29 / 35
第二章 竜神教
第二十五話 ミレールト
しおりを挟む
「おっ、そろそろ見えてきな」
あれからも数度の休憩を取り、日が完全に落ちようとかという時頃に、ようやく一行は目的地に到着した。
「やっとリュースルトですか。長い道のりでしたねー」
「何言ってんだリナ? 出発前の話聞いてなかったのか?」
昼休憩の後、ずっとルートの背中で寝息を立てていたリナは、ようやくリュースルトに着いたかと顔を上げた。
しかし、残念ながら到着したのはリュースルトではない。
「今日は途中の街で一夜を越して、リュースルトに着くのは明日だって言ってただろ?」
リナはまだとろんとしている目をこすり、ようやく今朝の記憶を呼び起こした。
「そうでした、そうでした。もう、リナちゃんうっかり!」
「ルート、そろそろリナを起こしてやれ。本人が寝言で恥かく前にな」
「完全に起きてますよ!」
ある種の優しさか、リナの訴えには耳を貸さずシル達は再び歩き始めた。
「ほら皆もう少しだよ。頑張ろう!」
「ミレールトか。前に来たのは一年前だったか?」
「シル君達も来たことがあるの? ここはブドウ酒が美味しいんだよ」
ちょうど一年前、旅の途中で訪れた時の事をシルは思い出していた。
確かあの時はレイのせいで、到着したその日に早々ミレールトを発つことになった。
「俺達もそのブドウ酒が飲みたくて立ち寄ったんだ。けど、レイがやらかしてな」
「あれは僕のせいじゃないだろう……」
「何があったの?」
複雑な顔で口をつぐんだレイに代わって、ノルノが一年前の事件の詳細を話し始めた。
「レイったらこの顔でしょ? 一年前に私達の宿屋にちょうど居合わせた貴族の婚約者が、レイに一目惚れしちゃってさ。それで婚約破棄うんぬんの話にまでなったみたいで」
当時レイに一目惚れした貴族の婚約者は、どうやら親に決められた結婚に不満を抱いていたらしかった。それが理由か、彼女は自分をこの運命から連れ出してくれる白馬の王子様に人一倍の憧れを抱いていたのだ。
そんな娘が、偶然出会ったレイに一目惚れしてしまった事は、無理のないことだったのかもしれない。
「そうしてめでたく貴族様のお怒りを買った俺達は、飯も食わずにミレールトを後にすることになったとさ。にしても、あの逃げてる時の団長の顔といったら……くふふ」
貴族の私兵に追いかけられながら、当時のシルの顔には様々な感情が表れていた。
旅の疲れ、楽しみにしていた夕飯をお預けされた悲しみ、そしてこの件の清算にかかるであろう労力を計算した末の面倒さ。それらが一体となったシルの芸術的な表情を、ルートは今でもよく覚えている。
「当たり前だ。傭兵にとって信用がどれだけ大事だと思ってる。相手が貧乏の没落貴族とはいえ、あの後俺がどれだけ根回しに苦心する羽目になったか」
「大変だったんだね。まぁ一目惚れに関しては、シル君はあまり人のこと言えないと思うけどね」
一目惚れと聞いてシューネが思い出すのは、シルと初めて出会った時の記憶だ。
初対面でシューネの顔を見るなり、一目惚れしたと求婚してきたシル。そう簡単に忘れられる記憶ではない。
「あれは、シューネが綺麗過ぎたんだから仕方ないだろ? とにかくだ。何はともあれ一年越しのブドウ酒だからな。今日はたらふく飲ませてもらおう」
今晩の食事を想像して舌なめずりをするシルを微笑ましく思いつつも、シューネはすかさず釘を刺す。
「お楽しみのところ申し訳ないけど、シル君は食事代自腹だってさ」
「マジかよ。遠征の出費はそっち持ちじゃないのか?」
「キルブライド団長が『いくらシル殿といえど、毎回貴殿の食費を負担していては、国の財政が傾く』ってさ」
若干声を真似て、シューネは数日前のキルブライドの発言をそのままシルに伝えた。
シルの食事量が成人男性の平均量の三倍程度ならともかく、実際は十倍でも収まらない量をシルは平気で一食で食べ尽くす。
「国が傾くはさすがに大げさだけど、あまり仲間内で食費に偏りが出るのも少し不平等だし、ここは我慢してもらえないかな?」
「むむむ……わかった。俺も駄々をこねるほど子供じゃないとも。今日は少し抑えて食べるとしよう。はぁ……」
財布の中身と険しい顔でにらめっこをした後に、シルはやや心残りのある顔でシューネの要望を了承した。
(どう見ても子供にしか見えないけど、シル君には言わないでおこう。ちょっとかわいいし)
(お預けされる団長かわいいですね……)
シューネとリナにそんな感想を持たれていることもいざ知らず、シル達は一年ぶりにミレールトの門を潜ったのだった。
あれからも数度の休憩を取り、日が完全に落ちようとかという時頃に、ようやく一行は目的地に到着した。
「やっとリュースルトですか。長い道のりでしたねー」
「何言ってんだリナ? 出発前の話聞いてなかったのか?」
昼休憩の後、ずっとルートの背中で寝息を立てていたリナは、ようやくリュースルトに着いたかと顔を上げた。
しかし、残念ながら到着したのはリュースルトではない。
「今日は途中の街で一夜を越して、リュースルトに着くのは明日だって言ってただろ?」
リナはまだとろんとしている目をこすり、ようやく今朝の記憶を呼び起こした。
「そうでした、そうでした。もう、リナちゃんうっかり!」
「ルート、そろそろリナを起こしてやれ。本人が寝言で恥かく前にな」
「完全に起きてますよ!」
ある種の優しさか、リナの訴えには耳を貸さずシル達は再び歩き始めた。
「ほら皆もう少しだよ。頑張ろう!」
