1 / 1
緑のばらの花言葉
しおりを挟む
「実玖さんは、緑色の薔薇の花言葉を知ってる?」
中庭のすみっこでめそめそ泣いている私に向かって、梨華野さんが言った。
この世から消えてしまいたい。現在そう願っている私は、天の神様から存在を気付かれないようにと、しゃがみ込んで小さく小さく身を縮めている。
ああ神様、本当に私に気付かないで。私なんかに注目しないで。――こんな願いがもう手遅れだってことを十二分に理解しているけれど、でも願わずにはいられない。
今日、各々のクラスで学園祭の出し物が決まった。私のクラスは演劇。
ふうん、演劇かあ。お題目はかの有名な『ロミオとジュリエット』。演劇なんて裏方をちょこっと頑張ればいいだけだろうから楽かも――なんて呑気に思っていた私に、なぜか神様は目を付けてきた。
「配役はあみだくじで決めます」
学級委員の一声を聞いても、私は『自分には絶対に関係ない』と謎の自信に満ちあふれていた。それが――
「えーと、こっち、次はこっち。……よし、決まった! ジュリエット役は葉山さんね」
ピンクの蛍光ペンを、黒板に貼り付けた紙から離した学級委員が言った。ちなみに葉山というのは、残念ながら私のことだ。
あみだくじ。紙に書かれたただの線の集合体。そんなゴミのような存在が、私の運命を決めてしまうなんて。
すっかり落ち込んでしまった私は、放課後になってから、隣のクラスに在籍している友人・梨華野さんに緑の茂る中庭で愚痴を聞いてもらうことにしたのだった。
「辞退したいですって言えば良かったんじゃない?」
「そんな雰囲気じゃなかったんだもん」
「今からでも、先生か学級委員に言えば?」
「でも……嫌がってるの私だけみたいだし、うちのクラスって、なぜか自分から名乗りを上げて引き受けてくれそうな目立ちたがりの女子もいないし」
小心者はあみだくじの結果に抗議することもできない。だって、みんなの反応が怖いんだもん。
「じゃあ、我慢するの? 嫌だ嫌だって思いながら受け入れるの?」
梨華野さんの声が少し硬くなったのを感じた。
梨華野さん、呆れてるんだ。情けない私を怒ってるんだ。
そう思ったら視界がにじんできて、気が付いた時には涙がするすると頬を滑っていた。
「ごめ……なさいっ……」
突然泣き出したうっとうしい私に、梨華野さんは黙ったままハンカチを差し出してきた。深い緑色の薔薇の刺繍がちりばめられている、白いレースのハンカチーフ。品の良い梨華野さんらしい持ち物。
「ありがと」
震える声でお礼を告げながら、私は梨華野さんからハンカチを受け取った。涙で汚してしまうことにためらいを感じながらも、頬と目元を静かに拭う。
その時だった。梨華野さんが急に、緑色の薔薇の花言葉を知っているかと訊ねてきたのは。
私が小さく頭を左右に振ると、梨華野さんは「緑色の薔薇の花言葉はね、『あなたは希望を持ちえる』っていうのよ」と教えてくれた。
「他に『穏やか』という花言葉もあるけどね」と補足しながら、梨華野さんは少しだけ笑んだ。
「梨華野さん……」
つぶやきながら、私は梨華野さんが貸してくれたハンカチを見つめた。私の涙なんかが染み込んでしまった、綺麗なそれ。白い生地に広がっている緑色の薔薇。
――あなたは希望を持ちえる。それはきっと、梨華野さんからの励ましの言葉……優しさだ。
「最初から諦めないで。嫌なら嫌って、頑張って言ってみましょう? 状況が変わるかもしれないわ。もっと自分の気持ちを大事にして、実玖さん」
梨華野さんの力強い視線と言の葉。それらは私の背中を、優しく温かい手のひらのごとく押してくれた。
「うん……。私、頑張ってみる」
大きく頷いてから顔を上げる。そうして私は今日、初めて梨華野さんの美しい焦げ茶色の瞳をはっきりと見つめたのだった。
中庭のすみっこでめそめそ泣いている私に向かって、梨華野さんが言った。
この世から消えてしまいたい。現在そう願っている私は、天の神様から存在を気付かれないようにと、しゃがみ込んで小さく小さく身を縮めている。
ああ神様、本当に私に気付かないで。私なんかに注目しないで。――こんな願いがもう手遅れだってことを十二分に理解しているけれど、でも願わずにはいられない。
今日、各々のクラスで学園祭の出し物が決まった。私のクラスは演劇。
ふうん、演劇かあ。お題目はかの有名な『ロミオとジュリエット』。演劇なんて裏方をちょこっと頑張ればいいだけだろうから楽かも――なんて呑気に思っていた私に、なぜか神様は目を付けてきた。
「配役はあみだくじで決めます」
