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第33話 - 真実
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「そん、な」
ミゼルが語る真実は、私を打ちのめしました。
驚嘆。衝撃に、舌が痺れたように痙攣しているのがわかります。ミゼルは、にやりと笑い、赤い花弁を手に取り、眺めていました。
「な。信じられねえよな。忠臣面しといて、このザマだよ、ひゃはは」
感情を逆撫でするように、下品に笑います。私は、ぎゅっと唇を噛んで、叫びだしたい気持ちを耐えました。
「……然るべき、機関に……真実を……調査を、して……」
「あァ? 寝惚けてんのか? お前がそういう態度すんなら、俺が大騒ぎして、あることないこと言ってやるぜ? お前のお兄様は、第七領はどうなるかなァ? もう二度と立ち直れなくなっちまうよなァ?」
ミゼルはどうしようもなく意地が悪く、悪魔のように笑って、私を翻弄します。
「それは嫌だよなァ? いやなに。俺らはさ、このビジネスに一枚噛みたいだけなんだ。なのによ、キースは、これを暴いて台無しにしようとしてるだろ? そーいうの困るんだよね。四方八方に吠える犬は、轡を嵌めないとな」
そう言うとミゼルは、するりと、一枚の書類を、私の目の前に出しました。
「これに署名しろ。さもなくば、全てを明るみに出してやる」
震える手で、それを取り上げ、読みます。――それは、私の想像を超える内容でした。
「……こ、れ。その」
「バカ女、いいか、交渉の余地なんかないんぜ? 俺がたまたま黙ってやってるだけだ、お父様に言いつけてやったっていいんだ。それを温情で、選択肢を与えてやってるのさ。クロシェ。女が役に立てることなんて、これくらいしかないのさ」
ミゼルの振り下ろした拳は卓に叩きつけられ、がつん、と響きました。私は思わずびくりと背筋が震え、それが全身に広がって、止まらなくなりました。
家が焼かれ、兄弟は売り飛ばされ。絶望の暗闇に囚われていた、あの日々が蘇るかのようで。
目の前にいるのは、私にとっての絶望の具現、第一王子派がミゼル・ユークリッド。
呼吸が荒くなり。目が霞む。何が正しくて何が悪いのか、正常な判断が難しくなってきます。
「クロシェ! さっさとしろ!」
ミゼルの言葉が突き刺さり、私は椅子に座ってるだけなのに溺れそうになって。そんな中で聞こえるのは。
「ガハハ、クロシェ様。もし、お断りになるのであれば、誰が苦しむことになるでしょうか」
ミゼルの側近、ガレンの囁き。その瞬間脳裏に映ったのは――お兄様の顔。
そこから先は、まるで人形のように感情の籠らない動作に過ぎなくて。私は震える手でペンを取り、ミゼルの求めるとおり、その書類にサインをしたのでした。
※
「そうさ。これが、クライン家の影の稼業。ひた隠しにした秘密の在処さ」
ルイスは自嘲気味に、そう笑いながら語った。
小高い丘に立ち、三人はそれを見下ろしていた。無数の赤い花が風に吹かれているのを、キースは真剣な表情で、マリアは露骨な嫌悪を露わにして、見ていた。
独特な罪の匂いを放つこれらの正体は、言われなくとも、わかった。
「父上の魔法【優雅な隠れ家】は凄いんだ。【テーブル】すら認識できなくなるほどの不可視の結界を張る。ここ一帯は、正しく秘密の農園だった。パスを知らない奴らは立ち入れない。万が一、結界を察して、無理に押し入ろうとしても弾き出される。はっ! 僕がそのパスをいじっってやったんだ! あいつら、血相変えて追ってきやがった! いい様だね!」
「ルイス。これは――薬物の原料、か」
キースの言葉に、ルイスは黙った。そして、再び殺意の籠った目で、睨みつける。
「そうだよ。今流行りの新型薬物、その原料の農園さ。真面目に働くのがバカに思えてくるくらい、稼げる」
「そういうことか……ミゼルはこれを嗅ぎつけたのか」
ミゼルはこの薬物畑を見つけ、クラインと密約を結んだ。あの紫色の集団は、ミゼルの部隊だろう。この結界に邪魔が入らないように、戦闘部隊に見張らせていたが、ルイスが邪魔したので、追い立てていた。ということであれば、筋が通る。
だが、ルイスの怒りは、そこになかった。
「何をしら切ってんだよ」
「……しら?」
「こんなの、とっくに知ってんだろ!」
怒号が轟く。肩を強張らせ、怒りのままに喚くルイスを、ただ見ているしかなかった。
「俺は、こんなの、どうだってよかったのに! あの日、お前は、俺を問い詰めた! この農園のことを、しつこく、何度も! そして、お前は、強制的にここを調べるって。そんなことしたら、家はお終いだから、だから、俺は……お前を、刺した、のに……なんで生きてるんだ、なんで、何にも知らないフリしてんだ! 俺のことを、バカにしてるんだろ、キース!」
その告白に、キースは、驚いた。第七王子殺害の犯人は、目の前の悪友だというのだ。
どうやってかは不明だが……第七王子は、秘密を知って、故に殺された。あの運命の夜、悲劇を生みだしたのは、目の前のルイス・クラインであったのだ。
「あの黒衣の奴らは」
「クライン家直属特殊部隊「夜烏」だ! あいつらに死体の処理を任せたのに、失敗しやがって、クソ、クソ、クソ! だから、俺は、もう、パスを変えてでも、ここを守らなきゃって……!」
地団駄を踏むルイス。これで全てがご破算だ、と、自暴自棄になっているようでもあった。
キースは、慎重に言葉を選んで、答える。
「……なんとか、一命は取り留めたんだ。たまたま、そこのマリアに助けてもらえた。でも、記憶が混乱しているから、覚えていないことが多い」
「喧嘩は後にしようぜ」
そのマリアは、不機嫌な顔のまま、赤い花を見下ろす。
「あの時、弾き飛ばされたのは、この結界だったってことか。はん、数奇なもんだな。なんにせよ、これは災いの花だ。燃やしちまおう。それで全部がすっきりするんだろう」
「……いや、マリア。それはできない。僕らはこの薬物に手は出せないさ」
意外な返答に、マリアは眉を上げる。キースは難しい顔で、思案を続けていた。
「カールと会談したあの日。ミゼルはどうして、のこのこ現れたのか、不思議に思っていたんだ。繋がりを示すだけの悪手だと思っていたが、違う。あれは、お前たちを見ているぞ、という牽制なんだ。現段階では、領内の貴族が勝手に薬物を栽培していた、に過ぎないが、ここで僕らが手を出すと、自ら領内の不祥事を揉み消した大罪人となる。きっとミゼルが大騒ぎしてくれるだろうさ」
そして、僕らがこれを知った時点で、ミゼルとの領地交換は受けざるを得なくなる。断ればこの秘密をバラすぞ、と脅されているのだ。どう転んでも第六王子の思惑通りになる。
吐き気がするほど美しい、陰謀の形であった。
「あぁ~? めんどくせえことしやがるな。その坊ちゃんはなにが目的なんだよ」
「薬物ビジネスの美味いところをかっさらう……というのが考えやすいシナリオだけど。でも、なんだろう、本当にそうなのか」
微かな違和感を覚えていた。薬物ビジネスに手を出すために、領地交換を持ち上げた? それが正解なのだろうか。薬物。領地交換。紫色の集団。第一王子派と第二王子派。これまでの事象を思い起こす。あと一つ、なにかピースを見落としているような気がする。思い出せ……。
――お前たちを見ているぞ。
はっ、となにかに気付いたように、キースは顔を上げた。
「ミゼルは、見ている。僕らがここへ来ることを。クロシェが今、一人なのも、見ている」
「……あぁ?」
「ここに用は無い! マリア、すぐに戻るぞ。なにかを仕掛けてきている可能性がある」
キースとマリアは駆け出し、王子邸まで走る。
「待てよ! おい、キース、おい!」
その場に取り残されたルイスは、友の名を呼んだ。だが、悪友は既に無く、その肉体には、異世界より呼び寄せられた別の魂に挿げ替えられていることを、彼は知る由も無い。
