1 / 1
本文
しおりを挟む
わたし専属の騎士であるコリンは、自分のことを『私』と言う。『俺』とか『僕』とか言わない。
王女であるわたしの前だから『私』以外の一人称を使わないのかとばかり思っていたけれど、彼の同僚の話によるとどうやら違うらしい。
となると、わたしは五年くらい勘違いしていたことになる。一応主なのに、コリンのことを何も知らなかったんだと少しばかりショックを受けた。
「わたしってあなたのこと、なんにも知らなかったのね」
国王生誕祭の式典が無事に終了し、コリンに私室まで送ってもらっている最中。わたしはつい、ぼやいてしまった。
すると後ろから、面食らった表情が想像できるような声が聞こえてきた。
「……は?」
「あなたの同僚から式典前のヒマな時間に聞いたのよ。あなた、わたしやわたし以外の王族がいないところでも一人称に『私』を使うんですって?」
「左様ですが……それに何か問題が?」
「問題はないわよ。ただね、わたし、あなたってお堅いけどきっとプライベートでは自分のこと『俺』とか『僕』とか言って、砕けた感じになるのだと勝手に思っていたの。でも、そうじゃないと知って――」
「失望されましたか?」
わたしの言葉を遮るようにコリンが質問してきた。
思わず振り返ってみれば、その目は真剣そのものだった。驚きで胸がどきっとしてしまう。
わたしは慌てて否定した。
「しないわよ! ただ、そんなことも今まで知らなかったんだなって、わたしが勝手にショックを受けただけだから」
「ショック、ですか?」
不思議そうにまたたきをされる。
「そうよ。だってコリンがわたしの騎士になってくれて、たぶん五年は経つのに――」
「四年九ヵ月と十五日です、姫様」
即座に訂正が入った。そんなにきちんと覚えてるんだ……。思わず目をしばたたかせてしまう。
「そ、そう。四年九ヵ月と十五日も経つのに、そんなことさえ知らなかったことが悔しいっていうか不甲斐ないっていうか。とにかく、あなたのことを知らなすぎていたことを嫌だと感じたのよ。おかしい?」
わたしの質問に、コリンはなぜだかわからないけれど嬉しそうに目を細めた。
「いいえ。私には過分なお言葉です、姫様」
わたしは首をかしげた。
「過分?」
「ええ。姫様は、ただの従者である私がどのような人間なのかを知っていたいと考えてくださった。これを過分と言わずしてなんと言いましょうか」
コリンは冗談を言っているふうではなかった。至極真面目だ。思わず口から苦笑が漏れてしまう。
「大げさね」
本当に大げさなわたしの騎士。
こちらのことをやたらと重視してくるけど、わたしはそんなに大層な人間なんかじゃないのにね。
騎士として辛い訓練や任務にも耐えているコリンの方が、わたしよりもずっと立派よ。
――そう口に出して伝えたら、コリンはものすごい勢いで否定の言葉を並べ立て始めてしまったのだった。
王女であるわたしの前だから『私』以外の一人称を使わないのかとばかり思っていたけれど、彼の同僚の話によるとどうやら違うらしい。
となると、わたしは五年くらい勘違いしていたことになる。一応主なのに、コリンのことを何も知らなかったんだと少しばかりショックを受けた。
「わたしってあなたのこと、なんにも知らなかったのね」
国王生誕祭の式典が無事に終了し、コリンに私室まで送ってもらっている最中。わたしはつい、ぼやいてしまった。
すると後ろから、面食らった表情が想像できるような声が聞こえてきた。
「……は?」
「あなたの同僚から式典前のヒマな時間に聞いたのよ。あなた、わたしやわたし以外の王族がいないところでも一人称に『私』を使うんですって?」
「左様ですが……それに何か問題が?」
「問題はないわよ。ただね、わたし、あなたってお堅いけどきっとプライベートでは自分のこと『俺』とか『僕』とか言って、砕けた感じになるのだと勝手に思っていたの。でも、そうじゃないと知って――」
「失望されましたか?」
わたしの言葉を遮るようにコリンが質問してきた。
思わず振り返ってみれば、その目は真剣そのものだった。驚きで胸がどきっとしてしまう。
わたしは慌てて否定した。
「しないわよ! ただ、そんなことも今まで知らなかったんだなって、わたしが勝手にショックを受けただけだから」
「ショック、ですか?」
不思議そうにまたたきをされる。
「そうよ。だってコリンがわたしの騎士になってくれて、たぶん五年は経つのに――」
「四年九ヵ月と十五日です、姫様」
