想紅(おもいくれない)

笹椰かな

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恐怖より勝るもの

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 流し台の上に置いたお盆の上に、冷蔵庫から出した麦茶を注いだコップを二つと、小分けになっているお煎餅とクッキーの入った木製の丸いお茶菓子入れを載せた。よし、向かうは居間だ。

 台所から戻ってきた私は、ソファの前にある小さなテーブルの上にお盆の上のものをすべて移した後、「どうぞ」と従兄さんに勧めた。
「悪いな」
「いいえ。どういたしまして」
 私はそう言って笑うと、従兄さんの隣に座った。
「テレビでも観る?」
 私の質問に、従兄さんは短く「いや」と返してきた。

 う……。つい家に招いてしまったけど、従兄さんからしたら我が家は別段楽しい場所ではないことに今更気が付いた。
 従兄さんの好きなものは時代小説や時代劇。私も小説は好きだけど、家には恋愛小説や推理小説やライトノベルしかない。そして、我が家には時代劇のDVDはないーー今はBDの時代かもしれないけど、家にはBD再生機なんてない!ーーというか、そもそもDVD自体がない。お母さんも私も、観たいものがある時はレンタルで済ませてしまうからだ。
 うーん、これからどうしよう。ひたすらお喋り? いっそのこと、トランプでもして遊ぶ? 昔はよく、トランプや花札、ボードゲームで一緒に遊んでもらったなあ。
 緊張がほぐれて気が緩んでいた私は、呑気にそんなことを考えながら麦茶を飲んでいた。その最中に感じた視線で、従兄さんが私をじっと見ていることに気が付いた。
「どうかした?」
 コップを唇から離して訊ねると、従兄さんは「お前に見とれていた」そう、さらりと口にした。……たけし従兄さんって、ほんっとうに恥ずかしいことばっかり言うんだから。
「もう……なんか従兄さんって、時々ホストみたいだよ?」
「ホスト?」
「だって私のこと、褒めそやしてばっかり」
「俺の言うことは、お前の気に障っているのか?」
「そんなことはないけど……」
 でも、困る。だって、恥ずかしい。そう思って俯くと、従兄さんの指が伸びてきて、髪を耳にかけられた。少しくすぐったい。
「耳が真っ赤だ。照れてるのか?」
「そうだよ。従兄さんの言うことっていちいち恥ずかしいんだもん。従兄さんのことが好きだから、余計に恥ずかしく感じちゃう」
 正直に気持ちを吐露すると、突然従兄さんに手の中のコップを奪われて、テーブルの上に置かれた。驚いて声を上げているうちに、従兄さんに力強く引き寄せられた。さらには従兄さんの顔が迫ってくる。
「いやっ!」
 思わず上げた悲鳴。それを無視して、従兄さんが荒い動作で唇を重ねてきた。身体をきつく抱き締められながら唇を塞がれて、私はパニックになった。心臓がバクバク言ってる。
 逃げられない。もしかして、このまま襲われちゃうの? そんな不安に駆られながら従兄さんを見ると、その顔は困ったような表情をしていた。唇がゆっくりと離れていく。
「俺が怖いか?」
「今の従兄さんは……怖い」
 泣きそうになりながら正直に答えると、従兄さんはすぐに身体を離してくれた。それに安堵してホッと息が漏れる。反面、どこか苦しそうな、我慢しているような従兄さんの表情が目に映った私は、恋人になったばかりのこの人のことを少し可哀想に感じてしまった。
 若い男の人は性欲が盛んなんだってネットに書いてあったから、従兄さんは今、すっごく我慢しているのかもしれない。
 従兄さんを家に上げると決めた時に少しは覚悟をしていたつもりだったけど、私はやっぱりまだまだ子供だ。セックスをすることになるかもしれないって思った瞬間、恐怖でいっぱいになってしまったのだから。
「従兄さんは……その……今、私とエッチなことをしたいの?」
 私の質問に、従兄さんは少し躊躇いながらも頷いた。本当に正直だなあ、もう。
「あの……ごめんね。私、セ、セックスは怖くて出来ない」
「俺は最初から、セックスをする気はない」
「え? じゃあ、何がしたいの?」
 私が驚きながら訊ねると、従兄さんは「お前に触りたい」と言ってきた。全身が一瞬で熱くなる。「どこに?」とは恥ずかしくて訊けなかった。
「駄目か?」
 その問い掛けに、私は逡巡した。どうしよう。恥ずかしいし、ちょっと怖い。
「あの……痛くしない?」
「お前に痛い思いはさせない。少しでも痛みを感じるようなら、すぐにやめる」
 そう話す従兄さんは、とっても真面目かつ熱っぽい顔をしていた。従兄さんのストレートな欲求のせいで、私の心が風を受けた稲穂みたいにゆらゆら揺れる。
 最終的に私は、従兄さんへの情と、少しだけ湧いた好奇心に流されることにした。私って、やっぱり単純だ。
「む、胸以外ならいいよ。胸は押したり、揉んだりすると痛いから嫌なの」
 私の言葉に、従兄さんが心配そうに眉を寄せた。
「病気か何かか?」
「違うよ。成長痛の一種なんだって。だから、胸は触らないで」
「そうか。わかった」
 従兄さんは納得したようにそう言うと、私をそっと抱き締めてきた。さっきみたいに力任せじゃない触り方で安心する。そのまま優しくキスをされて、私はどきどきした。触れていた唇は、すぐに離れていった。
「椿。口を少し開けてくれ」
「え? こう?」
 私は訳も訊かずに、言われた通りに口を開けた。そうしたらまたキスをされて、今度は口の中に何かが入ってきた。ぬめっとした柔らかい物が従兄さんの舌だと気付いた瞬間、私は唸ってしまった。
 初めて感じる他人の舌の感触に混乱しているうちに、従兄さんは私の口の中で舌を動かし始めた。これ、たぶんディープキスっていうやつだ。どうしよう、死にそうなくらい恥ずかしい。顔があまりにも熱くて、湯気が出そう。
 私はぎゅっと瞼を閉じて、従兄さんの着ているシャツにしがみついた。
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