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冥府①

14、→素手です←

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私は冥府めいふべる十王じゅうおう一人ひとり。 

通り名役職名五道転輪王ごどうてんりんおうと言う。 

私は 数ヶ月前、人間を使ったリアルな【親ガチャ】という名前のシステムを冥府めいふに導入する事を十王会議じゅうおうかいぎで提案をした。

そして試しに寅也ともやという人間の青年を被験者にして特別な護符ごふをつけたガチャガチャの機械を回させてみた。

彼は親ガチャのおかげで2度、冥府めいふを経由せずに今世に転生することに成功した。 

結果はまずまずと言ったところか。 

その後も数十人の自殺志願者に対してシステムを試行してみたが、切羽詰せっぱつまった人間たちの願望というものは抽象的でまとを射ていない。

なので、傍観者ぼうかんしゃの私から見るとまずまずの結果でも、当事者たちの希望に沿う結果を出すことは容易ではなかった。 

親ガチャ・対象者の条件は2つ。 

1つ目は被験者が親から理不尽な態度、罵声ばせい、暴力などを受けて現世でどう足搔あがいても幸せになれないと推測される事。(所謂いわゆる、【親ガチャ外れ】)  

2つ目は、現世で心の臓が停止する直前までに私が気まぐれに決めた【回文】を言うことが条件だ。  

今のところ、この条件以外でシステムが作動したことはない。

親より先に死んだ死者は一部の例外を除き、さいの河原で親が死ぬまで苦行を積む。 

このシステムのお陰で不幸な子ども達が減った事は喜ばしい事なのだが……。
 
 コケコッコー 

私はそんな悩みを抱えながら一番鶏いちはんどりの鳴く声に急かされて寝台からゆっくりと上体を起こした。 

起きがけにまずは、朱色の衣を着た侍従じじゅうの小鬼の差し出した白湯さゆをゆっくりと飲み干す。

そして長い溜息ためいきをついた後、天蓋てんがいに掛けられた薄布を見上げた。  

私は朝に弱いので、ゆっくりと身支度を整える為、日の出の一番鶏いちはんどりの鳴き声と共に起床するのが日課だ。   


「キュー……」


寝台の左隣に置かれた藤籠ふじかごの中には栗色くりいろの小さな毛のかたまりがモゾモゾと動いいる。

その後、かぼそい声で鳴きながら山梔子くちなし色の布団からひょっこりと頭を出した。 

くだんの生き物は、耳はうさぎほど長くはないがきつねほど大きくもない。

顔立ちはまるでねずみのような生き物だ。 

 首の辺りには白い逆三角形の模様が顔をのぞかせている。 

目は黒く大きい。 

ひげは若々しく斜め上に伸び毛並みのつやもよいどんぶりくらいの大きさの生き物だ。  

私は朱色の湯呑ゆのみから白湯さゆをゆっくりと飲み干すと小鬼の差し出した盆の上にそっと置き、その生き物の頭を優しくぜた。


 「詩夏シーシおはよう。今日とっても怖い夢を見てしまったわ」


そう言うと私は大きくもない身体からだを縦に伸ばしながら顔にかかった髪を払い、姿見すがたみの前に立った。


そして昨日の夜に選んだお気に入りの深紅色の地に牡丹ぼたん刺繍ししゅうほどこされた衣にそでを通す為、腰紐こしひもを解き、襦袢じゅばん姿になると侍従じじゅうが衣を着せてくれるのを静かに待った。  

