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冥府①
12、→相談とんだ嘘←
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晩春の夕方のような肌寒い空気の中、私・播金は、地蔵菩薩の宮殿を出ると人気のない裏庭に月見に出掛けた。
日は沈み掛け、辺りは薄暗い。
まだ、月は傾き始めたばかり。
月見と言える程、辺りは暗くはない。
夕陽の映る昔は白かったはずの寿服は今では血染めで朱色にすっかりと様変わりしている。
月見に訪れた地蔵菩薩の宮殿の裏手には三途の川が流れている。
ここの川の水は 死者が冥府に到着した当日、裁判のため渡らされる三途の川の下流とは違い、桃源郷から流れてくる清水。
うわさ通り支流はを穏やかに流れ、夕日の光を浴びて七色に光る美しい色をしていた。
その川の近くには蓮の池がある。
池に自分の姿を映してみると千年前よりも大分痩せこけてみすぼらしい自分の姿がおぼろげに映っていた。
全てがみすぼらしい。
ただ、朱色の瞳だけは今、着ている衣と相まって美しい……。
そうこう考えて水に浸した指先が寒さで赤くなってきた頃、私は後ろから背丈が6尺程もある大男に声を掛けられた。
「五道殿?」と。
知らない男だった。男は髪の色は金。
髪の長さは肩まであり、髪をいくつかに分け細い三つ編みを作り結っていた。
大男と言ったが、巨漢ではなく、細身のがたいのいい男だ。
(五道殿?……そう言えば、あの私の片割れは冥府でそう呼ばれているんだっけ?)
「千手観音様!お待ちくださいませ……」
男の後を派手な金色の衣を着せられた小鬼が短い足を精一杯にバタつかせ、胸の前には大きな紫色の包みを抱えて必死に走り寄ってくるのが見えた。
「……はぁ~ 。やっと追いついた」
小鬼は主の裾をやっとの思いで捕まえたと思い、一息つくと歩みを止め私をじっと見上げた。
「ありゃ?これは失礼おば致しました。五道様。どうかお許しを……」
そう言うと小鬼は頭を地面に擦りつけ土下座をして私の衣を引いた非礼を詫びた。
他人の頭を見下す。
実に気分がいい光景だ。
小鬼は頭をゆっくりと持ち上げると短い首を精一杯伸ばし、男の顔を見上げると大きな目を更に見開き目配せをした。
千手観音はその目を見て小鬼の言いたいことを感じ取ると
「お茶でも如何かな?」
突然、私の前に膝を折り自身の右手で私の右手を優しく包み接吻をした。
そして素早く立ち上がると自身の薄用の羽織を私の肩に掛け、私邸に私を誘うために夕闇を急いだ。
*
千手観音の私邸は地蔵菩薩の宮殿のすぐ隣、都市王の宮殿に併設されている。
部屋の数は多くはないようだ。
彼の主だった仕事は人間道や畜生道への仏教の布教なので、天道にいる期間は1年のうち半分ほどらしい。
因みに明日から馴染みの寺院の僧侶に呼ばれ人間道へ半年間、長期出張する予定だそうだ。
カチャ カチャ
「では、五道様。ごゆっくり……」
キー ガチャッン
千手観音の 部下の小鬼は千手観音の私邸に到着すると急いで客人用の茶器を用意し、ふたりを部屋に残して部屋の鍵を閉めて行った。
部屋には出入りできる扉以外、東側に四角い窓が1つしかない。
残りの壁には、3面に2段のガラスケースの棚、北の真ん中には黄金の冠が飾られている。
他のガラスケースの中にも黄金に輝く法具や武具のようなものが置かれている。
だが、紫の布が置いてあるだけの窪みもいくつかあり全ての法具が今、この部屋の中にあるわけではないようだった。
✴
「……」
私は蝋燭の炎の中で揺れるその美しい法具を瞳に映しながら、千手観音が入れる茶の湯が茶海から聞香杯に注がれるのを静かに待った。
「さぁ、出来た。冷めないうちに、どうぞ」
「ありがとう……」
私は千手観音に出会った時からどのように妹のふりをしようかと思案していた。
が、千手観音に突然、当たり障りのない会話を振られ、言葉を選び間違えてしまったようだ。
妹だったらどんなに身分の低い人であってもよほど心を開かない限り、敬語で返事をしたはずだった、と。
昔のこと過ぎて妹の性格など忘れていた。
いつもとは違う女の言葉遣いに少し動揺の色を見せた男であったが、すぐに美しく映ろう双眼の色の虜になり、男は恥ずかしそうに髪を掻き上げ、赤面を隠すように横を向いた。
「熱いうちに、どうぞ」
「はい、こくっ。……美味しい、です」
口の中に広がる茶の味は千数百年ぶりに味わう懐かしい甘味だ。
幸せの味がする……。
三口みくちほど茶を口に含み喉に通すと肺の中まで香気でいっぱいになった。
「はぁ~」
私は溜息の後、微睡んだ目で男を見上げた。
男は怪しく移ろうその双眼を持つ目の前の女に夢中になっているようだった。
「ん、んっ」
わざとらし過ぎる咳払いの後、男は自身の持つ宝具について長い自慢話が始めた。
内容は、簡潔にまとめると千手観音は御開帳の時だけ10個の顔のついた冠と40本の義手をつけるということ。
義手にはそれぞれ決まった武具や法具を持つこと。
これがかなり重いので連休は十王の第1席の秦広王と筋肉を鍛える為に修羅道の道場に通っていることなどを話した。
この自慢話は法具についての蘊蓄も一つ一つ話すので冥府でも悪評が高く、苦行は一刻程続くと噂では聞いていたが、想像以上だった。
だが、私は久しぶりの茶会なので文句も言わず、ゆっくり茶と菓子を楽しむことにし話をほとんど聞き流した。
それでも千手観音の話が終わったのは私自身で注いだ10杯目の茶が器から消えた時刻となったのは苦痛だった。
苦行の自慢話が終わる頃、男は私の顔を恐る恐る見たが、私の表情に疲れや嫌悪の色は全く見られなかったようだ。
寧ろ暗闇で好奇心に満ちた朱玉の瞳は欄欄と輝いていたことだろう。
「何度聞いても素晴らしいお話ですわね。それで、明日、早朝に……」
バタンッ
その言葉を言い終わらないうちに東風が吹き、部屋に1つしかない窓が音を立てて閉ざされた。
この後、ふたりが何を話したかはふたりだけの秘め事になった。
最後に見えた彼らの姿は女が男の手を自分の懐に引き寄せていく妖艶な横顔であった。
日は沈み掛け、辺りは薄暗い。
まだ、月は傾き始めたばかり。
月見と言える程、辺りは暗くはない。
夕陽の映る昔は白かったはずの寿服は今では血染めで朱色にすっかりと様変わりしている。
月見に訪れた地蔵菩薩の宮殿の裏手には三途の川が流れている。
ここの川の水は 死者が冥府に到着した当日、裁判のため渡らされる三途の川の下流とは違い、桃源郷から流れてくる清水。
うわさ通り支流はを穏やかに流れ、夕日の光を浴びて七色に光る美しい色をしていた。
その川の近くには蓮の池がある。
池に自分の姿を映してみると千年前よりも大分痩せこけてみすぼらしい自分の姿がおぼろげに映っていた。
全てがみすぼらしい。
ただ、朱色の瞳だけは今、着ている衣と相まって美しい……。
そうこう考えて水に浸した指先が寒さで赤くなってきた頃、私は後ろから背丈が6尺程もある大男に声を掛けられた。
「五道殿?」と。
知らない男だった。男は髪の色は金。
髪の長さは肩まであり、髪をいくつかに分け細い三つ編みを作り結っていた。
大男と言ったが、巨漢ではなく、細身のがたいのいい男だ。
(五道殿?……そう言えば、あの私の片割れは冥府でそう呼ばれているんだっけ?)
「千手観音様!お待ちくださいませ……」
男の後を派手な金色の衣を着せられた小鬼が短い足を精一杯にバタつかせ、胸の前には大きな紫色の包みを抱えて必死に走り寄ってくるのが見えた。
「……はぁ~ 。やっと追いついた」
小鬼は主の裾をやっとの思いで捕まえたと思い、一息つくと歩みを止め私をじっと見上げた。
「ありゃ?これは失礼おば致しました。五道様。どうかお許しを……」
そう言うと小鬼は頭を地面に擦りつけ土下座をして私の衣を引いた非礼を詫びた。
他人の頭を見下す。
実に気分がいい光景だ。
小鬼は頭をゆっくりと持ち上げると短い首を精一杯伸ばし、男の顔を見上げると大きな目を更に見開き目配せをした。
千手観音はその目を見て小鬼の言いたいことを感じ取ると
「お茶でも如何かな?」
突然、私の前に膝を折り自身の右手で私の右手を優しく包み接吻をした。
そして素早く立ち上がると自身の薄用の羽織を私の肩に掛け、私邸に私を誘うために夕闇を急いだ。
*
千手観音の私邸は地蔵菩薩の宮殿のすぐ隣、都市王の宮殿に併設されている。
部屋の数は多くはないようだ。
彼の主だった仕事は人間道や畜生道への仏教の布教なので、天道にいる期間は1年のうち半分ほどらしい。
因みに明日から馴染みの寺院の僧侶に呼ばれ人間道へ半年間、長期出張する予定だそうだ。
カチャ カチャ
「では、五道様。ごゆっくり……」
キー ガチャッン
千手観音の 部下の小鬼は千手観音の私邸に到着すると急いで客人用の茶器を用意し、ふたりを部屋に残して部屋の鍵を閉めて行った。
部屋には出入りできる扉以外、東側に四角い窓が1つしかない。
残りの壁には、3面に2段のガラスケースの棚、北の真ん中には黄金の冠が飾られている。
他のガラスケースの中にも黄金に輝く法具や武具のようなものが置かれている。
だが、紫の布が置いてあるだけの窪みもいくつかあり全ての法具が今、この部屋の中にあるわけではないようだった。
✴
「……」
私は蝋燭の炎の中で揺れるその美しい法具を瞳に映しながら、千手観音が入れる茶の湯が茶海から聞香杯に注がれるのを静かに待った。
「さぁ、出来た。冷めないうちに、どうぞ」
「ありがとう……」
私は千手観音に出会った時からどのように妹のふりをしようかと思案していた。
が、千手観音に突然、当たり障りのない会話を振られ、言葉を選び間違えてしまったようだ。
妹だったらどんなに身分の低い人であってもよほど心を開かない限り、敬語で返事をしたはずだった、と。
昔のこと過ぎて妹の性格など忘れていた。
いつもとは違う女の言葉遣いに少し動揺の色を見せた男であったが、すぐに美しく映ろう双眼の色の虜になり、男は恥ずかしそうに髪を掻き上げ、赤面を隠すように横を向いた。
「熱いうちに、どうぞ」
「はい、こくっ。……美味しい、です」
口の中に広がる茶の味は千数百年ぶりに味わう懐かしい甘味だ。
幸せの味がする……。
三口みくちほど茶を口に含み喉に通すと肺の中まで香気でいっぱいになった。
「はぁ~」
私は溜息の後、微睡んだ目で男を見上げた。
男は怪しく移ろうその双眼を持つ目の前の女に夢中になっているようだった。
「ん、んっ」
わざとらし過ぎる咳払いの後、男は自身の持つ宝具について長い自慢話が始めた。
内容は、簡潔にまとめると千手観音は御開帳の時だけ10個の顔のついた冠と40本の義手をつけるということ。
義手にはそれぞれ決まった武具や法具を持つこと。
これがかなり重いので連休は十王の第1席の秦広王と筋肉を鍛える為に修羅道の道場に通っていることなどを話した。
この自慢話は法具についての蘊蓄も一つ一つ話すので冥府でも悪評が高く、苦行は一刻程続くと噂では聞いていたが、想像以上だった。
だが、私は久しぶりの茶会なので文句も言わず、ゆっくり茶と菓子を楽しむことにし話をほとんど聞き流した。
それでも千手観音の話が終わったのは私自身で注いだ10杯目の茶が器から消えた時刻となったのは苦痛だった。
苦行の自慢話が終わる頃、男は私の顔を恐る恐る見たが、私の表情に疲れや嫌悪の色は全く見られなかったようだ。
寧ろ暗闇で好奇心に満ちた朱玉の瞳は欄欄と輝いていたことだろう。
「何度聞いても素晴らしいお話ですわね。それで、明日、早朝に……」
バタンッ
その言葉を言い終わらないうちに東風が吹き、部屋に1つしかない窓が音を立てて閉ざされた。
この後、ふたりが何を話したかはふたりだけの秘め事になった。
最後に見えた彼らの姿は女が男の手を自分の懐に引き寄せていく妖艶な横顔であった。
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