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岩沢和文

31、→仔猫←

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おいらは和文かずふみ。 

前世は人間。 

 今、猫に転生して猫生じんせい謳歌おうかしている。   

白の地にオレンジと黒のまだら模様の毛皮。 

寸胴ずんどう体型。 

鼻の上には黒いブチの模様が大きな鼻の穴の様に染みついている。

猫に生まれ変わってまで醜悪なのは実に悲運である。

家族は母猫とおいら、それに姉妹が5匹。 

おいら以外は皆、かわいらしい容姿だったので生後すぐにもらわれて行った。  

母猫は、おいらをあわれむような眼で時々、眺めてくるが、これと言って詮索せんさくはしてくる様子はないので居心地はまぁまぁだ。 


* 

けい、危ない!!」


これが前世、最期の記憶。 

おいらが前世、最期に叫んだ言葉だ。  

おいらは死の直前、親友のけいの前に何の前触れもなく現れた黒塗りの大きなバスにかれそうになった彼を守る為、バスの前に立ちふさがった。

 ガンッ ドン ドサッ 


「うっ」 


おいらの巨体をいても停まらないくらいバスはもうスピードでけいとおいらの頭上を通り過ぎた。 

 そしてあり得ない角度で再度、おいら達をバスの前方の車体で突き飛ばすと満足したように高い音のクラクションを鳴らし、どこかに消えて行った。 

中から誰か出てきた気配がしたが、おいらはひどい頭痛がしてその時のことをはっきりとは覚えていない。



「おい!和文かずふみ和文かずふみ、大丈夫か?」


おれ池田圭いけだけい。愛知県出身。 

今は親父おやじの転勤の都合で東京の下町の市立中学に通っている。 

 お袋は、いつも家にはいるが俺を空気の様に扱い、世話はしない。 

だから俺の髪や爪はいつものびっぱなしだ。 

 そして今しがた俺たちは運悪く黒い大型バスにかれた。

 隣で道路にうつ伏せになっている親友の和文かずふみは頭部が欠損してしまっている。  

多分、即死だ。
 
親友の身体からだから泉のように流れ出す血を止める術なく、俺は声を掛け続けた。すると……
 

「う、ん、ん。あれ?けい?大丈夫?よかった、無事!?じゃないよね……」 


和文かずふみは目を覚ますと急いで上体を起こし、俺の赤く染まった右半身と呼ばれていた部位を触り、き出しの骨を触りながら叫んだ。  


「いや、いや。和文かずふみ。俺からするとお前の方がやばいと思うんだけど……。お前、今、首から上がないぞ」  
 

その時、俺はやっと自分死んでいる事に気がついた。 

でなければ頭部のなくなった和文かずふみと会話なんか出来っこない。 

俺は和文かずふみの肩から上の部位がなくなっているのに話せることの奇怪さに困惑した。 

そしてこの状況でさえも自分の身体からだよりも他人の身体からだを心配できる親友の優しさに思わす笑ってしまった。  


「えっ。うそ!おいら今、頭ないの?じゃあ、どこから声出して息してんの?」 


俺と同じ疑問を抱き、顔のない状態であせる親友を尻目しりめに俺は周りを見まわした。


すると公園の前の横断歩道から10メートル位離れた場所に俺と和文かずふみの抜けがらが重なり合うようにして血塗れのまま倒れているのを見つけた。

和文かずふみは肩から上が、俺は右半身がつぶれた状態に見える。

どう考えても蘇生そせいは難しい……。

そしてしばら周囲あたりを見まわしていると夕焼けを背に救急車のサイレンの音が俺たちのいる道路に近づいてきた。  

その救急車の進行をはばむように10人を超すであろう野次馬やじうま達は、スマホを片手に騒ぐ姿が見受けられた。 

 その場の誰もが動画を取ることに夢中で人命救助じんめいきゅうじょの為に動こうなどという素振りを一切見せない。 


「……もうダメだって分かってても足搔あがけよな。 リア充共。世の中、腐ってんな。あれが人間のすることかよ」 


俺は自分の亡骸なきがらを踏みつけながら野次馬やじうまに背を向け公園のベンチに腰を下ろし今後、どうしようかと考えた。

取りえず俺は、残った身体からだを引きずりながら公園のベンチを目指した。 


けい、待ってよ……」


俺の後ろから和文かずふみが折れた太い足を引きずりながらついて来る。 

すると俺の眼に、ある衝撃的な光景が映った。 


「なぁ、和文かずふみ、アレ、見えるか」


俺は公園の入口に立つと黄色のベンチの横に見覚えのある大きな黒塗りのバスがあるのを見つけ和文かずふみに問いかけた。 

それと同時に和文かずふみの顔が無くなっているのだという事実を思い出した。 

俺は親友にひどい問いかけをした事を謝ろうと振り返ったその瞬間 、


「ん~。何だろう?ロンドンバスみたいだけど、色が黒いね。さっき、おいらたちをいたバスに似てるけど、バンバーへこんでないよね……」 


和文かずふみ、顔がないのに見えるし、話せるし、聞こえるってすごいなぁ!」 


俺は和文かずふみの冷静な返答よりもその奇怪さに興味がいて身体からだが熱くなった。 


「おい、けい。俺はお前の実験道具じっけんどうぐじゃないんだ。大切にしてくれよ」


俺は失った右半身を和文かずふみに支えられふたりでゆっくりとバスの入り口を目指し歩き始めた。 


バスの入り口に辿たどり着くとバスは待ってましたとばかり赤い舌のような形の梯子はしごを出し俺たちを迎え入れた。


「っ。これに乗るの?」


バスの入り口に近づくと和文かずふみおびえたような声で俺の左手を握りつぶやいた。 


「乗ろう。どうせ、俺たち死んでるんだ。身体からだもめちゃめちゃ。これ以上ヤバイ事にはならないはずだ」 


俺は勇気を振り絞り、バスの壁に身体からだを沿わせて中に入っていた。すると


「っく。まぶしい……」


バスの中は昼でも車のハイライトと同じくらいの閃光せんこうのライトがたかれていて目が慣れるまでは目が焼けるように熱かった。 


そして徐々に目が光に慣れてきた時に見えた光景に俺は驚き、身体からだが固まってしまった。

バスの中は白色のガチャガチャの機械で天井から床までびっしりとめ尽くされていたのだ。

和文かずふみはバスに入った俺の肢体からだを見た後、自分の顔と呼ばれている部位を触りながら歓喜の声を上げた。 


けい。君の右手、再生してるよ。おいらの頭も、ある。よかったぁ」


「お互い、相変わらずの不細工だがな……」


 「そんなこと言うなよ、けい。不細工はお互い様だろ?」 


そんないつも通りの姿でいつものような他愛のない会話をしながら俺たちは元の姿の親友との再開をしばし楽しんだ。 

 そして俺たちはくだんのバスの中に押し込められたガチャの機械中身を次々にのぞき込んでいった。

気が付けば、外はいつも通りの静けさを取り戻し、ふたりの存在を隠すように闇深く、奈落ならくのような冷たい空気をまとっている、そんな時刻になっていた。 

* 

「結論。ガチャガチャは青、赤、黄、緑、黒の5種類のカプセルがある。それと中身は恐らく缶バッチ」

けい、こっちには白いのもあるよ」 

「そうなんだ。じゃぁ、カプセルの色は6種類。で、どうやら、青は壮年そうねんの男女、緑は動物、黄色はせこけた鬼、赤は岩山?、黒はどのカプセルも絵柄が見えなかったんだよなぁ……」 

「白も缶バッチが裏側を向いていて絵柄はわからなかったよ」

和文かずふみは弱々しくそうにそう吐き捨てると俺たちはバスの床に座り込み缶バッチの中身を精査した結果の討議を重ねた。


「……ねぇ、けい。これなんだろう?」 


和文かずふみは突然、現れた壁にられた毛筆の文字を指さし首を傾げた。 


「何なに、自分の未来は自分で切り開け。君は今、人生の分岐点ぶんきてんに立っている。ポケットからコインを取り出してガチャを回せ。地獄じごく沙汰さたも運次第。君の未来にさちあることを願う?」

「「これって……」 」


和文かずふみは魚のあぶらで少し光沢を帯びたコインを手の上に乗せながら叫んだ。 

 俺の学ランの少しふくらんだ右ポケットにも知らず知らずの内に和文かずふみの持っている物と同じコインが入っていた。


「「……て、ことは!?」」 


同じ言葉を重ねた俺たちは自分の引くガチャガチャを決めるべくガチャガチャの機械をのぞきまくった。 

 だが、どのコインも次に出てくるカプセルを当てることは出来ないような構造になっているらしく全く見当がつかない。 


「運か。もう、運でしかない。決めた。俺はこれにする。和文かずふみは?」 

「おいらは、これ!」


俺の選んだガチャは右側の1番高い所の機械だ。 

対して和文かずふみは真ん中あたりの回しやすい所の機械を選んだ。 

 さっき見た時に白色のガチャガチャがあったと言っていたところだ。 


「じゃぁ、いっせいのせで回すぞ。いっせいのせ!」


 ガチャガチャ ガチャ……


俺たちは自らの意思でハンドルを回した。 

俺が選んだ機械からは出てきたのは緑色のカプセルに入った景色だけが印刷されている缶バッチだった。 

壁紙は白。あとは白いソファーとピンク色のカーテンが特徴の女の人の部屋だと思われる写真が使われついた。 

その写真を見た瞬間、俺は眠気にいざなわれ温かい、優しい眠りについていった。
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