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It's just a magic trick, bastard!!
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「さあ、続いての出し物は1年生からです!セッティング完了まで少々お待ちください!」
司会を務める女子生徒の透き通ったアナウンス。
体育館の中ではまばらに着席した生徒たちの騒めきが響く。
ステージ上には”第32回 佐々木ヶ原高等学校文化祭”と書かれた横断幕が吊り下げられており、直前に行われた軽音楽部の催し物の跡が片付けられている最中だ。
入口からは生徒たちが続々と入ってきており、次の出し物に期待する者もいればチュロスを頬張るついでの冷かし程度にやってきた者もいる。
「なんだ、軽音楽部のやつ終わっちゃったんだ。『コズミック・ダビッドソン』だっけ?クソダセえ名前のバンドがどんな曲やってるのか見たかったのに」
「なんでもスイング・ジャズのヘヴィメタルミックスに浪曲風のパトワ語ライムを混ぜたやつらしいよ」
「・・・それ、軽音楽なの?」
雑談をしながら、生徒たちがパイプ椅子に続々と座る。
最初は綺麗に並べられていた椅子が、生徒たちが各々ずらしているので列はぐちゃぐちゃで円陣が組まれた椅子もある。
円陣を組んで座るのはガタイのいいグループで、体育会系特有のコールをステージに投げ続けており付近では眉を顰める生徒もいる。
司会進行役の快活な女子生徒が、マイクを握り直す。
「さあ、それではお待たせいたしました!早速登場していただきましょう、どうぞ!」
その時体育館中にラデツキー行進曲が響き渡ると、上手から恥ずかしそうに女子生徒が登場した。
コールを投げ続ける生徒は大抵が男子だが、女子生徒を視認した瞬間に興奮状態になった。
既にスタンディングオベーションを始める者、口笛を鳴らすもの、唐突に求婚するものや激しいフラメンコで椅子を蹴飛ばしボイスパーカッションを始めるなど反応は様々だ。
登場した女子生徒が司会からマイクを受け取ると、照れくさそうに話し始めた。
「こ、こんにちは。1年2組の花江麻衣香です・・・えっと、今日は皆さんに手品を、見せたいと思います。私はこの日の為にいっぱり練習してきました。えっと、将来は立派な手品師になって世界を笑顔でいっぱいにして、平和にするのが私の夢です。応援よろしくお願いします」
そう言い終わり、拍手の音に照れながら司会にマイクを返す。
挨拶の間、裏方を務める先生が上手からキャスター付きのテーブルを運んでいた。
テーブルには黒い布が掛けられており、トランプや箱に入ったいくつかのゴムボール、しぼんだ風船にただの石といった小物が置かれている。
「さあ、麻衣香さんは手品!ということで、ステージ上で研鑽の積まれた妙技が爆発します!さあそれでは始めていただきましょう!」
そう言いながら、手で麻衣香を指し示しながら司会者は降壇していった。
麻衣香にスイッチが入った。
指を鳴らすと、手品でお馴染みの曲が流れ出し生徒たちが集中し始める。
「それではいきます!まずは肩慣らしのトランプマジック!」
麻衣香がトランプの束を高く掲げる。
直後、生徒たちが騒めき始めた。
「おい!あれどうなってんだ!?」
トランプの束が、麻衣香の手から離れゆっくりと浮き上がる。
その時点で拍手が巻き起こったが、麻衣香はまだこれからといった様子で続ける。
52枚あるトランプの束が角度を変え、生徒たちからすれば徐々に起き上がっているように見えていた。