ミゼルが語る真実は、私を打ちのめしました。
驚嘆。衝撃に、舌が痺れたように痙攣しているのがわかります。ミゼルは、にやりと笑い、赤い花弁を手に取り、眺めていました。
「な。信じられねえよな。忠臣面しといて、このザマだよ、ひゃはは」
感情を逆撫でするように、下品に笑います。私は、ぎゅっと唇を噛んで、叫びだしたい気持ちを耐えました。
「……然るべき、機関に……真実を……調査を、して……」
「あァ? 寝惚けてんのか? お前がそういう態度すんなら、俺が大騒ぎして、あることないこと言ってやるぜ? お前のお兄様は、第七領はどうなるかなァ? もう二度と立ち直れなくなっちまうよなァ?」
ミゼルはどうしようもなく意地が悪く、悪魔のように笑って、私を翻弄します。
「それは嫌だよなァ? いやなに。俺らはさ、このビジネスに一枚噛みたいだけなんだ。なのによ、キースは、これを暴いて台無しにしようとしてるだろ? そーいうの困るんだよね。四方八方に吠える犬は、轡を嵌めないとな」
そう言うとミゼルは、するりと、一枚の書類を、私の目の前に出しました。
「これに署名しろ。さもなくば、全てを明るみに出してやる」
震える手で、それを取り上げ、読みます。――それは、私の想像を超える内容でした。
「……こ、れ。その」
「バカ女、いいか、交渉の余地なんかないんぜ? 俺がたまたま黙ってやってるだけだ、お父様に言いつけてやったっていいんだ。それを温情で、選択肢を与えてやってるのさ。クロシェ。女が役に立てることなんて、これくらいしかないのさ」
ミゼルの振り下ろした拳は卓に叩きつけられ、がつん、と響きました。私は思わずびくりと背筋が震え、それが全身に広がって、止まらなくなりました。
家が焼かれ、兄弟は売り飛ばされ。絶望の暗闇に囚われていた、あの日々が蘇るかのようで。
目の前にいるのは、私にとっての絶望の具現、第一王子派がミゼル・ユークリッド。
呼吸が荒くなり。目が霞む。何が正しくて何が悪いのか、正常な判断が難しくなってきます。
「クロシェ! さっさとしろ!」
ミゼルの言葉が突き刺さり、私は椅子に座ってるだけなのに溺れそうになって。そんな中で聞こえるのは。
「ガハハ、クロシェ様。もし、お断りになるのであれば、誰が苦しむことになるでしょうか」
ミゼルの側近、ガレンの囁き。その瞬間脳裏に映ったのは――お兄様の顔。
そこから先は、まるで人形のように感情の籠らない動作に過ぎなくて。私は震える手でペンを取り、ミゼルの求めるとおり、その書類にサインをしたのでした。
※
「そうさ。これが、クライン家の影の稼業。ひた隠しにした秘密の在処さ」
ルイスは自嘲気味に、そう笑いながら語った。
小高い丘に立ち、三人はそれを見下ろしていた。無数の赤い花が風に吹かれているのを、キースは真剣な表情で、マリアは露骨な嫌悪を露わにして、見ていた。
独特な罪の匂いを放つこれらの正体は、言われなくとも、わかった。
「父上の魔法【優雅な隠れ家】は凄いんだ。【テーブル】すら認識できなくなるほどの不可視の結界を張る。ここ一帯は、正しく秘密の農園だった。パスを知らない奴らは立ち入れない。万が一、結界を察して、無理に押し入ろうとしても弾き出される。はっ! 僕がそのパスをいじっってやったんだ! あいつら、血相変えて追ってきやがった! いい様だね!」
「ルイス。これは――薬物の原料、か」
キースの言葉に、ルイスは黙った。そして、再び殺意の籠った目で、睨みつける。
「そうだよ。今流行りの新型薬物、その原料の農園さ。真面目に働くのがバカに思えてくるくらい、稼げる」
「そういうことか……ミゼルはこれを嗅ぎつけたのか」
ミゼルはこの薬物畑を見つけ、クラインと密約を結んだ。あの紫色の集団は、ミゼルの部隊だろう。この結界に邪魔が入らないように、戦闘部隊に見張らせていたが、ルイスが邪魔したので、追い立てていた。ということであれば、筋が通る。
