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第12話 王室秘書官グレイスの来訪

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 グレイスは鉄面皮という言葉がふさわしいような無表情無感情だった。


「おや、グレイスさん。お勤めご苦労様です」
「ブライトさんもご苦労様です」
「いえいえ」


 グレイスはブライトじいさんは談笑を始めた。どうやら知り合いのようだ。


「ど、どなたですかシャーロットさん」


 竜はひそひそとシャーロットに耳打ちした。


「王立近衛隊のグレイスさんよ。この王都のフレデリック王子の側近。秘書って感じかしらね」
「え、それってメチャクチャ偉い人なんじゃないですか」
「竜のあなたに人間の地位とか関係あるの」
「い、いやぁ。人間でもなんか偉い人って変に緊張するんですよね」


 竜も竜なりに偉い人間の纏う雰囲気に思うところがあるらしい。


「グレイスさんは地位は高いけど別にそれを鼻にかけるような人間じゃないわ。至ってフレンドリーよ」


 そう揶揄されるグレイスはこの上無い無表情でブライトじいさんと話しておりフレンドリーといった感じでは無い。


「それにフレデリックの側近を務めるということはこの王都で一番の厄介者の相手をするってことだから。つまり相当の苦労人かつ出来る人なわけよ」
「なんか、仮にも王子に散々な言いようですね」
「良いんですよ。あのお方は厄介者と言われてしかるべきです」


 と、するりとグレイスが会話に入ってきた。よほど聞き逃せない言葉だったらしい。『あのお方』と懇切丁寧に呼ぶのが返って皮肉めいていた。


「フレデリックが厄介者なのはこの第二王都全体の認識だから問題無いのよ。昔から問題ばっかり起こしてるんだから。まぁ、それが笑いの種にもなるから厄介者呼ばわりされる割りに嫌われ者では無いのが不思議なところだけど」


 ふふん、と明らかに見下した態度のシャーロット。それにフレデリックという王子の世間での認識が現れているかのようだった。グレイスも目を閉じて深くうなずいていた。
 
 側近にこの扱われ方とは。竜は会ったことも見たことも無かったが何かフレデリック王子に同情した。


「ていうか、フレデリックって呼び捨てですけど会ったこととかあるんですかシャーロットさんは」
「会ったも何も。あいつは王立魔法学校の学友よ、一応。あんまり腹立つから何度もぶち切れてたわ。だから、あいつは私を目の敵にしてるみたなのよね」
「そ、そんな因縁があるんですか」


 なにか本人も含め、シャーロットの周りにはトラブルの種が多数存在しているように思われた。


「それでグレイスさん。今回はなにを言い出したのあいつは」
「あなたがお作りになっている『竜のコーヒーメーカー』の接収を考えています、あのお方は」
「あいつにまで噂が届いてるっての」


 王子にまで届いているということは最早間違いなく第二王都中に知れ渡っているということだろう。

 嫌な話だが、竜のコーヒーメーカーなんていうのは一般人にすればもの珍しいことこの上無いので仕方が無いかもしれない。


「そんなことしてどうするの。とてつもない量のコーヒーが作れるだけよ。別に隠し機能とか無いわよ」
「名目上は『王城で開かれる舞踏会にて来賓者に振る舞うコーヒーを作るため』、となっています。そのために一般人であるシャーロットさんに協力を要請するというわけです」
「なんてメチャクチャなこと言うのよ.....」
「まぁ、要するに嫌がらせですね」


 その圧倒的権力を利用してフレデリックは一般人のシャーロットの仕事を妨害しようとしているのだった。呆れた話である。


「最終的に実力行使ってこと」
「そこまではまだ言っていませんが。どこまで嫌がらせに力を入れるかはまだ分かりませんね。あのお方も別に暇なわけではありませんから」
「忙しさの合間を縫って私に嫌がらせするのも大概ね」
「しかし、ここ最近はこのような機会が無かったので本人はやる気満々ですね」
「腹立つわね」


 シャーロットは忌々しそうに眉をひそめた。


「それで、結局グレイスさんはそれを言いにきたの」
「ええ、あのお方にそう命じられましたから。シャーロットさんにコーヒーメーカーが出来次第引き渡しをするように伝えろと」
「当たり前だけど到底受け入れられないわね」
「当然でしょう。そのようにそのままお伝えして構いませんか?」
「あと、『寝言は寝て言えくそったれ』って付け加えといて」
「かしこまりました」


