想紅(おもいくれない)

笹椰かな

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大事な話

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「そうなの?」
「そうよ。学生と社会人じゃ、世間から問われる責任が違いますからね」

 私は復唱した。「問われる責任?」

「社会人にもなってお金や女性にだらしない人は、時に社会的な地位が失墜したりもするのよ。家族から見放されたりもするしね」

 お母さんはまた湯呑みに口を付けると、ずずっと小さく音を立ててお茶を飲んだ。

「要は社会人にもなって女のためにバカスカお金を使う男なんて、将来性がないからやめておきなさいってことよ」

 ピリリと辛い坦々麺みたいなことを言ってから、お母さんはにっこりと微笑んだ。
 私とお母さん。両者の生きた時間の差を感じて、自然と身が引き締まる思いがした。思わず居住まいを正してしまう。

「お母さん的に、その、従兄にいさんてどう?」
「どうって?」
「だから……男の人としてどうなのかなって」

 私は落ち着かない気持ちで目の前にある湯呑みを手に取って、中身を少しだけ口に含んだ。
 訊いてはいけないことを訊いてしまったような気がしながらも返答を待つ。
 お母さんは少し間を置いてから、にっこりと笑みを浮かべながら口を開いた。

「そうねぇ。椿のことが大好きなところは満点かな。でも……」
「でも?」
「野暮なこと言うようだけれど。まだ中学生のあなたを奥さんにしたいって思っているところは……少し心配かな」

 言われた瞬間、ドキッとした。
 どう心配なのか。そんなの訊かなくても分かる。
 だってもし従兄さんが若い女の子が好きってだけなら、私が歳を取ったら嫌われちゃう。……用無しになっちゃう。

 それに、倫理的に見たら気持ちのいいものじゃないのはたしかだと思う。私はまだ未成年で、義務教育も終えていない。そんな私を従兄さんの婚約者にしたのはお祖父様だけれど、従兄さんは異を唱えるどころか同意した訳だし。

 それどころか、すでに従兄さんは私の身体を見ているし、触れてもいる。誰にも――お母さんにもこのことは話していないけれど。

 私は思わず目線を下に向けていた。

「私、中学生だからたけし従兄さんに好きになってもらえたのかな?」
「椿はそう思うの?」

 真面目な声色でお母さんが訊いてくる。私は下を向いたままで答えた。

「正直わかんない。でも、従兄さんは私に対していい加減に接してきたことはない気がする。いつも私のことを好きだって気持ちがあふれてて、恥ずかしくなるくらいで。だから私、従兄さんのこと信じたい。私のことを年齢だけで好きになったんじゃなくて、私だから好きになってくれたんだって……」
「そう。なら、私から猛くんにお願いしておくわ」

 お母さんがまたにっこりと笑った。無意識に首がかたむく。

「何を?」
「椿のことを裏切らないでねって。あと、椿のことを大事にしてほしいって。おかしなことをしたら承知しないって」

 その言葉に反応して心臓が暴れた。ドキドキと音を立てて、胸の中で跳ね回っているようなその感覚が不快で、何度も深呼吸をする。

 ……もう、『おかしなこと』されてるよ。今、そう言ったらどうなってしまうんだろう。お母さんは怒るかもしれない。悲しむかもしれない。
 しかも嫌じゃなかったって言ったら、もっともっと悲しむかもしれない。

 私は下を向きながら、きつく両手を握りしめてこぶしをふたつ作った。

「あのね、お母さん」
「うん?」
「私、従兄さんのこと……好きなの」
「うん」
「それでね、それで……」

 それ以上、口にすることができなくて黙っていると、お母さんがズバリと訊いてきた。

「猛くんから何か嫌なことをされたことがあるの?」
「嫌じゃなかったけど……恥ずかしいことはされた」

 そう、正直に言ってしまった。恐る恐る顔を上げると、お母さんは怖い顔をしていた。
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