【旧】竜の傭兵と猫の騎士

たぬぐん

文字の大きさ
上 下
1 / 35
序章

拭えぬ後悔、その始まり

しおりを挟む
 その日は雨が降っていた。

「もういいよ。シル君」

 傷だらけで地面に倒れているシルの体を、激しい雨粒が打ち付ける。

「シューネ……?」

「まさか本当に私がシル君の事、好きだと思ってたの? そんな必死になって、馬鹿みたい」

 体中の傷に雨粒が沁み、激痛がシルを襲ったが、シルにとってそんなものは何の苦痛にも値しなかった。シルの心を深く傷つけた原因は、目の前の恋人、シューネだ。
 シューネが放った言葉が、ではない。
 シューネの言葉が本心からのものでないことは、その表情を見れば明らかだ。

「もう、無駄なあがきは止めたら? 見苦しいよ」

 シルを見下ろすシューネの頬を伝う水滴が、雨粒だけでないことをわからないほどシルとシューネの関係は浅くはない。
 何よりその歪んだ表情が物語っている。シルへの暴言がシューネ自身をも傷つけていることを。
 だから、シルが絶望したのはシューネの言葉にではなく、シューネにそんな顔をさせてしまった自身の無力さにだ。

「二度と私の前に姿を現さないで。さあ、行きましょう」

 シルとおそろいの右耳のピアスを揺らし、振り返ってシューネは歩き出した。今しがた、シルを打ち倒した二人の男と共に。
 離れていく愛しい背中に、届くはずもないとわかっていながらも手を伸ばし、シルもまた涙を流した。

「くそっ……! またか、また繰り返したのか。俺は……」

 強くなれたと思った。もう二度と大切な人を失わないと誓ったはずだった。
「それがこの体たらくかよ……」

 また守れなかった。その事実がシルを絶望の淵へと叩き落とした。

「――ごめんね」

「――っ……!」

 そして、シューネが去り際に呟いた言葉が、さらにシルに無力感を植え付ける。
 銀色の髪が泥で汚れることも気にせず、シルは宙を切った腕を握りしめて背後に倒れ込んだ。
 もはや言葉は出ない。溢れてくるのは涙だけ。
 どうしようもない絶望と無力感だけが心を支配し、雨が降り止もうとシルの心が晴れることは無かった。

 これが一つの物語の終わり、そして次の物語の始まりであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

処理中です...