そんなblueな話

渚紗みかげ

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青空に雨

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 これは体感の話ではあるのだが、何人はここ数年、晴れの日に碌な目に合わない。
 逆に雨の日に何かいいことがある、というわけでもない。でも雨の日に困った怪異や面倒な客は少ないし、逢いたくない人物と会うこともあまりない。
 その雨は大抵彼が連れてくる。何人はぼんやりと、遠くから聞こえてくる火にかけた薬缶の声を聴いていた。その彼も連れてくる雨にはタイミングがあるらしい。ここ数年でわかって来た。
 彼は運がいい。雨に降られる時点で悪いよ、とそういう何人に反論はしてくるのだけれど、何人に言わせれば、雨に好かれるというのは決して悪いものではないのだから。
 それにしても、と何人はぼんやりと店の外を見つめる。快晴だ。普段は見ない天気予報を見た今朝から、嫌な予感はずっとしている。それを裏付けるように、テーブルの上に置いていたスマートフォンが不意に鳴り出した。
 普段からあまり聴くことのないその音が鳴り響いた時、何人はそれにはすぐに答えず、まずいくつかの可能性を考える。
 予感がする。高確率で碌でもない話だろうという予感が。だから、出来ることなら回避をするべきだ。出来ることなら。そう出来ない理由があるのだが、その話は今は割愛する。
 もう一つ、暇だからという理由で、ただの世話話をしたいだけで尋ねてきた可能性がある。配偶者もいないからか、あの男はちょくちょくこんな風に、急に連絡を入れてくるのだ。メッセージアプリで事足りるだろうと何度言っても、「お前俺の事ブロックしてるだろ」と言って聴かない。着信拒否をしていないだけまだマシだと思って欲しい。ブロックはしていないが何かが届いても読んでいないだけなのだし。
 早く出ろ、とばかりに着信音は鳴り続ける。そのうち諦めて切ってくれないだろうか、と思いながら右から左へ着信音を聞き流していると、「おい出ろよ」と不意に声が聞こえてきた。着信を受けたわけでもないのに。
 そこへ丁度、家の奥から盆を手に壱が出てきた。店先に来た男を見、あ、と気付いて声を上げる。「何人のおじさんだ」
「お。蔵ちゃんじゃん。今日はバイトの日だったか。っていうかいつ来てもいるよな? ちゃんと休みとかもらってるか? 働かせすぎじゃないか? お茶汲みなんてOLじゃねえんだからよ。っていうかさ、蔵ちゃん、こいつに言ってやってくれよ~! 大好きな美鷹おじちゃんからの電話に出ろって」
「えっと……電話?」
 何のことだ、と壱が首を傾げる。っは、と何人は鼻で笑った。
「目の前に来てるだろ。かけた意味あんのか?」
「今から行くって教えようとしたら先に着いちまったんだよ」
 もう一つ茶杯持ってくるね、と一度盆をそこへ置いて、壱が奥へ戻ろうとする。それを「茶なんか出さなくていい」と何人は引き留めたが、彼はそういうわけにもいかないだろ、と話も聞かずに歩いて行ってしまった。どうせこの男が大人しく茶をしばきにここへ寄ったわけがないのだ。
 不機嫌を隠すことなく何人は訊ねる。
「……で、何の用なんだ」
「何って。用事がなかったら来ちゃいけねえのか?」
「用もないのに来る理由がねえだろ……。事務所に居ろ事務所に。仕事しろ。俺も仕事中だし」
 座ってるだけじゃん、と彼は言う。店番っていう仕事をしてる、と答えた何人に、彼は子供のようにむすりと表情を変えた。
「かーっ! カイちゃんもつれないねえ~。こーんな米粒みたいにちっちぇ~時から可愛がってやってたのによお~」
「米粒だった覚えなんてないから記憶違いだろ。もう更年期障害か?」
「そうそう、最近ちょっと体にも違和感がな~……ってまだ若いから、おじさんだけどまだ若いから! ま、すぐにと言いたいとこなんだが――せっかく蔵ちゃんが茶ァ用意してくれたんだ、用事はあるが呑んでからにするよ」
 後ろから壱はまだ戻らない。軽く息を吐いて、何人は訊ねた。
「……今度は何日かかるんだ?」
「俺もまだ程度は把握してないんだ。ん~上手くいけば一日、上手くいかなかったら一週間くらいカナ」
「………………」
 はあ、と何人は盛大に、今度は深くため息を吐いた。手持無沙汰になったのか、煙草吸っていい、と尋ねてくる男に禁煙だ、とすぐに答え、何人は先に、急須からお茶を茶杯に注ぐ。幸いと言えばいいのか、生憎と言えばいいのか、この男が来るときに限って、肝心の客は何故か全く寄り付かない。
