なぜか私に懐く彼

笹椰かな

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なぜか私に懐く彼

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 緑の蔦がぐるぐると看板に巻きついていて、壁の塗装も若干黒ずんでいるこじんまりとした喫茶店「待ちぼうけ」。
 仕事にかまけて運動不足になっている事が気になり、先週から始めたウォーキング。その最中にたまたま目に入り、喉がカラカラになっていたせいで飛び込むように入ってしまったお店がココだ。

 窓枠にも蔦が絡んでいて中が見づらいせいでパッと見、既に閉店したお店にも見える。見た目で損をしていると思う。もしかしたら店長さんは新規のお客さんは別に来なくてもいいやと考えていて、現状に満足しているのかもしれないけれど。
 そんなお店の少し重たい木製のドア。錆び付いた取っ手を握り、ゆっくりと引っ張る。ギィィィと映画で聞く効果音みたいな音と共にドアを開けると――

「いらっしゃいませ」

 ふくよかかつ朗らかな外見の年配の女性店長さんが、優しい笑みを浮かべながら出迎えてくれた。

 少しだけ緊張しながら「こんにちは」と返し、会釈する。
 すると店長さんはニコニコしながら私に近づいてきた。

「また来店してくださって嬉しいわ。ゆっくりして行ってくださいね」

 そう言いながら空いている奥のテーブル――ちなみにお客さんは私以外、ご近所のおばあさんみたいな人しかいない――に私を案内して、古びたメニュー表を置いていった。
 先週の日曜日に初めてここに来た事を覚えられているとは。他にも客が来ているのだろうし、失礼ながら年齢的にもそんな些末なことはすぐ忘れてしまいそうなのに。記憶力があるんだなぁ。

 うちのお母さんなんて店長さんより若いはずなのに、もう既に固有名詞が出てこなくなっていてなんでもアレとかコレとか言うし、人の顔もすぐ忘れちゃうのにね。

 ちなみに今更だけど、この喫茶店に私が来たのには飲食以外にも目的がある。
 それは――。

「ニャーン」

 不意に喫茶店の奥から軽快な足取りでハンサムな黒猫が現れた。つやつやとした黒い毛が照明を反射して輝く中、金色の丸い両目がキョロキョロと動いている。
 可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い!!
 そう、この子の存在が私をこの店に向かわせたのだ。

「あら、黒太くん。今日も可愛いねぇ」

 カウンター席に座っている近所のおばあさん(仮)が手を伸ばして撫でようとするも、軽快にジャンプしてするりとかわしてしまう。
 そして黒太くん――名前が安直すぎる――は、私にどんどん近づいてくる。

「ミャッ」

 黒太くんは私の足元まで来て短く鳴くと、そのまま勢いをつけて太ももの上に飛び乗ってきた。
 くぁぁぁぁぁぁ可愛い~~~~!!

「あらあら。ごめんなさいね、今どかしますから」

 店長さんの気遣いに、私は「いいえ!! このままで大丈夫です!!」と思いのほか大きな声を出してしまった。恥ずかしくなって俯くと、店長さんは「あらあらあら。よかったわね、黒太」と楽しそうに笑った。

 近所のおばあさんは、「珍しいわね~。黒太くんがこんなに人に懐くなんて」と目を丸くしている。

 太ももの上の重さ――意外と重い――を我慢しながらメニュー表を見ていると、店長さんと近所のおばあさんの会話が自然と耳に入ってきた。
 それによると、黒太くんは本来人見知りらしい。しかも、常連っぽい近所のおばあさんにも懐かないくらい筋金入りの人見知り。
 なら、今日の分と合わせて二回しか会っていないはずの私に、どうしてこんなにも懐いてくれるんだろう。

 初めて会った時も黒太くんは自分から私に近づいてきた。
 足元にスリスリと体を擦り付けてきて、頭や背中、腰を撫でてあげるとゴロゴロと喉を鳴らして喜んでくれたのだ。もう一度会いたいと思わせるには十分な可愛さだった。

 現在、私の太ももの上に乗っている黒太くんは、香箱座りをしようとして一生懸命モゾモゾと動いている。その頭をちょんちょんとつついた。

「ねえ、どうしてこんなに私に懐いてくれるの? もしかして……私たち前世で恋人同士だったとか?」

 馬鹿みたいな冗談を小さな声で口にすると、黒太くんは

「ニャーーーーン」

 と店中に響くような大きな声で鳴いたのだった。
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