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幕間
偶然か必然か 壱
しおりを挟む三歳の誕生日を迎えた年を境に、リシャール・伊月・ルシフェル・ド・アンジューは誰かの夢の中に入り込むようになった。
夢の中にはいつも黒い豹がいた。
「我が君」
黒い豹が愛おしそうに見上げる先には金髪金眼の男がいた。
彼は、自分が被っている王冠と同じ物を黒豹の頭に載せた。
場面が変わり、今度は王冠を被った黒髪金眼の少女の側に、騎士服を着た灰銀髪瑠璃眼の少年が跪いて忠誠を誓っていた。
何度も場面が変わり、その度に見た目が違う男女か同性の番が寄り添っている姿を映し出している。
けれど、必ず片方は黒髪金眼だった。
何度も切り替わった場面の先に、たった独りで佇む黒髪金眼の男がいた。
男の視線の先には、誰かの墓の前で泣き崩れる銀灰色の髪と瞳を持った少年と、男と同じ顔をした金髪金眼の男がいた。
「泣かないで」
伊月は傍らにうずくまる小さな黒い豹に抱き付いた。
「僕は伊月。ねぇ、君の名前を教えて?」
「・・・セイル」
夢の中で黒豹との逢瀬をするようになって数週間が過ぎた頃、セイルは伊月と同じ年頃の男の子の姿に変化するようになった。
男の子の姿の時の名前は「伊織」だとセイルが教えてくれた。
「伊織」が本体で、セイルは「伊織」から分かれて生まれた分身のようなモノらしい。
セイルは何度も魂を引き裂かれ、その度に自分の更に分身達が死んでしまったけれど、粉々になった魂の欠片は伊月との邂逅のお陰で少しずつ修復されている、と教えてくれた。
「伊月が伊織の魂の番だから、夢を通して流れて来る伊月の魔力が僕たちを癒してくれるんだ。」
「僕の魔力で伊織君とセイル、元気になるの? 元気になったらお外でも会える?」
伊月の問いにセイルは曖昧に微笑むことしかできなかった。
*****
王弟で外務官僚である父が大使として母の祖国に行くことになった。
伊月は双子の兄の伊千花と両親と一緒に渡航前のバイタルチェックの為に国立アカデミーの医学部に併設されている医局に向かって歩いていた。
医局と医学部は向かい合わせで建っていて、出入口も向かい合わせになっている。
医局の出入口に差し掛かった時、不意に伊月が立ち止まって動かなくなった。
「伊月、どうした?」
伊月と手を繋いでいた父──イザーク・シャルル・ギュスターヴ・ド・アンジューが振り向いた。
伊月は医学部の出入口へのステップを昇る男の背中を見つめていた。
男はペット用のキャリーバッグを背負っていて、その中にいる黒い猫が伊月を見つめ返していた。
イザークは伊月を抱き上げると数メートル先で待っている妻の珠姫と伊千花と共に医局の中へと入って行った。
待ち時間や診察中も伊月は医学部の方を気にして落ち着きが無かった。
「伊月、何がそんなに気になっているの?」
診察が終わってから母親の珠姫に問われ、伊月は夢の中での事を話した。
「それで伊月はあの猫さんが伊織君だと思ったのね?」
「僕の魔力で人間に戻してあげたいの。」
「・・・そうね、人間に戻しましょう。一刻も早く・・・」
端から見れば伊月の荒唐無稽な話を、珠姫もイザークも信じてすぐに行動してくれた。
生まれて間もない頃、誘拐されて行方不明になった珠姫の甥、伊織。
その名前が、事件を知らない筈の伊月から出てきた意味を両親は重く受け止めたのだ。
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