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第18話 お金と欲

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「最初良かれと思ってこの額にしました。みんな報酬は多い方が良いだろうと。良い仕事にはたくさん金を払わなくてはと。その方がみんな喜ぶだろうと」
「ええ、みんな大喜びよ。いい年したおっさんが子供みたいにウキウキしてたわ」
「ですが、やはり適正価格というものはあるのかもしれません。多少上下しても仕事に見合った価格の基準はあるのかもしれない。多ければ良いというものでも無いのでしょう。現にこうしてジムさんが欲に心を奪われ、仕事が乱れてしまった」
「うーん。まぁ、一理あるけど。概ねジムさんの問題よ」
「いえ、やはり僕にも落ち度はありました」


 竜は難しい顔でうつむく。


「僕もこの状況には大いに関わっていますよ」


 竜はこのコーヒーメーカーの製作に関して全般において、通常の仕事よりも大分大きい金額を提示した。

 それはみんなにとって喜ばしいことだ。それを、「ありがとう」と言って済ませ、良い仕事を行う原動力にしてもらってそれで終わればめでたしめでたしだった。

 しかし、人間には欲がある。たくさん金を貰ってそれで満足する人間も居るだろう。だがやはり、「もっと」と思ってしまう人間も居るのだ。

 それは、手元に入った金額が多ければ多いほど出てしまう欲だった。

 竜は渡しすぎた、と後悔していた。


「悪いことしたわけじゃないと思うんだけど」
「そうでしょうか。少なくとも、ジムさんが欲をかいた原因のひとつは僕にありますよ」
「ジムさん本人の問題だってば」
「僕の知り合いの財宝を守る白い竜が言っていました。人間の欲は押さえられないものだと。人間とはそういうものだと。それが湧く状況を作ったのならやはり責任の一旦は僕にもありますよ」


 竜はこうしてシャーロットとジムが仲違いをすること自体が嫌でもあった。しかし、その原因は自分にもあると思っているわけだ。

 なので、罪悪感を抱いているのであった。なので、二人を止めたいのである。


「い、いやぁ。あんたは悪くねぇよ。やはり俺が悪い」
「そんなこと無いですよジムさん。あなたはいい人なはずだ。そのあなたがそんなに欲を出すって事は本来無いはずなんですよ。お金は人を変えてしまうんだ。恐ろしいことです」


 竜は弱々しい声で言った。

 もはや、シャーロットとジムが戸惑うほど竜は責任を感じていた。

 さっきまでお互いに対して敵意を示していたシャーロットとジムは困った顔でお互いを見た。

 なにか、微妙に変なことになってしまった。


「ていうか、そのジムさんにそういうことしろって吹き込んだのは誰なのよ」
「ん? ああ、何日か前にここに来たやつでな。商人を名乗ってる胡散臭い男だった。思えばなんであんな胡散臭いやつの言うこと信じちまったのか....」
「ひょっとしてそれ、パターソンってやつじゃないの?」
「あ? ああ、そうだ。そういう名前だった。なんで知ってんだ?」
「さっき、レッドヒル工房にも来たのよそいつ。私が追い返したけど」
「ああ、ひょっとして今回の関連会社全部当たってんのかそいつは」
「どうも、嫌なやつね。あのパターソンって男は」


 シャーロットは神妙な顔で腕を組んだ。

 パターソン。レッドヒル工房にやって来てダンに良からぬ話を吹き込もうとした男だ。ひょっとしたら、ジムにしたのと同じような話をしようとしたのかもしれない。

 非常に厄介な類の男のようだ。

 そして、引き起こされた問題はとことんまで大きくなってしまった。

 元々の原因がこのノルデンショルド硝子だとはいえ、最悪である。

 やはり、情報が外部に漏れるとろくなことが起きない。

 ふぅむ、とシャーロットはうなる。


「だが、そいつのせいにするつもりはねぇよ。やはり、事を起こしたのは俺だからな」
「ええ、それはそうだけど」


 そこで、竜が顔を上げた。


「ていうか、シャーロットさん。やっぱり、ここでの所業はえげつなさ過ぎますよ」
「ここでの所業?」
「ヤギを作ったときの話です。結局ヤギは体の半分以上がガラス材で、それを何度もやり直したんでしょう。それも、納期数日前で。そりゃあ、カールって人もまだ納得出来ないですよ」


 謝肉祭のヤギのからくり作りの際、シャーロットがここで行った蛮行は確かに他以上だったのである。

 ヤギのからくりのボディは竜の言う通り、半分以上がガラスであった。つまり、何度も話し合われた『やり直し』の際、最も被害を受けたのがこのノルデンショルド硝子だったのである。

 それはもう阿鼻叫喚の地獄絵図が完成したのである。

 まぁ、なのでそれも含めた分を払ったわけだが。今度はその払ったお金でジムが欲を出して問題が発生したのだ。

 非常に嫌な連鎖反応が発生したわけである。


「いや、竜の旦那。話し合いで決めた金額だったんだ。やはり、出しちゃいけねぇ欲だったんだよ」


 しかも、それをジムがフォローする始末だった。

 ううむ、とシャーロットは唸った。

 やはり、ジムは反省をしているようである。

 いわゆる、『魔が差した』という状態だったのだろう。我を忘れていたわけだ。


「シャーロットさん。少し考えませんか。確かにジムさんは詐欺をしようとしましたが良心の呵責と戦いながら迷いながらやってました。あのバレバレの嘘が良い証拠です。それに、未遂だ」
「でも、やっぱり仕事の内容を漏らしたのを話さなかったし、未遂でもしようとしたのは真実だわ」
「長い付き合いなんでしょう。簡単に答えを出さなくても良いじゃ無いですか。何日か考えれば良いでしょう」
「う、ううん」


 竜は何が何でも二人を仲違いさせたくないらしい。人間の世の中の仕組みを分かっていないからだろう。

 竜はただ純粋に、悪意と敵意を向け合い関係が崩壊するのを見るのが嫌なのだ。

 竜が好んだ人々が、一時の気の迷いのためにその繋がりを切るのが嫌なのである。

 ある意味で善良な、そしてある意味では何も分かっていない、そういう『竜』としての感情から二人を止めているのである。

 シャーロットは目を閉じ、眉を寄せて熟考した。

 頭の中に流れるのはジムとこなしてきた仕事、今までの関係での日々だ。

 学生時代から数え切れないほど世話になってきた数々の仕事の映像だ。

 初めてのからくりでガラス材を注文しにここに来たときのこと。

 それを完成さえた時の達成感を二人で分かち合ったときのこと。

 大きな仕事をこなした時の苦難の連続の日々、それを共に乗り越えたこと。

 からくりの製造技術を大工房に盗まれた時に励ましてくれた人間の中にジムも居た。

 無茶な話をしたことも数え切れない。しかしジムは、『ノルデンショルド硝子』はそれに付き合ってくれた。

 そして、シャーロットは目を開いた。


「分かった。今すぐに答えは出さない。数日考えてみるわ」


 そして、言った。


「シャーロット、すまねぇ....」
「別に許したわけじゃない。考えても結局出す答えに変わりは無いように思う。でも、やっぱりたくさん迷惑をかけたし、たくさん苦楽を共にしたわ。それに、彼の言い分のこともある。だから、ここですぐに答えは出さない」
「すまねぇ....」


 ジムは呻きながらうなだれた。


「良かった、良かったですシャーロットさん」
「あなたのおかげよ。私こそありがとう。出す答えが同じでも、ここですぐに決めてたらきっと後悔していたわ」
「そうですか?」
「そういうものなのよ人間は」


 竜にはこれも良く分からなかった。

 竜には人間の細かい心の機微は想像すら出来ないのだった。

 とにかく、そういうわけでこの場はなんとか収まったのだった。

 外はもう日が傾き、街が赤色に染まっていた。

 また、騒がしい一日であった。
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