 シュッシュ シュッシュ 

有能な侍従じじゅうによる着替えは髪結いを含め四半刻1時間程で終わる。


「……娘娘、にゃんにゃん準備が整いました。こちらをどうぞ」 


侍従じじゅうは私の帯を締め終え、髪を整えると黒い盆の上に載せた朱色のひもチョーカーを私の前に差し出した。 


「いつも、ありがとう……」


そして私は盆の上に載せられたほそめの朱色のひもチョカーを細い指でつままんだ。 

鏡の前に立つ白く美しい私の首の後ろ辺りには薄く細長い刀傷のようなあとが何本か見受けられる。 

その傷痕きずあとを隠すように私は後ろの髪を持ち上げチョカーを首につけた。 


「うん、完璧!」 


鏡に映った私は自信に満ちた表情で微笑んでいる。



「今日も休日出勤だけど1日頑張ろう!!」  
  

鏡に映る私の双眼は今日も冥府めいふの朝の陽を浴び、緑玉エメラルドに美しく輝いていた。  

*  
 
冥府めいふの夏の朝は人間道にんげんどうと同じで静かで少し肌寒い空気をまとっている。

 今日は、待ちに待った休日だ。

冥府めいふにも休日がある。 

人間道にんげんどうは基本、週休2日制なので冥府も30年ほど前に人間道にんげんどうに合わせて週休2日制を導入した。

冥府めいふの休日は友引ともびき大安たいあんの週2日間だ。

大安たいあん友引ともびき人間道にんげんどうで葬儀がり行われる数が少ないので、冥府めいふの役人の休みをとるには好都合だった。  

そんな人間道にんげんどうでいう大安たいあんのこと。

 私はまった仕事を片づけるため、休日を返上して執務室に向かった。 

 死ぬことの許されない私は理不尽な仕事の為だけに日々、生かされている。  

* 

最後のにわとりが最後の力を振り絞り、日の出を告げた頃。

私は短く切りそろえた自分の爪を優しくさすりながら愚痴をこぼしていた。

美しい緑玉エメラルドの双眼の上の眉間みけんには不似合いなほど深いしわが寄ってしまっている。 

 今日の私は髪は縛らずに腰の辺りまで伸ばしたまま先を銀の髪飾りでめただけの簡単な髪型をしている。 


「ねぇ、、カプセルに缶バッチ入れるのすっごく面倒。カプセルに自動で缶バッチを入れられる機械造って……、ね?」 


私はそう、愚痴をこぼすと真新しいからの青いカプセルの口をけ、彼の方を見ないまま話を振った。  

今日も私は休日出勤をして、独自のルートで人間道にんげんどうから輸入した真新しいガチャガチャのカプセルに手作業で缶バッチをめるという苦行をしている。
 
自分自身でいた種とはいえ1時間に66個のカプセルに缶バッチを入れるというノルマは正直、厳しい。 


「予算的に厳しいですね。五道ごどう様が私費・・を出していただけるなら検討しますが……」


からになった段ボールをたたみながら布口面マスク越しに冷たく答えた。  

彼は休日なのにいつもと同じ白い官服を着て鼻から下を白い布で覆い隠している。 

彼の顔には鼻と呼ばれている部位がないのが布の隙間すきまから時々、垣間見える。  

彼は醜悪な鼻を隠す為に普段は衣と同じ色の布口面で目から下を覆い隠しているのだ。  

彼は鼻以外、髪は黒くあでやかな若い成りの男の姿で黒髪を団子に結い上げた顔の造りは美しい。 
 
こんなに美形の鼻をぐなどと、実にもったいない事をしたバカな罪人もいたものだ。 


「……五道ごどう様、【おのいで針にする】と言う格言がございます。どんなことでも小さいことをコツコツと積み上げることで大きな目標も達成できるという意味です。ですので……」


はそう言うと私の方を向き、袋から残りのカプセルを床にバラまいた。
 
私の愚痴に耐えかねたのか、はいつもの高説長い説教を気持ち良さそうに語り始める事にしたようだ。 


「で、でも……針が欲しければ、針をとって来れば、いいじゃない。ここから半刻1時間くらい、火車かしゃを飛ばして地獄じごくの針の山まで行って拝借はいしゃくして来た方がよっぽど効率的だと思うけど?毎日、徹夜してもいでもおのから針を作るまでに100年以上かかるじゃない。すごく非効率よ!」 


「……!?。はぁ~」


は自分の言葉に被せられた私の言葉を聞き終えると長談義ながだんぎをするのを止め、深い溜息ためいきをついた。

そして私の側に座り、うつむいた顔をのぞいて優しく笑う。 

今、私は機嫌が悪いのでほおに空気をめ、子どものようなれっ面をつくっている。 


(針の例え話が悪かったか……。でも、まぁ 五道ごどう様にどんな例え話をしても所詮しょせん釈迦しゃかに説法、何だろう……。|あ、五道ごどう様は釈迦《しゃか》じゃなくて如来にょらいか) 


そうこう考えた様子のは深い溜息ためいきをつくと私に背を向け諦めたように無言でカプセルに缶バッチを入れる苦行を再開した。  

この苦行が終わるまで、私たちは言い合いになることを恐れ、二人ふたりとも全く口を開かなかった。
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