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近付く距離
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従兄さんは真面目な声色で言った。
本当にそう思ってくれているならいいんだけど。私は小さく溜め息を吐いた。
「私、今、従兄さんが言ったこと信じちゃうよ?」
「ああ」
肯定を寄越されながらも、私はまだ少し疑っていた。前科があるからだ。
だけど、これ以上は何も言わなかった。だって、久し振りに会えたんだもん。このふわふわした感情に、自分で水を差したくない。
そんな風に思っていると、従兄さんが話題を変えてきた。
「その服、よく似合ってる。可愛いな」
「えっ。あ、ありがとう」
私はお礼を言いながら、自分の着ている薄いピンク色のブラウスと、一面の藍色に白い水玉模様の入っているフレアスカートを見た。
一応、模試の後にデートが控えていることを意識して選んだ服だったから、褒めてもらえてーー
「嬉しい……」
つい口に出してしまって、慌てて口に手を当てる。でも、もう遅かった。
「そんなことで嬉しいなら、いつだって褒めてやる」
「あの……恥ずかしいから……さっき言った“嬉しい”は忘れて」
小さな声でお願いした。頬がかあっと熱くなる。私ってば、何やってるんだろう。浮かれすぎだ。
「別に、恥ずかしがることはないだろう」
「恥ずかしいよ」
「変なところで恥ずかしがるな、お前は」
従兄さんはちょっと不思議そうにしながら、黙々と運転を続けた。
もう、女の子の気持ちが分からない鈍感なんだから。なんて思いながら、私はその横顔を眺めた。
細くて鋭い目。高い鼻。ぴったりと閉じられた薄い唇。
従兄さんは、いわゆる美形と呼ばれる部類の顔はしていない。その顔を言葉で表すならば、タカとかワシとか、いわゆる猛禽類に近い雰囲気の顔付きをしている。
だから昔はよく怖がられたり、睨んでいると勘違いされて、上級生から因縁をつけられたりもしたらしい。
でも、物心つく前から従兄さんのことを知っていて、いつも優しくしてもらっていた私は、この人の顔を怖いと思ったことは一度もなかった。
大人っぽくて、しっかりしていて、優しくて。猛従兄さんが、従兄じゃなくて私のお兄さんだったらーーなんて、時々思うくらいには、私は従兄さんを好いていた。もちろん、それは『優しいお兄さん』としてだ。異性としてじゃない。
それが、今では従兄さんは私の恋人だ。恋人どころか婚約者だ。
別にそれに対して不満があったり、昔の関係に戻れたら……なんて思ったりもしていないけど、人生は予想がつかないものなんだと、私は齢十四にして実感してしまっていた。
思わず、「ふう」と溜め息を落とすと、従兄さんが声を掛けてきた。
「どうした? やっぱり、ホテルは嫌か?」
「ううん。人生について考えてただけ」
「それは壮大だな」
馬鹿にしている様子はなく、淡々とした声で言われる。
「うん、壮大だよ。だって私、十四歳なのに大人の恋人がいて、しかも、その人と結婚までする予定なんだもん。まるで、どこかの国の王女様みたいでしょ?」
冗談めかして喋る。すると、従兄さんはそれに沿うような形で訊ねてきた。
「その人や将来に不満があるのか?」
「わからない。だって私、将来の夢とかそういうの、なんにも抱いてなかったし」
「小さい頃に憧れていた職業くらいは、あったんじゃないか?」
「あったけど、それは寝ている時に見る夢と変わらないくらい、意味も形もないものだもん」
そう言いながら小さく笑うと、従兄さんは少しだけ深刻そうな声を出した。
「将来について考えてしまうくらい、結婚が嫌か?」
「たぶん嫌な訳じゃないけど……でも、実感は湧かないなあ。今はまだちょっと、他人事みたいな感じ」
私の正直な答えに、従兄さんは「そうか。たぶんか」と残念そうに言った。もう。
「そこを気にしないでよ」
「普通は気になるだろう」
「もー」
まるで牛みたいに唸りながら、恥ずかしい気持ちになる。従兄さんはどうして、そんなに私のことが好きなんだろう。
自分と同い年か年の近い人の中で、素敵な人が、身近にいなかったのかな。
そんなことを考えている内に、右手にホテルらしき建物が見えてきた。縦に長い。何階立てなんだろう?
