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南
18、→世の中ね顔かお金なのよ←
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新しいパパと顔合わせをする場所のモダンな雰囲気の深緑色のソファーが印象な喫茶店。
店内には客は私達、母娘しかいない。
ギー ガタン チャランチャチャ……
古い掛け時計のオルゴールが2人に待ち合わせの時刻が来たことを忙しなく告げる。
「橘さん、遅いね……」
件の男性は約束の時間を10分以上過ぎても現れなかった。
時間にはルーズな人なのだろうか。
手持ち無沙汰な私は、店内に流れる不協和音の多い古めかしい洋曲を右から左に聞き流しながら新しい家族についての妄想を膨らませた。
が、先程、聞いたオルゴールの旋律と洋曲の不協和音が頭の中でごちゃ混ぜになり、考えれば考える程、嫌な妄想が膨らんできた。
次第に初めて聞くその洋曲は私の人生に終わりが近づいてきた来たことを告げているそんな不吉な旋律に聞こえてきた気がして、背中には嫌な冷や汗が出始めた。
私は何だか怖くなり、ストールを肩に掛けると脚を組み直し、目を閉じ時間が来るのをただ只管に待つ事にした。
*
チリンッ
待ち合わせ時刻から20分後。
静寂のベールを開けるように入口の扉につけられた小さなベルが揺れた。
待ち合わせ場所は古びた雰囲気の喫茶店。
その雰囲気にぴったりの男性が入店してきた。
コッ コッ コッ
入って来たのは髪が真っ白な老人。
木製の一本杖をコツコツとついて生まれたての子馬のように、よろよろしながら歩いてくる。
昔ながらの質の良い襟付きのシャツに翡翠のループタイをつけて入って来た男性はいかにもお金持ちという雰囲気だ。
(店の常連さんかな。ヨボヨボだ。はぁ~、なるべく年は取りたくないものだ……)
私は男性からさっと目を逸すと再び目を瞑った。
私の隣に座っているママは自慢の爪に揺れるチャームに夢中で男性の入店してきたことに気がついていない様子だ。
「ひ、ひめさん……」
老齢の男性は入口横のカウンターを手摺代わりにゆっくりと歩を進め、しわがれた声を喉から絞り出すように私のママの名前を呼んだ。
「秀さん!」
老人の声に呼応してママは急いでソファーから立ち上がると老人に向かい細いピンヒールの踵を鳴らしながら駆け寄っていった。
私はママの高揚したような声色とは反対に想定外の老人の登場に憔悴し、その場で動けなくなってしまった。
「うそ……あの人が新しいパパ!?」
古時計の針が狂い、時計の示す時刻が数分巻き戻る。
それと同時に先程、聞いたばかりのあの不協和音の多い旋律が再び店内を駆け巡りながら、私に人生の終わりを告げたのである。
*
古時計は最期のオルゴールの音を弾き出すと時計の針を動かすのを止めしばしの眠りについた。
老齢の店主がカウンターの引き出しから薇を取り出し時計の螺子を巻いた。
時計は気だるそうな動きの後、再び針を進める。
ママは私に昨夜、今日逢う男性のについて少し教えてくれてはいた。
男性は大地主。お金持ち。
仕事でママの勤めている会社に来たのがきっかけで付き合い始めたということ。
巨人ファンで野球好きということ。
偶に地元チームの草野球の審判をするということ……。
(ママ、話を大袈裟に盛ったな……。まぁ、いつもの事だけど、さすがに…ないな)
私はそんなことを考えながら男性を見た。
男性は、白髪だが髪は少なくない。
腰は曲がってしまっているので、背の高さは分からないが、半袖のシャツからのびた腕はまるで老木だ。
不健康そうに血管が浮き出ている。
更に両手の甲まで注射の跡と思われる紫色の痣が所狭しと並び、痛々しく私の瞳に映る。
*
「……」
「南、この人が橘秀雄さん……。秀雄さん、この子が娘の南です。母一人で育ててきたので、もうすぐ中学なのに礼儀知らずで挨拶もできず……お恥ずかしい限りですわ……」
私は母親のいつもは使わないような慣れない丁寧な言葉遣いで話す、たどたどしい日本語に呆れながら、冷めたブラックコーヒーの器に口をつけた。
男性は簡単な挨拶の後、私の前の席に腰を下ろした。
私は、男性の注文したホットコーヒーが席に届くまでメニューを見る為に分厚い老眼鏡を掛けたままの老人と、目を合わさないように携帯の画面と向き合っていた。
✴
そのあとのことはよく覚えていない。
だが、自慢げに二人が馴れ初めを話していたということだけは記憶にある。
いつもうるさいと感じる甲高いママの声でさえ今の私の耳には届かなかった。
ショックという言葉では言い表せない淀んだ感情が私の中で蠢いた。
ショックを通り越して抱いたのは恐らく怒りに似た感情だ。
(少し年上ってママの嘘つき。おばあちゃんより年上の人と結婚する気なの?……。この人、あと余命、何年なの?すぐにバツ2の未亡人になっちゃうよ……。ママの老後の世話はどうする気なの?まさか私に橘さんの介護しろとか言って……)
頭の中で理想と現実は違うんだとは分かってはいたものの、余りに残酷な現実に私はショックを隠し切れなかった。
2人の自慢話がいつまでも終わらないので、無性にのどが渇いてきた。
私はブラックコーヒーの残りを一気に飲み干した。
*
私は授業参観に両親が揃って参観する友だちが羨ましかった。
1年ほど前、 2人目のパパと私のママが一度だけ揃って授業参観に来てくれた時、「南のパパ、カッコイイね」と親友の唯に言われたことが誇らしかった。
私は今回も少なからず、ママが連れてくるパパの容姿と年齢に期待してしまっていたので絶望感が半端ない。
2人目のパパがいなくなったあの日、ママが 「世の中ね、顔かお金なのよ」 そう、酒を浴びるように飲みながら言っているのを聞いたが、ママは今度は【顔】ではなく、【金】の方を選んだようだ。
暫く、自問自答を繰り返すと私の心は整理できない淀んだ感情と怒りで涙が溢れ出てきた。
そして私は決心した。
ガンッ
「ごめん。私、無理……。ママ、さようなら。今まで育ててくれて…ありがとう……」
バンッ カラン カラン
「ちょっと……南、待ちなさい!」
整理できない淀んだ感情と怒りで涙が溢れ出てきて感情を制御することもママにかける最後の言葉さえも上手く選ぶことができなかった。
私は、ただ喫茶店のドアを乱暴に開け、外へ飛び出して来たことだけは記憶にある。
(もう、嫌!今世、親ガチャ大ハズレ!ママのワガママには付き合いきれない。もう、限界だ。神様がいるならもう一度人生をやり直したい……)
そんなことを考えながら、走り続けた私は気が付くとを喫茶店近くの川の河原で生暖かい盛夏の風を受け1人立ち尽くしていた。
店内には客は私達、母娘しかいない。
ギー ガタン チャランチャチャ……
古い掛け時計のオルゴールが2人に待ち合わせの時刻が来たことを忙しなく告げる。
「橘さん、遅いね……」
件の男性は約束の時間を10分以上過ぎても現れなかった。
時間にはルーズな人なのだろうか。
手持ち無沙汰な私は、店内に流れる不協和音の多い古めかしい洋曲を右から左に聞き流しながら新しい家族についての妄想を膨らませた。
が、先程、聞いたオルゴールの旋律と洋曲の不協和音が頭の中でごちゃ混ぜになり、考えれば考える程、嫌な妄想が膨らんできた。
次第に初めて聞くその洋曲は私の人生に終わりが近づいてきた来たことを告げているそんな不吉な旋律に聞こえてきた気がして、背中には嫌な冷や汗が出始めた。
私は何だか怖くなり、ストールを肩に掛けると脚を組み直し、目を閉じ時間が来るのをただ只管に待つ事にした。
*
チリンッ
待ち合わせ時刻から20分後。
静寂のベールを開けるように入口の扉につけられた小さなベルが揺れた。
待ち合わせ場所は古びた雰囲気の喫茶店。
その雰囲気にぴったりの男性が入店してきた。
コッ コッ コッ
入って来たのは髪が真っ白な老人。
木製の一本杖をコツコツとついて生まれたての子馬のように、よろよろしながら歩いてくる。
昔ながらの質の良い襟付きのシャツに翡翠のループタイをつけて入って来た男性はいかにもお金持ちという雰囲気だ。
(店の常連さんかな。ヨボヨボだ。はぁ~、なるべく年は取りたくないものだ……)
私は男性からさっと目を逸すと再び目を瞑った。
私の隣に座っているママは自慢の爪に揺れるチャームに夢中で男性の入店してきたことに気がついていない様子だ。
「ひ、ひめさん……」
老齢の男性は入口横のカウンターを手摺代わりにゆっくりと歩を進め、しわがれた声を喉から絞り出すように私のママの名前を呼んだ。
「秀さん!」
老人の声に呼応してママは急いでソファーから立ち上がると老人に向かい細いピンヒールの踵を鳴らしながら駆け寄っていった。
私はママの高揚したような声色とは反対に想定外の老人の登場に憔悴し、その場で動けなくなってしまった。
「うそ……あの人が新しいパパ!?」
古時計の針が狂い、時計の示す時刻が数分巻き戻る。
それと同時に先程、聞いたばかりのあの不協和音の多い旋律が再び店内を駆け巡りながら、私に人生の終わりを告げたのである。
*
古時計は最期のオルゴールの音を弾き出すと時計の針を動かすのを止めしばしの眠りについた。
老齢の店主がカウンターの引き出しから薇を取り出し時計の螺子を巻いた。
時計は気だるそうな動きの後、再び針を進める。
ママは私に昨夜、今日逢う男性のについて少し教えてくれてはいた。
男性は大地主。お金持ち。
仕事でママの勤めている会社に来たのがきっかけで付き合い始めたということ。
巨人ファンで野球好きということ。
偶に地元チームの草野球の審判をするということ……。
(ママ、話を大袈裟に盛ったな……。まぁ、いつもの事だけど、さすがに…ないな)
私はそんなことを考えながら男性を見た。
男性は、白髪だが髪は少なくない。
腰は曲がってしまっているので、背の高さは分からないが、半袖のシャツからのびた腕はまるで老木だ。
不健康そうに血管が浮き出ている。
更に両手の甲まで注射の跡と思われる紫色の痣が所狭しと並び、痛々しく私の瞳に映る。
*
「……」
「南、この人が橘秀雄さん……。秀雄さん、この子が娘の南です。母一人で育ててきたので、もうすぐ中学なのに礼儀知らずで挨拶もできず……お恥ずかしい限りですわ……」
私は母親のいつもは使わないような慣れない丁寧な言葉遣いで話す、たどたどしい日本語に呆れながら、冷めたブラックコーヒーの器に口をつけた。
男性は簡単な挨拶の後、私の前の席に腰を下ろした。
私は、男性の注文したホットコーヒーが席に届くまでメニューを見る為に分厚い老眼鏡を掛けたままの老人と、目を合わさないように携帯の画面と向き合っていた。
✴
そのあとのことはよく覚えていない。
だが、自慢げに二人が馴れ初めを話していたということだけは記憶にある。
いつもうるさいと感じる甲高いママの声でさえ今の私の耳には届かなかった。
ショックという言葉では言い表せない淀んだ感情が私の中で蠢いた。
ショックを通り越して抱いたのは恐らく怒りに似た感情だ。
(少し年上ってママの嘘つき。おばあちゃんより年上の人と結婚する気なの?……。この人、あと余命、何年なの?すぐにバツ2の未亡人になっちゃうよ……。ママの老後の世話はどうする気なの?まさか私に橘さんの介護しろとか言って……)
頭の中で理想と現実は違うんだとは分かってはいたものの、余りに残酷な現実に私はショックを隠し切れなかった。
2人の自慢話がいつまでも終わらないので、無性にのどが渇いてきた。
私はブラックコーヒーの残りを一気に飲み干した。
*
私は授業参観に両親が揃って参観する友だちが羨ましかった。
1年ほど前、 2人目のパパと私のママが一度だけ揃って授業参観に来てくれた時、「南のパパ、カッコイイね」と親友の唯に言われたことが誇らしかった。
私は今回も少なからず、ママが連れてくるパパの容姿と年齢に期待してしまっていたので絶望感が半端ない。
2人目のパパがいなくなったあの日、ママが 「世の中ね、顔かお金なのよ」 そう、酒を浴びるように飲みながら言っているのを聞いたが、ママは今度は【顔】ではなく、【金】の方を選んだようだ。
暫く、自問自答を繰り返すと私の心は整理できない淀んだ感情と怒りで涙が溢れ出てきた。
そして私は決心した。
ガンッ
「ごめん。私、無理……。ママ、さようなら。今まで育ててくれて…ありがとう……」
バンッ カラン カラン
「ちょっと……南、待ちなさい!」
整理できない淀んだ感情と怒りで涙が溢れ出てきて感情を制御することもママにかける最後の言葉さえも上手く選ぶことができなかった。
私は、ただ喫茶店のドアを乱暴に開け、外へ飛び出して来たことだけは記憶にある。
(もう、嫌!今世、親ガチャ大ハズレ!ママのワガママには付き合いきれない。もう、限界だ。神様がいるならもう一度人生をやり直したい……)
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