すると目にも止まらない速さで一斉に散らばり、空中で等間隔に整列を始めた。
ステージ上の空間に、まるで見えない壁に52枚のトランプが貼り付けられたかのような光景が広がっていた。
生徒たちは言葉も無く、皆が呆然としている。
刹那、トランプが同時に発光した。
凄まじい光に、生徒たちは目が眩む。
次に目を開けたときには、全てのトランプが燃え上がる光景が広がっていた。
観客席から歓声や悲鳴が上がりステージに燃えカスが落ち行く中、麻衣香は次の手品に取り掛かる。
ただの石を掲げて観客全員に見えるように左右に動かし、テーブルの中心に置き直す。
そして右手の人差し指を石に向けて何かを念じると、石が浮き上がった。
「これぞローリングストーンならぬフローティングストーンだぜ!」
麻衣香が高らかに叫んで体育館の向かい側を指さすと、射出された石が体育館の壁を爆音と共に突き破り、生徒たちが大きな悲鳴を上げた。
麻衣香が指の方向を変えると、石が東側の壁から西側の壁まで貫通して再び外に飛んで行く。生徒たちはパニックを起こして椅子から転げ落ち、伏せたまま泣き出している。
「戻っておいで、ストン・リー!」
そう言って指を地面に向けると、天井を破壊しながら麻衣香の足元にめり込んだ。
石からは小さな煙が上がっており、表面には燃え殻の赤熱が僅かに見える。
「さ、続いては・・・」
麻衣香が喋り出す直前に、さすまたを構えた男性教師陣が麻衣香に突撃する。
「そこまでにしろ花江!お前はやりすぎだ!」
「警視庁お墨付き!強化アルミ合金さすまた『ラセツクワガタ』をくらえーーい!!」
麻衣香が6本のさすまたに押さえつけられ、驚愕の表情だ。
「何ですか!?手品の途中なんですけど!」
「あのな、確かにトランプが燃える手品や石が浮かぶ手品はあるよ!俺も見たことがある!
でも、お前のはかわいげがないんだよ!壊れちゃだめなものが壊れてるんだから!あのね、文化祭の出し物の手品なんて、ちゃちいものでいいんだよ!」
色黒で巨躯の体育教師に続き、顔に*印の傷のある日本史教師が叱り出す。
「お前のはそもそも手品じゃないよ!魔法!超能力!サイコキネシス!!」
「ち、ちがいます!手品です!タネも仕掛けも無いただの手品です!」
「タネも仕掛けもない手品なんてないよ!お前のは特殊能力だよ!スーパーパワー!」
「だから手品ですって!・・・うらぁ!」
麻衣香が力を入れると、さすまたを持った6名が吹き飛ばされた。
一部の教諭は気絶し、他は腰が抜けたように置きあかれず麻衣香を見上げるばかりだ。
「いいですか!?続けますよ!」
麻衣香は怒り心頭であったが、深呼吸を挟むと再び笑顔で手品を再開した。
「さあみなさん、こんな手品を見ていてももう飽き飽きですよねー」
と言いながら17個のゴムボールを∞の軌道で踊らせつつ、色とりどりのしぼんだ風船を一瞬で膨らませて破裂させる。破裂したゴム片と、風船から出てきた紙吹雪やコイン、ウサギやリス、更にはヒグマやバッファローの死骸がステージ上に散らばった。
「今からもっとすごいの、お見せします!」
両腕を上手に向けて何かを引っ張り上げるような動作をする。
金属製のロッカーが凄まじい飛行速度でステージに現れたかと思うと、麻衣香が掌を向けた途端に空中に静止した。
麻衣香がゆっくり手を下方向に移動させると、ロッカーもゆっくりと下降し着地した。
「それでは、丁度ステージにいる先生に手伝ってもらいましょー!」
唐突に麻衣香が”手品”で手近な先生を浮かべる。
ロッカーの扉を開け「うわあああ!」と叫ぶ先生を中に叩き込む。
籠った声と暴れる音がロッカーから響き渡っておりグラグラと揺れているが、麻衣香はうっとおしそうに”手品”でそれを押さえつける。