「ミレールトか。前に来たのは一年前だったか?」
「シル君達も来たことがあるの? ここはブドウ酒が美味しいんだよ」
ちょうど一年前、旅の途中で訪れた時の事をシルは思い出していた。
確かあの時はレイのせいで、到着したその日に早々ミレールトを発つことになった。
「俺達もそのブドウ酒が飲みたくて立ち寄ったんだ。けど、レイがやらかしてな」
「あれは僕のせいじゃないだろう……」
「何があったの?」
複雑な顔で口をつぐんだレイに代わって、ノルノが一年前の事件の詳細を話し始めた。
「レイったらこの顔でしょ? 一年前に私達の宿屋にちょうど居合わせた貴族の婚約者が、レイに一目惚れしちゃってさ。それで婚約破棄うんぬんの話にまでなったみたいで」
当時レイに一目惚れした貴族の婚約者は、どうやら親に決められた結婚に不満を抱いていたらしかった。それが理由か、彼女は自分をこの運命から連れ出してくれる白馬の王子様に人一倍の憧れを抱いていたのだ。
そんな娘が、偶然出会ったレイに一目惚れしてしまった事は、無理のないことだったのかもしれない。
「そうしてめでたく貴族様のお怒りを買った俺達は、飯も食わずにミレールトを後にすることになったとさ。にしても、あの逃げてる時の団長の顔といったら……くふふ」
貴族の私兵に追いかけられながら、当時のシルの顔には様々な感情が表れていた。
旅の疲れ、楽しみにしていた夕飯をお預けされた悲しみ、そしてこの件の清算にかかるであろう労力を計算した末の面倒さ。それらが一体となったシルの芸術的な表情を、ルートは今でもよく覚えている。
「当たり前だ。傭兵にとって信用がどれだけ大事だと思ってる。相手が貧乏の没落貴族とはいえ、あの後俺がどれだけ根回しに苦心する羽目になったか」
「大変だったんだね。まぁ一目惚れに関しては、シル君はあまり人のこと言えないと思うけどね」
一目惚れと聞いてシューネが思い出すのは、シルと初めて出会った時の記憶だ。
初対面でシューネの顔を見るなり、一目惚れしたと求婚してきたシル。そう簡単に忘れられる記憶ではない。
「あれは、シューネが綺麗過ぎたんだから仕方ないだろ? とにかくだ。何はともあれ一年越しのブドウ酒だからな。今日はたらふく飲ませてもらおう」
今晩の食事を想像して舌なめずりをするシルを微笑ましく思いつつも、シューネはすかさず釘を刺す。
「お楽しみのところ申し訳ないけど、シル君は食事代自腹だってさ」
「マジかよ。遠征の出費はそっち持ちじゃないのか?」
「キルブライド団長が『いくらシル殿といえど、毎回貴殿の食費を負担していては、国の財政が傾く』ってさ」
若干声を真似て、シューネは数日前のキルブライドの発言をそのままシルに伝えた。
シルの食事量が成人男性の平均量の三倍程度ならともかく、実際は十倍でも収まらない量をシルは平気で一食で食べ尽くす。
「国が傾くはさすがに大げさだけど、あまり仲間内で食費に偏りが出るのも少し不平等だし、ここは我慢してもらえないかな?」
「むむむ……わかった。俺も駄々をこねるほど子供じゃないとも。今日は少し抑えて食べるとしよう。はぁ……」
財布の中身と険しい顔でにらめっこをした後に、シルはやや心残りのある顔でシューネの要望を了承した。
(どう見ても子供にしか見えないけど、シル君には言わないでおこう。ちょっとかわいいし)
(お預けされる団長かわいいですね……)
シューネとリナにそんな感想を持たれていることもいざ知らず、シル達は一年ぶりにミレールトの門を潜ったのだった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
せっかく転生したのに田舎の鍛冶屋でした!?〜才能なしと追い出された俺が300年鍛冶師を続けたら今さらスキルに目覚めた〜
パクパク
ファンタジー
かつて剣と魔法に彩られた世界に転生した主人公は、期待に胸を膨らませて目覚めた──
……はずだった。
生まれたのは、田舎の鍛冶屋の家。
冒険も魔法も遠く、毎日火を起こしては鉄を叩くばかりの“地味すぎる”人生が始まった。
「スキル《鍛冶師》さえ手に入れば…」という一縷の望みにすがり、10年、20年、果ては100年、200年と、
鍛冶だけを続ける孤独な歳月。
だが《鍛冶師》のスキルは、彼に訪れなかった。
──代わりに発現したのは、《鍛眼》。
鉄や魔石に宿る“思い”を感じ取り、鍛冶に宿せるスキル。だがそれは、感情の奔流を直接受け取る、魂を削るような代物だった。
──これは、鍛冶の物語。
剣に宿った願いを、今ふたたび打ち直す者の、物語。

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~
深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公
じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい
…この世界でも生きていける術は用意している
責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう
という訳で異世界暮らし始めちゃいます?
※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです
※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる