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デートの誘い
しおりを挟む「こんばんは」
結菜が明るく声を掛けると、悠真はハッとして顔を上げた。
驚きを乗せた表情に、結菜は微笑むが……悠真の頭を見て少しだけ眉を顰めた。
「五十嵐くん、包帯はどうしたの?」
「目立つから取った」
「取ったって…」
「言いたいことは判る。足立にも散々言われたからな」
それなら何を言っても無駄だろうと結菜は口を噤んだ。
そして、次に掛ける言葉を探す。
さて、何と切り出そう。
上手く意図が通じるかな……いや、悩んでも仕方ない。
そう思って口を開こうとした時――、
「来るとは思ってなかった」
先に悠真が言葉を発した。
「来ない方が良かった?」
それに意地悪く返すと、
「少なくともまた、ラウルの酒に釣られる可能性は考えた」
と、からかうように言う。
危うくそうなりそうだったが、言わぬが花だろう。
「流石に上司に何か言われたら考えるけど、別に何も言われなかったし。それに…今更、客扱いするなって五十嵐くんが言ったのよ」
『五十嵐様と呼ぶな』そう言ったのは、今の関係のまま付き合ってほしい、そういう事だと結菜は思った。
五十嵐の名に縛られない、ただの19歳の五十嵐悠真と、偶然バーで出会っただけの関係。
「それから、今日は伝えたいことがあって」
「伝えたいこと?俺に?」
「そう」
ここからが本番だ。
悠真が誘いに乗るかどうか…。
「五十嵐くん、うちのレストラン利用したことある?」
「このホテルの?いや、無い」
「いつもルームサービス?」
「ああ。食べても朝食か、夜食だな」
「やっぱり…。あのね、この下の階にレストランあるでしょ?その中の和食レストラン『月白』で同期が働いてて…五十嵐くんに食べに来てっ欲しいって言われたの…」
「どうして俺に?」
「えーっと……、さくら曰く、うちのホテルで一番良い部屋に泊まっているにも関わらず、レストランに足を踏み入れてもらえないのはプライドが許さないと…」
心の中でさくらに謝罪しながら、苦し紛れに言う。
「それでね、クーポン券を貰ったの。10%引きの。五十嵐くんにとってみたら、大した割引にはならないだろうけど…」
結菜の説明を無言で聞く悠真に居た堪れなくなり、言葉尻が段々と萎んで行く。
「要は、デートして欲しいと結菜は言っている訳ですよ」
そう言って横槍を入れたのは、八角銀盆で酒を運んで来たラウルだった。
ラウルの言葉に、結菜はポカンと彼を見上げる。
――誰が、誰とデートだって?
「結菜、中学生でもないんだから、一緒にディナーへ行こうくらい普通に言ったらどうだ?誘い方が回りくどい」
テーブルにグラスを置きながら、心底呆れたように言う。
え?あたしが誘った?
ディナーに?
一体、いつそんな話に?
「で?いつ行く?」
今度は、悠真の台詞にポカンとなる。
彼は自分の膝に肘を乗せ、乗り出すような格好で結菜を見つめる。
その表情は、どこか楽しそうだ。
「いつ?」
「行くんだろ?『月白』に」
……あれ?
何であたしも行く話に……?
ラウルを見上げ、今度は視線を悠真に戻す。
二人の男がさも当然のように結菜の回答を待つ。
…何だろう…この否定できない雰囲気。
「えーっと…明日、ですかね?」
「何で疑問形」
「いや、何となく…」
「判った。明日の夜は空けておく」
「良かったな、結菜。断られなくて」
まるで自分の事のように嬉しがるラウル。
昼間、さくらにお願いしてクーポンを貰った結菜は、今夜それを悠真に渡して、何とか明日『月白』へ行ってもらおうと思っていた。
勿論、彼一人で。
それがどうしてこうなった――――。
いつの間にか一緒に行く事になってしまったこの状況に、結菜は頭を抱えたくなった。
――翌日。
結菜はシフトの調整をして、何とか19時以降の時間を空けられようにした。
同シフトに入っていた玲に甘える形となってしまったのだが、彼女は快く承知してくれた。
理由を話した際、もの凄く嬉しそうだったのが若干気になるところだ。
「ユイちゃん、ちょっと待って!まさかそれで行くつもり?」
悠真との約束のためにオペレーター室を出て行こうとした結菜を、玲が慌てて引き止める。
何かおかしいだろうかと、結菜は自分の服を見下ろす。
いつも着ている黒のパンツスーツ。
定期的にホテルのランドリー・サービスを利用させてもらっているので汚れも無い。
「折角のデートなのに、その服装は無いと思うの…」
ねぇ?と、同意を求めるように、同僚の葵を見る。
葵も残念な子を見るような表情をしている。
「別にデートって訳じゃないんです。これには理由があって…」
「理由って?」
玲の純粋な疑問に答えを窮する。
実は五十嵐ホールディングスの役員と、日本鉄鋼エンジニアリングとの会食を盗み聞きに行くだけです、など言える訳がない。
「葵ちゃん」
「はい!玲さん!準備は万端です!!」
玲の号令に、葵がスクッと立ち上がる。
黙り込んだ結菜の腕を両サイドから二人して掴むと、ロッカールームへと引っ張って行く。
「ちょっ…葵?!玲さん?!」
理解できない二人の行動に慌てる。
結菜は助けを求めるように他の同僚達を見るが……周りからは菩薩のような笑顔が返って来るだけ。
そして、引きずられるようしてロッカールームへと消えて行った。
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