「さあ、いきますよ~!ほっれー!」
麻衣香が両手を大きく回すとロッカーが空中に浮き上がり、飲み終えたミネラルウォーターのボトルのごとく激しい音と共に一瞬で捻られた。
生徒たちからこれ以上ないほどの悲鳴が上がり、嘔吐するものまで現れた。
ステージ上で口うるさい先生が入ったままのロッカーが、今ではリンゴの芯のように変形している光景を目の当たりにしているのだから仕方のない事だろう。
「わあびっくりー!中の先生は無事なのでしょうか、見てみましょー!」
”手品”でロッカーを反対に捻り、また反対に捻る行為を5度繰り返した後に、丁寧にロッカーを元の形に整え地面に下ろした。
麻衣香はほとんど正常な状態に戻されたロッカーに歩み寄り、扉に手をかける。
生徒たちはロッカーの中身に凝縮された”ミートソースのようなもの”を想像し、恐る恐る指の隙間から覗いている。
だがロッカーの中から出てきたのは、呼気も荒く滝のような汗を流す教師だった。
彼はステージの床に膝から崩れ落ちて、自分の体を見回すとそのまま自分を強く抱きしめて泣きじゃくった。もちろん糞便も漏らしている。
「大成功!イッツ・スーパーマジックでーす!」
広げた両手を顔に添えて決めポーズをする麻衣香。ウインクと舌出しで道化師のようにおどけて見せるが、その行為は生徒達に恐怖を植え付ける際のとどめとなった。
突如、壇上に銃声が響いた。
麻衣香の脳天に穴が開いている。
いつの間にか背後に立っていた警官が発砲したのだ。
その後ろにいた先輩の警官が、発砲した警官を怒鳴る。
「何故撃ったぁ!中西!」
「先輩、こいつは撃たなきゃいけなかった。どんな存在よりも恐ろしい・・・」
そこまで話すと、中西と呼ばれた警官は震えあがった。
麻衣香の脳天に空いた穴。
銃弾が触れた部分に赤熱が見え、血液が覆いかぶさり火種を消す。
麻衣香は警官を振り返り、その顔は怒りに塗りつぶされている。
「痛いじゃないですか!」麻衣香は声を荒らげた。
瞬間、中西は粉々に砕け散った。赤い物体が散らばり、壇上が血の海へと変わる。
大人たちが悲鳴を上げる中で麻衣香は呑気に「やってしまった」といった顔で慌て始める。
「皆さん!お騒がせしました、手品終わりです!じゃ、帰りますね」
深々と一礼し、麻衣香は体育館の天井を突き破って空の彼方へと飛び去った。
光速の半分の速度で飛んだので、超強烈なソニックブームが発生し勿論周辺地域は木端微塵になってしまった
それから、幾年もの時間が過ぎた頃ーー
アメリカ・ペンシルバニア州
ホワイトハウス、会議室内ーー
険しい顔をした各国首脳が円卓を囲んでいる。
「マイカという名の女は、日本人だろう。それを生み出した日本に責任がある」
葉巻をふかしたイギリス首相は、ハナから協力の意志は無いというような態度で日本国首相を睨みつけ言い放った。
「あれはイレギュラーです。それに、生きた核弾頭が世界中を休まずに飛び回っている状態で責任を押し付け合うような事をしている場合ではありませんと」
日本は毅然とした態度でイギリスに言い返したが、イギリスと同意見の首脳たちが一斉にヒートアップした。
「そもそもあの時におたくらの航空自衛隊が撃ち落としていればこうはならなかった」
「アレに専守防衛は適用できない上に、そもそも人間が飛行する前代未聞の事態である。ましてや自国民にミサイルを撃ち込めとでも言うのか!」
「君たちの開発した生物兵器なのではないか。核を造らずとも、あのような兵器を生み出すようでは非核三原則の存在意義を蔑ろにしている」
「あれは兵器ではない。我々にとっては突然変異した国民であり、天災のようなものだ」