 何人は並んだがらすびんの中に活けた花を勝手に障ろうとする男に、触るな、という言葉の代わりに、無言で近くにあった安物の扇子を投げつけた。タイミングよく戻って来た壱が、「こら!」と後ろから叫ぶ。悪いのはあいつだ、と言ったところで、彼はどこか生真面目なところがあり年功序列に従う実直な青年らしく、何人が悪いのだろうと端から話を聞きやしなかった。

  *

「数日前だったかなァ」
 聞いた話によるとだな、と男は――鳥越美鷹(とりごえみたか)は言う。彼は身に着けていたサングラスを外しながら林の奥へとずんずん進んでいった。何人は億劫だ、と顔に貼り付けたまま重い足を前へ動かし彼の後を渋々追う。
 彼の運転する車で出てきて、山奥に向かい約1時間。周囲に人気はなく、どこかで動物たちが立てる物音が、やけに大きくこだましていた。澄んだ空気の中に混ざり、どこか胸の奥がざわつくような妙な感覚がある。 雑木林以外に何もないが、少し林の奥へ進むと、急に踏み均された獣道が見えてきた。
「この奥だ」
 獣道は、何人たちが歩いて来た方向と葉逆の、林の奥からこちらへ向かって続いている。その道がさらに、雑木林の奥に伸びていた。歩いていくうちに、雑木林に紛れ、苔むした倒木が目に入る。斜めに倒れ、ほぼ崩れかけたそれは、どこか見覚えのある面影を残していた。
「……鳥居か」
「おう。潜り辛いけどな。通っとけ」
「……、……わかった」
 鳥居の片方の柱は完全に折れてなくなっている。しゃがんでやっとくぐれるくらいの、三角の空間のみだった。ということは、この踏み均された道は参道で、奥にはきっと宮がある。神域にしては居心地が悪すぎるが。服についた土を払い、何人はここ神社だったのか、と美鷹に尋ねる。
「ああ。ここは昔の本殿の場所だったらしい」
「昔の? 近くに神社があるのか」
「そそ。ご立派なのがな。さっきの道の奥だ。昔はここにあったらしいんだが――……もう神様そのものは別のとこに移された後だ。……ああ、あれだな」
 美鷹が差し示した方角を見る。ほぼ雑木林に同化して見えなくなっていたが、確かに古い社の跡がそこにあった。長い間放置されたのか、倒壊して、柱は腐り、白くもしくは黒く、あるいはびっしりと青く苔生している。近づいて、それが苔ではないことに何人は遅れて気付いた。恐らく金属を用いていたのだろう。緑青だ。錆の茶色も混ざっている。
「……で、この崩れたやつをどうするって?」
「や、目的はこれじゃない。――ここの神様は少し変わっててな、ご神体を本殿に置きたがらない奥ゆかしい神様だったそうだ。それで、その時は奥の枝社にご神体を祭ったそうなんだが……そのご神体ってのがケガレを纏い過ぎて浄化も難しくなっちまった。祟り神になっちまってなあ」
「……? つまり、新しく出来た神社ってのは、祟り神を祀ってるわけか?」
「いやいや、うーん、どう説明すりゃいいか……。ここ五十年くらいの事なんだが、それで祟り神になっちまった神をな、半分浄化して、半分封印したんだ。半分だったのは、まあ、ケガレを払えたのがそんだけってだけの理由なんだが。それで、浄化した方は新しい神社を立てて、封印した方はここにそのまま残すことになった。で、その時の封印がだなあー……経年劣化で緩んじまってる」
「またかけ直せばすむ話だろ」
「そうなんだ。……そうなんだがなあ」
 なんだ、と言葉を濁す美鷹に何人は尋ね返す。案の定面倒くさいことになってる、と彼は続けた。彼が何人を連れまわして手伝いを乞う案件に、面倒ではなかったものなどただの一つとして存在しないので今更だ。
「今度の面倒事は何なんだ」
「いつもに比べてそう難しくはない。正しいやり方っていうのを知らないやつらがやったから、不完全なんだ。で、その状態で知らん間ずっと放置されてたらしい」
「……放置されてたなら問題はないんじゃないのか」
「そうであってほしいがなあ――何人、ストップ」
 止まれ、と急に美鷹の声が低くなる。足を止めたが、さらに美鷹に首根っこを掴まれ後ろに引き戻された。なんだ、と尋ねる前に目の前で何かがひゅんっ、と音を立てる。どこからか飛んできたその影を、美鷹は何人を庇うように体を前に出すと、反射的に叩き落とした。
「ってぇ~っ……!? なんだ? スマホ?」
「……みたいだな。――人がいる」
「あ?」
 何でこんなとこに、と美鷹が声を上げる。雑木林の木々の枝先に紛れ、確かに人影が見えた。美鷹はまじまじと雑木林の奥を見つめるが、どうやら見えなかったようでどこだ、と視線を彷徨わせる。
「老眼じゃ難しいのかもな」
「ろっ……老眼にはちょっと早いとおもうなぁ~?」
「あっちへ行った。……道路の方か?」
「道路? あ~……もかして肝試しでもしに来たか」
 確かに向こうなら車道があるな、と美鷹が言う。木々の間に止まっていた鳥たちが、少し騒がしくぎゃあぎゃあと鳴き始めた。
「肝試しってなんだ」
「ん? あー、カイちゃんは知らないか。ここらはさっきの話もあって、『出る』って有名だからな。たまーにそれを聞いて、おバカちゃんが来るわけ」
 美鷹は飛んできたスマホを拾い上げ、画面が割れていたのは叩き落とす前からだな、と安堵したように一つ息を吐く。電源もまだ入る。勢いよく飛んできた理由は分からないが、恐らく先ほど雑木林から車道へ逃げていった誰かのものかもしれない。どうすんだ、それ、と何人は画面を覗き込んだ。ロック画面ではあるが写真が設定されている。はっきりとした濃いメイクの、フリルのついた服を着た女。
「お。ロリータちゃんだな」
 そういえば先程雑木林を横切っていった人影に、似たような服を着た女が見えたような。本人のものかどうかはわからないが、あの人影のいずれかのものではあるだろう。
「……何かあったんじゃないのか」
「そりゃあまあ……何が起きたかは大体想像つくが」
 とりあえず行ってみるか、と美鷹は雑木林の奥へと再び歩きだす。車道が近いからか、車のエンジン音が耳に届く。獣道が向こうから伸びている。向こう側からもここまで来れたらしい。立ち入り禁止の錆びついた柵を飛び越えて。柵の意味がありゃしねえ、と美鷹はため息を吐きながら遠くを見る。ここだな、と立ち止まったその場所は、ずん、と理解るものが見ればまるで空間に歪が出来たかのように、不自然に沈んで見えた。
 その場所だけ、青草が丸く枯れている。中心に向かって亀裂の入った赤ん坊くらいの石が中に納められた小さな堂がある。もうあと少しで割れてしまいそうだ。堂はほとんど崩れており、掛けられた縄はほつれぼろぼろで、意味を為さず、札の類も大方機能していない。その堂を囲むように、詰み石が周囲に等間隔に並んでいるが、今はその一片の詰み石がすべて崩れていた。恐らくここに足を踏み入れた誰かが倒してしまったんだろう。あー、と惨状を見て美鷹が言う。
「こりゃ思ったよりひでぇな。悪いが十日コースだ」
 嫌な予感はしていたのだ。何人はだろうな、と美鷹に頷く。
「…………、はあ」
「じゃ、神社に行って色々借りてこねえと。……まあ、先に向こうの兄ちゃんたち何とかするか」
 さて、と美鷹はそのまま、立ち入り禁止の柵へ向かって歩き出す。仕方がなく何人もその後に続いた。緩い坂を上りきり、錆びた柵までたどり着く。近くに止めてあった車の傍に、身を寄せ合う女が二人と、近くにぐったりとした男が一人。女の一人はやはり黒いロリータ服を着ていた。もう一人車の中にもいる。後部座席に横になっていた。
 近づいてきた美鷹たちに気付き、彼等は怯え切った顔でこちらの様子を窺う。あとは彼に任せておけばいいだろう。何人は一歩引いたまま、彼が若者たちに近づきてきぱきと事態を収拾していくのを見る。手持無沙汰になってスマートフォンを取り出した。気付かなかったが、時間を見ると、山に入る直前くらいだろうか。いつの間にか壱から連絡が届いていた。店の戸締りをどうすればいいのか尋ねてきていた。今日はどうせ準備で終わるだろうから、日付が変わる頃までには戻れるだろう。だが、そう返事をしようとしても、ほぼ山の中だからか電波がない。
「…………」
 何人はしばらくあれこれためそうとしたが、結局、美鷹が仕事の下準備を終え山を下りるまで、スマートフォンは使い物にならなかった。

  *

「……――ああ」
「え?」
 急に何、と壱が尋ねてくる。何かを思い出したように――いや実際そうなのだが、急に声を上げた何人に、壱はきょとんとした表情で尋ねた。
「いや、……さっきのやつ」
「さっきの?」
「いただろ。あの……、三文占い師を襲ってた」
「ああ。傘芽の先生さん?」
 を、襲っていた女の人、と壱は訊ねてくる。そう、と頷く何人に、彼は続けてそれが何だ、とばかりに首を捻った。妙な間がある。
「えーと。それで? 何人の知ってる人だったの?」
「知らん」
「え? じゃあ何……?」
「知らんが知ってる」
「……? ……んん?」
 どういうこと、と壱は顔にわからない、とはっきりとそう貼り付けて首を捻った。
 同じ大学に通う同期――波雲傘芽が、彼が師事しているという「先生」とやらに呼び出され、大学を足早に去っていったのだ、と大学のキャンパスで彼に合流した何人に壱は言った。
 何人からしてみれば、傘芽は同業者のようなもので、お互いに不可侵でいるよくわからない関係の青年である。本当は大学から真っすぐに帰ろうとしていたのだが、壱が気になる、と言い出して、何人の方も久しぶりの『休み』だったから、彼等が向かったであろう駅まで自分たちも行くことにしたのだ。
 案の定、着いた頃には騒ぎは既に始まっていて、波雲と三文占い師の前にはどこか様子の可笑しい女が刃物を手に立っていた。
 何故かその女に見覚えがあったのだ。それを今、どこでだったかやっと思い出した。
「前にあの女、山にいたな」
「山? ……え? 山? なんで? ……山!?」
 まって、お前の言う事何一つわからない、と壱はさらに疑問符をその頭の上に増やしたような表情をする。
「女の顔はころころ変わるから大して覚えてない。けど、落ちてたスマホの待ち受けになってたから覚えてる」と何人が続けた後に、壱はしばらく考え込むように明後日の方向を見、首を捻りながら、山、山、と繰り返した。それから、はっとしたように目を見開く。
「――あ! おじさんの依頼で行ったっていう山!?」
「……そうだけど」
「分かるわけないだろ!」
「そうか? 他に山の話なんてしてなかっただろ」
「そ、それはそうだけど……! お前の頭だけでわかってることを淡々と言われても俺は何も分からないって何度言ったらわかるの」
「……? そうか。悪かった」
 すぐに謝った何人に壱がう、と眉を下げて言葉を詰める。何とも言えない表情だった。
「お、怒った俺が悪いみたいじゃん……。怒ってない、いやこれくらいは怒ってるうちに入らないよな!? ……えーと、まず整理していい?」
 この間店先に何人のおじさんがやってきた。何人はおじさんに連れられて山の中へ。仕事を手伝うことになった。そしてその山にさっき傘芽の先生を襲おうとしてた女の子がいた。何人は今それを思い出した。「……そういうこと?」と、壱は確かめるように何人に尋ねてくる。
「合ってる」
「俺はそこの、何人があの人の事を思い出した後の『ああ』しか聞いてないんだよ。わかるわけがないだろ」
「だから、悪いって言ってる」
「……あー! もー!」
 時々会話が噛み合わないのだが、何人はそれをあまり気にしてはいない。気にするのはいつも壱の方だ。お前が何を言いたいかはわかった、と彼は一旦自分で一つ息を吐いてそれで、と話を続けようとする。
 ごうごうと、それまで晴れていたはずの空から不意に音がする。雨が近づく匂いはしないから、降ってもきっと局地的な通り雨だろう。壱と二人きりでいる時に雨が降り出すのもすっかり慣れてしまった。壱は雨男なのだ。空を見上げていた何人に気付いて、何か飛んでるの、と壱が尋ねてくる。服を軽く引かれて視線を戻した。
「じゃあ、話戻すけど。――あの人がどうしたの?」
「いや。どうということもないけど。可笑しいと思わねえのか?」
「何が?」
「普通知り合いなら名前でも呼んで止めるだろ。けど、あの様子じゃ傘芽もあの三文占い師もマジに面識なんてなかったっぽいし。……多分、あの女――あの時に山で何か拾ったんだろうな」
「何かって?」
「美鷹が扱ってるような悪いモンのこと」
 美鷹が少し変わった商売をしていることは壱も知っている。そもそも何人の店でバイトを続けている時点で怪異にもある程度慣れてはいた。ああそういうこと、と壱は漸く合点がいったようでなるほど、と頷く。
「察しが悪くてすみませんねェ。……じゃあ、あの人は正気じゃなかったから、傘芽の先生を襲ってたのか」
「普通、人を襲うような奴は正気じゃないぞ」
「それは確かにそう」
 そう言えば今日もあるの、と壱は何人に尋ねてくる。先ほど名前を出した美鷹に頼まれている仕事の事だろう。いつもであれば、大学が終わった時間ぴったりに車を駐車場に停めている美鷹だが、今日はここ数日作っていた新しい陣の経過観察で、手伝いは不要と言われている。つまりは数日ぶりの休みだ。
「今日はない」と答えた何人に、じゃあ、と壱はスマートフォンの画面をちらと見てから尋ねてきた。彼が何人に向けてきた画面には、母さん、という見出しと、彼等が交わした会話が表示されている。『そろそろカイちゃんも連れてきて』と、その会話は何故かそこで終わっていた。
「来れるよな?」
 彼に縋るような目をされると、何人は何故か断れない。

  *

 蔵前壱とは、高校の時からの付き合いである。
 たまたま彼を何人の家の店番として雇うことになり、たまたま、思いがけなく彼に助けられた。壱は自身が何をしたのか何一つ自覚がないし、何人もまた、自分の身に何が起きていたのかを彼にはっきりと伝えたことはなかった。店番に慣れてきたとはいえ、壱はごくごく『普通』の少年だったから。
 少年と呼べない歳ではあるが、まあ大人と言えるほど成熟しているわけでもない。どこかあどけなさを残したままでいるうちはこのままでいいだろう。
 彼はそうやって知り合ってから、少しずつ何人に彼自身のことを教えていった。母子家庭であること、母親は水商売で生計を立てていること、そしてここ数年で店を持ったこと。そして、その店というのが何人の家からそう離れていないため、何人が一人暮らしと知ってから、時たま賄いを食べに来いと壱の母親から誘いを受けるのだ。こんな風に。
「あっ! やっと来た!」
 店のドアを開けると、カランと小気味いいベルの音が鳴る。スナックということもあり少し明かりを落とした店内は、ぽつぽつと常連客の姿がすでにあった。
「ただいまー」
「……ッス」
「こんばんはくらいちゃんと言いなさい」
「……こんばんは」
「よろしい。そこのカウンター座ってて。ハイボールでいい?」
「おばさん、まだ未成年だけど」
 癖だろうか。酒のボトルを用意しようとした壱の母親に何人は言う。はっとして、彼女は手に取ったボトルを元の場所に置いた。
「そうだったわ。危ない危ない」
「ちょっと、母さん気を付けてよ」
「はいはい」
 壱は奥、とこの店のオーナーである彼の母親はそういい、壱を店のカウンターの奥へ呼んだ。カウンターの奥にはキッチンがあり、そしてそこから、彼らの居住区へと入ることが出来る。荷物置いてくる、と答えた壱に、いやちょっと待って、となぜか静止の声がかかった。
「え? 何?」
 困惑した様子で壱が尋ね返す。彼の母親は続けた。
「実は今、店の若い子が体調悪くなってね。上で寝かせてんのよ。アンタとそんなに変わんないから、アンタもあの子も気まずいでしょ。ドレスが窮屈だったから脱いでもらってるし。悪いけど、アンタ、今日はカイちゃんとこ泊めてもらって」
「えっ」
「悪いわね、カイちゃん。いい?」
「……それは、……別に」
「後で上からパンツ持ってくるから。とりあえず二人が食べるもん作りなさい」
「ええー!?」
 どうせ明日学校休みでしょ、と続けられ、壱も反論出来ずに唇を噤んだ。パンツ、と呟いた何人に気付き、はっとして壱が動揺する。
「か、何人んとこにも置いてあるから着替えは別にいい!」
「あらそう。何で怒るの」
「煩い! 母ちゃん黙って!」
 反抗期じゃないのお、と、それを聞いていた店員の一人が、くすくすと彼女に笑いかける。違います! とその声に半ばむきになって壱が叫んだ。むっとした表情のまま今度は何人を振り返る。
「何人!」
「……ん?」
「何食べたい!」
「な……」
「なんでもいい!? なら焼きそばね!」
「……、おう」
 興奮のあまり母親の呼び方が昔に戻っている、と指摘しかけたが、尋ねる前に壱は奥に引っ込んでいってしまった。何故怒鳴るように尋ねられたのか何一つわからない。疑問符を浮かべていると、カウンターから少しばかり身を乗り出して、壱の母親が「あの子、カイちゃんにはあんまりカッコ悪いとこ見せたくないのよ」とそっと囁いていった。その言葉に、さらにきょとん、と何人も首を傾げる。
「今更じゃ……?」
 少なくとも、数年付き合いがある中で彼の少し情けない姿であればもう何回も見た。何人の言葉に、彼の母親もけらけらと笑う。
「そうよねえ? やだー、遅れてやって来た思春期かしら~。カイちゃんもごめんね、八つ当たりされて」
「八つ当たり」
 今のがそうなのか、と言われるまで気付かなかった。それも壱には聞こえていたらしく、奥から「ごめん!」と、先に謝るように叫ばれる。んっふふ、と堪えきれなかったように、壱の母親が笑みをこぼした。
 彼女がこの店を持つようになるまで、彼らはどうやら、こんな他愛のない喧嘩の一つしなかったらしい。
 この店が出来るまでは、壱が登校する直前に帰ってきて、家に壱が帰ってきた時には既にいない生活を続けていた。ところが、こうやって彼女が自分の店を持つようになってから、壱と顔を合わせることが増えた。会う機会が増えれば、それだけ言葉のすれ違いやちょっとしたことが目に付く。今まで口を出せなかったことにも気付くようになる。
 彼は夕食をこの店でとることが多かったし、たまに何人も呼ばれて店に顔を出す。そのまま何人だけが帰るときもあれば、店がうるさかったり、今日のように急に誰かを泊めるからと何人の店に戻ることもある。彼からすれば、それまで暮らしていた家が、急に人の集まる場所になってしまったのだから、何年経っても落ち着かないのだろう。営業時間を過ぎても、眠る直前まで何人の家に居続けることが多くなっているのは、この店に帰るのが気まずいからなのかもしれない。はっきりと彼からそう聞いたことはないのだが。俺だったらさっさと家を出るな、と何人はぼんやりと思う。
 だからだろうか。既にバイトをしなければいけないほど経済状況は切迫していないらしいが、壱は変わらず何人の店のバイトを続けている。この店の事は嫌いではないが、やはり自分の小遣いくらいは自分で稼ぎたいのだと表向きは言う。まあ、掃除とお茶くみと留守番をしているだけの簡単な仕事で、家とも近いとなると、この近所を探してもそうそう見つからない。何人としても、壱と一緒にいるのは苦ではなかったし、やりたいと言われて断る理由もなかった。
「そういえば、カイちゃん、最近どこか行ってたの?」
「……はい?」
「あの子、そっちに泊まるけど、こっちにはカイちゃん連れてこなかったじゃない。カイちゃんの分もご飯作ってそっちに持っていくし」
「ああ。……ここのところ、叔父の用事で店を開けていて。すみません、留守番もかずに任せっきりに」
「それくらいはいいのよ。あの子も好きでやってるんだし。カイちゃんも大学生だけど、親御さんはもういないって言うし、その叔父さんもたまにしか顔を見せないんでしょ? 一人暮らしってのも大変よぉ? おまけにお店は続けてるし。その店番くらい、あの子が都合つかなかったとしても、うちの若い子を貸すわ。その時は任せなさいね」
「……はあ。ありがとうございます」
 出来た、と店の奥から声が聞こえてくる。しばらくして、奥の厨房から壱が皿を二つ手にして戻って来た。焼きそば、と言っていたのに、彼が手にした皿からは焼きそば独特のソースの匂いがしない。
 盛り付けられた麺の上には刻みのりがたっぷり乗せられており、麺はもったりとした何かに絡まっている。照明が落とされており色だけではわかり辛いが、通り過ぎざま匂いで気付いたのか、はっとして、彼の母親が壱に尋ねた。
「……アンタ」
「ウニ、もらった」
「……! う、……う! ウ……!」
「全部使ってないし。何でも使っていいんでしょ」
 ふん、とやはりどこかつっけんどんに、彼は母親の横を通り過ぎ、何人の所へぐるりとカウンターを回ってやってきた。何人の前に一皿、そして隣に腰掛けて、自分の分も置く。「ウニ焼きそば」と、続けて箸を差し出された。
「母さん、水」
「それくらい自分で汲みなさい。カイちゃんの分はこれ」
「なんで何人だけ!?」
「カイちゃんはお客さんでしょうが!」
 親子喧嘩に店のあちこちから笑い声が上がる。壱もむすりとしたままいたたまれない表情をして、くちびるを窄めていった。何人は差し出された水の入ったグラスを壱の前に滑らせ、「おばさん、水」と先ほどの壱のように彼女に乞う。彼女も壱も一瞬面食らって、彼等の代わりにそれを見ていた店員がげらげらと笑い出した。
 酒気を帯びた大人たちの声はやけに大きい。音の外れた知らない曲のカラオケを右から左へ聞き流して食事を終えると、壱の方からいこ、と腕を引かれた。接客をしていた母親に向けて、「じゃあ何人のとこ泊まる」と、壱は鞄を抱え直す。話していた途中だったからか、彼の母親は壱に軽く手を振るだけだった。
 店の外は既に夜を迎え静まり返っていた。人の姿はまだあるが、車のエンジン音の方がこの時間帯は大きい。そういえば、と歩きながら壱が振り返る。
「ごめん。いつもだけど、煩かったろ」
「……別に。慣れた」
「慣れ……――慣れた?」
 何それ、と壱が怪訝な表情で尋ねてくる。言葉の通りだけど、と答えながら、何人は鞄から折り畳みの傘を取り出した。鼻先にぽつりと当たった雫の感触。それを見て、ごめん、と謝りながら壱も鞄から傘を探そうとして、あれ、と声を上げる。
「お前の傘、今朝店に置いてあったぞ」
「あー! そうだ、乾かしたまま忘れてた!」
 ぽつぽつと、そうこうしている間にも雨音は激しくなっていく。走れば店まですぐだったが、傘がただの一つもないわけではないのだ。入れて、と当然のように壱は何人の広げた傘の下に入ってくる。ん、と答えながら何人も傘を彼の方へと傾けた。
「……ていうか慣れたって何?」
「その言葉の意味のままだけど。毎回、ああもぎゃあぎゃあ騒がれたらな。慣れるだろ。……それよりかず、お前」
「何」
「まさか本当に反抗期なのか?」
 は、と尋ねた何人に、壱は驚いたように目を見開く。ぱくぱくと言葉もなくくちびるを動かすものだから、金魚の真似でも始めたのかと何人はぼんやりと思った。先ほどのパンツ騒動の時もそうだが、どうやら壱は何かが恥ずかしいらしい。まあいいだろ、と答えた何人に壱は何とも言えない視線を向けてきた。
「お前の母親とのあのやりとりなんて、俺の美鷹への態度とそう変わんねえだろ」
「何人のおじさん? ……ええ!?」
「違うのか」
「そ、そ、そう……かなあ?」
「ま、俺と違って本当は別に嫌いじゃないんだろ、母親の事。思春期にはよくあるらしいし」
「思春期じゃない!」
「でも、むきになってるだろ。それって、そういうもんじゃないのか?」
 はは、と軽くそれを笑いながら、何人は服のポケットから家の鍵を取り出した。見慣れた店が近づいてきたからだ。店は元より不定休。今日はこのまま店を開けずに居てもいいだろう。客も、週に一度入ればいい方だし、開いていなかったところで無理に尋ねてくる者の方が少ない。まだむすりとした表情でこちらを睨んでくる壱を小さく笑い、先に風呂入れよ、と何人は店の引き戸を開けた。
 『蝶』の機嫌はいいようで、店先は平常時のままだった。
 この店は移り気で気まぐれな気質で、その時の機嫌によって勝手に内装を変えてしまう。迷路にされた時は、奥の居間に辿り着くまで一時間かかったこともあった。
 無数のガラス瓶の中に活けた花々は、何人や壱が通り過ぎると、我先にとその香りで鼻先をくすぐろうとする。手入れらしい手入れが必要ないのは楽でいいが、こういう時は面倒だ。何人が家の中へ連れていく一本を決めるまで甘い香りを無駄にまき散らす。
「……お前にするか」
 手近なところにあった花を一本手に取る。途端にすう、っと漂っていた甘い匂いがおさまった。慣れた様子で、「花瓶もってくるね」と壱が言い、店先に並んだ空き瓶を一つ手に取る。壱に手にした花を渡し、靴を脱いで店の奥に上がりながら、何人はひとつひとつ身軽になっていった。
「おい馬鹿、廊下に鞄と靴下落とすな」
「…………」
「何人の方が先に風呂入れば?」
「準備がめんどくさい……」
「さっきまでしゃきっとしてたのに! なんで家に戻った瞬間スイッチオフになるかなあ」
 シャワーでいいじゃん、と答える声を無視して、何人は居間に置かれたソファにそのまま飛び込む。ここ数日の床はここだ。美鷹に連れ回され、疲労困憊して倒れ込むように眠っている。水音がして、かたかたと物音が続く。壱が渡した花を活けた所なのだろう。店先にある花は手に取らない限り永劫枯れることはないが、『蝶』の影響下にないこの居住区に連れてくると、普通の花とそう変わらない「モノ」になる。枯れていく花はみすぼらしくなる前に捨てられ、開いた場所にまたひとつ、美しい花が並ぶのだ。
「……ここかな」
 今は殆ど壱に任せてしまっているから、部屋の一角に並べられた瓶の配置は彼がやったものだ。右から左へ向かって、同じ色の花が纏めて飾ってある。器用なものだ。そこまでしろとはただの一言も言っていない。綺麗に飾ってくれるからか、始めは壱に興味を持たなかったあれらも、何人にするのと同じように媚びを売るようになった。
「何人、明日は何コマ目から?」
「二」
「俺、一限からだから先に出るね。朝ごはん作っておく?」
「ん……」
「じゃあ勝手に作る。そういえば機嫌治った?」
「……何の?」
「昨日までずーっと機嫌悪かったじゃん。今日はまだ昨日より怖い顔してなかったけど」
「…………」
 怖い、と言われたところで覚えがない。そんな顔をしていたか、と考えるように黙り込んだ何人を見て、「お互い遅れてきた反抗期が長引くなあ」と壱が言う。その言葉にお前とは違う、と何人が淡々と返すと、彼は何が、とどこか不服そうに尋ね返してきた。
「俺は別に、お前の母親に対しての態度みたいに、素直になれないとかじゃない」
「じゃあ何?」
「純粋に、あいつが嫌いなんだ」
 機嫌が悪いのはその嫌いな奴と己の意志に関係なく過ごさなければいけないから。彼に握られた弱味を、どうしても払拭出来ず従うしかない事実にも腹が立つ。それさえなければ金輪際連絡を取らず、ここの敷居も跨がせないのに。
「一体何されたのさ……」
「気になるか? 言うわけないだろ」
「えー?」
「えーじゃない。はやく風呂いってこい。それとも一緒に入るか」
「一緒に? いいけど」
「………………」
 冗談のつもりだったから、そんな答えが返ってくるとは思いもしなかった。沈黙の気まずさに彼が気付くわけもなく、黙り込んでしまった何人を壱は不思議に思い、入らないの、と促してくる。外の雨は本格的に降り出す前に止んでしまったようで、この不自然な沈黙を埋めてくれることもしない。本当に運がいいやつ、と何人は壱を見上げながらしばらく黙り込んだ後、やっぱり先に少し寝る、と答えて話を誤魔化した。

*

「――ってことがあってさ」
 話し終えた壱に、傘芽は何故か何か言いたげな表情のまま口を空けて呆けていた。壱は何その顔、ときょとんとして首を捻る。傘芽はそうやって数秒呆けた後に、ふ、っふふ、とこらえきれなかった、とばかりに急に肩を震わせ笑い始めた。今の話に笑う所なんてあっただろうか、と壱は思わず怪訝な表情を向ける。
「笑うとこどこ?」
「……っは、……はー――いやあ、ごめんごめん。そういえば壱は今の話を聞く限り半分何人の家に住んでるようなものだけど、何? 家政婦?」
「そんなわけないだろ」
 何人に生活能力がないから仕方がなく、と壱は言う。そうなんだ、と頷きながらも、傘芽は何故かにこにことその口元に笑みを浮かべたままである。怪訝な表情をしていると、目の前にぬっと何かが差し出された。お、と傘芽も顔を上げる。
「噂をすれば」
「……何のだよ」
「何人以外に誰がいるんだ?」
 甘い匂いが微かにするが、それは差し出されたカップからではなかった。カフェテリアのテーブルの一角、既に壱と傘芽が座っていたそのもう一つの空席に何人は無言で腰掛けていく。丁度昼時を過ぎた所で、授業へ向かうためほとんどの学生が移動しようとしていた。その波からはぐれるように三人、テーブルを囲んでいる。何買ったの、と甘い匂いにつられ、壱は何人のカップの中を覗き込もうとした。だが、そこから壱を遠ざけるように、何人はカップを持っている方の手をすっと反対側へ動かしていく。中身を知られたくないのだろうか? それを見てくすりと笑みを浮かべながら傘芽が何人に尋ねる。
「――で、『仕事』は終わったの?」
「終わった」
 どこか遠い目をして何人が言う。昨日の夜、店番をしていたら丁度店の前に車が止まって、何人のおじさん――美鷹が長い間借りててごめんね、と言って何人を降ろしていった。疲れ果てて眠ったまま起きないようで、壱が玄関先から部屋まで彼を運んだのだがそれを知ってから何故かこの態度なのだ。
「それはそれは。ご苦労様」
「……そっちも結局、巻き込まれたんだろ」
「まあ、こっちは似たようなことはよく起きてるし。今回はたまたまそっちの案件と被っただけだろ。ま、そういうこともあるか。この『界隈』、不明瞭だけど狭いしね~。……――ああほら、噂をすればだ」
 テーブルに置いていたスマートフォンから、ぽこぽこと連続的に通知音が鳴りだす。いつもの先生? と尋ねた壱に、他にあてはないよ、と彼は全く迷惑そうに見えない、むしろどこか嬉しそうな様子でスマートフォンを手に取った。こうやって連絡が入ると、彼はそれまで何を話していたとしても、自分に連絡を寄越してきた先生の方を優先する。
「じゃあ俺はそろそろ行くよ。あ、何人。これ」
「……、おう」
「必要でしょ? 貸りは返したから」
 これでイーブン、と傘芽はそう言って、何人に何かを渡していく。壱もまたね、とスマホを片手に立ち上がると、傘芽はすたこらとカフェテリアを離れていった。何、と壱は何人がもらったものを覗き込む。封筒の中に紙が数枚。ルーズリーフのコピーだ。
「何それ」
「……授業のノートだろ。かずがとってないやつ」
 被ってるから、と何人は言う。コピーの一番上に付箋が貼られており、そこには抜き打ち試験の出題範囲はこれ、と書かれている。
「抜き打ち試験なのになんで出題範囲までわかってるんだろ?」
「……さあな。得意の占いでもしたんじゃないか」
「俺の選択科目も期末のレポート課題が何か、傘芽に占ってもらおうかな」
「やめとけ。当たるも当たらないも、結局は運だろ」
「えー」
「それに――」
 何かを言い掛け、何故か何人は途中で言葉を止める。何、と先を尋ねた壱に彼は買ってきた甘い匂いのするカップを傾け、ぱた、と急に鼻先へ落ちてきた雫にふと顔を上げながら、「……お前は運がいいからな」と、周囲が晴れているのにも関わらず、急に降り出した雨が、一体この青天のどこから来たのかを、ただぼんやりと見つめていた。
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