いわ」
シャーロットはうんうん、とうなずいた。
この顔をダンは知っていた。前にも、今までも何度も見てきた表情だった。これ以上にろくでもない人間の表情をダンは知らなかった。
ダンはこの次に続く言葉を良く知っていた。
そして、シャーロットはまさしくそれを口にした。
「ダメだわこれは。一度全部壊して一から作り直しましょう」
それを聞いた途端にダンは叫んだ。
「な、なに言ってやがるてめぇ!!」
「だって、ダメよダンさん。あれはダメ。もう見てるだけで頭が重くなってくるわ。一刻も早く解体しなくちゃあ」
「ふ、ふざけんなてめぇ!」
ダンはシャーロットにつかみかかる。
竜は困惑も困惑だった。一体全体なにが起きているのか。竜は眉をひそめながら軽い取っ組み合いをする二人を眺める。
さっきまで必死こいて守ろうとしていたコーヒーメーカーをシャーロットはあろうことかぶっ壊すと言い出したのである。
普通に考えて異常な状況だ。
いや、しかし竜には少し心当たりがあった。皆が、シャーロットと仕事の依頼に行った業者全員が口を揃えて糾弾したあの話。彼らが地獄を見たというあの事件。これはひょっとして、
「ダメだ! こりゃあヤギの時と同じだ!」
謝肉祭のヤギ事件と同じらしかった。
「なんなんだ! なにをやっている貴様らは!」
しかし、竜と同じくらいに困惑しているはフレデリックだった。
突然敵方のシャーロットが意味不明のことを言い出したのだから当たり前だ。
そんなフレデリックにシャーロットは言った。
「フレデリック壊すんならさっさとして頂戴。本当はひとつひとつバラすのが良いんだけど仕方ないわ。その小手の波動は物体全体に均一に届くわけだからハンマーで殴りつけるよりはずっと綺麗に壊れるものね。使える部品は修理するとするわよ」
「な、な...なにを言ってるんだ貴様は.....」
フレデリックは最早言葉が出なかった。目の前の今まで圧倒していたと思っていた女が自分に何を言っているのか全然分からなかったのである。
今まで自分が壊すと言って人質に取っていたものを「さっさと壊してくれ」と言い出したのだから当然のことである。
状況の把握もシャーロットという人物も、なにからなにまで意味不明だ。
「な、何言ってやがるこの女は」
そして、それはパターソンも同じらしい。慌てた様子でフレデリックの表情を伺っていた。
そんな二人にシャーロットは業を煮やしたようだった。
「ええい、じれったいわね。なにを迷ってるのよ」
エルウッドをそのまま進めようとする。それをダンは全力で制止した。
「止めろ、止めるんだシャーロット。ふざけんな! どれだけの人間が関わってあれ作ったと思ってやがる!」
「分かってる、分かってるわダンさん。でも、ダメよやっぱ」
シャーロットはダンを見ていない。その視線はコーヒーメーカーに釘付けだ。表情はどこか常軌を逸していて浮世離れしている。
「くそがぁ!!! おい、お前も手伝ってくれ。こいつ、完全にキレちまってる!」
ダンは竜に叫んだ。
「ええと、すいませんダンさん。どういう状況なんですかこれ」
「だから、こいつはあのコーヒーメーカーの出来が気にくわなくなって、もうそれしか目に入ってねぇんだ! もう、全然まともじゃねぇんだよ。こうなったら、もうこいつは誰の話も聞かねぇ! 気にくわないからくりをとりあえずぶっ壊すだけだ!」
シャーロットはそんなダンの言葉も聞こえていないようで今にもエルウッドを走らせようとしていた。ダンがそのシャーロットの腰をふん捕まえてようやく止めている状態である。
「頼む! こいつを止めてくれ!」
「ええ、本当ですか」
竜は動揺だった。話には聞いていた。からくりへのこだわりが極限になったシャーロットは暴走すると。謝肉祭の時などそのせいであらゆる人間が地獄を見たのだ。それがこの状況らしい。
正直、竜の想像を遙かに超えている。シャーロットは本当に誰の話も聞こうとしない。ただ、自分の意思に従うのみになっている。理性なんて最早無いのだろう。
「助けてくれ! 誰かこいつを止めてくれ! お願いだぁ!!」
もはや、ダンは敵である兵士やフレデリックにさえ懇願していた。
「思い立ったが吉日、善は急げよ」
シャーロットはうわ言のように独り言をつぶやいていた。
対するフレデリックは、
「え、ええい! 最早なんでもよい! その娘を引っ捕らえろ! 全員でだ!!」
そう指令を下した。何が何やら分からないが、とにかくシャーロットさえ捕まえればそれで良しという判断だ。概ねにおいて正しいと言えるだろう。
どのみち、シャーロットさえ捕まえればすなわちフレデリックの勝利なのだから。
そして、大広間の全てがシャーロットに向かって殺到した。
兵士全員だ。
元々グレイスに協力していた兵士たちも様子のおかしさを察したのかシャーロットを止めに入ったのだ。すさまじい人の波が押し寄せる。
「全員で私の邪魔をしようってわけね。でも、そうはいかないわ。ごめん、ダンさん!」
そして、シャーロットはとうとうダンを振り切ってエルウッドを猛進させた。爆速だ。エルウッドは兵士たちをかわしながら、そして跳ね飛ばしながらコーヒーメーカーに突っ込んでいった。
それはそれはすさまじい勢いだった。強靱な兵士達をエルウッドは次々吹き飛ばしていく。
魔法を放たれても淀みなくシャーロットはそれを逸らし、剣や槍を石の壁で跳ね返す。そして、その壁で通路を作りシャーロットは人の波の中を突っ走っていった。
さっきまで、ダンたちと戦っていたときの比ではない。とんでもない動きで全てをはねのけていく。
それはまさしくリミッターが外れたかのようであり、暴走という言い方が適当と言える状態だった。
もはや、シャーロットはただただコーヒーメーカーまでまっしぐらだ。
「すごいですね。あれだけの人間を」
「感心してる場合か! なんでここに来てあいつが一番の敵になるんだくそったれ!!!」
ダンは絶叫した。
シャーロットの勢いは止まるところを知らなかった。刃をかざされても、魔法の炎が迫ってもまるでたじろぐことさえない。エルウッドは床をえぐり、作った壁をレールのように走り、そしてその牙で襲いかかる全てをかみ砕いていった。
槍だの剣だの魔法だの全てだ。そして、その背に乗るシャーロットの目はずっとコーヒーメーカーしか見ていなかった。
このままではまずい。一番守るべき、取り返すべきコーヒーメーカーが当のシャーロットによって跡形も無く破壊されてしまう。
「なんだ、なんなんだお前は! シャーロット・グランデ!!!」
フレデリックは絶叫していた。
哀しいかな、シャーロットが暴走したことで形勢は完全に逆転していた。
もはやフレデリックにはシャーロットを脅し、拘束するための人質は居なかった(ダンたちを代わりにする余裕も無かった。そもそも、シャーロットにそれが効くか疑問だった)。
そして、そのシャーロットはすさまじい勢いで、トンだ目をしながらフレデリックに迫っているのだ。このまま、シャーロットがあのエルウッドでコーヒーメーカーに襲いかかれば巻き添えでフレデリックもただでは済まないだろう。
「くそっ! くそっ! シャーロット・グランデめ! 忌々しい女め!!」
叫ぶフレデリックの表情は完全に取り乱していた。常軌を逸したものが自分目がけて迫ってくるので恐怖しているのだ。相手に話し合いは通用しない。
「殿下! 逃げましょう、危険だ!」
「くそっ! くそがっ!!」
パターソンに袖を引っ張られ、フレデリックは少しずつ後退る。
そこへシャーロットは猛進する。
竜にはまったくもて理解に苦しむ状況だった。何から何までひっくり返って、敵だったやつが味方のようになり、一番の味方が最後の敵になってしまった。まったく、メチャクチャでまったく予想もしていなかった状況だった。
「人間ってのはやっぱり良く分からないですねぇ」
そして、竜は柔らかく微笑んだのだった。
「脳天気なこと言うな! このままじゃマジであれを壊しやがる! ちくしょう!!」
「そうですね。それは僕も困る。仕方が無いでしょうね」
竜はそして、テクテクとその大騒動の中に歩みを進めた。
「何する気だ!?」
「始末を付けますよ。この騒動の大本の発起人は僕ですしね」
そして竜の、少年の足下から薄紫の煙がぼぁ、と吹き上がった。そのまま少年の姿を消してしまう。兵士たちはその煙を見てにわかに騒いだ。彼らには何事か分からないのだ。
とりあえず、武器を構えながら煙に触れないように後退する。
そして、煙はむくむく膨れ上がりながら広がりシャーロットの元へと到達する。シャーロットはそれさえ気に留めないがその姿は煙の向こうに消えてしまった。
大広間の人間がどよめく。何が始まったのか、何が起きるのか。兵士達は隊列を組みながら煙に対峙した。
そして、煙の中から猛進するシャーロットが飛び出すことは無かった。
代わりに、
「ちょっと! 邪魔よ!!」
叫び声が響いた。
「ええ、邪魔させてもらいますよ。これは一応僕のコーヒーメーカーになりますからね」
兵士達は口々に声を上げた。そして、武器を構える事も忘れてそれを見上げた。
煙の中から姿を現したのは彼らが初めて見るものだった。
怪物だった。
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翼を広げれば大広間の半分近くを覆ってしまう。その長い尾はエルウッドの倍近く長い。爪も雄壮で、牙も鋭く白銀に煌めいていた。
そして、その巨体に似合わない優しい瞳はその手でがっしりと掴んでいるエルウッドとシャーロットに向けられていた。
「離して頂戴。あれは壊さなくちゃなのよ!」
「いいえ、シャーロットさん。あなたは冷静さを欠いています。あなたはさっき朗々とあのコーヒーメーカーがどれだけの人のおかげで出来て、シャーロットさん自身がどれだけの苦労を費やしたかを語ったじゃないですか。壊したら後悔しますよ」
「ええい! 邪魔しないで頂戴!」
「これは本当に話を聞かないな」
竜が優しく諭してもなお聞く耳持たずのシャーロットに竜はもう片方の手でぽりぽり頬を掻いた。シャーロットはじたばたと暴れ、自分を抑えている竜の指にかみついたりしていた。
「やれやれ、人間に魔法は使えませんが、友達なら良いでしょう」
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「これで良し」
竜の『眠りの魔法』だった。人間の使うものよりもずっと高度で、ずっと害の無い魔法。人間を越えた超常の術だ。シャーロットの猛進はこうしてなんとか阻まれた。そして、コーヒーメーカーは守られたのだった。
あれだけ、理性が吹っ飛んでいたシャーロットは竜の手の中ですやすやと穏やかに眠っている。竜はそれを見て溜め息だった。
さっきまでの人間と同一人物とは納得がいかないような、しかし、面白いような複雑な感情を抱いたのだった。
ダンはそうやって事態が収まったのを後ろから見て、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。
なんとか、竜が竜に戻ることで場はしっかりと収まったのだった。
「り、竜だ.....! 本当に竜だった....!」
そして、その竜の足下でフレデリックは泣きながら震えていた。パターソンも腰を抜かし動けなくなっていた。二人とも見ている竜が哀れに感じるほどの有様だった。
「あの」
「ぐぅ....」
そして、竜が一言発しただけでフレデリックもパターソンも泡を吹いて白目を剥き、失神してしまったのだった。
「ふむ、僕が竜だって全然実感してなかったんですね。でも、これで清々しました。さて」
そして、竜は鎌首を持ち上げた。そして、大広間全体を見回す。そこには今まで通りにすさまじい数の兵士たちが居た。皆武器を構え、魔導書や銃をかざし、完全な臨戦態勢だ。竜が少しでも動けばそれらは津波のように襲いかかってくるだろう。
コーヒーメーカーは守られたが全てが終わったわけではない。今度はここから逃げ出さなくてはならない。シャーロットを抱え、コーヒーメーカーを乗せ、ダンを連れて脱出する。
竜には容易い話だった。しかし、そのためには一暴れしなくてはならない。けが人が出るのは確実だ。どうにかして穏便に事を進められないかと竜は思案する。
手元にはそんなこと全然知るよしも無く寝息を立てるシャーロット。竜はまたひとつ溜め息だ。
ここまで来たのだ。なるべく、めでたしめでたし、で終わりたいのである。
しかし、中々良い案は浮かばなかった。
大広間全ての視線が竜に集中していた。意識が集中していた。
その時だった。
「おや、少し遅れましたな」
大広間の入り口、大きな門の前から声がした。
「みなさん、どうか武器を収めてください。争いでは何も解決しませんよ」
そこには実に綺麗に洗濯された制服を着込み、この上なく姿勢良く立つ一人の老人が居た。
サウスエンドの憲兵、竜も知っているブライトじいさんだった。
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※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
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