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第一章 再開する恋
第四話 再会
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クレアの聖女スマイルに見送られ、外套の騎士と連れたって、シルはテントを出た。
真夜中の戦闘から既に数時間、東の空がやや白みかかり、夜明けが近いことを告げていた。
「ふぅ……何とかなってよかったです。――ところで副団長殿、夜明けまで話でもしませんか? どうせ今から寝始めても中途半端にしか寝れなそうですし」
「はい、構いませんよ。私も噂の【竜と猫】の団長さんと話をしてみたかったんです」
シルの誘いに外套の騎士は気軽に応じ、ちょうどすぐ傍にあった丸太に腰かけた。
実際この後は、夜が明け次第すぐに王都へ向けて出発する予定であるので、もう眠るほどの時間もない。なので、それまでの時間の暇つぶし――という意図とは別に、シルには個人的に聞きたいことがあった。
外套の騎士に倣って、シルも隣の丸太に腰かけて話を始める。
「単刀直入なのですが……貴女の大鎌は【竜具】ですね?」
「――え? バレてました? 確かに私の【簒奪の大鎌】は竜具ですが……」
竜具――破竜が、竜人の成れの果てであるなら、竜具は破竜の成れの果て。
先の戦闘の様に、核を破壊された破竜は跡形も無く消滅する。
しかし、ごく稀に完全には消滅せず、何かしらの形で己の意志を残す個体が存在する。それらの破竜の遺産を総じて【竜具】と呼ぶ。
破竜が残す竜具の形は多種多様で、基本的に人であったときに最も大切にしていたものや執着していたものの形を取ることが多い。
そして、竜具には例外なく破竜の固有能力が宿り、竜具と適合すれば、その能力を限定的に扱うことができる。
「まさか一目で見抜かれるなんて……固有魔力だとは思いませんでしたか?」
現存する竜具の数は、そもそもの破竜出現数が少ないこともあり、一般人であれば生涯で目にすることなどほとんどない。
傭兵や商人として様々な人・地域と関わっていれば、竜具及びその所持者を目にする機会はあるのだが、それでも頻繁に目にするものではないのだ。必然竜具についての詳しい知識を持っている人物も少なくなる。
「魔力を奪う能力、与える能力、そして鎌が能力に応じて変化していたのが決め手です。固有魔力を鎌に付与しているならば、わざわざ鎌が変化する必要はないですからね。」
「ほへぇーそんな見分け方が出来るんですね」
固有魔力を道具に付与して使用することは、決して珍しいことではない。だが、外套の騎士の大鎌は、能力を切り替える際に刃が変化していた。
ならば、大鎌そのものが能力を持っているのではないかという考えにシルは至ったのだった。
「まだ疑惑の範囲を出ませんでしたけどね。今のやり取りで確信できました」
「あらら、鎌をかけられたということですか……鎌だけに」
一瞬で空気が凍り付き、静寂がその場を支配した。
「――おっ! 朝日が出てきましたね。時に副団長殿、もう一つ訪ねたいことがあるのですが」
冷めた空気を温め直すためだろうか。ベストなタイミングで登ってきた朝日に救われ、シルは先刻クレアにしたものと同じ質問を投げかけようと話を切り変えた。
「その前に! その副団長殿って呼び方止めませんか? 私はシルさんのこと名前で呼んでるじゃないですか」
しかし、先に話の主導権を取ったのは外套の騎士だった。
「それは申し訳ありません。では、お互いに自己紹介といきましょうか」
そう言うとシルは立ち上がり、背筋を伸ばし、態度を改めて名乗った。
「改めまして……傭兵団【竜と猫】団長シル・ノースです。以後お見知りおきを」
「えっ……」
シルの名前を聞いて、フードを被っていてもわかる程に動揺した外套の騎士の様子に、当然シルも疑問を覚えた。
「何か俺の名前に変なところでもありましたか?」
「いえいえ! ちょっと昔の知り合いと同姓同名だったので……申し訳ありません」
