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第6話 - マナーバトル:ハミルトン、シェラード戦①

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「ぐふ! やあ、どうもどうも、麗しき姫君よ! ぐふぐふ、今日も大変、お美しい限りで!」
「おやおやぁ、殿下もいらっしゃいますか……キキ。ご機嫌よう、お久しぶりですな」

 辿り着いた部屋は、豪奢な宴会場のような場所であった。
 中庭を見下ろせる大きな窓からは、爽やかな日差しが降り注いでいる。
 その中央には、テーブルが置かれていた。高級そうなクロスの上には、ナイフやフォークなどの、食事のための一式すら、きちんと設置されていた。
 その男たちは、入り口脇のソファに座り、キースとクロシェを待っていた。
 片方は、痩せぎすの相貌に、巻いたり結んだり飾ったりゴテゴテとした長髪を載せている男で、もう片方は、でっぷりと肥えた腹を揺すりながら、大きな声で笑う巨漢だった。
 クロシェは貼り付けたような笑顔で、彼らに向き合った。

「ええ、ようこそお越しくださいました。ハミルトン様、シェラード様」

 それぞれ挨拶をした方向から、痩せた男がハミルトン、太った男がシェラード、であると、キースは判断した。
 クロシェが、そのまま両者に、あくまでにこやかに、言葉を紡いだ。

「しかし、かなりお早い到着でしたね。そんなに急がなくとも、こちらはいつまででも、お待ちしておりましたのに」
「ぐふ! おんやぁ? ご迷惑でしたかなぁ? 先の約束が早く済みましてなあ。もしや、準備ができていない、などということもございますまい?」
「キキキ! こういう事態も見越して、我々は、次第によっては早く到着することも有り得る、と、しっかりお伝えしておりましたからなぁ。貴女はそれを受諾された。……なんの問題もございますまい?」

 彼女の、ほんの小さな誹りに対し、彼らは野太い笑い声と掠れた嘲りを混じえ、何倍もの言葉にして返してくる。
 クロシェは微笑みながら「ええ、勿論」などと首肯していたが、こんなにも露骨な反駁をされると、内心穏やかなはずがないだろう。
 キースは、静かに、その二人の歪んだ笑い顔を眺めていた。
 ――こいつら、あまりにも、下衆すぎる。
 隠しきれぬ腐臭が鼻につく。思わず、不快な顔をしてしまいそうになるのを必死に堪えていると、ハミルトンの痩せた顔が、ぐん、とこちらを向いた。

「それにしても殿下……! よくぞまた、お顔を見せてくれましたなぁ」

 彼の頭頂部に築き上げられた城の如き長髪が、ふさふさと左右に揺れる。彼は、口元が裂けんばかりに口角を釣り上げている。

「『お前の顔など二度と見たくない』なんて、以前言われてしまったものですから……私、本日、お目見えいただけるかどうか、不安で仕方なかったんですよぉ。ええ、キキキ……」

 標的が、キースに移った。ハミルトンは満面の笑みで、前に食らわされた無礼を、この場でぶち撒けている。
 見下すような笑みで、この貧しい領主がどう反応するかを、楽しみにしているハミルトン。
 隣に立つクロシェは、そわそわとしながら、偽りの兄を見上げた。
 どうかここは、穏便に――というメッセージを込めた表情で。
 キースはそれを受け取り、嫌味をぶつけてくるその男へと向き合った。

「ええ、あれは失言でした。撤回いたします」

 なんの焦りも、苛立ちも感じさせぬ、からりとした声色で。

「花は、活けられる花瓶も含めての芸術です。こんなにも素敵な御髪は、その下のお顔ごと、何度でも鑑賞すべきだ。己の不明を恥じ入るばかりです、ハミルトン殿」
 さらさらと流れるように、そんなことを述べたのであった。

 これには、余裕たっぷりに笑っていた男二人も、思わず呆気にとられる。そして、彼らは、目の前の小僧に流麗な皮肉を返されたのだと気付くと、みるみる顔を赤くさせる。

「キキキ……なんだか、逞しくなりましたなぁ……第七王子様」
「ぐふ、ぐふふふふふ! これは、面白い! それでは早速、商談と行きましょうか」

 その言葉を合図に、待機していたクロードが進み、四人を席へ案内する。
 ――彼らは、隣の領地、第六領に根ざす貴族、だっけか。
 クロシェの簡潔な説明を思い返す。彼らは、ある商談を持ちかけており、この場にキースを伴うことを約束していたから、クロシェはキースのことを必死に探していたのだと。
 まさか、その商談相手に、こんなにも露骨に舐められている、なんて。
 席へ歩く途中で、クロシェが、驚き、かつ、ほんの少し、誇らしげに、少年の目を見ていた。
 キースは内心謝った。座っているだけでよい、と言われたが、この下衆相手には、おそらく我慢できないぞ、と。
 そして、四人は食卓へ着席する。
 第七王子と、その妹が並んで座り、相対するは、第六領の貴族、二人。
 下卑た笑みが二つ、向こう側に並んだ。
 すると、キース以外の三名が、黙って右手を、天に掲げる。
 妹の、最後の忠告を思い浮かべた。
 ――我々はある儀式をします。動作、口上など、我々の真似をしてください。
 キースは、隣のクロシェと同じように、右手を掲げる。
 そして、彼らは口を開いた。

「【奇跡は天秤に。祈りは神に。此処には我らの誇りがあるのみ】――【オープン・テーブル】」

 その口述を、必死に真似をした。瞬間、なんということだろうか。
 荘厳な鐘の音がどこからともなく響くと、食卓のちょうど真上に、微かな閃光が弾けたと思った瞬間――どこからともなく、金色に輝く天秤が出現したのだ。

「……なッ、あ、え……」

 超常的な力によって、中空に浮かんでいる天秤を見上げ、言葉を失うキース。
 そして、次の瞬間、彼の体中から、何かが抜き取られるような感覚があった。
 腹の中の、生命力とでもいうべきものが、強制的に奪われる。それは半透明の塊となって頭上の天秤へと収まった。  
 ――この感覚は身に覚えがある。街で大男に、不思議な力をぶつけたときの虚脱感と同じだ。
 それは、キースだけの現象ではなく、他の三人も同様に、あの天秤に力を抜き取られている。直感でしかなかったが、これこそがマナであり、奇跡の源泉であると、キースは判断した。
 一体何故、回収されたのだ、と疑問が止まらなかったが、更に不思議な現象は続く。
 その場に座る全員からマナが取り上げられると、いつの間にか、己の席の前に、謎の紋様が浮かび上がったのだ。
 否。それは、見たこともない模様ではあるが、何故だか、この世界で言う、数字の「2」を意味するものであることがわかった。
 ――この肉体の記憶が、この文字を読ませた、のか?
 持ち前の合理性で、瞬時にそれを理解するが、それが一体なんなのかは、推察する術がない。見回すと、その「2」の紋様は、キースだけではなく、全員の席の前に刻まれていた。
 あまりにも、わからなさすぎる。少年は、ただ困惑することしかできなかった。
 クロシェが何もするな、と言った意味が、ようやくわかった。これは、とんでもなく複雑なルールの儀式だ。素人は下手に手を出さず、大人しくしているのが最善なのだ。

「――皆様、大変お待たせいたしました」

 そして、クロードが深々をお辞儀をする。

「これより【テーブル】を開始いたします」

 そして、それが始まる。文字通り、全てを背負った者たちの【テーブル】が、開いた。
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