上 下
2 / 9

2

しおりを挟む
今、私はひっそりと自身の住む屋敷を抜け出して城下街へと来ている。

というのも、今日は年に数回しかないグラオスが城下へと降りてくる日だからだ。

まあ、例年までの私ならこの日は屋敷から抜け出すこともなく大人しく屋敷内でダラダラと過ごしていたのだが私もそろそろ何処かの家へと嫁がないといけない年齢。

なので、今回は自身がその何処かへ嫁ぐ前に一目でもいいから最後にグラオスの姿を見ておきたくてこんな事をしていたりする。

恐らくこの事がバレたりしたら父様や母様は勿論の事、屋敷の人達に物凄く長い説教を受けそうな気もするけれどどうしても彼の様子を見ておきたかったのだから仕方ない。

私はグラオスが通るという沢山の人々が集まっている街の中央へと行くと、人混みをくぐり抜けてどうにかこうにかグラオスを正面から見られるであろう位置に立つ。

そして、そこで待つ事数時間。

漸く見えてきたのは多くの騎士を引き連れたかつて前世で乗った事のある豪華な見た目の馬車。

私はその馬車の中から微笑みを浮かべて民衆に手を振るグラオスと、彼の正面で彼同様に微笑みを浮かべながら私達民衆へと手を振る前世での愛息と愛娘であるレグロスとニアに目を向ける。

深い青色をした髪に黄金色の瞳を持つグラオスによく似た容姿のレグロスと、色合いこそグラオスによく似ているものの前世の私とよく似た容姿のニア。

私は元気そうなグラオスの姿と、順調に大きくなっている我が子達の姿に泣きそうになるのを我慢しながら周囲の人々と同様に彼らへと手を振る。

その時だ、ふとニアがこちらに顔を向けたかと思うと大きく目を見開きながらグラオスとレグロスに何かを話し掛けた。

途端に先程まで微笑みを浮かべながら民衆に手を振っていたグラオスが真剣な表情を浮かべて馬車を動かしている御者に話し掛けて馬車を止めたではないか。
 
突然の出来事に私や民衆は勿論のこと騎士達ですら困惑を顕にする。

しかし、そんな周囲の困惑を気にすること無く馬車から降りて来たグラオスとレグロスとニアの三人は堂々とした足取りで真っ直ぐにこちらまでやって来ると、私の前で立ち止まりこう言った。

「ティリア、なのか?」

私は自身を真っ直ぐな目で見てくるグラオスと、彼の後ろで黙ったままこちらを見詰めるレグロスとニアに慌てて首を横に振るう。

「ち、違いますわ」
 
確かに私は前世ではティリア・グレゴニアだった。

しかし、今世の私はシェルバート家の一人娘であるリーザ・シェルバートでありティリア・グレゴニアではないのだ。

けれど、彼はそんな私の否定の言葉を耳にするなり眉を顰めたかと思うと私の胸元を指差しながらこう言った。

「では聞くが、お前のその胸元にある宝玉は俺が自身の番であるティリアに渡した物だ。何故お前がそれを持っている……?」

鋭い目付きでこちらを睨み付けながら眉間に皺を寄せて瞳孔を鋭く光らせる彼。

私はそんな彼の瞳に対して内心で『初めて出会った頃の彼みたい』なんて見当はずれなことを考えながら、急かすように「答えられないのか?」と言ってきた彼の言葉に頷いた。

「……はい」

すると、ふとそんな私達のやり取りを黙って見ていたニアが唐突に私とグラオスの間に入って来たかと思うとこんなことをグラオスへと告げた。

「父上、一度彼女を連れて城に帰るのはどうですか?この話はここで話すようなことではないですし……」

そうすればニアの言葉を聞くなり顎に手を添えて何かを思案している様子の彼。 

私は次に彼がどんな回答を口に出すのだろうかと冷や冷やとしながら、目の前でこちらを振り返って微笑む愛娘に無理矢理作った微笑みを向けると、小さく溜息を吐いた後に「分かった。詳しい話は城に帰ってから聞こう」と言ってきたグラオスに対して思わず口元を引き攣らせる。

えっと、まさか本当に私を城に連れていく気なの?

と、私が思った瞬間にグラオスはニアを退けて私の真正面にやって来るなり私を軽々と肩に担いだではないか。

私は突然の彼の行動に一瞬だけ固まるものの、自分の状況を理解するなり彼の肩の上で必死の抵抗をしてみせる。

しかし、彼はそんな私の抵抗など全く気にすることなく元々彼らが乗っていた馬車に私を押し込んだ。

これは間違いなくあれだ、絶体絶命だ。

私は自身の隣で『逃がさない』と言わんばかりに私の腕を掴んでいるグラオスをちらりと横目で確認すると、正面で少し困ったように笑うニアとその隣で少し心配そうにこちらを見ているレグロスにこれからどうしようかと頭を悩ませる。

私は彼に自身がティリアであった事は知られたくない。

だからこそ城について何かを聞かれたら嘘を交えながら受け答えをしなければならない。

大丈夫、大丈夫。

落ち着いて受け答えすることさえ出来たらきっときちんとした嘘が付ける。

私は何度が自分にそう言い聞かせると、段々と近づいてくるグレゴニア城を見上げて一度小さく深呼吸をした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私のことが大好きな守護竜様は、どうやら私をあきらめたらしい

鷹凪きら
恋愛
不本意だけど、竜族の男を拾った。 家の前に倒れていたので、本当に仕方なく。 そしたらなんと、わたしは前世からその人のつがいとやらで、生まれ変わる度に探されていたらしい。 いきなり連れて帰りたいなんて言われても、無理ですから。 そんなふうに優しくしたってダメですよ? ほんの少しだけ、心が揺らいだりなんて―― ……あれ? 本当に私をおいて、ひとりで帰ったんですか? ※タイトル変更しました。 旧題「家の前で倒れていた竜を拾ったら、わたしのつがいだと言いだしたので、全力で拒否してみた」

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…

ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。 王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。 それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。 貧しかった少女は番に愛されそして……え?

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

竜王陛下の番……の妹様は、隣国で溺愛される

夕立悠理
恋愛
誰か。誰でもいいの。──わたしを、愛して。 物心着いた時から、アオリに与えられるもの全てが姉のお下がりだった。それでも良かった。家族はアオリを愛していると信じていたから。 けれど姉のスカーレットがこの国の竜王陛下である、レナルドに見初められて全てが変わる。誰も、アオリの名前を呼ぶものがいなくなったのだ。みんな、妹様、とアオリを呼ぶ。孤独に耐えかねたアオリは、隣国へと旅にでることにした。──そこで、自分の本当の運命が待っているとも、知らずに。 ※小説家になろう様にも投稿しています

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

ヤンデレお兄様から、逃げられません!

夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。 エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。 それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?  ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹

この世界に転生したらいろんな人に溺愛されちゃいました!

めーめー
恋愛
前世は不慮の事故で死んだ(主人公)公爵令嬢ニコ・オリヴィアは最近前世の記憶を思い出す。 だが彼女は人生を楽しむことができなっかたので今世は幸せな人生を送ることを決意する。 「前世は不慮の事故で死んだのだから今世は楽しんで幸せな人生を送るぞ!」 そこから彼女は義理の弟、王太子、公爵令息、伯爵令息、執事に出会い彼女は彼らに愛されていく。 作者のめーめーです! この作品は私の初めての小説なのでおかしいところがあると思いますが優しい目で見ていただけると嬉しいです! 投稿は2日に1回23時投稿で行きたいと思います!!

転生したら竜王様の番になりました

nao
恋愛
私は転生者です。現在5才。あの日父様に連れられて、王宮をおとずれた私は、竜王様の【番】に認定されました。

処理中です...