「やめろ!」
アメリカ大統領が机を叩き、全員を黙らせる。
「責任を押し付け合うために招集したのではない。この会は、意思確認のためだ」
「あれはモンスターであり災害そのものだ。モタモタしているとオーストラリアやインド、そして南アフリカ共和国のように一夜で地図から消えることになるぞ!」
その言葉に全員が黙り、座る姿勢を正したり深呼吸をしたりする。
大統領が自身を襲う不安を押し殺しつつも、なんとか言葉を紡いでいく。
「・・・まずは世界中の衛星で奴を追い続けるんだ。そこで行動パターンを割り出し、何かしらのアプローチで誘導し、ミサイルを撃ち込めば・・・」
瞬間、会議室の電話が鳴り響いた。
全員が肩をびくりと跳ねさせ、固唾を飲んで大統領が受話器を震わせる手を見守る。
「ああ、あ、そうか・・・。もううんざりだ、切るぞ」
青ざめた顔で受話器を置き、大統領は息を整えながら喋り出す。
「エジプトを中心に周辺国が消滅した。スエズ運河が広くなったな・・・ハ、ハハ」
大統領が諦めたように笑い出し、頭を抱えて椅子にへたり込む。
会議室にいた全員が下を向き、苦しそうな声を上げ始めた。
「エジプトには学生時代からの親友がいたんだ・・・昔作った会社を任せて、全て上手く行ってて、最近あいつに孫が産まれたばかりなんだ、それが・・・」
ポーランド首相がそう言うと、シクシクとえづきながら泣き始めた。
その情けない大人を咎める者がいないのは、誰もが全てを諦めてしまったからなのだろう。
泣き声が連鎖し、次々と首脳たちが堰を切ったように泣き出す。
手を合わせて祈る者も、悔しさのあまり机を殴り出す者もいる。
そんな絶望の充満する会議室に、新たな空気を送り出すモノが現れた。
轟音と共に天井を突き破り、円卓の中心に着陸する存在。
砂煙が晴れるとその正体が露わになる。
「花江麻衣香・・・!!」
日本国首相が驚愕して彼女を見上げる。
麻衣香は自国の有名人に軽く会釈をすると、各国首脳を見渡して話し始めた。
正確に言えば彼女は日本語しか話せないのでその場の全員に言葉が伝わるテレパシー、もとい”手品”によって対話を行っているのだが。
「あのー、貴方たちですか?戦闘機で私狙わせてるの、ほんとやめてほしいんですけど。私が手品使えなかったら危ないですよ?」
「国を幾つも消して、被害者面かこの悪魔め!大体お前の力は何なんだ!?」
麻衣香はイギリス首相の罵声にイライラして答える
「国が消えたのは、ただ空飛んでるだけで戦車やミサイルをけしかけてくるからでしょう!?こっちだって喧嘩売られたらカチンと来るに決まってるでしょうが!
あと力についてはずっと言ってるじゃないですか”手品”だって。先月BBC乗っ取った時にもそう話しましたよね?」
「手品の範疇じゃないことを理解しろ、マイカ。お前の知ってる手品師に大陸を消すような輩は存在しないだろう?だが君のその力は人を傷つける事しかできない。
とにかく我々にとっては恐ろしいものだから、ただ君には使わないでほしいだけなんだ。力を使わなければ、こちらも攻撃をしないから、どうか・・・」
懐柔を試みるアメリカ大統領だが、今までさんざん同じことを言われ続けた麻衣香は遂に堪忍袋の緒が切れ、叫んだ。
「だから手品だってば!今からとっておき見せてあげるかんね!」
ぷんぷん怒りながら麻衣香は光速で空へ飛び、その余波でホワイトハウス周辺は消滅した。
その後、宇宙空間から放たれたエネルギーによりアメリカ大陸は消え去った。
ーーーー数日後に世界は完全に海に沈み、この上ない平和を得た。
更に長い年月をかけ、地球は魚やサンゴたちの楽園となった。
麻衣香はかつての名前を捨て、今日もクジラの背に乗って永遠に続く水平線を満足そうに眺めている。
「やっぱり、手品は世界を平和にできるんだね」
ー完ー
司会を務める女子生徒の透き通ったアナウンス。
体育館の中ではまばらに着席した生徒たちの騒めきが響く。
ステージ上には”第32回 佐々木ヶ原高等学校文化祭”と書かれた横断幕が吊り下げられており、直前に行われた軽音楽部の催し物の跡が片付けられている最中だ。
入口からは生徒たちが続々と入ってきており、次の出し物に期待する者もいればチュロスを頬張るついでの冷かし程度にやってきた者もいる。
「なんだ、軽音楽部のやつ終わっちゃったんだ。『コズミック・ダビッドソン』だっけ?クソダセえ名前のバンドがどんな曲やってるのか見たかったのに」
「なんでもスイング・ジャズのヘヴィメタルミックスに浪曲風のパトワ語ライムを混ぜたやつらしいよ」
「・・・それ、軽音楽なの?」
雑談をしながら、生徒たちがパイプ椅子に続々と座る。
最初は綺麗に並べられていた椅子が、生徒たちが各々ずらしているので列はぐちゃぐちゃで円陣が組まれた椅子もある。
円陣を組んで座るのはガタイのいいグループで、体育会系特有のコールをステージに投げ続けており付近では眉を顰める生徒もいる。
司会進行役の快活な女子生徒が、マイクを握り直す。
「さあ、それではお待たせいたしました!早速登場していただきましょう、どうぞ!」
その時体育館中にラデツキー行進曲が響き渡ると、上手から恥ずかしそうに女子生徒が登場した。
コールを投げ続ける生徒は大抵が男子だが、女子生徒を視認した瞬間に興奮状態になった。
既にスタンディングオベーションを始める者、口笛を鳴らすもの、唐突に求婚するものや激しいフラメンコで椅子を蹴飛ばしボイスパーカッションを始めるなど反応は様々だ。
登場した女子生徒が司会からマイクを受け取ると、照れくさそうに話し始めた。
「こ、こんにちは。1年2組の花江麻衣香です・・・えっと、今日は皆さんに手品を、見せたいと思います。私はこの日の為にいっぱり練習してきました。えっと、将来は立派な手品師になって世界を笑顔でいっぱいにして、平和にするのが私の夢です。応援よろしくお願いします」
そう言い終わり、拍手の音に照れながら司会にマイクを返す。
挨拶の間、裏方を務める先生が上手からキャスター付きのテーブルを運んでいた。
テーブルには黒い布が掛けられており、トランプや箱に入ったいくつかのゴムボール、しぼんだ風船にただの石といった小物が置かれている。
「さあ、麻衣香さんは手品!ということで、ステージ上で研鑽の積まれた妙技が爆発します!さあそれでは始めていただきましょう!」
そう言いながら、手で麻衣香を指し示しながら司会者は降壇していった。
麻衣香にスイッチが入った。
指を鳴らすと、手品でお馴染みの曲が流れ出し生徒たちが集中し始める。
「それではいきます!まずは肩慣らしのトランプマジック!」
麻衣香がトランプの束を高く掲げる。
直後、生徒たちが騒めき始めた。
「おい!あれどうなってんだ!?」
トランプの束が、麻衣香の手から離れゆっくりと浮き上がる。
その時点で拍手が巻き起こったが、麻衣香はまだこれからといった様子で続ける。
52枚あるトランプの束が角度を変え、生徒たちからすれば徐々に起き上がっているように見えていた。
すると目にも止まらない速さで一斉に散らばり、空中で等間隔に整列を始めた。
ステージ上の空間に、まるで見えない壁に52枚のトランプが貼り付けられたかのような光景が広がっていた。
生徒たちは言葉も無く、皆が呆然としている。
刹那、トランプが同時に発光した。
