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後宮

30、→詑で売る腕輪←(わでうるうでわ)

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 播家ばんけ生まれた双子には特異な体質が2つあった。 

1つ目は目が暗闇では紅玉ルビー、太陽の光の下では緑玉エメラルドに変色する特別な瞳を持っているということ。 

 2つ目は太陽の下に出られない特別な白い肌をしていることだ。  

父は双子の誕生の百日後にふたりに名を贈り、誕生の祝いの宴を盛大に催した。  

だが、そこには母親になったばかりの女性はない。

女性座るべき席はの宴の最中、ずっとあるじを待っていた。

* 

父になった男は先に生まれた女児あねにはじんもうひとりいもうとにはりょくと言う名を与えた。  

この名前はふたりの目が金緑石アレキサンドライトと同じように夜は赤。昼の光の下では緑に変色することから名付けたらしい。  

金緑石アレキサンドライトは男が結納の際に母に贈った指輪につけられていた石でもある。  



 私たち双子は幼い頃、頼りないほどに小さい身体からだで幾度も訪れた病を乗り越えて文字通り、深窓の令嬢として美しく成長していった。  

姉のじんは甘物、宝飾や流行りの詩などを好んだ。  

私のりょくは市井で流行りの仏教や薬草学を学ぶことに没頭した。  

幼い頃、じんは勝ち気で自信家。 

私は負けん気は強いが表に立って何かを成すというタイプではなかった。

父は壮年そうねんに授かったふたりきりの娘にぜいを尽くして甘やかせた。



 私達が6歳になる新節の日、父は愛娘に翡翠ヒスイの腕輪の贈り物をした。  

この前の年の冬に私達姉妹は流行り病に罹り、高熱にうなされ、生死の境を彷徨さまよった。 

父は馴染みの寺院にて大金を叩き、回復の祈祷を執り行ってもらったところ、御仏みほとけに願いが聞き入れられ私達は無事に回復をした。

そのこともあり、父は邸宅の近くにある寺院の分家にあたる寺院の建立に積極的に寄進するようになっていった。 

その礼にと高僧から私達に艶やかに輝く翡翠の腕輪を貰ったのである。 

二人の腕で輝く翡翠の腕輪の裏には般若心経はんにゃしんきょうが彫りこまれている。

* 

人使いの荒いじんは成長するにつれ、胴回りと腕が栄養の良い雑木のように太くなっていった。

10歳の新節の後、腕輪のせいで薄紫に染まるじんの太い腕を見かねた、お抱えの医師が父に翡翠の腕輪を外すように進言した。

そして、その年の春、父は姉の腕輪を断ち切ることを決断した。 

 じんとは対照的に私は成長しても胴も腕も細いままだった。

 手は平均的に大きくなり、腕輪は手首から先に抜けなくなったが、私は父と同じ熱心な仏教徒だったので、私は腕輪を時が来るまでそのままにしておくことにした。

 そんな私達が15歳の誕生日を迎えた春。 

 運命の歯車はゆっくりとすれ違いを始めたのだった。 
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