だが、ルイスの怒りは、そこになかった。
「何をしら切ってんだよ」
「……しら?」
「こんなの、とっくに知ってんだろ!」
怒号が轟く。肩を強張らせ、怒りのままに喚くルイスを、ただ見ているしかなかった。
「俺は、こんなの、どうだってよかったのに! あの日、お前は、俺を問い詰めた! この農園のことを、しつこく、何度も! そして、お前は、強制的にここを調べるって。そんなことしたら、家はお終いだから、だから、俺は……お前を、刺した、のに……なんで生きてるんだ、なんで、何にも知らないフリしてんだ! 俺のことを、バカにしてるんだろ、キース!」
その告白に、キースは、驚いた。第七王子殺害の犯人は、目の前の悪友だというのだ。
どうやってかは不明だが……第七王子は、秘密を知って、故に殺された。あの運命の夜、悲劇を生みだしたのは、目の前のルイス・クラインであったのだ。
「あの黒衣の奴らは」
「クライン家直属特殊部隊「夜烏」だ! あいつらに死体の処理を任せたのに、失敗しやがって、クソ、クソ、クソ! だから、俺は、もう、パスを変えてでも、ここを守らなきゃって……!」
地団駄を踏むルイス。これで全てがご破算だ、と、自暴自棄になっているようでもあった。
キースは、慎重に言葉を選んで、答える。
「……なんとか、一命は取り留めたんだ。たまたま、そこのマリアに助けてもらえた。でも、記憶が混乱しているから、覚えていないことが多い」
「喧嘩は後にしようぜ」
そのマリアは、不機嫌な顔のまま、赤い花を見下ろす。
「あの時、弾き飛ばされたのは、この結界だったってことか。はん、数奇なもんだな。なんにせよ、これは災いの花だ。燃やしちまおう。それで全部がすっきりするんだろう」
「……いや、マリア。それはできない。僕らはこの薬物に手は出せないさ」
意外な返答に、マリアは眉を上げる。キースは難しい顔で、思案を続けていた。
「カールと会談したあの日。ミゼルはどうして、のこのこ現れたのか、不思議に思っていたんだ。繋がりを示すだけの悪手だと思っていたが、違う。あれは、お前たちを見ているぞ、という牽制なんだ。現段階では、領内の貴族が勝手に薬物を栽培していた、に過ぎないが、ここで僕らが手を出すと、自ら領内の不祥事を揉み消した大罪人となる。きっとミゼルが大騒ぎしてくれるだろうさ」
そして、僕らがこれを知った時点で、ミゼルとの領地交換は受けざるを得なくなる。断ればこの秘密をバラすぞ、と脅されているのだ。どう転んでも第六王子の思惑通りになる。
吐き気がするほど美しい、陰謀の形であった。
「あぁ~? めんどくせえことしやがるな。その坊ちゃんはなにが目的なんだよ」
「薬物ビジネスの美味いところをかっさらう……というのが考えやすいシナリオだけど。でも、なんだろう、本当にそうなのか」
微かな違和感を覚えていた。薬物ビジネスに手を出すために、領地交換を持ち上げた? それが正解なのだろうか。薬物。領地交換。紫色の集団。第一王子派と第二王子派。これまでの事象を思い起こす。あと一つ、なにかピースを見落としているような気がする。思い出せ……。
――お前たちを見ているぞ。
はっ、となにかに気付いたように、キースは顔を上げた。
「ミゼルは、見ている。僕らがここへ来ることを。クロシェが今、一人なのも、見ている」
「……あぁ?」
「ここに用は無い! マリア、すぐに戻るぞ。なにかを仕掛けてきている可能性がある」
キースとマリアは駆け出し、王子邸まで走る。
「待てよ! おい、キース、おい!」
その場に取り残されたルイスは、友の名を呼んだ。だが、悪友は既に無く、その肉体には、異世界より呼び寄せられた別の魂に挿げ替えられていることを、彼は知る由も無い。
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