「何だ、そういうことですか。俺は気にしていませんから、自己紹介の続きといきましょう?」
納得がいく答えではなかったが、深堀りする話題ではないと感じたシルは話を進めた。
「そうですね。すみません。えっと、私の名前は……きゃっ!」
ようやく名前を聞けるかと思ったのも束の間、突然吹いてきた突風により、またもや自己紹介は中断されてしまった。
「――は?」
今度はシルが驚く番だった。
強風によって外套のフードが脱げてしまったことであらわになったのは、雪原を思い起こす白い髪。さらにその頭には、髪と同じ色をした雪山のようにそびえる三角の耳が生えていた。
シルが驚いたのは、そのあまりにも神秘的な美しさにではない。
何を隠そう外套の騎士の容姿は、シルが長年探し求めてきた人物そのものだったからだ。
そんな穏やかではないシルの胸中には気づかず、白髪の獣人はシルに更なるとどめを刺した。
「私の名前はシューネ。シューネ・アンゴラです」
もはや人違いであるはずはなかった。目の前にいる人物は、自分が長年探し続けた人だ。
「シューネ……!」
意識するまでもなく、シルはシューネの体を抱きしめていた。
「ええええええ! ちょっと何を……」
「シューネ! 俺だよ! 忘れたのか?」
「――え? 本当にシル君なの?」
シルに突然抱き着かれ、当然ながら困惑していたシューネは、シルの言葉を聞いて抵抗する力を弱めた。
名前を聞いた時にまさかとは思ったが、声変わりしていたこともあって、同姓同名の他人の空似だと決めつけていた。
とにかく何か言葉を返さなければならない、とシューネは返す言葉を取り繕ろうとした。
「団長の浮気者っっっっっっ!」
その瞬間、シルの横顔に強烈な飛び蹴りが突き刺さった。
「なんですか! なんですか! そんなに溜まってたなら私に言えばいいじゃないですか!」
「おい……リナ……違っ……」
飛び蹴りの勢いのまま、倒れたシルに馬乗りになり、リナは渾身のビンタを連発した。
リナの参戦によって、二人の再会の場は、登ってきた朝日を受けながらビンタの音が高らかに響く場へと変貌した。
一応シルが抗議を試みるが、リナは全く聞き入れる様子はない。
「いくら美人だからって、初対面の相手に襲い掛かるなんて! 下半身の欲望のままに生きる団長なんて私の好きな団長じゃありません! もうこうなったら私が介錯を……!」
「こら! リナ、止めないか!」
ビンタに留まらず、ついに刀にまで手を伸ばそうとするリナ。
シルの帰りが遅いので、仲間を連れて様子を見に来てみれば、長年思い続けている人が遠目にも美人と一目でわかる相手に抱き着く瞬間だったのだ。リナの気持ちを考えれば、いささか行き過ぎた行動をしてしまったのも仕方のないことかもしれない。
だが、刀に手が届く前にリナの背後から手が伸び、羽交い絞めにすることでその凶行は何とか止められた。
「レイさん放してください! こんな性犯罪者を許すわけにはいきません!」
「とにかく刀を抜こうとするのを止めなさい! ルート、ノルノ、手伝ってくれ!」
大の男――【竜と猫】の団員だったはずだ――に抑えられてなお、泣き叫ぶリナの暴走は止まらない。
それもそのはずで、リナを抑えた男は右腕だけでリナを抑えている。その左半身はマントで隠れていてはっきりとは見えないが、隙間から見えた左半身は、肩から先がなかった。
「リナ、あれ食べるか? ほら、あのお前が好きなやつ!」
「何も思いつかないなら黙ってなさい! このバカルート!」
その後に駆け付けた二人の【竜と猫】の団員も助力して、ようやくリナが落ち着いてきたのを見届け、若干引き気味にシューネは口を開いた。
「……本当にシル君なの?」
この時、シューネが抱きしめられた時に抱いた感情の高まりは、既に跡形も無く消え失せていた。
そしてそれはシルもまた同様であった。
とにかく今の自分の情けない状況を挽回しようと、脳をフル回転させる。
その結果、
「ひとちがいです……」
何とか羞恥で顔を覆いながら言葉を絞り出すしかなかった。
どう考えてもここから挽回する方法など思いつくはずもない。
こうして長年シルが望み続けたシューネとの再会は、ある意味記憶に強く刻み込まれたのだった。
真夜中の戦闘から既に数時間、東の空がやや白みかかり、夜明けが近いことを告げていた。
「ふぅ……何とかなってよかったです。――ところで副団長殿、夜明けまで話でもしませんか? どうせ今から寝始めても中途半端にしか寝れなそうですし」
「はい、構いませんよ。私も噂の【竜と猫】の団長さんと話をしてみたかったんです」
シルの誘いに外套の騎士は気軽に応じ、ちょうどすぐ傍にあった丸太に腰かけた。
実際この後は、夜が明け次第すぐに王都へ向けて出発する予定であるので、もう眠るほどの時間もない。なので、それまでの時間の暇つぶし――という意図とは別に、シルには個人的に聞きたいことがあった。
外套の騎士に倣って、シルも隣の丸太に腰かけて話を始める。
「単刀直入なのですが……貴女の大鎌は【竜具】ですね?」
「――え? バレてました? 確かに私の【簒奪の大鎌】は竜具ですが……」
竜具――破竜が、竜人の成れの果てであるなら、竜具は破竜の成れの果て。
先の戦闘の様に、核を破壊された破竜は跡形も無く消滅する。
しかし、ごく稀に完全には消滅せず、何かしらの形で己の意志を残す個体が存在する。それらの破竜の遺産を総じて【竜具】と呼ぶ。
破竜が残す竜具の形は多種多様で、基本的に人であったときに最も大切にしていたものや執着していたものの形を取ることが多い。
そして、竜具には例外なく破竜の固有能力が宿り、竜具と適合すれば、その能力を限定的に扱うことができる。
「まさか一目で見抜かれるなんて……固有魔力だとは思いませんでしたか?」
現存する竜具の数は、そもそもの破竜出現数が少ないこともあり、一般人であれば生涯で目にすることなどほとんどない。
傭兵や商人として様々な人・地域と関わっていれば、竜具及びその所持者を目にする機会はあるのだが、それでも頻繁に目にするものではないのだ。必然竜具についての詳しい知識を持っている人物も少なくなる。
「魔力を奪う能力、与える能力、そして鎌が能力に応じて変化していたのが決め手です。固有魔力を鎌に付与しているならば、わざわざ鎌が変化する必要はないですからね。」
「ほへぇーそんな見分け方が出来るんですね」
固有魔力を道具に付与して使用することは、決して珍しいことではない。だが、外套の騎士の大鎌は、能力を切り替える際に刃が変化していた。
ならば、大鎌そのものが能力を持っているのではないかという考えにシルは至ったのだった。
「まだ疑惑の範囲を出ませんでしたけどね。今のやり取りで確信できました」
「あらら、鎌をかけられたということですか……鎌だけに」
一瞬で空気が凍り付き、静寂がその場を支配した。
「――おっ! 朝日が出てきましたね。時に副団長殿、もう一つ訪ねたいことがあるのですが」
冷めた空気を温め直すためだろうか。ベストなタイミングで登ってきた朝日に救われ、シルは先刻クレアにしたものと同じ質問を投げかけようと話を切り変えた。
「その前に! その副団長殿って呼び方止めませんか? 私はシルさんのこと名前で呼んでるじゃないですか」
しかし、先に話の主導権を取ったのは外套の騎士だった。
「それは申し訳ありません。では、お互いに自己紹介といきましょうか」
そう言うとシルは立ち上がり、背筋を伸ばし、態度を改めて名乗った。
「改めまして……傭兵団【竜と猫】団長シル・ノースです。以後お見知りおきを」
「えっ……」
シルの名前を聞いて、フードを被っていてもわかる程に動揺した外套の騎士の様子に、当然シルも疑問を覚えた。
「何か俺の名前に変なところでもありましたか?」
「いえいえ! ちょっと昔の知り合いと同姓同名だったので……申し訳ありません」
「何だ、そういうことですか。俺は気にしていませんから、自己紹介の続きといきましょう?」
納得がいく答えではなかったが、深堀りする話題ではないと感じたシルは話を進めた。
「そうですね。すみません。えっと、私の名前は……きゃっ!」