 グレイスは懇切丁寧に応えた。シャーロットの発言に対する不快感は欠片も無いようだった。


「あと、もしこの先事態が混迷するようであれば親衛隊の方にご相談頂けば対応いたします」
「親衛隊は王様の直属だものね」


 親衛隊は第二王リチャードの直属の組織のため、いざとなったらフレデリックの命令を無視して動けるのである。シャーロットは一応第二王都の功労者なのでリチャード王も邪険には扱わないのだ。

 そして、それだけ王自身もフレデリックの扱いを厳しくしているということでもあった。


「では、要件はそれだけです」
「ご苦労様。お昼でもどうかしらグレイスさん」
「お誘いいただきありがたいのですが、この先も予定が詰まっておりまして。主にあのお方の不始末の尻拭いですが」
「大変ねグレイスさん....」


 では、と言い残しグレイスは来たときと同じようにきびきびとした動きで去っていった。

 グレイスはこれから王城でシャーロットたちの想像も出来ないような苦労を味わうのである。英雄の後ろ姿であった。

 シャーロットと竜はそれを同情を感じながら見送った。


「それにしても」


 そして、シャーロットが言う。


「いつの間にか第二王都中に知れ渡ってるとは完全に初耳ね」
「やっぱり困りますよね」
「うーん。直接的になんかしてくるのはあのバカのフレデリックくらいだと信じたいけど。とりあえず物好きが見物に来る可能性はあるわねぇ。単純にやりづらいわ」


 面白がる輩が現れるのは確実なのだった。


「それにしてもどこから漏れたんですかね」
「決まってるでしょ。昨日交渉した誰かよ」
「ええ。そういうことを漏らすのは良くないことなんじゃないんですか」
「良くないわよ。全然良くない。どうにかして突き止めたいところだけど素直に話すわけ無いわよね。探すのは時間の無駄とも言えるわね。まぁ、確認はするけど。とりあえず様子を見るしか無いかなぁ」
「そんなもんですか」


 話したのが上の人間か下働きの見習いかも分からないので直接詰問することも出来ない。
 
 シャーロットの工房が襲われるなどすれば憲兵に動いて貰うことも出来るがシャーロットはそんなの冗談では無い。想像すらしたくないのだ。

 しかし、これはシャーロットと業者の間での信用の問題だ。契約書に書いていないとはいえ、注文の中身を他言しないなんていうのは業界の暗黙の了解である。
 
 出来れば犯人をあぶり出して一言も二言も文句を言いたいシャーロットなのだ。

 しかし、現状とりあえず作業を進めながら誰かがボロを出さないか見守るくらいしか出来なかった。

 証拠も手がかりもまったく無いのだから。こんなことに時間を費やすのは不毛であるようにシャーロットには思えた。


「うーん、地味に面倒なことになったわね。まぁ、とりあえずお昼にしましょう」
「そうですね。お腹も減りました」


 と、二人が言うと、


「色々とご苦労様ですグランデさん。私もこれで失礼します」
「ああ、ブライトさん。すいません、なんか忙しい中を付き合わせたみたいな形になってしまって」
「いえいえ、私が勝手に居ただけですから」
「それにしても、ブライトさんグレイスさんと知り合いだったんですね。親衛隊とも付き合いがあったんですか」
「いえ、個人的な付き合いです。王城で務めていたときに小さかったコールマンさんと顔見知りになりまして」
「......ふーん。そうだったんですか」


 憲兵として王城に務めていた時もあったのだろうとシャーロットは解釈した。ちなみにシャーロットはもう何度も顔を合わせているが初めてグレイスの名字を知った。

 名字を知っていたということはブライトじいさんがそれなりの付き合いをしていたということだろう。


「なんか、ブライトさんも良く考えたら謎が多いですね」
「いえいえ、大した人間ではありませんよ」


 では、と言ってブライトじいさんも非常に整った姿勢で歩いて去っていった。なんとなく頼もしい後ろ姿だった。

 シャーロットと竜はそれを見送る。


「さて」
「ええ、なにを食べますか」
「そうねぇ」


 ようやく、二人は昼飯の相談をしながら工房に続く階段を降りていった。

 残された作りかけの魔法炉は真昼の日差しに照らされテカテカと光っていた。

 今のところ、巨大コーヒーメーカーの製作は順調といった感じだった。

 この先のことはまだ分からないが。
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