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第一章 再開する恋
第十一話 小さき剣聖
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「シグルズ騎士団スオルツ隊所属、ヴァイス・プラウドだ」
「傭兵団【竜と猫】所属、リナ・フィーシヲ」
形式上の名乗りを終え、二つ目の決闘の火蓋が切って落とされた。
(さて、軽くあしらって終わりにするとしようか)
「さあ、打ち込んでくるといい」
普通の人間の少女であるリナを前にして、当然ヴァイスは気を抜いた態度を取った。それが致命的なミスであることも知らずに。
「――では、参ります」
挑発に乗って突っ込んできた精神の未熟な少女。周囲の目にはそう移っただろう。リナの強さを知る者以外には。
「何っ!」
リナによって放たれたヴァイスの想定を遥かに超えた速度で振り下ろされた一撃。その速さと何より美しさに、ヴァイスは戸惑いながらも背後に飛び、木剣が前髪を掠める程度で回避に成功した。
(反応が遅れていれば今ので終わっていた……)
「団長を愚弄した罪、その身で償って下さいね」
息をつく暇もなくリナは自らの怒りのままに剣を振るい、攻めの姿勢を崩さない。
少数精鋭で知られる《竜と猫》の団員である以上、年端の行かぬ少女とはいえ騎士になりたてのヴァイスと同じくらいの実力だろうというのが周囲の騎士達の評価だった。
だが、リナの最初の一振りを見て、周囲の評価は一変する。
「なんと美しい……」
誰の口からかリナの剣を称賛する言葉が漏れた。
それが誰の言葉なのか、気にする者などこの場にはいなかった。なぜならその言葉はこの場にいる者の心情の代弁に他ならなかったのだから。
シルの常人離れした身体強化によって繰り出される重い剣とは違い、ただリナの剣は美しかった。
まるで剣を振るう手本の様な所作から次々と繰り出される一閃は、常に最善の軌跡をなぞりヴァイスを難なく追い詰めていく。
「へっ、驚くのはまだまだ早いっての! リナの本気はこんなもんじゃないんだからな!」
「何でルートが誇らしげなのよ」
「フフッ、確かにそうだね」
リナと騎士の実力差を初めからわかっていたとしても、ルートは思わず声を高らかにせずにはいられなかった。
そのルートの態度を窘めるノルノとレイの表情からも、リナを誇らしく思っていることが容易に伺える。
「でもルートの気持ちも十二分に理解できるとも。僕もリナと仲間として戦えることを誇りに思っているからね」
「まああの綺麗な剣と肩並べて戦ってるってのは悪い気はしないよね」
「だよな! さすがレイさんとノル姉だ!」
五人全員が一定以上の戦闘能力を持つ【竜と猫】の中でも、剣の扱いにおいてはリナ以外の四人では手も足も出ない。
例えば以前シルと竜具無しで行った模擬戦では、シルが本気の身体強化を行ってようやく勝率が二割に達したほどであった。
(何だ? 何なんだ、これは!)
その剣を実際に受けているヴァイスの胸の内は、ただ疑問符で埋め尽くされていた。
理解はできる。それでも理性が理解することを拒んでいた。
当然だ。まだ数合しか打ち合っていないが、間違いなくこの少女の剣の腕は達人の域まで達している。それこそ【剣聖】などと呼ばれていても何ら遜色ないほどに。
「何故だ! 一体どうやってこれほどの剣を……‼」
「何故と聞かれましても、生まれつきとしか」
格下だと思っていた少女に突然に突き付けられた圧倒的な才能の差。
その言葉に嘘はない。だが、この剣がただの才能に胡坐をかいたものではないことぐらいは、まだひよっこといえども剣の道を志すヴァイスにも理解できた。
剣を合わせる度に伝わってくるのは、その生まれ持った才を使いこなし、このレベルまで引き上げるために積まれたであろう研鑽の数々。
(こんな、こんな少女に、僕が!)
自分より年下の少女に才能でも負け、更には重ねた努力ですら大敗を喫している、その事実はヴァイスの心を粉々に粉砕するには十分過ぎるものであった。
「己の敗北を悟ったようですね。降参しますか?」
ヴァイスの絶望を察し、攻撃の手を止めたリナは降伏を勧めた。
「……だ」
「はい?」
「まだだ!」
ヴァイスの心を繋ぎとめたのは何ら特別でもないただの意地。
だって、自分には剣しかないから。
アルカス王国の貴族の四男として生まれた自分には、剣しか存在価値がない。
政治的な能力もなく、統治者としても有能とは言えない。そんな自分が唯一他者に誇れた才能。その誇りまで失ってしまえば、一体自分はどうなる?
「僕が僕であるために、負けるわけにはいかないんだ!」
突然の覇気にリナは思わず後方へと飛び、距離を取った。
その隙を逃さず、ヴァイスは意地とプライドで無理矢理己を奮い立たせ、魔力で全身を覆ってリナへ正面から突っ込んだ。
(僕が唯一この子に勝っている点、それは魔力だ。一撃ならば耐えられるはず。そこにカウンターを入れられれば!)
ヴァイスもただリナに好き勝手撃ち込まれ続けていたわけではない。その数合でリナの魔力量は自分よりも下であることを見抜いていた。
何とか見つけた唯一の勝機。それを前にして降参する選択肢があろうはずもない。
「これが正真正銘僕の全力だ! 受けられるものなら受けてみろ!」
しかし、そのヴァイスの全身全霊を掛けた決心も、圧倒的なリナの剣才を前にしては何の脅威にもなりえない。
「――ふう、よし」
冷静に呼吸を落ち着かせ、穿つべき場所を見定める。それがわかれば、後はそこまでの最適な道筋をなぞるのみ。
木剣を振り上げ突っ込んでくるヴァイスに対して、リナも受けて立つとばかりにヴァイスに向かって走り始めた。
「うおおおおぉぉぉぉ!」
声を張り上げるヴァイスと対照的に集中で口をつぐんだリナの体がすれ違い、そしてヴァイスの体だけが地に沈んだ。
例え全身を魔力で覆っても、体の動きと合わせて正確な魔力操作を行わなければ、どこかしらに魔力のムラができてしまう。
リナがすれ違いざまに放った一撃は、そのムラができていたヴァイスのみぞおちに向けて見事な軌跡を描き、ヴァイスの意識を正確に刈り取った。
「――おっと、勝者! リナ・フィーシヲ!」
立会人のキルブライドですら一瞬といえど勝者宣言を忘れるほどに美しい一閃は、まさに決闘の最後を飾るに相応しいものに違いない。
「あなたは強くなれますよ。何かを好きになって全力で打ち込めること、それもまた才能ですから。まだ聞こえていれば、お忘れなきように」
決闘を経ても気に食わない相手であることには変わりないが、正々堂々戦ったヴァイスに対してリナなりに敬意を払った言葉を投げかけた。
そしてリナは本命へと意識を向ける。
「団長、勝ちましたよ! さあ、ご褒美に私を撫でてください!」
リナがさっきまでシルがいた方を向くと、そこにはシルの立ち絵が書かれた看板が立てかけられているだけだった。
「あら~団長ったらこんな薄っぺらくてもやっぱりかっこいい……じゃないでしょうが! うわああん! 団長どこ行っちゃったんですか‼」
二度目の決闘はリナが圧倒し、勝者の泣き声が夜空に響く形で幕を下ろしたのだった。
「傭兵団【竜と猫】所属、リナ・フィーシヲ」
形式上の名乗りを終え、二つ目の決闘の火蓋が切って落とされた。
(さて、軽くあしらって終わりにするとしようか)
「さあ、打ち込んでくるといい」
普通の人間の少女であるリナを前にして、当然ヴァイスは気を抜いた態度を取った。それが致命的なミスであることも知らずに。
「――では、参ります」
挑発に乗って突っ込んできた精神の未熟な少女。周囲の目にはそう移っただろう。リナの強さを知る者以外には。
「何っ!」
リナによって放たれたヴァイスの想定を遥かに超えた速度で振り下ろされた一撃。その速さと何より美しさに、ヴァイスは戸惑いながらも背後に飛び、木剣が前髪を掠める程度で回避に成功した。
(反応が遅れていれば今ので終わっていた……)
「団長を愚弄した罪、その身で償って下さいね」
息をつく暇もなくリナは自らの怒りのままに剣を振るい、攻めの姿勢を崩さない。
少数精鋭で知られる《竜と猫》の団員である以上、年端の行かぬ少女とはいえ騎士になりたてのヴァイスと同じくらいの実力だろうというのが周囲の騎士達の評価だった。
だが、リナの最初の一振りを見て、周囲の評価は一変する。
「なんと美しい……」
誰の口からかリナの剣を称賛する言葉が漏れた。
それが誰の言葉なのか、気にする者などこの場にはいなかった。なぜならその言葉はこの場にいる者の心情の代弁に他ならなかったのだから。
シルの常人離れした身体強化によって繰り出される重い剣とは違い、ただリナの剣は美しかった。
まるで剣を振るう手本の様な所作から次々と繰り出される一閃は、常に最善の軌跡をなぞりヴァイスを難なく追い詰めていく。
「へっ、驚くのはまだまだ早いっての! リナの本気はこんなもんじゃないんだからな!」
「何でルートが誇らしげなのよ」
「フフッ、確かにそうだね」
リナと騎士の実力差を初めからわかっていたとしても、ルートは思わず声を高らかにせずにはいられなかった。
そのルートの態度を窘めるノルノとレイの表情からも、リナを誇らしく思っていることが容易に伺える。
「でもルートの気持ちも十二分に理解できるとも。僕もリナと仲間として戦えることを誇りに思っているからね」
「まああの綺麗な剣と肩並べて戦ってるってのは悪い気はしないよね」
「だよな! さすがレイさんとノル姉だ!」
五人全員が一定以上の戦闘能力を持つ【竜と猫】の中でも、剣の扱いにおいてはリナ以外の四人では手も足も出ない。
例えば以前シルと竜具無しで行った模擬戦では、シルが本気の身体強化を行ってようやく勝率が二割に達したほどであった。
(何だ? 何なんだ、これは!)
その剣を実際に受けているヴァイスの胸の内は、ただ疑問符で埋め尽くされていた。
理解はできる。それでも理性が理解することを拒んでいた。
当然だ。まだ数合しか打ち合っていないが、間違いなくこの少女の剣の腕は達人の域まで達している。それこそ【剣聖】などと呼ばれていても何ら遜色ないほどに。
「何故だ! 一体どうやってこれほどの剣を……‼」
「何故と聞かれましても、生まれつきとしか」
格下だと思っていた少女に突然に突き付けられた圧倒的な才能の差。
その言葉に嘘はない。だが、この剣がただの才能に胡坐をかいたものではないことぐらいは、まだひよっこといえども剣の道を志すヴァイスにも理解できた。
剣を合わせる度に伝わってくるのは、その生まれ持った才を使いこなし、このレベルまで引き上げるために積まれたであろう研鑽の数々。
(こんな、こんな少女に、僕が!)
自分より年下の少女に才能でも負け、更には重ねた努力ですら大敗を喫している、その事実はヴァイスの心を粉々に粉砕するには十分過ぎるものであった。
「己の敗北を悟ったようですね。降参しますか?」
ヴァイスの絶望を察し、攻撃の手を止めたリナは降伏を勧めた。
「……だ」
「はい?」
「まだだ!」
ヴァイスの心を繋ぎとめたのは何ら特別でもないただの意地。
だって、自分には剣しかないから。
アルカス王国の貴族の四男として生まれた自分には、剣しか存在価値がない。
政治的な能力もなく、統治者としても有能とは言えない。そんな自分が唯一他者に誇れた才能。その誇りまで失ってしまえば、一体自分はどうなる?
「僕が僕であるために、負けるわけにはいかないんだ!」
突然の覇気にリナは思わず後方へと飛び、距離を取った。
その隙を逃さず、ヴァイスは意地とプライドで無理矢理己を奮い立たせ、魔力で全身を覆ってリナへ正面から突っ込んだ。
(僕が唯一この子に勝っている点、それは魔力だ。一撃ならば耐えられるはず。そこにカウンターを入れられれば!)
ヴァイスもただリナに好き勝手撃ち込まれ続けていたわけではない。その数合でリナの魔力量は自分よりも下であることを見抜いていた。
何とか見つけた唯一の勝機。それを前にして降参する選択肢があろうはずもない。
「これが正真正銘僕の全力だ! 受けられるものなら受けてみろ!」
しかし、そのヴァイスの全身全霊を掛けた決心も、圧倒的なリナの剣才を前にしては何の脅威にもなりえない。
「――ふう、よし」
冷静に呼吸を落ち着かせ、穿つべき場所を見定める。それがわかれば、後はそこまでの最適な道筋をなぞるのみ。
木剣を振り上げ突っ込んでくるヴァイスに対して、リナも受けて立つとばかりにヴァイスに向かって走り始めた。
「うおおおおぉぉぉぉ!」
声を張り上げるヴァイスと対照的に集中で口をつぐんだリナの体がすれ違い、そしてヴァイスの体だけが地に沈んだ。
例え全身を魔力で覆っても、体の動きと合わせて正確な魔力操作を行わなければ、どこかしらに魔力のムラができてしまう。
リナがすれ違いざまに放った一撃は、そのムラができていたヴァイスのみぞおちに向けて見事な軌跡を描き、ヴァイスの意識を正確に刈り取った。
「――おっと、勝者! リナ・フィーシヲ!」
立会人のキルブライドですら一瞬といえど勝者宣言を忘れるほどに美しい一閃は、まさに決闘の最後を飾るに相応しいものに違いない。
「あなたは強くなれますよ。何かを好きになって全力で打ち込めること、それもまた才能ですから。まだ聞こえていれば、お忘れなきように」
決闘を経ても気に食わない相手であることには変わりないが、正々堂々戦ったヴァイスに対してリナなりに敬意を払った言葉を投げかけた。
そしてリナは本命へと意識を向ける。
「団長、勝ちましたよ! さあ、ご褒美に私を撫でてください!」
リナがさっきまでシルがいた方を向くと、そこにはシルの立ち絵が書かれた看板が立てかけられているだけだった。
「あら~団長ったらこんな薄っぺらくてもやっぱりかっこいい……じゃないでしょうが! うわああん! 団長どこ行っちゃったんですか‼」
二度目の決闘はリナが圧倒し、勝者の泣き声が夜空に響く形で幕を下ろしたのだった。
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