ようやく名前を聞けるかと思ったのも束の間、突然吹いてきた突風により、またもや自己紹介は中断されてしまった。
「――は?」
今度はシルが驚く番だった。
強風によって外套のフードが脱げてしまったことであらわになったのは、雪原を思い起こす白い髪。さらにその頭には、髪と同じ色をした雪山のようにそびえる三角の耳が生えていた。
シルが驚いたのは、そのあまりにも神秘的な美しさにではない。
何を隠そう外套の騎士の容姿は、シルが長年探し求めてきた人物そのものだったからだ。
そんな穏やかではないシルの胸中には気づかず、白髪の獣人はシルに更なるとどめを刺した。
「私の名前はシューネ。シューネ・アンゴラです」
もはや人違いであるはずはなかった。目の前にいる人物は、自分が長年探し続けた人だ。
「シューネ……!」
意識するまでもなく、シルはシューネの体を抱きしめていた。
「ええええええ! ちょっと何を……」
「シューネ! 俺だよ! 忘れたのか?」
「――え? 本当にシル君なの?」
シルに突然抱き着かれ、当然ながら困惑していたシューネは、シルの言葉を聞いて抵抗する力を弱めた。
名前を聞いた時にまさかとは思ったが、声変わりしていたこともあって、同姓同名の他人の空似だと決めつけていた。
とにかく何か言葉を返さなければならない、とシューネは返す言葉を取り繕ろうとした。
「団長の浮気者っっっっっっ!」
その瞬間、シルの横顔に強烈な飛び蹴りが突き刺さった。
「なんですか! なんですか! そんなに溜まってたなら私に言えばいいじゃないですか!」
「おい……リナ……違っ……」
飛び蹴りの勢いのまま、倒れたシルに馬乗りになり、リナは渾身のビンタを連発した。
リナの参戦によって、二人の再会の場は、登ってきた朝日を受けながらビンタの音が高らかに響く場へと変貌した。
一応シルが抗議を試みるが、リナは全く聞き入れる様子はない。
「いくら美人だからって、初対面の相手に襲い掛かるなんて! 下半身の欲望のままに生きる団長なんて私の好きな団長じゃありません! もうこうなったら私が介錯を……!」
「こら! リナ、止めないか!」
ビンタに留まらず、ついに刀にまで手を伸ばそうとするリナ。
シルの帰りが遅いので、仲間を連れて様子を見に来てみれば、長年思い続けている人が遠目にも美人と一目でわかる相手に抱き着く瞬間だったのだ。リナの気持ちを考えれば、いささか行き過ぎた行動をしてしまったのも仕方のないことかもしれない。
だが、刀に手が届く前にリナの背後から手が伸び、羽交い絞めにすることでその凶行は何とか止められた。
「レイさん放してください! こんな性犯罪者を許すわけにはいきません!」
「とにかく刀を抜こうとするのを止めなさい! ルート、ノルノ、手伝ってくれ!」
大の男――【竜と猫】の団員だったはずだ――に抑えられてなお、泣き叫ぶリナの暴走は止まらない。
それもそのはずで、リナを抑えた男は右腕だけでリナを抑えている。その左半身はマントで隠れていてはっきりとは見えないが、隙間から見えた左半身は、肩から先がなかった。
「リナ、あれ食べるか? ほら、あのお前が好きなやつ!」
「何も思いつかないなら黙ってなさい! このバカルート!」
その後に駆け付けた二人の【竜と猫】の団員も助力して、ようやくリナが落ち着いてきたのを見届け、若干引き気味にシューネは口を開いた。
「……本当にシル君なの?」
この時、シューネが抱きしめられた時に抱いた感情の高まりは、既に跡形も無く消え失せていた。
そしてそれはシルもまた同様であった。
とにかく今の自分の情けない状況を挽回しようと、脳をフル回転させる。
その結果、
「ひとちがいです……」
何とか羞恥で顔を覆いながら言葉を絞り出すしかなかった。
どう考えてもここから挽回する方法など思いつくはずもない。
こうして長年シルが望み続けたシューネとの再会は、ある意味記憶に強く刻み込まれたのだった。
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