「ねえ、あの高い建物がこれから行くホテル?」
私の質問に、従兄さんが「ああ」とだけ返してきた。
「何ていう名前のホテルなの?」
「シティホテル縞桐だ」
「へー。初めて聞く名前」
なんて言ったけれど、そもそもホテルの名前に詳しい訳じゃなかったりする。
「ねえ、エッチなことをしないなら、あそこに何をしに行くの?」
我ながら、今更すぎる疑問だった。
「今更、それを訊くのか?」
ちょっと呆れた声を出されてしまい、私は唇を突き出した。人間って、どうして図星を指されると気分が悪くなるんだろう。
「だって。いやらしいことをするためにホテルへ行くんだと思い込んでたから……」
正直に思ったことを口にしたら、従兄さんは少しの間、黙ってしまった。
本当にそう思ってくれているならいいんだけど。私は小さく溜め息を吐いた。
「私、今、従兄さんが言ったこと信じちゃうよ?」
「ああ」
肯定を寄越されながらも、私はまだ少し疑っていた。前科があるからだ。
だけど、これ以上は何も言わなかった。だって、久し振りに会えたんだもん。このふわふわした感情に、自分で水を差したくない。
そんな風に思っていると、従兄さんが話題を変えてきた。
「その服、よく似合ってる。可愛いな」
「えっ。あ、ありがとう」
私はお礼を言いながら、自分の着ている薄いピンク色のブラウスと、一面の藍色に白い水玉模様の入っているフレアスカートを見た。
一応、模試の後にデートが控えていることを意識して選んだ服だったから、褒めてもらえてーー
「嬉しい……」
つい口に出してしまって、慌てて口に手を当てる。でも、もう遅かった。
「そんなことで嬉しいなら、いつだって褒めてやる」
「あの……恥ずかしいから……さっき言った“嬉しい”は忘れて」
小さな声でお願いした。頬がかあっと熱くなる。私ってば、何やってるんだろう。浮かれすぎだ。
「別に、恥ずかしがることはないだろう」
「恥ずかしいよ」
「変なところで恥ずかしがるな、お前は」
従兄さんはちょっと不思議そうにしながら、黙々と運転を続けた。
もう、女の子の気持ちが分からない鈍感なんだから。なんて思いながら、私はその横顔を眺めた。
細くて鋭い目。高い鼻。ぴったりと閉じられた薄い唇。
従兄さんは、いわゆる美形と呼ばれる部類の顔はしていない。その顔を言葉で表すならば、タカとかワシとか、いわゆる猛禽類に近い雰囲気の顔付きをしている。
だから昔はよく怖がられたり、睨んでいると勘違いされて、上級生から因縁をつけられたりもしたらしい。
でも、物心つく前から従兄さんのことを知っていて、いつも優しくしてもらっていた私は、この人の顔を怖いと思ったことは一度もなかった。
大人っぽくて、しっかりしていて、優しくて。猛従兄さんが、従兄じゃなくて私のお兄さんだったらーーなんて、時々思うくらいには、私は従兄さんを好いていた。もちろん、それは『優しいお兄さん』としてだ。異性としてじゃない。
それが、今では従兄さんは私の恋人だ。恋人どころか婚約者だ。
別にそれに対して不満があったり、昔の関係に戻れたら……なんて思ったりもしていないけど、人生は予想がつかないものなんだと、私は齢十四にして実感してしまっていた。
思わず、「ふう」と溜め息を落とすと、従兄さんが声を掛けてきた。
「どうした? やっぱり、ホテルは嫌か?」
「ううん。人生について考えてただけ」
「それは壮大だな」
馬鹿にしている様子はなく、淡々とした声で言われる。
「うん、壮大だよ。だって私、十四歳なのに大人の恋人がいて、しかも、その人と結婚までする予定なんだもん。まるで、どこかの国の王女様みたいでしょ?」
冗談めかして喋る。すると、従兄さんはそれに沿うような形で訊ねてきた。
「その人や将来に不満があるのか?」
「わからない。だって私、将来の夢とかそういうの、なんにも抱いてなかったし」
「小さい頃に憧れていた職業くらいは、あったんじゃないか?」
「あったけど、それは寝ている時に見る夢と変わらないくらい、意味も形もないものだもん」
そう言いながら小さく笑うと、従兄さんは少しだけ深刻そうな声を出した。
「将来について考えてしまうくらい、結婚が嫌か?」
「たぶん嫌な訳じゃないけど……でも、実感は湧かないなあ。今はまだちょっと、他人事みたいな感じ」
私の正直な答えに、従兄さんは「そうか。たぶんか」と残念そうに言った。もう。
「そこを気にしないでよ」
「普通は気になるだろう」
「もー」
まるで牛みたいに唸りながら、恥ずかしい気持ちになる。従兄さんはどうして、そんなに私のことが好きなんだろう。
自分と同い年か年の近い人の中で、素敵な人が、身近にいなかったのかな。
そんなことを考えている内に、右手にホテルらしき建物が見えてきた。縦に長い。何階立てなんだろう?
「ねえ、あの高い建物がこれから行くホテル?」
私の質問に、従兄さんが「ああ」とだけ返してきた。
「何ていう名前のホテルなの?」
「シティホテル縞桐だ」
「へー。初めて聞く名前」
なんて言ったけれど、そもそもホテルの名前に詳しい訳じゃなかったりする。
「ねえ、エッチなことをしないなら、あそこに何をしに行くの?」
我ながら、今更すぎる疑問だった。
「今更、それを訊くのか?」
ちょっと呆れた声を出されてしまい、私は唇を突き出した。人間って、どうして図星を指されると気分が悪くなるんだろう。
「だって。いやらしいことをするためにホテルへ行くんだと思い込んでたから……」
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