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恥ずかしさは後からやってくる
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面映ゆい気持ちになりながら、従兄さんの顔を見る。
すると、従兄さんの唇に自分の唇に塗ってあったリップクリームが付着してしまっていることに気が付いた。
さっきまで目に涙が滲んでいたせいで、今の今まで気が付かなかったんだ。
「猛従兄さん、ちょっとこっちに来て」
私はそう言って、少し離れた場所にある木製のモダンなベンチまで従兄さんを誘導した。従兄さんは少し不思議そうな顔をしながらも、素直にベンチに座ってくれた。
「私の唇に塗ってあったリップクリームが、従兄さんの唇に付いちゃってるの。拭いてあげるね」
私は従兄さんの前に立つと、ショルダーバッグの中からポケットティッシュを取り出した。そこから一枚ティッシュを摘み出して、従兄さんの唇へと運ぶ。拭い終わった唇からは、リップクリームの深いピンク色は消えていた。
「はい。綺麗になったよ」
そう言って微笑みかけたけど、何故か従兄さんはじっと私を見つめたまま、何も言ってはくれない。
「どうしたの?」
「……いや。お前は泣いたり、怒ったり、笑ったり、他人の世話を焼いたりして、忙しいヤツだと思ったんだ」苦笑しながら従兄さんが言う。
「何それ。バカにしてるの?」
私がむくれながら問い掛けると、従兄さんは「違う。お前のそういうところが好きだと、改めて感じたんだ」そう言って、目を細めた。途端に鋭さのある両目が優しげな雰囲気を纏ったのが見て取れて、私の心臓がざわめいた。
頬が熱くなるのを感じながら、慌てて従兄さんから視線を逸らす。
「ふ、普通、男の人は……私みたいな女の子のことを落ち着きがないとか、鬱陶しいって思うんじゃない? わ、私時々、もっと落ち着きなさいって、お母さんに叱られるもの」
私は従兄さんの唇を拭ったティッシュを、ショルダーバッグの中から取り出したビニール袋に入れながら訊ねた。上手く声が出せない自分にびっくりする。
たくさんキスをされたことへの恥ずかしさが、時間差でやってきているのかもしれない。
「俺は椿のことを落ち着きが足りないとか、鬱陶しいとか、そんな風には思わない。むしろ、もっとお前と一緒にいて、お前のことを見ていたい」
そう話す従兄さんの声はすごく優しかった。思わず従兄さんの方へ視線を向けると、ばっちり目が合ってしまって、私はまた視線を逸らしてしまった。
ビニール袋をがさがさとショルダーバッグに仕舞いながら、私は必死に思考を巡らせた。
どうしよう。従兄さんと目を合わせるのが恥ずかしい。さっきまでは大丈夫だったのに。……ああ、そうだ!
ひらめいた私は、「あの、お手洗いに行ってきてもいい?」と目を合わさずに従兄さんに訊ねた。一旦従兄さんと距離を置けば、きっと落ち着くはずーーそう考えたのだ。ついでに、リップクリームも塗り直したい。
そしたら従兄さんは、「なら、俺もついて行く」と言ってきた。
「えっ」
「公衆トイレは痴漢が出ることもあるそうだ。危ないから、俺も行く」
たしかに……入園料を払わなければ入れない場所だからといって、痴漢が出ないとは限らない。従兄さんの言葉に素直に同意した私は、頷きを返した。
「うん。ありがとう、従兄さん」
「いや、俺が勝手にお前を心配しているだけだ。気にするな」
従兄さんは静かにそう言うと、私と一緒に薔薇園の入り口の近くにあるトイレまでついて来てくれた。
するとトイレの出入り口から、ちょうど志村さんが姿を現した。私たちを見るなり、声を上げる。
「あーっ!」
私はびくっと肩を震わせた。
そういえば私、志村さんに何の説明もしないで別れたままだったんだ! どうしよう、すっかり忘れてた。従兄さんもすぐに私を追いかけてくれたみたいだから、志村さんからしたら私たち二人に急に取り残されてしまったことになる。
もしかしなくても志村さん、すごく怒ってるかな?
