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木村寅也

7、→奇跡←

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俺は次に目を覚ますとベッドの上にいた。  

病院のアルコール臭のひどいベットの上ではない。 

清潔な真っ白なシーツ。

柔らかくて軽い羽毛布団に包まれて目を覚ましたのだ。 

その温かさは、今までに感じたことがないような優しい暖かさだった。  


「ここは……どこだ?」 


周りを見渡すとベットの隣には大きな白い加湿器が置かれ、レースの薄いベージュの布が天井から垂れ下がっているのが見える。  

枕元の机に置かれた金時計の短い針は数字の6を指していた。

まだ、あたりは薄暗い。 

カーテンの隙間すきまから見える景色から推測するにここは学校よりもはるかに高い建物らしい。 

隣の部屋からだろうか。

肉とパンの焼ける香ばしい匂いがする。 

俺は空腹のあまり匂いに誘われドアノブに手を掛けた。   

ガチャ  キーッ


「おはよう!寅也ともや」  

「……」


部屋を出ると長い廊下の向こうにリビングだと思しき広い空間が広がっていた。 

リビングの向かいのキッチンにいた甲高い声でしゃべる女性は、俺がリビングに顔を出すとフライ返しを手に笑顔で話しかけてきた。  

フリルのたくさんついた真っ白なエプロンと赤い口紅が印象的なきれいな女性だ。 

 
「おはよう。寅也ともや、今日は早いな」


シルクのしわ一つない真っ白なワイシャツを優雅に着こなした男性は俺がイスに座るとコーヒーを飲む手を休めて声をかけてきた。 


「……おはよう……ございます」 

「はい。寅也ともやにはいつものホットミルク。朝のリビングは少し寒いから寝起きの身体からだを温めなきゃね」

「ありがとうございます……」  


俺は女性の出してくれた寝起きのホットミルクを飲み一息ついた。

その後、ふたりを改めて見ると服装は違ってはいるが、あの缶バッチの女性と男性だと気が付いた。  

机の中央には女性の口紅と同じ朱い薔薇バラが一輪、細長い花瓶かびんに飾られている。 

 起きたらいきなり他人の家。俺はどうしていいか分からず、出された豪華な朝食を前につばんだ。  


「なんだ親に敬語で話なんかして。反抗期はんこうきか?まぁいい。冷めないうちに、早く食べなさい。今日のスクランブルエッグは美味うまいぞ」 

「ふふっ。パパ、今日は珍しく私の料理をめてくれるのね。今日が結婚記念日だからかしら?寅也ともやは昨日、学校の帰りにお花を買って来てくれましたよ。本当に優しい子に育ってくれてママはうれしいわ」  

「ハハッ、ママが作る料理はいつも美味いよ。なぁ、寅也ともや?そうだ。今日は、学校が終わったらすぐに帰ってきなさい。パパとママの結婚記念日と寅也ともやのヴァイオリンの最優秀賞のお祝いもするぞ。本家のおじい様もおばあ様もご一緒だ」  


そう言うと、優しい顔をしながら男性はほこらしそうに笑った。

 そして朝食時に紡がれる両親の子どもの成長を喜ぶような愛情のこもった声音。

明るい笑い声の響き渡る理想の家庭。

今の俺は当たり前にかけられた、その優しい声音さえも心地が悪いと感じていた。 

*  

学校に行くため自宅を出た時、俺は玄関扉の右隣りに〔石川〕と書いた表札を見つけた。

 その後、自家用車に乗り込み当たり前のように学校に向かう。

俺は 学校は今日、はじめて来たはずなのに自分の机や友だちの名前まで全て知っていた。

新しい俺。もとい 石川寅也いしかわともやとしてのそれからの日々は、きつねにつままれたような忙しい毎日だった。

*   

あれからどれくらいの平穏な日々を繰り返したのだろうか。

その年の12月、来年度の生徒会会長に立候補しないかと担任の先生から打診があった。  
 
今の俺は中学2年生の終わりの忙しくも充実した毎日をおくっている。

生まれ変わる前の俺だったら全国的にも超有名。中高一貫校の才色兼備の逸材いつざいを集めた生徒会は雲の上の存在だったはずだ。 
 
だが、転生した石川寅也今のハイスペックな俺はそんな学校の生徒会長のせきにも手が届く程、周りから見ても有能らしい。 

 会長選挙にはもう、ひとり現生徒会副会長のたわら君も立候補する。 

俺の知らない前の俺の記憶ではたわら君と俺は特別、関係はない。  

だが、俺は彼をよく知っている。昨年の生徒会長のお気に入りで2年生(選挙当時は1年生)で競争率の高い生徒会に入った異色の人物だと記憶しているからだ。
 
昨年の生徒会活動演説で見た彼は他の生徒会メンバーよりも頭1つ分でかかった。

 背も彼のカリスマ性のある独特な雰囲気もだ。

 彼は、俺と同じように自家用車で通学し、家は金持ち。 

学年の成績も常にトップクラス。 

運動はサッカーが得意で去年は夏休みに描いた絵が某コンクールで金賞を受賞している。 

人当たりもよく友人も多い。学校期待の逸材いつざいだ。  

俺も手前味噌てまえみそだが、勉強も運動もよくできると評価されている。 

絵はあまり上手くはない。

だが、今年、ヴァイオリンのコンクールで最優秀賞を受賞したらしい。  

加えて俺の父親は世襲制せしゅうせいの大会社の社長のひとり息子。 

母親は華族と士族の血を引く名家のひとりむすめ。 
 
この学園に父の部下の子女や母の親戚しんせきは多い。 

案外、簡単に票は集まると予想される。

だが、油断は禁物。俺は授業後、先生と演説用の原稿げんこうや選挙の奇策について何度も入念に話し合った。 

話し合いの結果、推薦人は幼稚舎ようちしゃからの親友で某SNSのフォロワー数、学園最多の加藤かとうにした。 

彼のネットワークを駆使した奇抜な選挙戦略は勝利に一役買ってくれるだろう。 

当選後、会計に任命することを条件に打診したらふたつ返事で快諾かいだくしてくれた。 

そして問題はあとひとつ。 選挙で使う条幅名前を書いた紙の名前をどうするか、だ。

 出馬を決めた日、俺は担任の先生に書道部の場所を聞き、名前の手本を書いてもらう為、白い息を手に吹きかけながら渡り廊下ろうかを走った。 

 ガギリッ   

 ジャラ ジャラ ……

その時、俺の上着の右ポケットから金属の擦れる耳障りな音がした。

だが、その時の興奮した俺は気にも留めることなく走り続けた。

そう、あの時の俺は、周りを気にする余裕など1ミリもなかったのだ。 
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