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「さあ、迎えに来たよ! 僕だけの美しい人!」
「はい! 今、参りますわ。わたしの愛する人!」
ここは舞台の上。わたしは大きな声でセリフを口にし、大袈裟な身振りで相手役の榊くんの元へと駆け寄って行く。
榊くんは私を強く抱き締めると、
「ああ……。やっと、やっと、君を胸に抱けた。僕はなんて幸せ者なんだろう。もう離さないよ、清子」
と噛み締めるように言った。
わたしもそれに応えるべく、想いを乗せて、まるで幸せな夢を見ているかのようにセリフを言う。
「ええ、真人さん。もう離さないで」
そのままわたしたち二人に降り注いでいた照明がゆるやかに消えていき、緞帳が下がっていく。
緞帳の外側から、まさに割れんばかりといった大きな拍手が響いてきて、ほっと息を吐く。
榊くんがわたしの身体をそっと腕から離しながら優しく言った。
「君が演じる清子は素晴らしいね。一緒に演じていると、真剣に恋をしている気分になるよ。いや、気分じゃなくて、舞台上では本当に恋をしているのかもしれないな」
「お褒めいただき光栄ですわ」
「そのしゃべり方。さては本気にしてないな?」
榊くんが苦笑する。
別に本気にしていない訳じゃない。ただ、そう返さないと泣いてしまいそうになるだけ。
だって彼が褒めているのも、恋をしている相手もわたしじゃない。わたしが演じている『清子』だ。
わたし自身じゃない。
今のわたしは、清子に負けているんだ。
思わず涙が溢れそうになる。それをぐっとこらえて、わたしはカーテンコールに備えるべく榊くんからそっと離れた。
「はい! 今、参りますわ。わたしの愛する人!」
ここは舞台の上。わたしは大きな声でセリフを口にし、大袈裟な身振りで相手役の榊くんの元へと駆け寄って行く。
榊くんは私を強く抱き締めると、
「ああ……。やっと、やっと、君を胸に抱けた。僕はなんて幸せ者なんだろう。もう離さないよ、清子」
と噛み締めるように言った。
わたしもそれに応えるべく、想いを乗せて、まるで幸せな夢を見ているかのようにセリフを言う。
「ええ、真人さん。もう離さないで」
そのままわたしたち二人に降り注いでいた照明がゆるやかに消えていき、緞帳が下がっていく。
緞帳の外側から、まさに割れんばかりといった大きな拍手が響いてきて、ほっと息を吐く。
榊くんがわたしの身体をそっと腕から離しながら優しく言った。
「君が演じる清子は素晴らしいね。一緒に演じていると、真剣に恋をしている気分になるよ。いや、気分じゃなくて、舞台上では本当に恋をしているのかもしれないな」
「お褒めいただき光栄ですわ」
「そのしゃべり方。さては本気にしてないな?」
榊くんが苦笑する。
別に本気にしていない訳じゃない。ただ、そう返さないと泣いてしまいそうになるだけ。
だって彼が褒めているのも、恋をしている相手もわたしじゃない。わたしが演じている『清子』だ。
わたし自身じゃない。
今のわたしは、清子に負けているんだ。
思わず涙が溢れそうになる。それをぐっとこらえて、わたしはカーテンコールに備えるべく榊くんからそっと離れた。
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