私が不安を感じる中、従兄さんが志村さんに向かって頭を下げた。
「志村さん、すみません。先ほどは失礼しました」
「もう、心配したのよ。お嬢さんは急に泣きながら走っていっちゃうし、黒沼くんもお嬢さんを追いかけて行ったままで、二人とも戻って来なかったから」
志村さんは腰に手を当てて、少し不機嫌そうな様子で言った。
「あの……ご心配をおかけしてすみませんでした。私、その……」
あの時に逃げ出してしまった理由を話すのが恥ずかしくてまごついていると、志村さんは苦笑いを浮かべた。その笑みには、大人の余裕が感じられた。
「無理に説明しなくてもいいわ。今は元気なら、それでいいわよ」
「本当にすみません。失礼しました」
従兄さんに倣って、深く頭を下げた。すると志村さんは、「二人揃って真面目ねー」と明るく笑った。
「お嬢さん可愛いし、真面目だし、素直だし、モテそうね。きっとクラスメイトの男子の中には、あなたのことを好きだって思ってる子が絶対いるわよ」
「えっ」
楽しそうに話し始めた志村さんに戸惑っていると、従兄さんが遮るように咳払いをした。
「椿。トイレに行くなら、行って来た方がいい」
「う、うん。あの、すみません。失礼します」
従兄さんに促された私は、志村さんに小さく頭を下げてからトイレの中へ入った。
すると、従兄さんの唇に自分の唇に塗ってあったリップクリームが付着してしまっていることに気が付いた。
さっきまで目に涙が滲んでいたせいで、今の今まで気が付かなかったんだ。
「猛従兄さん、ちょっとこっちに来て」
私はそう言って、少し離れた場所にある木製のモダンなベンチまで従兄さんを誘導した。従兄さんは少し不思議そうな顔をしながらも、素直にベンチに座ってくれた。
「私の唇に塗ってあったリップクリームが、従兄さんの唇に付いちゃってるの。拭いてあげるね」
私は従兄さんの前に立つと、ショルダーバッグの中からポケットティッシュを取り出した。そこから一枚ティッシュを摘み出して、従兄さんの唇へと運ぶ。拭い終わった唇からは、リップクリームの深いピンク色は消えていた。
「はい。綺麗になったよ」
そう言って微笑みかけたけど、何故か従兄さんはじっと私を見つめたまま、何も言ってはくれない。
「どうしたの?」
「……いや。お前は泣いたり、怒ったり、笑ったり、他人の世話を焼いたりして、忙しいヤツだと思ったんだ」苦笑しながら従兄さんが言う。
「何それ。バカにしてるの?」
私がむくれながら問い掛けると、従兄さんは「違う。お前のそういうところが好きだと、改めて感じたんだ」そう言って、目を細めた。途端に鋭さのある両目が優しげな雰囲気を纏ったのが見て取れて、私の心臓がざわめいた。
頬が熱くなるのを感じながら、慌てて従兄さんから視線を逸らす。
「ふ、普通、男の人は……私みたいな女の子のことを落ち着きがないとか、鬱陶しいって思うんじゃない? わ、私時々、もっと落ち着きなさいって、お母さんに叱られるもの」
私は従兄さんの唇を拭ったティッシュを、ショルダーバッグの中から取り出したビニール袋に入れながら訊ねた。上手く声が出せない自分にびっくりする。
たくさんキスをされたことへの恥ずかしさが、時間差でやってきているのかもしれない。
「俺は椿のことを落ち着きが足りないとか、鬱陶しいとか、そんな風には思わない。むしろ、もっとお前と一緒にいて、お前のことを見ていたい」
そう話す従兄さんの声はすごく優しかった。思わず従兄さんの方へ視線を向けると、ばっちり目が合ってしまって、私はまた視線を逸らしてしまった。
ビニール袋をがさがさとショルダーバッグに仕舞いながら、私は必死に思考を巡らせた。
どうしよう。従兄さんと目を合わせるのが恥ずかしい。さっきまでは大丈夫だったのに。……ああ、そうだ!
ひらめいた私は、「あの、お手洗いに行ってきてもいい?」と目を合わさずに従兄さんに訊ねた。一旦従兄さんと距離を置けば、きっと落ち着くはずーーそう考えたのだ。ついでに、リップクリームも塗り直したい。
そしたら従兄さんは、「なら、俺もついて行く」と言ってきた。
「えっ」
「公衆トイレは痴漢が出ることもあるそうだ。危ないから、俺も行く」
たしかに……入園料を払わなければ入れない場所だからといって、痴漢が出ないとは限らない。従兄さんの言葉に素直に同意した私は、頷きを返した。
「うん。ありがとう、従兄さん」
「いや、俺が勝手にお前を心配しているだけだ。気にするな」
従兄さんは静かにそう言うと、私と一緒に薔薇園の入り口の近くにあるトイレまでついて来てくれた。
するとトイレの出入り口から、ちょうど志村さんが姿を現した。私たちを見るなり、声を上げる。
「あーっ!」
私はびくっと肩を震わせた。
そういえば私、志村さんに何の説明もしないで別れたままだったんだ! どうしよう、すっかり忘れてた。従兄さんもすぐに私を追いかけてくれたみたいだから、志村さんからしたら私たち二人に急に取り残されてしまったことになる。
もしかしなくても志村さん、すごく怒ってるかな?
私が不安を感じる中、従兄さんが志村さんに向かって頭を下げた。
「志村さん、すみません。先ほどは失礼しました」
「もう、心配したのよ。お嬢さんは急に泣きながら走っていっちゃうし、黒沼くんもお嬢さんを追いかけて行ったままで、二人とも戻って来なかったから」
志村さんは腰に手を当てて、少し不機嫌そうな様子で言った。
「あの……ご心配をおかけしてすみませんでした。私、その……」
あの時に逃げ出してしまった理由を話すのが恥ずかしくてまごついていると、志村さんは苦笑いを浮かべた。その笑みには、大人の余裕が感じられた。
「無理に説明しなくてもいいわ。今は元気なら、それでいいわよ」
「本当にすみません。失礼しました」
従兄さんに倣って、深く頭を下げた。すると志村さんは、「二人揃って真面目ねー」と明るく笑った。
「お嬢さん可愛いし、真面目だし、素直だし、モテそうね。きっとクラスメイトの男子の中には、あなたのことを好きだって思ってる子が絶対いるわよ」
「えっ」
楽しそうに話し始めた志村さんに戸惑っていると、従兄さんが遮るように咳払いをした。
「椿。トイレに行くなら、行って来た方がいい」
「う、うん。あの、すみません。失礼します」
従兄さんに促された私は、志村さんに小さく頭を下げてからトイレの中へ入った。
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