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五道転輪王
64、→世界を記し、磨かぬ鏡 璽を活かせ←
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俺は五道転輪王様の部下。
通り名は癡。
癡は仏教用語で“豚”という意味らしい。
俺のこの削がれた低い鼻を見て五道様が名前を決めた。
主は美人だが、気まぐれで残酷な性格だ。
俺以外にも彼女に仕える冥官は2人いる。
そして、その2人もそれぞれ通り名にあった激務を日々、強いられている。
*
俺があの日、五道様がいなくなった日に主の私室を訪れると私室の扉は開け放たれたまま。
執務室の机には朱色の数珠と桃色の唐紙が1枚置かれていた。
唐紙には赤みがかった緑色の葉で留められ、風で飛ばないようにその上に璽が重石として置かれていた。
この璽|《しるし》は地蔵菩薩様が主に特別にお与えになったものだ。
泰山王様、閻魔王様そして五道様。
この3人の十王のみ与えられた“特別な法具”だと千手観音様から聞いたことがある。
この璽は他の十王たちが出した裁判の結果さえも覆す特別な力を持つらしい。
因みに五道様の提案した『親ガチャ』の上部に巻かれた白紙の裏にもこの印が、こっそりと押されている。
五道様が残して行った唐紙に巻かれた葉は、先端が笹の葉ように尖った細長い形をしている葉だ。
スルッ
俺は唐紙に巻かれた葉をほどき、中の文字を丁寧に読み進めた。
唐紙には中央に朱色のペンで 【→世界を記し、磨かぬ鏡 璽を活かせ←】 と意味ありげな言葉が書き記してあった。
「はぁ~……」
キュッ
俺は溜息をつくと床に転がっているペンの蓋を拾い、ペンの先に戻した。
ペン先はまだ乾ききってはいない。
俺はこの置き手紙の意図を汲み取ると唐紙と数珠を懐に仕舞い、閻魔王様《えんまおうさま》の官署へと走った。
そう、主の指令はいつも気まぐれで残酷なのだ。
*
「……五道様」
俺は閻魔王様の官署に向かう途中、朱の宮殿の中庭に植えられた紅覆輪千年木の木の前で足を止めた。
唐紙に巻かれていたのはこの木の葉だ。
この木は地蔵菩薩様が五道様の就任祝いに贈った木だと聞いたことがある。
確か木の名前の漢字が彼女にふさわしいとか何とか言っていた。
花言葉は【誠実さ】 。
俺は五道様に散々悪態をつかれ扱使われてきた。
だが、彼女の嘘をつかない性格といつも仕事に誠実な所は常に尊敬していた。
「いないと困るんだよなぁ、五道様。性格は、かなり悪いけど美人だし……」
俺はまた深い溜息をつくと肺の空気を入れ替えて気合を入れ直した。
脳裏には閻魔王様の怖い、赤ら顔が浮かぶ。
閻魔王様の官署は地獄道の近くにある。
俺は元罪人。
刑期は地獄道・10年の刑だった。
前世、生きる為に様々な盗みを重ね、死の直前、灯明を盗んだ為、鼻を削がれた。
なので、今も生前のままの容姿をしている。
死者は基本的に前世、最後の姿のままで刑期を終える。
例外的に刑期が千年を超える死者のみ前世の全盛期の姿で地蔵菩薩様の審議を終え、生まれ変わることができる。
なので、地獄道に10年程しかいなかった俺は前世、最期の時の姿のままだ。
刑期が明けた後は五道様の気まぐれで名が与えられ、執務官に登用され仕事をしている。
だが、これは彼女の我儘が過ぎる性格を面倒だと思った同僚が次々に辞めて行った後、逃げ遅れたといった方が正しいのかもしれない。
「もう、千年の付き合いになるか。面倒だけど、いないと困るんだよな、あの人も。でも、ここには出来ればここに来たくはなかった……」
ガタン
俺は閻魔王様の官署の七重の城壁を超え、中央にある大城を目指し二刻ほど馬を走らせることにした。
俺は冥官なので、十王のみの使用が認められる火車に乗ることはできない。
時が経つに連れ尻の皮は裂け、傷口はズキズキと痛む。
火車と馬のかかる時間の差は約2倍程だ。
天道に近い朱の宮殿から地獄道までは火車でも一刻はかかる。
まだ、道半ばだ。
五道様の宮殿のある天道の入り口から地獄道の入り口まで来ただけでも俺の額には玉のような汗が溢れ出し、手が痺れて不自然に震えてきた。
そしてその後、半刻の後、俺は大城の中枢・光明院の門前に何とか辿り着いた。
馬でのこの距離の移動は、文字通り“過酷”だった。
「……っ。やっと着いた。はぁ~、よし!」
俺は馬から飛び降りると深呼吸をして呼吸を整えた。
そして覚悟を決め黒塗りの鉄の門扉の前に立つ。
“主の為だと思えば、どんなことでもやり遂げる”俺は、そんな性格だ。
「すみません!主、五道様が……!」
俺は自分の3倍の背丈もある牛頭と馬頭という門番に事の顛末を話すと中に入り閻魔王様に謁見出来るように頼んだ。
ギーギー ギーシ ギー
そして乱れた冠を正すよりも早く嫌な音を立てながら大門が開く音がした。
気がつくと俺の目の前には、あの忌々しい記憶の蘇る大通りが広がっていた。
その刻はちょうど獄卒鬼たちが罪人を数珠繋ぎにして金輪の際に連れて行く時刻であった。
「いないと困るんだよなぁ……。あの人でも……」
バタン
そう同じ言葉を繰り返しながら俺は、唐紙と紅い数珠を胸に抱き主の為、急ぎ光明院を目指し走り出したのだった。
通り名は癡。
癡は仏教用語で“豚”という意味らしい。
俺のこの削がれた低い鼻を見て五道様が名前を決めた。
主は美人だが、気まぐれで残酷な性格だ。
俺以外にも彼女に仕える冥官は2人いる。
そして、その2人もそれぞれ通り名にあった激務を日々、強いられている。
*
俺があの日、五道様がいなくなった日に主の私室を訪れると私室の扉は開け放たれたまま。
執務室の机には朱色の数珠と桃色の唐紙が1枚置かれていた。
唐紙には赤みがかった緑色の葉で留められ、風で飛ばないようにその上に璽が重石として置かれていた。
この璽|《しるし》は地蔵菩薩様が主に特別にお与えになったものだ。
泰山王様、閻魔王様そして五道様。
この3人の十王のみ与えられた“特別な法具”だと千手観音様から聞いたことがある。
この璽は他の十王たちが出した裁判の結果さえも覆す特別な力を持つらしい。
因みに五道様の提案した『親ガチャ』の上部に巻かれた白紙の裏にもこの印が、こっそりと押されている。
五道様が残して行った唐紙に巻かれた葉は、先端が笹の葉ように尖った細長い形をしている葉だ。
スルッ
俺は唐紙に巻かれた葉をほどき、中の文字を丁寧に読み進めた。
唐紙には中央に朱色のペンで 【→世界を記し、磨かぬ鏡 璽を活かせ←】 と意味ありげな言葉が書き記してあった。
「はぁ~……」
キュッ
俺は溜息をつくと床に転がっているペンの蓋を拾い、ペンの先に戻した。
ペン先はまだ乾ききってはいない。
俺はこの置き手紙の意図を汲み取ると唐紙と数珠を懐に仕舞い、閻魔王様《えんまおうさま》の官署へと走った。
そう、主の指令はいつも気まぐれで残酷なのだ。
*
「……五道様」
俺は閻魔王様の官署に向かう途中、朱の宮殿の中庭に植えられた紅覆輪千年木の木の前で足を止めた。
唐紙に巻かれていたのはこの木の葉だ。
この木は地蔵菩薩様が五道様の就任祝いに贈った木だと聞いたことがある。
確か木の名前の漢字が彼女にふさわしいとか何とか言っていた。
花言葉は【誠実さ】 。
俺は五道様に散々悪態をつかれ扱使われてきた。
だが、彼女の嘘をつかない性格といつも仕事に誠実な所は常に尊敬していた。
「いないと困るんだよなぁ、五道様。性格は、かなり悪いけど美人だし……」
俺はまた深い溜息をつくと肺の空気を入れ替えて気合を入れ直した。
脳裏には閻魔王様の怖い、赤ら顔が浮かぶ。
閻魔王様の官署は地獄道の近くにある。
俺は元罪人。
刑期は地獄道・10年の刑だった。
前世、生きる為に様々な盗みを重ね、死の直前、灯明を盗んだ為、鼻を削がれた。
なので、今も生前のままの容姿をしている。
死者は基本的に前世、最後の姿のままで刑期を終える。
例外的に刑期が千年を超える死者のみ前世の全盛期の姿で地蔵菩薩様の審議を終え、生まれ変わることができる。
なので、地獄道に10年程しかいなかった俺は前世、最期の時の姿のままだ。
刑期が明けた後は五道様の気まぐれで名が与えられ、執務官に登用され仕事をしている。
だが、これは彼女の我儘が過ぎる性格を面倒だと思った同僚が次々に辞めて行った後、逃げ遅れたといった方が正しいのかもしれない。
「もう、千年の付き合いになるか。面倒だけど、いないと困るんだよな、あの人も。でも、ここには出来ればここに来たくはなかった……」
ガタン
俺は閻魔王様の官署の七重の城壁を超え、中央にある大城を目指し二刻ほど馬を走らせることにした。
俺は冥官なので、十王のみの使用が認められる火車に乗ることはできない。
時が経つに連れ尻の皮は裂け、傷口はズキズキと痛む。
火車と馬のかかる時間の差は約2倍程だ。
天道に近い朱の宮殿から地獄道までは火車でも一刻はかかる。
まだ、道半ばだ。
五道様の宮殿のある天道の入り口から地獄道の入り口まで来ただけでも俺の額には玉のような汗が溢れ出し、手が痺れて不自然に震えてきた。
そしてその後、半刻の後、俺は大城の中枢・光明院の門前に何とか辿り着いた。
馬でのこの距離の移動は、文字通り“過酷”だった。
「……っ。やっと着いた。はぁ~、よし!」
俺は馬から飛び降りると深呼吸をして呼吸を整えた。
そして覚悟を決め黒塗りの鉄の門扉の前に立つ。
“主の為だと思えば、どんなことでもやり遂げる”俺は、そんな性格だ。
「すみません!主、五道様が……!」
俺は自分の3倍の背丈もある牛頭と馬頭という門番に事の顛末を話すと中に入り閻魔王様に謁見出来るように頼んだ。
ギーギー ギーシ ギー
そして乱れた冠を正すよりも早く嫌な音を立てながら大門が開く音がした。
気がつくと俺の目の前には、あの忌々しい記憶の蘇る大通りが広がっていた。
その刻はちょうど獄卒鬼たちが罪人を数珠繋ぎにして金輪の際に連れて行く時刻であった。
「いないと困るんだよなぁ……。あの人でも……」
バタン
そう同じ言葉を繰り返しながら俺は、唐紙と紅い数珠を胸に抱き主の為、急ぎ光明院を目指し走り出したのだった。
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