学級委員の一声を聞いても、私は『自分には絶対に関係ない』と謎の自信に満ちあふれていた。それが――
「えーと、こっち、次はこっち。……よし、決まった! ジュリエット役は葉山さんね」
ピンクの蛍光ペンを、黒板に貼り付けた紙から離した学級委員が言った。ちなみに葉山というのは、残念ながら私のことだ。
あみだくじ。紙に書かれたただの線の集合体。そんなゴミのような存在が、私の運命を決めてしまうなんて。
すっかり落ち込んでしまった私は、放課後になってから、隣のクラスに在籍している友人・梨華野さんに緑の茂る中庭で愚痴を聞いてもらうことにしたのだった。
「辞退したいですって言えば良かったんじゃない?」
「そんな雰囲気じゃなかったんだもん」
「今からでも、先生か学級委員に言えば?」
「でも……嫌がってるの私だけみたいだし、うちのクラスって、なぜか自分から名乗りを上げて引き受けてくれそうな目立ちたがりの女子もいないし」
小心者はあみだくじの結果に抗議することもできない。だって、みんなの反応が怖いんだもん。
「じゃあ、我慢するの? 嫌だ嫌だって思いながら受け入れるの?」
梨華野さんの声が少し硬くなったのを感じた。
梨華野さん、呆れてるんだ。情けない私を怒ってるんだ。
そう思ったら視界がにじんできて、気が付いた時には涙がするすると頬を滑っていた。
「ごめ……なさいっ……」
突然泣き出したうっとうしい私に、梨華野さんは黙ったままハンカチを差し出してきた。深い緑色の薔薇の刺繍がちりばめられている、白いレースのハンカチーフ。品の良い梨華野さんらしい持ち物。
「ありがと」
震える声でお礼を告げながら、私は梨華野さんからハンカチを受け取った。涙で汚してしまうことにためらいを感じながらも、頬と目元を静かに拭う。
その時だった。梨華野さんが急に、緑色の薔薇の花言葉を知っているかと訊ねてきたのは。
私が小さく頭を左右に振ると、梨華野さんは「緑色の薔薇の花言葉はね、『あなたは希望を持ちえる』っていうのよ」と教えてくれた。
「他に『穏やか』という花言葉もあるけどね」と補足しながら、梨華野さんは少しだけ笑んだ。
「梨華野さん……」
つぶやきながら、私は梨華野さんが貸してくれたハンカチを見つめた。私の涙なんかが染み込んでしまった、綺麗なそれ。白い生地に広がっている緑色の薔薇。
――あなたは希望を持ちえる。それはきっと、梨華野さんからの励ましの言葉……優しさだ。
「最初から諦めないで。嫌なら嫌って、頑張って言ってみましょう? 状況が変わるかもしれないわ。もっと自分の気持ちを大事にして、実玖さん」
梨華野さんの力強い視線と言の葉。それらは私の背中を、優しく温かい手のひらのごとく押してくれた。
「うん……。私、頑張ってみる」
大きく頷いてから顔を上げる。そうして私は今日、初めて梨華野さんの美しい焦げ茶色の瞳をはっきりと見つめたのだった。
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。


身体だけの関係です‐原田巴について‐
みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子)
彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。
ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。
その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。
毎日19時ごろ更新予定
「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。
良ければそちらもお読みください。
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で2/20頃非公開予定ですが読んでくださる方が増えましたので先延ばしになるかもしれませんが宜しくお願い致します。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
ダメな君のそばには私
蓮水千夜
恋愛
ダメ男より私と付き合えばいいじゃない!
友人はダメ男ばかり引き寄せるダメ男ホイホイだった!?
職場の同僚で友人の陽奈と一緒にカフェに来ていた雪乃は、恋愛経験ゼロなのに何故か恋愛相談を持ちかけられて──!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる