異世界マナー無双 ~マナー違反でマナが奪われる世界。魔法の力でムカつく貴族達をマナー違反させまくって貧乏領地から成り上がる~

座佑紀

文字の大きさ
上 下
28 / 43

第28話 - マリア

しおりを挟む
 見るに、四人ほどの集団は、自らの顔も布で覆い素性を隠しており――明らかに、表で生きる者ではないことを物語っております。

「……あの時の」

 お兄様が、ぼそりと、そう呟きました。……それはきっと、本当のお兄様が襲われて、今のお兄様に入れ替わった時の、刺客のことでしょう。
 無論、ずっとあの事件のことは調査を続けていましたが、相手は闇の住人。痕跡の抹消などはお手の物で、有効な手がかりを得ることはできませんでした。
 それが今、このタイミングで、襲撃を再開した。
 周囲は林が並ぶだけの薄暗い街道。次の集落まではしばらく距離があり、こんな夜中に通りかかる人なども滅多にいない。命を狙うには、これ以上ない絶好の機会でしょう。
 彼らは、言葉を発することはなく、じり、とゆっくり距離を詰めてきました。眼光に宿る冷たい光が、明確な殺意を伝えています。

「お前ら、逃げろ。あいつらの狙いは、僕だ」
「……お兄様。それは、どういう意味でしょうか」
「僕が、迂闊だった。早く護衛の人材を見つけるべきだったのに、間に合わなかった。今この状況では、打つ手がない。皆殺しになるより、僕一人が犠牲になったほうが、合理的だ」
「そんなの、ダメです。そんなの、絶対に……!」
「痴話喧嘩してる場合じゃないでしょ~! あたしの魔法じゃどうしようもないんだよ~!」

 カイネさんが泣き言を上げ、その間にも、四つの影はひたひたと迫ってきています。
 戦闘に活用できるような魔法は無く、背を向けて逃げられるほど甘い相手でもない。だから、お兄様が言う犠牲は、確かに合理的ではありました。
 間違っているのは、誰がその役目を負うか、ということ。
 私は、笑いそうになる膝を叩いて立ち上がり、精一杯の虚勢で、刺客たちを睨みつけます。

「私が、あの方々とお話いたします」
「……やめろクロシェ。座れ。そんなことをしても」
「皆様は、第七領に、必要な存在です。そして、この中で一番不要なのは、私です。命を賭して、あの四名を押しとどめます。だから、どうか、全力で逃げてください」
「お前如きがどうしようもできないって言ってるんだ! そんな捨て鉢は僕が許さないぞ――」
「クロシェ様は」

 その時、口を開いたのは、意外にも、マリアさんでした。
 彼女は、あくまでも静かに、なにかを見定めるような声色で、私に問います。

「弱いくせに、私たちを庇う、つもりですか?」
「……はい。何もないからこそ、こういうときくらいは、お役に立ちたいのです」

 その答えを、マリアさんはどう受け取ったのでしょうか。目を伏せ「そう」と、短く呟いたのみでした。

「愁嘆場は終いか。今生最後の言葉だ、遠慮無く喚け」

 ――私たちの抵抗なんて、なにをしようが同じことでした。
 この醜いやり取りを見物していた刺客の一人は、冷笑を含んだ侮蔑の言葉を投げます。
 そして、隣の黒衣が、くすくすと笑いながら、手をかざします。

「東方魔術【武器庫の扉アーセナル・ドア】」

 バチバチ、と雷電が爆ぜるような鋭い音が響いたと思うと、無数の鈍色の刃が虚空に浮かび、私たちを取り囲んでいました。

「ふふ、ふふふ……残念。あなた方が揉めてる間に、包囲を完了させちゃいました……。所有する武具を指定の場所に展開できるこの魔法……もう、どこからも逃れられませぇん」

 さながら檻のように、剣や矢の数々が浮かんでおり、それらの切っ先は正確に私たちへと向かっています。
 とっくに手遅れの状態でした。悔しそうに、唇を噛み締めるお兄様の横顔が目に映ります。

「ふふふ……それではおさらば、第七王子。一息で殺して差し上げます」

 その黒衣が妖しく笑いながら、手を振り下ろすと、凍ったように静止していた武具たちが唸りを上げ、稲妻のような速度で殺到しました。
 こんなにもあっさりと、私の命は散るのだと。悔恨を抱えたまま、目の前に迫りくる矢を、ただじっと、見ていました。

「――さっきまでの威勢はどこいったんだ、バカ」

 そんな声が聞こえると……いつの間にか、私の目の前に、マリアさんが立っていて。
 迫りくる矢は、彼女の腹部に命中しました。

「マリアさ……!」

 だけど、本当の驚きは、ここからでした。突き刺さった矢には一切目もくれず、彼女は、どこから取り出したのか、一本の銀色の剣を片手に持っていて、それを地面に突き立て。

「北方魔術【鉄の座に就くアイアン・――」

 その瞬間、私たちを取り囲むようにして、鉄の壁がせり上がってきました。鉄と鉄が激突する甲高い音が雨音のように幾重も鳴り、鼓膜の奥がじんと痺れます。
 そして、役目を終えた鉄壁は崩れ去り、再び視界が開けました。と、その瞬間、接近していた黒衣の一人が、崩れる壁を乗り越え、両手のナイフをお兄様に向けていました。
 ですが、マリアさんも素早く刺客に接近して、彼女は今度は、両手で持つような長い槍を携え、急襲を仕掛けた黒衣を猛烈に突き上げました。
 その黒衣も瞬時に反応し、手のナイフで防御しましたが、その突き上げのあまりの膂力に耐え切れず、向こう側まで吹き飛ばされます。

「北方魔術【霜張る牢獄フロスト・ジェイル】」

 一人の黒衣がその魔法を発動させると、瞬間、凍てつくような冷気が広がり、見ると、私たちの足元が霜張り、縛り付けるように氷漬けになっていました。
 そして、あの武器を射出する魔法を使用した者が、再度陣を展開させ、多数の刃がマリアさんに照準を合わせます。

「もう許さないよ……挽肉になっちゃええええ!」

 先ほどとは比べ物にならない密度の刃の数々が、とんでもない勢いでマリアさんに集中して飛来しました。
 そして肉が裂かれる鈍い音が響き渡ります。雨のように飛んでくる鈍色の殺意の数々は、その白い肌を蹂躙し、赤黒い肉塊へと変貌させている、はずでした。
 その光景を直視することができず、私は思わず目を瞑ったのですが、なにか、様子が変でした。恐る恐る目を開けると、そこには、地面に突き立つ無数の武器と――全くの無傷で立つ、マリアさんの姿があるだけでした。

「……あり得ない」

 黒衣が、首を振りながら、声を震わせます。

「僕の【武器庫の扉アーセナル・ドア】は、お、お前を切り裂いた、間違いなく! なのに、お前は、全く、傷一つ、ついていない……耐性……違う、こんなの抗体者じゃなきゃ……!」
「いちいちうるせえなあ、ダボ」

 聞き間違いかと思いました。
 どんなときも淑やかで、美しく、月花美人と称えられた物静かな美女のマリアさんの口から、嘘のような汚い単語が飛び出したのです。

「お前のナマクラじゃ私は斬れねえ。ただそれだけのことじゃねえかよ」
「な、ナマクラ……」
「よく聞けボンクラ。私は今、機嫌が悪いんだ」

 そして彼女は、振り返り、ぎろり、と私を見ました。

「私は――弱い奴と、そんな奴にに庇われることが、大嫌いなんだ」
「マリア、さん」
「だから加減はできそうにねえ。――地獄で悔い改めな」

 そして彼女は、天高く手を掲げ、すぅと息を吸い込むと、その魔法の名を口にしました。

「――北方魔術【鉄の座に就く戦乙女アイアン・スローン】」
「金剛鉄姫だ!」

 霜の魔法を行使していた黒衣が、わなわなと震えながら、そう叫びました。

「鉄の北方魔術を使う、あの最悪の冒険者が……こんな、こんなところに……!」

 バチン、と粒子が弾けるような音がしたと思えば、マリアさんの全身が青白く輝きます。そして、まるで機械を作る工場のような、鉄と鉄が次々と?み合っていくような鈍重な火花が散ったと思えば、目の前には、巨きな騎士が、立っていたのでした。
 その様はさながら神話のようで。鎧は、神秘的に月の光を跳ね返しています。彼女の手には、その巨体に見合うような、大きな鉄の戦槌が握られていました。
 それを振りかぶると、槌の機構が変化し、凄まじい勢いで大気を放出しはじめました。

「吹き飛べ、弱虫共ォ!」

 地面に叩きつけられたときの、その衝撃波の破壊力たるや。周囲の物体をすべて薙ぎ払い破砕するほどの圧力が広がり、あたり一帯に砂埃が舞いました。
 果たして刺客たちがどうなったのかもわからぬ中――お兄様は、三つの月が見降ろす中で、地面にへたりこみながら、その騎士を見上げていました。

「……思い、出した」

 絞り出るように出た声はそんな一言で。お兄様は、しばらく、その偉容を、ただただ、見上げるばかりでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界営生物語

田島久護
ファンタジー
相良仁は高卒でおもちゃ会社に就職し営業部一筋一五年。 ある日出勤すべく向かっていた途中で事故に遭う。 目覚めた先の森から始まる異世界生活。 戸惑いながらも仁は異世界で生き延びる為に営生していきます。 出会う人々と絆を紡いでいく幸せへの物語。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

転生召喚者は異世界で陰謀を暴く~神獣を従えた白き魔女~

*⋆☾┈羽月┈☽⋆*
ファンタジー
両親を事故で亡くし、叔父夫婦のもとへ引き取られた少女・白銀葵。 遺産目当てだった叔父夫婦からは虐げられ、冷遇されていながらも ”家族として認めてほしい” ”必要な存在になりたい” という淡い希望を抱き続けていた。 そんなある日、道路へ飛び出した子供を救うため命を散らした。 次に目を覚ました場所は神界。 時空の女神クロノスと出会い、葵は自身の魂に特別な力が宿っていることを知る。 その答えを探すため異世界へ転生することになり、シエル・フェンローズとして新たな人生を歩む事になった。 召喚の儀式中、何者かに妨害されて危険区域「ヴェルグリムの深森」へと飛ばされてしまう。 異世界で次第に明らかになっていくシエルの正体。 彼女の召喚が妨害された背景には、世界を揺るがすほどの陰謀が隠されていた……。 前世で孤独だった少女が異世界で出会った仲間と共に、隠された真実を暴いて少しずつ成長していく光の物語――。

元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々

於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。 今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが…… (タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

処理中です...