想紅(おもいくれない)

笹椰かな

文字の大きさ
上 下
55 / 63

お正月ですから

しおりを挟む
 けれど従兄にいさんは、そんなことは気にしないと言ってくれた。さらには、真面目すぎるとも言われた。
 恋人同士が付き合うきっかけなんて、私が思っているよりも瑣末さまつなことらしい。

「男女の交際で大事なのは、付き合い始めた後に相手とどう関わるかだからな。精神的な距離感がおかしくなって、互いに不平不満を募らせるようになったらおしまいだ」
 うん、たしかにそうかも。相手との距離感を大切にしながらお互いに納得のできるやり取りが出来ないなら、恋人関係って続かないんだろうなあ。
 ――なんて思っているうちに、乗っている車は目的地である植物園の駐車場に着いていた。

 他の車が一台も停まっていないことに首を傾げながらも、ドアを開けて車を降りる。従兄さんもだ。
 駐車場から少し離れた場所にある正門の数十メートル前まで足を進めてから、私は「あ」と意味のない声を出した。
 少しの錆びをまとった頑丈そうな鉄の門扉もんぴ――もとい植物園の正門が、誰も通さんと言わんばかりにしっかり閉ざされていたからだ。
 その鉄門扉に白いプレートのような物がぶら下がっている。思わず駆け寄ってから、そこに印刷された太く赤い文字を目で追った。

『冬季休業のお知らせ』

 えっ……あー! そうか、今日は一月二日!
 思わず脱力してしまいながら、後ろからゆっくりとこっちに向かってくる従兄さんの顔を振り返った。
「従兄さん……お正月は色んな施設がお休みだって……覚えてた?」
「あー、忘れてたな」
 間延びした声を出しながら従兄さんは頭をかいた。その顔は声色とは裏腹に少し気まずそうで――
「ふふっ。はははっ!」
 従兄さんの顔を見ていたらどうしてか頬が震えてきて、仕舞いにはこらえきれずに声を出して笑っていた。無意識に淡い色の空を仰ぐ。

 ふたりしてなんて間抜けなんだろう。普通、お正月にはありとあらゆるお店や施設が休業しているものだ。植物園が閉まっていることくらい、行く前に気付きそうなものなのに。
 浮かれすぎでしょ、私たち。
「こ、こんなとこまで何しに来たんだって感じだね」
 まだ笑いが収まらないまま言うと、従兄さんは苦笑を浮かべて見せた。
「悪い。無駄な時間を取らせて」
「それはお互い様っていうか。帰りも車の運転をしないといけない分、従兄さんの方が大変でしょ?」
 なんとなくその場を適当に歩きながら言うと、従兄さんは優しく口元を綻ばせた。
「少しも大変じゃない。久しぶりに俺はお前と一緒に居られて嬉しいんだ。それが休園中の植物園でも」

 出た、不意打ちの恥ずかしい台詞。どうしてこんな恥ずかしいこと、ためらいもなく言えちゃうんだろう。
 冬の空気の中なのに頬が熱くなる。
 顔が赤いって指摘されたらいやだな、もう。どうにかしたい。そう思った瞬間、照れ隠しのための咳払いが出ていた。
「ゴホン。……でも、こんなところに居たって仕方ないでしょ? もう帰ろう?」
 とっさに口にした考えだったけど真実だ。入れもしない植物園の前に居たって何の意味もない。……はずなのに、従兄さんは意外な言葉を返してきた。
「もう少しだけここに居ないか? 面白いくらいふたりっきりで、正直心地がいいんだ」
 誰も居ない場所。一台の車しか停まっていない広いアスファルトの駐車場が、それをくっきりと際立たせている。
 冷えた空気の中に従兄さんはうっすらと白い息を静かに吐き出して、こちらに淡く笑いかけた。
「でも、ちょっと不気味じゃない? 不意にゾンビとか出てきそうっていうか……」
 住宅街から離れた場所であるのも手伝って、怖いくらい静かな空間。そんなところに居ることが、ほんのちょっとだけ怖い。
「怖いなら、手でも繋ぐか?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...