63 / 63
大事な話
しおりを挟む
「そうなの?」
「そうよ。学生と社会人じゃ、世間から問われる責任が違いますからね」
私は復唱した。「問われる責任?」
「社会人にもなってお金や女性にだらしない人は、時に社会的な地位が失墜したりもするのよ。家族から見放されたりもするしね」
お母さんはまた湯呑みに口を付けると、ずずっと小さく音を立ててお茶を飲んだ。
「要は社会人にもなって女のためにバカスカお金を使う男なんて、将来性がないからやめておきなさいってことよ」
ピリリと辛い坦々麺みたいなことを言ってから、お母さんはにっこりと微笑んだ。
私とお母さん。両者の生きた時間の差を感じて、自然と身が引き締まる思いがした。思わず居住まいを正してしまう。
「お母さん的に、その、従兄さんてどう?」
「どうって?」
「だから……男の人としてどうなのかなって」
私は落ち着かない気持ちで目の前にある湯呑みを手に取って、中身を少しだけ口に含んだ。
訊いてはいけないことを訊いてしまったような気がしながらも返答を待つ。
お母さんは少し間を置いてから、にっこりと笑みを浮かべながら口を開いた。
「そうねぇ。椿のことが大好きなところは満点かな。でも……」
「でも?」
「野暮なこと言うようだけれど。まだ中学生のあなたを奥さんにしたいって思っているところは……少し心配かな」
言われた瞬間、ドキッとした。
どう心配なのか。そんなの訊かなくても分かる。
だってもし従兄さんが若い女の子が好きってだけなら、私が歳を取ったら嫌われちゃう。……用無しになっちゃう。
それに、倫理的に見たら気持ちのいいものじゃないのはたしかだと思う。私はまだ未成年で、義務教育も終えていない。そんな私を従兄さんの婚約者にしたのはお祖父様だけれど、従兄さんは異を唱えるどころか同意した訳だし。
それどころか、すでに従兄さんは私の身体を見ているし、触れてもいる。誰にも――お母さんにもこのことは話していないけれど。
私は思わず目線を下に向けていた。
「私、中学生だから猛従兄さんに好きになってもらえたのかな?」
「椿はそう思うの?」
真面目な声色でお母さんが訊いてくる。私は下を向いたままで答えた。
「正直わかんない。でも、従兄さんは私に対していい加減に接してきたことはない気がする。いつも私のことを好きだって気持ちがあふれてて、恥ずかしくなるくらいで。だから私、従兄さんのこと信じたい。私のことを年齢だけで好きになったんじゃなくて、私だから好きになってくれたんだって……」
「そう。なら、私から猛くんにお願いしておくわ」
お母さんがまたにっこりと笑った。無意識に首がかたむく。
「何を?」
「椿のことを裏切らないでねって。あと、椿のことを大事にしてほしいって。おかしなことをしたら承知しないって」
その言葉に反応して心臓が暴れた。ドキドキと音を立てて、胸の中で跳ね回っているようなその感覚が不快で、何度も深呼吸をする。
……もう、『おかしなこと』されてるよ。今、そう言ったらどうなってしまうんだろう。お母さんは怒るかもしれない。悲しむかもしれない。
しかも嫌じゃなかったって言ったら、もっともっと悲しむかもしれない。
私は下を向きながら、きつく両手を握りしめてこぶしをふたつ作った。
「あのね、お母さん」
「うん?」
「私、従兄さんのこと……好きなの」
「うん」
「それでね、それで……」
それ以上、口にすることができなくて黙っていると、お母さんがズバリと訊いてきた。
「猛くんから何か嫌なことをされたことがあるの?」
「嫌じゃなかったけど……恥ずかしいことはされた」
そう、正直に言ってしまった。恐る恐る顔を上げると、お母さんは怖い顔をしていた。
「そうよ。学生と社会人じゃ、世間から問われる責任が違いますからね」
私は復唱した。「問われる責任?」
「社会人にもなってお金や女性にだらしない人は、時に社会的な地位が失墜したりもするのよ。家族から見放されたりもするしね」
お母さんはまた湯呑みに口を付けると、ずずっと小さく音を立ててお茶を飲んだ。
「要は社会人にもなって女のためにバカスカお金を使う男なんて、将来性がないからやめておきなさいってことよ」
ピリリと辛い坦々麺みたいなことを言ってから、お母さんはにっこりと微笑んだ。
私とお母さん。両者の生きた時間の差を感じて、自然と身が引き締まる思いがした。思わず居住まいを正してしまう。
「お母さん的に、その、従兄さんてどう?」
「どうって?」
「だから……男の人としてどうなのかなって」
私は落ち着かない気持ちで目の前にある湯呑みを手に取って、中身を少しだけ口に含んだ。
訊いてはいけないことを訊いてしまったような気がしながらも返答を待つ。
お母さんは少し間を置いてから、にっこりと笑みを浮かべながら口を開いた。
「そうねぇ。椿のことが大好きなところは満点かな。でも……」
「でも?」
「野暮なこと言うようだけれど。まだ中学生のあなたを奥さんにしたいって思っているところは……少し心配かな」
言われた瞬間、ドキッとした。
どう心配なのか。そんなの訊かなくても分かる。
だってもし従兄さんが若い女の子が好きってだけなら、私が歳を取ったら嫌われちゃう。……用無しになっちゃう。
それに、倫理的に見たら気持ちのいいものじゃないのはたしかだと思う。私はまだ未成年で、義務教育も終えていない。そんな私を従兄さんの婚約者にしたのはお祖父様だけれど、従兄さんは異を唱えるどころか同意した訳だし。
それどころか、すでに従兄さんは私の身体を見ているし、触れてもいる。誰にも――お母さんにもこのことは話していないけれど。
私は思わず目線を下に向けていた。
「私、中学生だから猛従兄さんに好きになってもらえたのかな?」
「椿はそう思うの?」
真面目な声色でお母さんが訊いてくる。私は下を向いたままで答えた。
「正直わかんない。でも、従兄さんは私に対していい加減に接してきたことはない気がする。いつも私のことを好きだって気持ちがあふれてて、恥ずかしくなるくらいで。だから私、従兄さんのこと信じたい。私のことを年齢だけで好きになったんじゃなくて、私だから好きになってくれたんだって……」
「そう。なら、私から猛くんにお願いしておくわ」
お母さんがまたにっこりと笑った。無意識に首がかたむく。
「何を?」
「椿のことを裏切らないでねって。あと、椿のことを大事にしてほしいって。おかしなことをしたら承知しないって」
その言葉に反応して心臓が暴れた。ドキドキと音を立てて、胸の中で跳ね回っているようなその感覚が不快で、何度も深呼吸をする。
……もう、『おかしなこと』されてるよ。今、そう言ったらどうなってしまうんだろう。お母さんは怒るかもしれない。悲しむかもしれない。
しかも嫌じゃなかったって言ったら、もっともっと悲しむかもしれない。
私は下を向きながら、きつく両手を握りしめてこぶしをふたつ作った。
「あのね、お母さん」
「うん?」
「私、従兄さんのこと……好きなの」
「うん」
「それでね、それで……」
それ以上、口にすることができなくて黙っていると、お母さんがズバリと訊いてきた。
「猛くんから何か嫌なことをされたことがあるの?」
「嫌じゃなかったけど……恥ずかしいことはされた」
そう、正直に言ってしまった。恐る恐る顔を上げると、お母さんは怖い顔をしていた。
0
お気に入りに追加
260
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
永遠の隣で ~皇帝と妃の物語~
ゆる
恋愛
「15歳差の婚約者、魔女と揶揄される妃、そして帝国を支える皇帝の物語」
アルセリオス皇帝とその婚約者レフィリア――彼らの出会いは、運命のいたずらだった。
生まれたばかりの皇太子アルと婚約を強いられた公爵令嬢レフィリア。幼い彼の乳母として、時には母として、彼女は彼を支え続ける。しかし、魔法の力で若さを保つレフィリアは、宮廷内外で「魔女」と噂され、婚約破棄の陰謀に巻き込まれる。
それでもアルは成長し、15歳の若き皇帝として即位。彼は堂々と宣言する。
「魔女だろうと何だろうと、彼女は俺の妃だ!」
皇帝として、夫として、アルはレフィリアを守り抜き、共に帝国の未来を築いていく。
子どもたちの誕生、新たな改革、そして帝国の安定と繁栄――二人が歩む道のりは困難に満ちているが、その先には揺るぎない絆と希望があった。
恋愛・政治・陰謀が交錯する、壮大な愛と絆の物語!
運命に翻弄されながらも未来を切り開く二人の姿に、きっと胸を打たれるはずです。
---
義妹に苛められているらしいのですが・・・
天海月
恋愛
穏やかだった男爵令嬢エレーヌの日常は、崩れ去ってしまった。
その原因は、最近屋敷にやってきた義妹のカノンだった。
彼女は遠縁の娘で、両親を亡くした後、親類中をたらい回しにされていたという。
それを不憫に思ったエレーヌの父が、彼女を引き取ると申し出たらしい。
儚げな美しさを持ち、常に柔和な笑みを湛えているカノンに、いつしか皆エレーヌのことなど忘れ、夢中になってしまい、気が付くと、婚約者までも彼女の虜だった。
そして、エレーヌが持っていた高価なドレスや宝飾品の殆どもカノンのものになってしまい、彼女の侍女だけはあんな義妹は許せないと憤慨するが・・・。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる