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今日は十二月十八日。あと一週間でクリスマスかぁ。
たわいもないことを思いながら冷蔵庫に貼り付けてあるポスターカレンダーを見つめていると、ふと遠い昔の記憶が頭の隅っこから溢れ出し始めた。
「サンタクロースなんていないわよ。無償で子供にプレゼントを配って回るおじいさんなんているわけないじゃない」
澄んだ可愛らしい声とそれにふさわしい整った顔、そして一部の子供にとっては無慈悲とも言える台詞が頭の中で蘇る。
小学三年生の時、昼休みの時間にサンタクロースの存在をみんなの前で盛大に否定した菫ちゃん。
彼女のサンタ否定発言の少し前に「サンタさんがどんなプレゼントをくれるのか楽しみ」と言っていた子(名前は忘れた)とその友達(やはり名前は忘れた)。
ふたりと菫ちゃんは揉めた。
「どうしてそんなこと言うの!? サンタさんはいるよ! だって毎年、枕元にプレゼントを置いていってくれるもん!」
「そうだよ!」
「それは親が置いておいてくれてるのよ? 知らなかったの?」
決して小馬鹿にするような風ではなく、菫ちゃんは至極真面目な顔をして言った。
その発言を聞いたふたりは一瞬だけ「え」と声に出して顔を見合わせたが、すぐに菫ちゃんへと向き直って眉をつり上げた。
「そ、そんなのデタラメだよ!」
「そうだよ! 証拠がないじゃない!」
「サンタがあなたたちのところに来てプレゼントを置いて行ったっていう証拠だってないでしょう?」
そこからしばらくの間、サンタの存在を信じるふたり組は菫ちゃんとバトルを繰り広げた。
三人とも手を出したりはしなかったものの、大きな声を使って激しく行われた口ゲンカ。そこから先はたしか――。
「ねえ、冷蔵庫の前で何をボーッとしてるのよ」
急に背後から声をかけられ、私は反射的に「わっ」と声を上げてしまった。
「まったく、藤子ってば。白昼夢でも見てたの?」
「ううん。小学生の頃の菫ちゃんを思い出してたの」
「はあ?」
十九歳――つまりは大人となり、小学生の頃よりも少し引くくなったけれど、相変わらず澄んだ声――そして美しい顔を宿した菫ちゃんが大きな目を丸くしている。
「菫ちゃん、小学生の頃にサンタはいないって言い出してクラスメイトとケンカになった事があったでしょ? その時のことを思い出してたの」
「そんなことあったっけ?」
「あったよ。それに私、そのケンカがきっかけで菫ちゃんのことが気になり出したんだから」
「はあ!? 初耳なんだけど」
それはそうだ。だって、初めて言ったし。
私が冷蔵庫の前から退くと、菫ちゃんは
「てことは……そのケンカ、当然私が勝ったのよね?」
白い扉をガバッと開けてから、牛乳パックを取り出した。
「ううん。引き分け」
「はああ? なにそれ? 引き分けってどういうことよ?」
ずいと顔を突き出し、口を尖らせながら訊いてくる。その幼げな反応に思わず小さな笑みが零れた。
「えっとね。たしか誰かがケンカを止めるために先生を呼ぼうって言い出して、その後、現場に飛んできた小林先生がケンカを引き分けにしちゃったの」
「だから、サンタがいるかいないかでケンカしてたのにその『引き分け』ってのはなんなのよ」
「あのね、小林先生が『サンタさんがいるかいないか。その答えは難しいですね。グリーンランド国際サンタクロース協会公認のサンタクロース……つまりはサンタの資格を所有している方々がいますので〝いる〟とは言えますが、その方々があなた達へのプレゼントを配っている訳ではないですし』とか言い始めちゃって」
思い出しながら、思わずクスクスと笑ってしまう。
「先生、私のケンカ相手に毎年プレゼントを贈ってたのが誰なのかバラしちゃってるじゃない」
菫ちゃんが小さく吹き出しながら、ステンレス棚に置かれたミルクパンを手に取ってコンロの上に置いた。
「小林先生、リアリストだったからね」
「で、その後はどうなったの?」
小さな鍋の中に牛乳を注ぎながら訊ねられる。
「『さっきも言った通り、サンタの資格を持った方々はいますが、あなた達にクリスマスプレゼントを贈っているのは確実にあなた達の親御さんです。プレゼントは湧いて出てくる訳ではありません。汗水垂らして働いた親御さんのお給料によって買われたものです。だから親御さんに感謝して、プレゼントを大事にするんですよ』って、私を含めたその場に集まってた子たちみんなに伝えて、無理やり話を終わらせてた」
ミルクパンの中身が熱するのを待つ間、菫ちゃんは私の話を聞きながら声を出して笑っていた。こんな風に笑う菫ちゃん、久しぶりに見るなぁ。私まで笑顔になる。
「でも、それなら私の勝ちにならない? だって結局、そのふたりにプレゼントをあげてるのはサンタじゃないって小林先生が証明してくれたんだから」
細く白っぽい指がコンロの火を止める。キッチンには牛乳の甘い香りが充満していた。
「それはそうだけど、小林先生が言ってた通りで一応はいるじゃない? サンタクロース協会公認のサンタさん」
「あー、その人たちをサンタとしてきっちりカウントする訳ね」
「不満?」
「そんなことないけど」という言葉とは裏腹に、声色は少しだけ不満そうだ。
私が食器棚からマグカップをふたつ取り出してワークトップの上に並べると、菫ちゃんは無言でミルクパンの取っ手を手に持って牛乳を注ぎ始めた。
「ふふっ。相変わらず負けず嫌いだね」
可愛いなぁ。
背後から華奢な両肩に手を置いて、柔らかくてすべすべの頬に唇を寄せる。すると菫ちゃんは「きゃあっ」と可愛らしい声を上げて肩を竦めた。
「危ないじゃない! こぼしたらどうするのよ!」
狭いキッチンに怒号が響く。
「ごめんね。もうしないから」
「ぬるめにしといたから、もしこぼしたってやけどはしないけど……本当にやめてよね」
「うん。ごめんなさい」
私が頭を下げると、菫ちゃんは空っぽになったミルクパンをコンロの上に戻してから深い溜め息を吐き出した。
「まったく、藤子は! 頭、上げてよ。牛乳が冷めちゃうじゃない」
「えへへ。ありがとう、菫ちゃん」
頬を緩めながらお礼を伝えた。すると菫ちゃんは、無言で私専用の花柄のマグカップを手に取って差し出してきた。その頬がさっきよりも赤く見えるのは、きっと気のせいじゃない。
白い湯気が昇っていくマグカップを両手で受け取りながら、私はまた頬をだらしなく緩ませて笑った。
子供の頃の私には、サンタなんていないと言い切ったり、二対一の口論に怯んだりしなかったりした菫ちゃんがすごく大人っぽく見えていた。
でも大人になった今。菫ちゃんは見た目は大人なのに時々子供っぽくて、すごく可愛く見える。いきなりほっぺにキスしたくなるくらいには、ね。
たわいもないことを思いながら冷蔵庫に貼り付けてあるポスターカレンダーを見つめていると、ふと遠い昔の記憶が頭の隅っこから溢れ出し始めた。
「サンタクロースなんていないわよ。無償で子供にプレゼントを配って回るおじいさんなんているわけないじゃない」
澄んだ可愛らしい声とそれにふさわしい整った顔、そして一部の子供にとっては無慈悲とも言える台詞が頭の中で蘇る。
小学三年生の時、昼休みの時間にサンタクロースの存在をみんなの前で盛大に否定した菫ちゃん。
彼女のサンタ否定発言の少し前に「サンタさんがどんなプレゼントをくれるのか楽しみ」と言っていた子(名前は忘れた)とその友達(やはり名前は忘れた)。
ふたりと菫ちゃんは揉めた。
「どうしてそんなこと言うの!? サンタさんはいるよ! だって毎年、枕元にプレゼントを置いていってくれるもん!」
「そうだよ!」
「それは親が置いておいてくれてるのよ? 知らなかったの?」
決して小馬鹿にするような風ではなく、菫ちゃんは至極真面目な顔をして言った。
その発言を聞いたふたりは一瞬だけ「え」と声に出して顔を見合わせたが、すぐに菫ちゃんへと向き直って眉をつり上げた。
「そ、そんなのデタラメだよ!」
「そうだよ! 証拠がないじゃない!」
「サンタがあなたたちのところに来てプレゼントを置いて行ったっていう証拠だってないでしょう?」
そこからしばらくの間、サンタの存在を信じるふたり組は菫ちゃんとバトルを繰り広げた。
三人とも手を出したりはしなかったものの、大きな声を使って激しく行われた口ゲンカ。そこから先はたしか――。
「ねえ、冷蔵庫の前で何をボーッとしてるのよ」
急に背後から声をかけられ、私は反射的に「わっ」と声を上げてしまった。
「まったく、藤子ってば。白昼夢でも見てたの?」
「ううん。小学生の頃の菫ちゃんを思い出してたの」
「はあ?」
十九歳――つまりは大人となり、小学生の頃よりも少し引くくなったけれど、相変わらず澄んだ声――そして美しい顔を宿した菫ちゃんが大きな目を丸くしている。
「菫ちゃん、小学生の頃にサンタはいないって言い出してクラスメイトとケンカになった事があったでしょ? その時のことを思い出してたの」
「そんなことあったっけ?」
「あったよ。それに私、そのケンカがきっかけで菫ちゃんのことが気になり出したんだから」
「はあ!? 初耳なんだけど」
それはそうだ。だって、初めて言ったし。
私が冷蔵庫の前から退くと、菫ちゃんは
「てことは……そのケンカ、当然私が勝ったのよね?」
白い扉をガバッと開けてから、牛乳パックを取り出した。
「ううん。引き分け」
「はああ? なにそれ? 引き分けってどういうことよ?」
ずいと顔を突き出し、口を尖らせながら訊いてくる。その幼げな反応に思わず小さな笑みが零れた。
「えっとね。たしか誰かがケンカを止めるために先生を呼ぼうって言い出して、その後、現場に飛んできた小林先生がケンカを引き分けにしちゃったの」
「だから、サンタがいるかいないかでケンカしてたのにその『引き分け』ってのはなんなのよ」
「あのね、小林先生が『サンタさんがいるかいないか。その答えは難しいですね。グリーンランド国際サンタクロース協会公認のサンタクロース……つまりはサンタの資格を所有している方々がいますので〝いる〟とは言えますが、その方々があなた達へのプレゼントを配っている訳ではないですし』とか言い始めちゃって」
思い出しながら、思わずクスクスと笑ってしまう。
「先生、私のケンカ相手に毎年プレゼントを贈ってたのが誰なのかバラしちゃってるじゃない」
菫ちゃんが小さく吹き出しながら、ステンレス棚に置かれたミルクパンを手に取ってコンロの上に置いた。
「小林先生、リアリストだったからね」
「で、その後はどうなったの?」
小さな鍋の中に牛乳を注ぎながら訊ねられる。
「『さっきも言った通り、サンタの資格を持った方々はいますが、あなた達にクリスマスプレゼントを贈っているのは確実にあなた達の親御さんです。プレゼントは湧いて出てくる訳ではありません。汗水垂らして働いた親御さんのお給料によって買われたものです。だから親御さんに感謝して、プレゼントを大事にするんですよ』って、私を含めたその場に集まってた子たちみんなに伝えて、無理やり話を終わらせてた」
ミルクパンの中身が熱するのを待つ間、菫ちゃんは私の話を聞きながら声を出して笑っていた。こんな風に笑う菫ちゃん、久しぶりに見るなぁ。私まで笑顔になる。
「でも、それなら私の勝ちにならない? だって結局、そのふたりにプレゼントをあげてるのはサンタじゃないって小林先生が証明してくれたんだから」
細く白っぽい指がコンロの火を止める。キッチンには牛乳の甘い香りが充満していた。
「それはそうだけど、小林先生が言ってた通りで一応はいるじゃない? サンタクロース協会公認のサンタさん」
「あー、その人たちをサンタとしてきっちりカウントする訳ね」
「不満?」
「そんなことないけど」という言葉とは裏腹に、声色は少しだけ不満そうだ。
私が食器棚からマグカップをふたつ取り出してワークトップの上に並べると、菫ちゃんは無言でミルクパンの取っ手を手に持って牛乳を注ぎ始めた。
「ふふっ。相変わらず負けず嫌いだね」
可愛いなぁ。
背後から華奢な両肩に手を置いて、柔らかくてすべすべの頬に唇を寄せる。すると菫ちゃんは「きゃあっ」と可愛らしい声を上げて肩を竦めた。
「危ないじゃない! こぼしたらどうするのよ!」
狭いキッチンに怒号が響く。
「ごめんね。もうしないから」
「ぬるめにしといたから、もしこぼしたってやけどはしないけど……本当にやめてよね」
「うん。ごめんなさい」
私が頭を下げると、菫ちゃんは空っぽになったミルクパンをコンロの上に戻してから深い溜め息を吐き出した。
「まったく、藤子は! 頭、上げてよ。牛乳が冷めちゃうじゃない」
「えへへ。ありがとう、菫ちゃん」
頬を緩めながらお礼を伝えた。すると菫ちゃんは、無言で私専用の花柄のマグカップを手に取って差し出してきた。その頬がさっきよりも赤く見えるのは、きっと気のせいじゃない。
白い湯気が昇っていくマグカップを両手で受け取りながら、私はまた頬をだらしなく緩ませて笑った。
子供の頃の私には、サンタなんていないと言い切ったり、二対一の口論に怯んだりしなかったりした菫ちゃんがすごく大人っぽく見えていた。
でも大人になった今。菫ちゃんは見た目は大人なのに時々子供っぽくて、すごく可愛く見える。いきなりほっぺにキスしたくなるくらいには、ね。
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