即座に訂正が入った。そんなにきちんと覚えてるんだ……。思わず目をしばたたかせてしまう。
「そ、そう。四年九ヵ月と十五日も経つのに、そんなことさえ知らなかったことが悔しいっていうか不甲斐ないっていうか。とにかく、あなたのことを知らなすぎていたことを嫌だと感じたのよ。おかしい?」
わたしの質問に、コリンはなぜだかわからないけれど嬉しそうに目を細めた。
「いいえ。私には過分なお言葉です、姫様」
わたしは首をかしげた。
「過分?」
「ええ。姫様は、ただの従者である私がどのような人間なのかを知っていたいと考えてくださった。これを過分と言わずしてなんと言いましょうか」
コリンは冗談を言っているふうではなかった。至極真面目だ。思わず口から苦笑が漏れてしまう。
「大げさね」
本当に大げさなわたしの騎士。
こちらのことをやたらと重視してくるけど、わたしはそんなに大層な人間なんかじゃないのにね。
騎士として辛い訓練や任務にも耐えているコリンの方が、わたしよりもずっと立派よ。
――そう口に出して伝えたら、コリンはものすごい勢いで否定の言葉を並べ立て始めてしまったのだった。
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
姉弟遊戯
笹椰かな
恋愛
※男性向け作品です。女性が読むと気分が悪くなる可能性があります。
良(りょう)は、同居している三歳年上の義姉・茉莉(まつり)に恋をしていた。美しく優しい茉莉は手の届かない相手。片想いで終わる恋かと思われたが、幸運にもその恋は成就したのだった。
◆巨乳で美人な大学生の義姉と、その義弟のシリーズです。
※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様
※使用画像/アンティーク パブリックドメイン 画像素材様
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
旦那様に離縁をつきつけたら
cyaru
恋愛
駆け落ち同然で結婚したシャロンとシリウス。
仲の良い夫婦でずっと一緒だと思っていた。
突然現れた子連れの女性、そして腕を組んで歩く2人。
我慢の限界を迎えたシャロンは神殿に離縁の申し込みをした。
※色々と異世界の他に現実に近いモノや妄想の世界をぶっこんでいます。
※設定はかなり他の方の作品とは異なる部分があります。
旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
たとえばこんな異世界ライフ
れのひと
ファンタジー
初めまして、白石 直人15歳!
誕生日の朝に部屋の扉を開けたら別の世界がまっていた。
「夢ってたのしー!」
……え?夢だよね??
気がついたら知らない場所にいた直人は夢なのか現実なのかわからないままとりあえず流されるままそこでの生活を続けていくことになった。
僕らが転生した理由 〜異世界転生した先は赤い地球〜神々に弄ばれた人間の物語
空 朱春
ファンタジー
僕(大夢)はこの日本で生まれ育った。
そしてこの日本で家族を失い、僕自身も失った。
「世の中の大半は凡人だ」
稀に凡人以下の人間がいる。それはいじめられている人間、つまり「僕のこと」だ。
妹一緒に両親の墓参りに行くと、雷に撃たれて死んだ。そして異世界転生をした。
ところが、ただ転生したわけではなかった。魂と肉体は別物。
肉体の持ち主(エーデル)と記憶を頼りに生きていくが、暴かれる嘘や真実たち。そして謎の赤い地球。
異世界での生活にも慣れ、初めての友達もできた。家族仲良くそれなりに楽しい第二の人生を過ごしていた。やっと「普通」になり、目標をにも色が付いた。
だか、どの世界も現実はそう甘くはない。
学校という地獄に行くことになってしまったのだから…
そして出会った人物は本当に人間なのだろうか?
これからエーデルの物語は始まる……
(異世界転生、チートのリアルな感情を描くハイファンタジー物語)
あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう
まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥
*****
僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。
僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる