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第17話 人間のルールその2
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「どういうことなのよジムさん」
シャーロットは怒りの形相だ。殺しそうな勢いでジムを睨み付け詰問する。
対するジムは恐怖と罪悪感で縮こまっていた。仕方が無い話だが。なにせ、元凶はこのノルデンショルド硝子だったのである。
もはや、シャーロットからのこの会社に対する信用はがた落ちだった。
「どうして、そんなことを他に漏らしたのよ。仕事の話は他言しない。業界の暗黙のルールだと思ってたけど。違ったかしら」
「あ、ああ。間違いないシャーロット」
「じゃあ、なんでジムさんはそれを破ったのかしら」
シャーロットはずい、と顔をジムに寄せた。いつもからは想像も出来ない迫力がある。
「なんでそんなことしたのかしら」
繰り返すシャーロット。
ジムは冷や汗を流す。
「ま、まぁ落ち着けよシャーロット。明らかに正気を失ってるぜ」
「誰が失わせたと思ってるのかしら」
「あ、ああ。分かってるよ」
ジムはぬるくなった紅茶を一気に飲み干した。
「説明するさ。座ってくれ」
「上等な説明を期待してるわジムさん」
そう言ってシャーロットはどっかりとソファにかけた。竜は会話に割り込む勇気は無かった。
「まずな。やっぱりお前との仕事にはどうしても不満が残ってたんだよ」
「ええ、それは謝るしか無いわ。今までの私の蛮行は目に余るもの。でも、その分も含めてお金を払うと言ったはずよ」
このノルデンショルド硝子との交渉は他と比べて少々難航したため支払いを多めにすることになっていた。主に、他よりシャーロットに対する不満が大きかったのである。
「ああ、そうとも。でも、あれでもまだ少し足りないと感じたんだよ」
「そうかしら」
「いや、あんたからすればそう言うだろう。だが、こっちもこっちであんたに対する感情って言うのはどうしても消えなかったんだよ」
それだけ謝肉祭のヤギ造りが後を引いているということらしかった。
「だから、他の人間にチクったってわけなの」
「いや、誓うぜ。話したのは俺じゃ無い。俺の部下で会計係を務めてるカールが漏らしたんだ。まだ安いって言って、不満を一番持ってるのはあいつだった。だから、飲み屋で酔った勢いで隣の客に愚痴ってしまったんだとよ」
「なるほどなるほど。話したのはジムさんじゃないのは間違いないってことね」
「ああ」
シャーロットは深く一度だけうなずいた。
「でも、それを聞いて隠蔽したのはジムさんね」
「あ、ああ.....」
「情状酌量の余地はないわよジムさん。あなたには代表としてそういった事実を話す責任があるわ。あなたはそれを怠ったのよ」
「だ、だがな。やはりカールの言い分にも納得しちまったんだ。今までのことを考えるともう少し貰わないと割りに合わねぇ」
「だから、ジムさんに良くないことをささやいたやつの口車に乗ったのね。私をだまして金をせびれって」
結局、まったくだますことなど出来なかったが。あまりに分かりやすすぎる嘘だったが。
「まぁ、正直。まだ安く感じたってことは私の行いが原因だから何も言えないし、酔った勢いで話したって言うのもまぁまだ許せるわ。暗黙のルールであって別に法律で罰則があるわけでもない。でも、分かったら話して欲しかったわね。別に何か対処出来るわけでも無い。ただ、単にこっちが一言二言文句を言うだけだけどそれが信頼関係ってもんじゃないの。仕舞いには私に詐欺まがいの行いをしようって始末じゃないの。ジムさんは越えちゃならない一線を越えたわ」
シャーロットは淡々とした口調で告げた。本当に怒りに震えているのだ。
業者と業者の間にあるバランスを保つためのルールをジムは破ったわけである。所詮個人事業主と小規模工房のやりとりだが越えてはならないものというのは確かにあるのだ。
「わ、悪かった。だが、やはりどうしても積み重なったものっていうのが」
「詐欺は犯罪よ。それを含めて考えてもやり過ぎだと思うわ」
「う、うぅ.....」
ジムはしょんぼりと小さくなった。対するシャーロットは怒りすぎで静かになっていた。
「これまでよジムさん。あなたの会社との契約は切らせてもらいます」
「ま、待ってくれシャーロット。悪かった。謝るぜ」
「いいえ、待てない。これはそういう問題よ」
シャーロットはぴしゃりと言ったのだった。迷いは無かった。