凄まじい光に、生徒たちは目が眩む。
次に目を開けたときには、全てのトランプが燃え上がる光景が広がっていた。
観客席から歓声や悲鳴が上がりステージに燃えカスが落ち行く中、麻衣香は次の手品に取り掛かる。
ただの石を掲げて観客全員に見えるように左右に動かし、テーブルの中心に置き直す。
そして右手の人差し指を石に向けて何かを念じると、石が浮き上がった。
「これぞローリングストーンならぬフローティングストーンだぜ!」
麻衣香が高らかに叫んで体育館の向かい側を指さすと、射出された石が体育館の壁を爆音と共に突き破り、生徒たちが大きな悲鳴を上げた。
麻衣香が指の方向を変えると、石が東側の壁から西側の壁まで貫通して再び外に飛んで行く。生徒たちはパニックを起こして椅子から転げ落ち、伏せたまま泣き出している。
「戻っておいで、ストン・リー!」
そう言って指を地面に向けると、天井を破壊しながら麻衣香の足元にめり込んだ。
石からは小さな煙が上がっており、表面には燃え殻の赤熱が僅かに見える。
「さ、続いては・・・」
麻衣香が喋り出す直前に、さすまたを構えた男性教師陣が麻衣香に突撃する。
「そこまでにしろ花江!お前はやりすぎだ!」
「警視庁お墨付き!強化アルミ合金さすまた『ラセツクワガタ』をくらえーーい!!」
麻衣香が6本のさすまたに押さえつけられ、驚愕の表情だ。
「何ですか!?手品の途中なんですけど!」
「あのな、確かにトランプが燃える手品や石が浮かぶ手品はあるよ!俺も見たことがある!
でも、お前のはかわいげがないんだよ!壊れちゃだめなものが壊れてるんだから!あのね、文化祭の出し物の手品なんて、ちゃちいものでいいんだよ!」
色黒で巨躯の体育教師に続き、顔に*印の傷のある日本史教師が叱り出す。
「お前のはそもそも手品じゃないよ!魔法!超能力!サイコキネシス!!」
「ち、ちがいます!手品です!タネも仕掛けも無いただの手品です!」
「タネも仕掛けもない手品なんてないよ!お前のは特殊能力だよ!スーパーパワー!」
「だから手品ですって!・・・うらぁ!」
麻衣香が力を入れると、さすまたを持った6名が吹き飛ばされた。
一部の教諭は気絶し、他は腰が抜けたように置きあかれず麻衣香を見上げるばかりだ。
「いいですか!?続けますよ!」
麻衣香は怒り心頭であったが、深呼吸を挟むと再び笑顔で手品を再開した。
「さあみなさん、こんな手品を見ていてももう飽き飽きですよねー」
と言いながら17個のゴムボールを∞の軌道で踊らせつつ、色とりどりのしぼんだ風船を一瞬で膨らませて破裂させる。破裂したゴム片と、風船から出てきた紙吹雪やコイン、ウサギやリス、更にはヒグマやバッファローの死骸がステージ上に散らばった。
「今からもっとすごいの、お見せします!」
両腕を上手に向けて何かを引っ張り上げるような動作をする。
金属製のロッカーが凄まじい飛行速度でステージに現れたかと思うと、麻衣香が掌を向けた途端に空中に静止した。
麻衣香がゆっくり手を下方向に移動させると、ロッカーもゆっくりと下降し着地した。
「それでは、丁度ステージにいる先生に手伝ってもらいましょー!」
唐突に麻衣香が”手品”で手近な先生を浮かべる。
ロッカーの扉を開け「うわあああ!」と叫ぶ先生を中に叩き込む。
籠った声と暴れる音がロッカーから響き渡っておりグラグラと揺れているが、麻衣香はうっとおしそうに”手品”でそれを押さえつける。
「さあ、いきますよ~!ほっれー!」
麻衣香が両手を大きく回すとロッカーが空中に浮き上がり、飲み終えたミネラルウォーターのボトルのごとく激しい音と共に一瞬で捻られた。
生徒たちからこれ以上ないほどの悲鳴が上がり、嘔吐するものまで現れた。
ステージ上で口うるさい先生が入ったままのロッカーが、今ではリンゴの芯のように変形している光景を目の当たりにしているのだから仕方のない事だろう。
「わあびっくりー!中の先生は無事なのでしょうか、見てみましょー!」
”手品”でロッカーを反対に捻り、また反対に捻る行為を5度繰り返した後に、丁寧にロッカーを元の形に整え地面に下ろした。
麻衣香はほとんど正常な状態に戻されたロッカーに歩み寄り、扉に手をかける。
生徒たちはロッカーの中身に凝縮された”ミートソースのようなもの”を想像し、恐る恐る指の隙間から覗いている。
だがロッカーの中から出てきたのは、呼気も荒く滝のような汗を流す教師だった。
彼はステージの床に膝から崩れ落ちて、自分の体を見回すとそのまま自分を強く抱きしめて泣きじゃくった。もちろん糞便も漏らしている。
「大成功!イッツ・スーパーマジックでーす!」
広げた両手を顔に添えて決めポーズをする麻衣香。ウインクと舌出しで道化師のようにおどけて見せるが、その行為は生徒達に恐怖を植え付ける際のとどめとなった。
突如、壇上に銃声が響いた。
麻衣香の脳天に穴が開いている。
いつの間にか背後に立っていた警官が発砲したのだ。
その後ろにいた先輩の警官が、発砲した警官を怒鳴る。
「何故撃ったぁ!中西!」
「先輩、こいつは撃たなきゃいけなかった。どんな存在よりも恐ろしい・・・」
そこまで話すと、中西と呼ばれた警官は震えあがった。
麻衣香の脳天に空いた穴。
銃弾が触れた部分に赤熱が見え、血液が覆いかぶさり火種を消す。
麻衣香は警官を振り返り、その顔は怒りに塗りつぶされている。
「痛いじゃないですか!」麻衣香は声を荒らげた。
瞬間、中西は粉々に砕け散った。赤い物体が散らばり、壇上が血の海へと変わる。
大人たちが悲鳴を上げる中で麻衣香は呑気に「やってしまった」といった顔で慌て始める。
「皆さん!お騒がせしました、手品終わりです!じゃ、帰りますね」
深々と一礼し、麻衣香は体育館の天井を突き破って空の彼方へと飛び去った。
光速の半分の速度で飛んだので、超強烈なソニックブームが発生し勿論周辺地域は木端微塵になってしまった
それから、幾年もの時間が過ぎた頃ーー
アメリカ・ペンシルバニア州
ホワイトハウス、会議室内ーー
険しい顔をした各国首脳が円卓を囲んでいる。
「マイカという名の女は、日本人だろう。それを生み出した日本に責任がある」
葉巻をふかしたイギリス首相は、ハナから協力の意志は無いというような態度で日本国首相を睨みつけ言い放った。
「あれはイレギュラーです。それに、生きた核弾頭が世界中を休まずに飛び回っている状態で責任を押し付け合うような事をしている場合ではありませんと」
日本は毅然とした態度でイギリスに言い返したが、イギリスと同意見の首脳たちが一斉にヒートアップした。
「そもそもあの時におたくらの航空自衛隊が撃ち落としていればこうはならなかった」
「アレに専守防衛は適用できない上に、そもそも人間が飛行する前代未聞の事態である。ましてや自国民にミサイルを撃ち込めとでも言うのか!」
「君たちの開発した生物兵器なのではないか。核を造らずとも、あのような兵器を生み出すようでは非核三原則の存在意義を蔑ろにしている」
「あれは兵器ではない。我々にとっては突然変異した国民であり、天災のようなものだ」
「やめろ!」
アメリカ大統領が机を叩き、全員を黙らせる。
「責任を押し付け合うために招集したのではない。この会は、意思確認のためだ」
「あれはモンスターであり災害そのものだ。モタモタしているとオーストラリアやインド、そして南アフリカ共和国のように一夜で地図から消えることになるぞ!」
その言葉に全員が黙り、座る姿勢を正したり深呼吸をしたりする。
大統領が自身を襲う不安を押し殺しつつも、なんとか言葉を紡いでいく。
「・・・まずは世界中の衛星で奴を追い続けるんだ。そこで行動パターンを割り出し、何かしらのアプローチで誘導し、ミサイルを撃ち込めば・・・」
瞬間、会議室の電話が鳴り響いた。
全員が肩をびくりと跳ねさせ、固唾を飲んで大統領が受話器を震わせる手を見守る。
「ああ、あ、そうか・・・。もううんざりだ、切るぞ」
青ざめた顔で受話器を置き、大統領は息を整えながら喋り出す。
「エジプトを中心に周辺国が消滅した。スエズ運河が広くなったな・・・ハ、ハハ」
大統領が諦めたように笑い出し、頭を抱えて椅子にへたり込む。
会議室にいた全員が下を向き、苦しそうな声を上げ始めた。
「エジプトには学生時代からの親友がいたんだ・・・昔作った会社を任せて、全て上手く行ってて、最近あいつに孫が産まれたばかりなんだ、それが・・・」
ポーランド首相がそう言うと、シクシクとえづきながら泣き始めた。
その情けない大人を咎める者がいないのは、誰もが全てを諦めてしまったからなのだろう。
泣き声が連鎖し、次々と首脳たちが堰を切ったように泣き出す。
手を合わせて祈る者も、悔しさのあまり机を殴り出す者もいる。
そんな絶望の充満する会議室に、新たな空気を送り出すモノが現れた。
轟音と共に天井を突き破り、円卓の中心に着陸する存在。
砂煙が晴れるとその正体が露わになる。
「花江麻衣香・・・!!」
日本国首相が驚愕して彼女を見上げる。
麻衣香は自国の有名人に軽く会釈をすると、各国首脳を見渡して話し始めた。
正確に言えば彼女は日本語しか話せないのでその場の全員に言葉が伝わるテレパシー、もとい”手品”によって対話を行っているのだが。
「あのー、貴方たちですか?戦闘機で私狙わせてるの、ほんとやめてほしいんですけど。私が手品使えなかったら危ないですよ?」
「国を幾つも消して、被害者面かこの悪魔め!大体お前の力は何なんだ!?」
麻衣香はイギリス首相の罵声にイライラして答える
「国が消えたのは、ただ空飛んでるだけで戦車やミサイルをけしかけてくるからでしょう!?こっちだって喧嘩売られたらカチンと来るに決まってるでしょうが!
あと力についてはずっと言ってるじゃないですか”手品”だって。先月BBC乗っ取った時にもそう話しましたよね?」
「手品の範疇じゃないことを理解しろ、マイカ。お前の知ってる手品師に大陸を消すような輩は存在しないだろう?だが君のその力は人を傷つける事しかできない。
とにかく我々にとっては恐ろしいものだから、ただ君には使わないでほしいだけなんだ。力を使わなければ、こちらも攻撃をしないから、どうか・・・」
懐柔を試みるアメリカ大統領だが、今までさんざん同じことを言われ続けた麻衣香は遂に堪忍袋の緒が切れ、叫んだ。
「だから手品だってば!今からとっておき見せてあげるかんね!」
ぷんぷん怒りながら麻衣香は光速で空へ飛び、その余波でホワイトハウス周辺は消滅した。
その後、宇宙空間から放たれたエネルギーによりアメリカ大陸は消え去った。
ーーーー数日後に世界は完全に海に沈み、この上ない平和を得た。
更に長い年月をかけ、地球は魚やサンゴたちの楽園となった。
麻衣香はかつての名前を捨て、今日もクジラの背に乗って永遠に続く水平線を満足そうに眺めている。
「やっぱり、手品は世界を平和にできるんだね」
ー完ー
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