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五道転輪王

65、→相違ない嘘←

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 バタン 


、遠くまでご苦労。よく来たな」 


俺が額の汗を拭い 閻魔王様えんまおうさまの私室に入ると声の主閻魔王様は、俺の3倍ほどもある黒檀こくたん椅子いすに座って俺を出迎えてくれた。 

閻魔王様えんまおうさまの向いには、泰山王様たいざんおうさま五道様ごどうさまの姉のじんが隣り合わせに座らされている。 


「……」 


泰山王様たいざんおうさま眉間みけんに深いしわを寄せ、腕を組みながら俺をにらむと閻魔王様えんまおうさまの隣に置かれた浄玻璃鏡じょうはりのかがみを憎々し気に見つめた。 

浄玻璃鏡じょうはりのかがみは大きさは大体、人間の男を横に3人並べたくらいだ。 

鏡には死者の前世の悪行が映し出される。

だが 鏡は今、きりがかかっているかのように白いもやが映し出されているだけ。 

俺がこの鏡を見たのは今回で2度目だ。 

 丸を縦につぶしたような卵型の形。

それに地獄の業火のような赤い炎の装飾がふちを飾った鏡には、1番上に人間より2回りふたまわりほど大きい髑髏どくろが飾られている。 


閻魔王様えんまおうさまあるじの書置きでございます……」 


 ジャラジャラ 

俺は閻魔王様えんまおうさまの前に進み出ると背伸びをしてあるじの残していった書置きと瑪瑙めのう数珠じゅず閻魔王様えんまおうさまの前に差し出した。  

閻魔王様えんまおうさまはその書置きを読み終えると深くうなずき鏡の前に立った。

そして 「世界を記し、磨かぬ鏡……」。

 閻魔王様えんまおうさまは、裁判の初めに言う恒例の“詔書しょうしょ”の文頭を低い声音で唱え始めた。 

この言葉を知っているのは、十王じゅうおう閻魔王様えんまおうさまの部下の小鬼。

それと閻魔王様えんまおうさまの直属の部下の司録しろく司命しめい

あとは、その日1番はじめに裁きを受ける死者だけだ。 

俺がこの言葉を知っていることを五道様ごどうさまは知っていた。 

 以前、泰山王様たいざんおうさまとの茶会で詔書しょうしょが話題になった時、俺がこの言葉にひどくおびえていたからである。


「……」 


低い閻魔王様えんまおうさまの声がなり止むと閻魔王様えんまおうさまじんの隣に立ち、鏡の、中をじっとにらみつけた。

 鏡の中のきりは少しずつ薄くなっていく。

そして前々世の冥府めいふの刑期を終えたばかりの朱色の寿服じゅふくを着たじんの姿が映し出された。 

 今と変わらぬ細い線の美しい容姿の彼女は、朱色に見える赤黒い寿服じゅふくまとっている。 

 そして次第にじんの隣に座るがたいの良い金色の髪を持った若い男が、衣を腰の辺りで止め、何も身に着けない上半身ままじんの上に覆いかぶさる様子が映し出されていった。 

 じん妖艶ようえん微笑ほほえむと男の太い首に手を回し男を受け入れているように次第に腕をからめていく。 

 次に鏡は、じんが猫であった時の愚行を映し出した。 

時同じくして鏡の右から3枚目の鏡には泰山王たいざんおうの過去が映し出されていた。

じんはその眼に映る衝撃的な映像に眼が釘付けくぎづけになり、自分の目の前の愚行など気にする素振りを見せなかった。  

全てを理解した2人ふたり十王じゅうおうは、閻魔王えんまおうの半分ほどの背丈の大男、司録しろく司命しめいじんを任せ、急ぎ朱の宮殿を目指し火車かしゃを出すよう指示をした。 

2人ふたり十王じゅうおうの退室後、閻魔王えんまおう2人ふたりの部下は、じんの前に木の棒を×字にして持つと 「閻魔王様えんまおうさまがお帰りになるまでこのままで!」 と真っ赤な顔をして言い放ち彼女を足止めしたのだった。

 
* 

  「……何だこの部屋は!?」


 泰山王は目的の女の私室に到着すると急ぎふすまを乱暴に開け、中へと入っていった。

しかし、女の私室は賊が入ったのではないかというくらい物があちらこちらに散らばっていた。 

俺は自身の山梔子くちなし色の衣のすそさばき、思わず後退りをした。

 閻魔殿えんまおうどのは途中、数珠じゅずを置きに地蔵菩薩様じぞうぼさつさまの宮殿に向かったので、朱の宮殿に着いた時は俺は1人ひとりになっていた。 

 床には彼女の愛読書が足の踏み場がないほど積まれ、壁には棚と呼ばれていた木の板の上に俺が見繕みつくろって渡した装飾がうず高く積まれている。 

 棚と呼ばれていた木は上の重さに耐えきれず醜くゆがんでしまっている。  

壁際に置かれた長椅子ながいすには衣服が散乱し、机だと思われる一段高い区画にも角が分からないほど物が散乱している。 

食べ物のゴミらしきものがないので異臭はしないが、明らかに汚部屋だ。


「はぁ~。だから私室には入れては、くれなかったのか」 

 シュ シュ

俺は冠を外し机の上に優しく置いた。

そして執務室の方を向き、大きな溜息ためいきをつくと目を見開き、机に乱雑に置かれた飾りひもを床に適当に並べていく。 

俺は 執務室をいくつか大きな区画に分けて彼女の私物を整理するつもりだ。

でなければ、“例の物探し物”を見つけることなど無理な話だろう。 

俺はお気に入りの衣のそでを縛り、手早く襷掛たすきがけにし片付けの準備をはじめた。

それが終わると俺は、部屋の入口から順番に物を執務室へと運んでいく。

他人から見たら俺の洗練された容姿からは想像できないほど手際がよく熟練されたその動きは、古参こさんの女官のように段取りが良い動きに見えることだろう……。 

だが俺は見かけ程、育ちは良くないのだ。 



この日はそれほど暑くはない日であった。

だが、女の部屋を往復する回数が100を超えはじめた頃、鏡に映る俺の顔に疲労の色が見え始めた。 

 姿見すがたみに映る若い姿の男は肩で息をして背が曲がってしまっている。


「俺が贈った、アレ・・は、どこにあるのだ……!?」


俺は最後の本の山を抱え部屋を出ると壁に寄りかかりながら空を見上げこう叫んだ。

しばらくの後、探し物はこの部屋にはない。俺はそう直感した。

 カパッ 

そうして俺はふところに入れてある黄色のガラパゴス型の携帯を勢いよく開く。 

“待ち受け”には先日、部下に隠し撮りさせた女の写真が貼り付けられている。

俺はその写真に優しく唇をつけるとアドレス帳に1件だけ登録された番号に電話をかけた。 


「明日、迎えに行く。大人しく待て……」 


そういうと言葉短く話し、携帯の電源を切った。

空を見上げると時刻は、夕刻の空を無常鳥むじょうどりが優雅に飛び巣に帰っていく頃になっていた。 
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