実際、そんなところである。まったく情状酌量の余地は無い。いくら、ジムが今までシャーロットの横暴を受けてきたとはいえこんな犯罪まがいのことをされて黙っているわけにはいかないのだ。
シャーロットにも守るべきものがある。
「くぅぅ....。そうか.....」
ジムは深くうなだれた。
交渉は決裂だ。このまま二人の契約は切れ、ノルデンショルド硝子は仕事を降りてシャーロットは別の硝子会社に仕事を頼まなくてはならない。
「良いんですか、シャーロットさん」
と、そこで横やりを入れたのは竜だった。
「良いって、なにがよ。こうするしか無いわ。問題の原因について黙っていた。その上詐欺行為まで働こうとしたのよこのジムさんは」
「でも、長い付き合いなんでしょう」
「そりゃあ、学生時代から合わせてもうじき5年になるけど」
「....お前に炉を初めて依頼したのも俺たちだったよ」
「ガラス材の工夫についても数え切れないほど話し合ったわ」
魔導からくりには良くガラスの部分が出る。祭りなどで見世物用に作るものになるとかなりの数になるのだ。
この5年のことを二人は思い出していた。どれほどの苦楽を共にしてきたのか分からない。
お互いに口に出した事なんてなかったが、半ば戦友のようでもあった。
しかし、今二人の間には深い溝が出来てしまったのである。もはや修復不能なようにしか見えない。
二人は次の言葉を出すことが出来なかった。
「シャーロットさん。このまま他の業者に頼んでも大丈夫なものなんですか?」
「そうね......大丈夫だと思うけど....」
しかし、シャーロットの言葉は尻すぼみだった。それも当然で大丈夫とは言えないからである。他の会社でシャーロットの注文を正しく反映してくれるとは限らないからだ。
なんだかんだ言ってもノルデンショルド硝子の工房としての技術力は一級品なのである。
長年のシャーロットとの付き合いもあり、シャーロットが言う前に製品に改良を加えたりもしてくれるのだ。
ノルデンショルド硝子は少なくともシャーロットが頼める硝子工房の中では最も良い仕事をするのである。
それにそもそも、オーダーメイドで今回ほどの大きさの硝子板を作ってくれる工房なんて中々無いのである。
「でも、見つかるかどうかの問題じゃないのよ。正直、私はとても怒っているわ。もう、ジムさんと一緒に仕事したくないのよ」
「それは仕方無いのかもしれませんが。この方もシャーロットさんの仕事仲間なんでしょう」
「そうだけど。でも、もうそうじゃなくなるのよ」
シャーロットは険しい表情だった。
竜にはどう言葉を繋げば良いのか分からない。
今までシャーロットが関わってきた業者は、シャーロットの事を邪険にしているように見えて実はシャーロットのことを認めていたりした。
シャーロットの方もそんな風に邪険にする彼らにそれでも信頼を寄せていたりした。
ここも同じだ。シャーロットもジムも何年も一緒に仕事をしてきて恐らくお互いを認めていたのだ。
だからこそ、お互いの欠点について憤り、文句を垂れたりしたのだと竜は思っていた。
だから竜なりに、ここで二人が袂を別つのがなんとなく嫌だったというのが話に割り込んだ理由のひとつだった。
「そういうものなんですか」
「ええ、これが人間社会のルールなのよ。竜のあなたにはいまいちピンと来ないかも分からないけれど」
言われたとおり竜はまったくピンと来ない。シャーロットとジムの細かい人間同士としての関係、その間に生まれた軋轢。それは人間で無い竜には良く分からない。
「でも、少し頭を冷やしたらどうですか。シャーロットさんは明らかに怒りで我を忘れています」
「忘れるほど怒らされた時点で答えは出てるのよ」
「で、ですけど」
「なによ。嫌に食い下がるじゃ無いの。心配しなくても私が必ずコーヒーメーカーは完成させるわよ」
「でも、ジムさんも反省してるんじゃないですか?」
「反省してようがやったことはもう取り返し付かないわよ」
しかし、竜はどこかまだシャーロットの言葉を受け入れられない様子だった。難しい顔でうつむいている。
「なにか言いたそうだけど」
「い、いえ。ただ、僕にも落ち度はあると思っただけです」
「落ち度? あなたには無いわよ。ちゃんと報酬もくれて、工期だって無理ないし」
「その報酬が問題かも知れません」
「?」
竜は少し力無い表情でシャーロット、それからジムを見た。
「少し額が大きすぎたのかもしれません」
「そうかもしれないけど、働く方からは大好評よ。こんなに割りの良い仕事は無いもの」
「ですが、そのせいでジムさんは欲が出てしまったのかもしれない」
「ううん?」
シャーロットは首をかしげた。
シャーロットは怒りの形相だ。殺しそうな勢いでジムを睨み付け詰問する。
対するジムは恐怖と罪悪感で縮こまっていた。仕方が無い話だが。なにせ、元凶はこのノルデンショルド硝子だったのである。
もはや、シャーロットからのこの会社に対する信用はがた落ちだった。
「どうして、そんなことを他に漏らしたのよ。仕事の話は他言しない。業界の暗黙のルールだと思ってたけど。違ったかしら」
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「じゃあ、なんでジムさんはそれを破ったのかしら」
シャーロットはずい、と顔をジムに寄せた。いつもからは想像も出来ない迫力がある。
「なんでそんなことしたのかしら」
繰り返すシャーロット。
ジムは冷や汗を流す。
「ま、まぁ落ち着けよシャーロット。明らかに正気を失ってるぜ」
「誰が失わせたと思ってるのかしら」
「あ、ああ。分かってるよ」
ジムはぬるくなった紅茶を一気に飲み干した。
「説明するさ。座ってくれ」
「上等な説明を期待してるわジムさん」
そう言ってシャーロットはどっかりとソファにかけた。竜は会話に割り込む勇気は無かった。
「まずな。やっぱりお前との仕事にはどうしても不満が残ってたんだよ」
「ええ、それは謝るしか無いわ。今までの私の蛮行は目に余るもの。でも、その分も含めてお金を払うと言ったはずよ」
このノルデンショルド硝子との交渉は他と比べて少々難航したため支払いを多めにすることになっていた。主に、他よりシャーロットに対する不満が大きかったのである。
「ああ、そうとも。でも、あれでもまだ少し足りないと感じたんだよ」
「そうかしら」
「いや、あんたからすればそう言うだろう。だが、こっちもこっちであんたに対する感情って言うのはどうしても消えなかったんだよ」
それだけ謝肉祭のヤギ造りが後を引いているということらしかった。
「だから、他の人間にチクったってわけなの」
「いや、誓うぜ。話したのは俺じゃ無い。俺の部下で会計係を務めてるカールが漏らしたんだ。まだ安いって言って、不満を一番持ってるのはあいつだった。だから、飲み屋で酔った勢いで隣の客に愚痴ってしまったんだとよ」
「なるほどなるほど。話したのはジムさんじゃないのは間違いないってことね」
「ああ」
シャーロットは深く一度だけうなずいた。
「でも、それを聞いて隠蔽したのはジムさんね」
「あ、ああ.....」
「情状酌量の余地はないわよジムさん。あなたには代表としてそういった事実を話す責任があるわ。あなたはそれを怠ったのよ」
「だ、だがな。やはりカールの言い分にも納得しちまったんだ。今までのことを考えるともう少し貰わないと割りに合わねぇ」
「だから、ジムさんに良くないことをささやいたやつの口車に乗ったのね。私をだまして金をせびれって」
結局、まったくだますことなど出来なかったが。あまりに分かりやすすぎる嘘だったが。
「まぁ、正直。まだ安く感じたってことは私の行いが原因だから何も言えないし、酔った勢いで話したって言うのもまぁまだ許せるわ。暗黙のルールであって別に法律で罰則があるわけでもない。でも、分かったら話して欲しかったわね。別に何か対処出来るわけでも無い。ただ、単にこっちが一言二言文句を言うだけだけどそれが信頼関係ってもんじゃないの。仕舞いには私に詐欺まがいの行いをしようって始末じゃないの。ジムさんは越えちゃならない一線を越えたわ」
シャーロットは淡々とした口調で告げた。本当に怒りに震えているのだ。
業者と業者の間にあるバランスを保つためのルールをジムは破ったわけである。所詮個人事業主と小規模工房のやりとりだが越えてはならないものというのは確かにあるのだ。
「わ、悪かった。だが、やはりどうしても積み重なったものっていうのが」
「詐欺は犯罪よ。それを含めて考えてもやり過ぎだと思うわ」
「う、うぅ.....」
ジムはしょんぼりと小さくなった。対するシャーロットは怒りすぎで静かになっていた。
「これまでよジムさん。あなたの会社との契約は切らせてもらいます」
「ま、待ってくれシャーロット。悪かった。謝るぜ」
「いいえ、待てない。これはそういう問題よ」
シャーロットはぴしゃりと言ったのだった。迷いは無かった。
実際、そんなところである。まったく情状酌量の余地は無い。いくら、ジムが今までシャーロットの横暴を受けてきたとはいえこんな犯罪まがいのことをされて黙っているわけにはいかないのだ。
シャーロットにも守るべきものがある。
「くぅぅ....。そうか.....」
ジムは深くうなだれた。
交渉は決裂だ。このまま二人の契約は切れ、ノルデンショルド硝子は仕事を降りてシャーロットは別の硝子会社に仕事を頼まなくてはならない。
「良いんですか、シャーロットさん」
と、そこで横やりを入れたのは竜だった。
「良いって、なにがよ。こうするしか無いわ。問題の原因について黙っていた。その上詐欺行為まで働こうとしたのよこのジムさんは」
「でも、長い付き合いなんでしょう」
「そりゃあ、学生時代から合わせてもうじき5年になるけど」
「....お前に炉を初めて依頼したのも俺たちだったよ」
「ガラス材の工夫についても数え切れないほど話し合ったわ」
魔導からくりには良くガラスの部分が出る。祭りなどで見世物用に作るものになるとかなりの数になるのだ。
この5年のことを二人は思い出していた。どれほどの苦楽を共にしてきたのか分からない。
お互いに口に出した事なんてなかったが、半ば戦友のようでもあった。
しかし、今二人の間には深い溝が出来てしまったのである。もはや修復不能なようにしか見えない。
二人は次の言葉を出すことが出来なかった。
「シャーロットさん。このまま他の業者に頼んでも大丈夫なものなんですか?」
「そうね......大丈夫だと思うけど....」
しかし、シャーロットの言葉は尻すぼみだった。それも当然で大丈夫とは言えないからである。他の会社でシャーロットの注文を正しく反映してくれるとは限らないからだ。
なんだかんだ言ってもノルデンショルド硝子の工房としての技術力は一級品なのである。
長年のシャーロットとの付き合いもあり、シャーロットが言う前に製品に改良を加えたりもしてくれるのだ。
ノルデンショルド硝子は少なくともシャーロットが頼める硝子工房の中では最も良い仕事をするのである。
それにそもそも、オーダーメイドで今回ほどの大きさの硝子板を作ってくれる工房なんて中々無いのである。
「でも、見つかるかどうかの問題じゃないのよ。正直、私はとても怒っているわ。もう、ジムさんと一緒に仕事したくないのよ」
「それは仕方無いのかもしれませんが。この方もシャーロットさんの仕事仲間なんでしょう」
「そうだけど。でも、もうそうじゃなくなるのよ」
シャーロットは険しい表情だった。
竜にはどう言葉を繋げば良いのか分からない。
今までシャーロットが関わってきた業者は、シャーロットの事を邪険にしているように見えて実はシャーロットのことを認めていたりした。
シャーロットの方もそんな風に邪険にする彼らにそれでも信頼を寄せていたりした。
ここも同じだ。シャーロットもジムも何年も一緒に仕事をしてきて恐らくお互いを認めていたのだ。
だからこそ、お互いの欠点について憤り、文句を垂れたりしたのだと竜は思っていた。
だから竜なりに、ここで二人が袂を別つのがなんとなく嫌だったというのが話に割り込んだ理由のひとつだった。
「そういうものなんですか」
「ええ、これが人間社会のルールなのよ。竜のあなたにはいまいちピンと来ないかも分からないけれど」
言われたとおり竜はまったくピンと来ない。シャーロットとジムの細かい人間同士としての関係、その間に生まれた軋轢。それは人間で無い竜には良く分からない。
「でも、少し頭を冷やしたらどうですか。シャーロットさんは明らかに怒りで我を忘れています」
「忘れるほど怒らされた時点で答えは出てるのよ」
「で、ですけど」
「なによ。嫌に食い下がるじゃ無いの。心配しなくても私が必ずコーヒーメーカーは完成させるわよ」
「でも、ジムさんも反省してるんじゃないですか?」
「反省してようがやったことはもう取り返し付かないわよ」
しかし、竜はどこかまだシャーロットの言葉を受け入れられない様子だった。難しい顔でうつむいている。
「なにか言いたそうだけど」
「い、いえ。ただ、僕にも落ち度はあると思っただけです」
「落ち度? あなたには無いわよ。ちゃんと報酬もくれて、工期だって無理ないし」
「その報酬が問題かも知れません」
「?」
竜は少し力無い表情でシャーロット、それからジムを見た。
「少し額が大きすぎたのかもしれません」
「そうかもしれないけど、働く方からは大好評よ。こんなに割りの良い仕事は無いもの」
「ですが、そのせいでジムさんは欲が出てしまったのかもしれない」
「ううん?」
シャーロットは首をかしげた。
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