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お正月ですから
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けれど従兄さんは、そんなことは気にしないと言ってくれた。さらには、真面目すぎるとも言われた。
恋人同士が付き合うきっかけなんて、私が思っているよりも瑣末なことらしい。
「男女の交際で大事なのは、付き合い始めた後に相手とどう関わるかだからな。精神的な距離感がおかしくなって、互いに不平不満を募らせるようになったらおしまいだ」
うん、たしかにそうかも。相手との距離感を大切にしながらお互いに納得のできるやり取りが出来ないなら、恋人関係って続かないんだろうなあ。
――なんて思っているうちに、乗っている車は目的地である植物園の駐車場に着いていた。
他の車が一台も停まっていないことに首を傾げながらも、ドアを開けて車を降りる。従兄さんもだ。
駐車場から少し離れた場所にある正門の数十メートル前まで足を進めてから、私は「あ」と意味のない声を出した。
少しの錆びをまとった頑丈そうな鉄の門扉――もとい植物園の正門が、誰も通さんと言わんばかりにしっかり閉ざされていたからだ。
その鉄門扉に白いプレートのような物がぶら下がっている。思わず駆け寄ってから、そこに印刷された太く赤い文字を目で追った。
『冬季休業のお知らせ』
えっ……あー! そうか、今日は一月二日!
思わず脱力してしまいながら、後ろからゆっくりとこっちに向かってくる従兄さんの顔を振り返った。
「従兄さん……お正月は色んな施設がお休みだって……覚えてた?」
「あー、忘れてたな」
間延びした声を出しながら従兄さんは頭をかいた。その顔は声色とは裏腹に少し気まずそうで――
「ふふっ。はははっ!」
従兄さんの顔を見ていたらどうしてか頬が震えてきて、仕舞いにはこらえきれずに声を出して笑っていた。無意識に淡い色の空を仰ぐ。
ふたりしてなんて間抜けなんだろう。普通、お正月にはありとあらゆるお店や施設が休業しているものだ。植物園が閉まっていることくらい、行く前に気付きそうなものなのに。
浮かれすぎでしょ、私たち。
「こ、こんなとこまで何しに来たんだって感じだね」
まだ笑いが収まらないまま言うと、従兄さんは苦笑を浮かべて見せた。
「悪い。無駄な時間を取らせて」
「それはお互い様っていうか。帰りも車の運転をしないといけない分、従兄さんの方が大変でしょ?」
なんとなくその場を適当に歩きながら言うと、従兄さんは優しく口元を綻ばせた。
「少しも大変じゃない。久しぶりに俺はお前と一緒に居られて嬉しいんだ。それが休園中の植物園でも」
出た、不意打ちの恥ずかしい台詞。どうしてこんな恥ずかしいこと、ためらいもなく言えちゃうんだろう。
冬の空気の中なのに頬が熱くなる。
顔が赤いって指摘されたらいやだな、もう。どうにかしたい。そう思った瞬間、照れ隠しのための咳払いが出ていた。
「ゴホン。……でも、こんなところに居たって仕方ないでしょ? もう帰ろう?」
とっさに口にした考えだったけど真実だ。入れもしない植物園の前に居たって何の意味もない。……はずなのに、従兄さんは意外な言葉を返してきた。
「もう少しだけここに居ないか? 面白いくらいふたりっきりで、正直心地がいいんだ」
誰も居ない場所。一台の車しか停まっていない広いアスファルトの駐車場が、それをくっきりと際立たせている。
冷えた空気の中に従兄さんはうっすらと白い息を静かに吐き出して、こちらに淡く笑いかけた。
「でも、ちょっと不気味じゃない? 不意にゾンビとか出てきそうっていうか……」
住宅街から離れた場所であるのも手伝って、怖いくらい静かな空間。そんなところに居ることが、ほんのちょっとだけ怖い。
「怖いなら、手でも繋ぐか?」
恋人同士が付き合うきっかけなんて、私が思っているよりも瑣末なことらしい。
「男女の交際で大事なのは、付き合い始めた後に相手とどう関わるかだからな。精神的な距離感がおかしくなって、互いに不平不満を募らせるようになったらおしまいだ」
うん、たしかにそうかも。相手との距離感を大切にしながらお互いに納得のできるやり取りが出来ないなら、恋人関係って続かないんだろうなあ。
――なんて思っているうちに、乗っている車は目的地である植物園の駐車場に着いていた。
他の車が一台も停まっていないことに首を傾げながらも、ドアを開けて車を降りる。従兄さんもだ。
駐車場から少し離れた場所にある正門の数十メートル前まで足を進めてから、私は「あ」と意味のない声を出した。
少しの錆びをまとった頑丈そうな鉄の門扉――もとい植物園の正門が、誰も通さんと言わんばかりにしっかり閉ざされていたからだ。
その鉄門扉に白いプレートのような物がぶら下がっている。思わず駆け寄ってから、そこに印刷された太く赤い文字を目で追った。
『冬季休業のお知らせ』
えっ……あー! そうか、今日は一月二日!
思わず脱力してしまいながら、後ろからゆっくりとこっちに向かってくる従兄さんの顔を振り返った。
「従兄さん……お正月は色んな施設がお休みだって……覚えてた?」
「あー、忘れてたな」
間延びした声を出しながら従兄さんは頭をかいた。その顔は声色とは裏腹に少し気まずそうで――
「ふふっ。はははっ!」
従兄さんの顔を見ていたらどうしてか頬が震えてきて、仕舞いにはこらえきれずに声を出して笑っていた。無意識に淡い色の空を仰ぐ。
ふたりしてなんて間抜けなんだろう。普通、お正月にはありとあらゆるお店や施設が休業しているものだ。植物園が閉まっていることくらい、行く前に気付きそうなものなのに。
浮かれすぎでしょ、私たち。
「こ、こんなとこまで何しに来たんだって感じだね」
まだ笑いが収まらないまま言うと、従兄さんは苦笑を浮かべて見せた。
「悪い。無駄な時間を取らせて」
「それはお互い様っていうか。帰りも車の運転をしないといけない分、従兄さんの方が大変でしょ?」
なんとなくその場を適当に歩きながら言うと、従兄さんは優しく口元を綻ばせた。
「少しも大変じゃない。久しぶりに俺はお前と一緒に居られて嬉しいんだ。それが休園中の植物園でも」
出た、不意打ちの恥ずかしい台詞。どうしてこんな恥ずかしいこと、ためらいもなく言えちゃうんだろう。
冬の空気の中なのに頬が熱くなる。
顔が赤いって指摘されたらいやだな、もう。どうにかしたい。そう思った瞬間、照れ隠しのための咳払いが出ていた。
「ゴホン。……でも、こんなところに居たって仕方ないでしょ? もう帰ろう?」
とっさに口にした考えだったけど真実だ。入れもしない植物園の前に居たって何の意味もない。……はずなのに、従兄さんは意外な言葉を返してきた。
「もう少しだけここに居ないか? 面白いくらいふたりっきりで、正直心地がいいんだ」
誰も居ない場所。一台の車しか停まっていない広いアスファルトの駐車場が、それをくっきりと際立たせている。
冷えた空気の中に従兄さんはうっすらと白い息を静かに吐き出して、こちらに淡く笑いかけた。
「でも、ちょっと不気味じゃない? 不意にゾンビとか出てきそうっていうか……」
住宅街から離れた場所であるのも手伝って、怖いくらい静かな空間。そんなところに居ることが、ほんのちょっとだけ怖い。
「怖いなら、手でも繋ぐか?」
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