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6.忌み子【ローウェン視点】

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 聖道騎士団所属整備係から、聖女護衛騎士という名前の奴隷に転落してから、3ヶ月が経った。
 隷属の証なんぞを刻まれ、一体どんな酷い扱いを受けるのかと覚悟していたが、実際は拍子抜けするほど良い生活を送れていた。
 聖女の呼び出しに応じ、茶を囲んで数時間語らい、教皇猊下と夜の逢瀬中、見張りをする――まあ時折無茶難題を振られることもあったが、大体はそんな日々を過ごしていた。

「貴方、騎士団に入る前はどこにいたの?」

 微塵も興味のない瞳で、そう問われたことがある。
 むせ返る甘い匂いの菓子類が並べられ、変な匂いのする紅茶に顔をしかめていた、ある日のことだ。

「孤児院にいた」
「孤児院って……街はずれにある?」
「違う、教会内の孤児院だ」

 ちらりと横目で聖女の様子を伺う。
 紫色の瞳が見開かれ、俺をまじまじと見ていた。どうやら興味を引けたようで内心ほくそ笑む。

「――そう。貴方、『忌み子』なのね」

 忌み子。それは教会内部で事情を知る者だけが使う、特別な意味が込められた言葉だ。
 聖女を作り出す過程で生まれた、男児。
 その子らは教会内の孤児院に入れられ、何も知らされずに育成される。

「昔はやんちゃなガキだったんでね、入ってはいけないと言われてた部屋に入って出生の秘密を知った。そして産み落とした女に会って、幻滅したもんだ」
「そうだったの」

 紅茶で口を濡らす聖女は、関心なさそうに相槌を打つ。
 上に取り入る打算的な修道女――今は助祭だったか。
 『家族』の繋がりを求めた幼い俺は、勇気を振り絞って声をかけた。だがあの人が吐き出した言葉は、そんな俺の期待を粉々に打ち砕いたのだ。
 苦い記憶を噛み締め、俺は意を決して彼女に告げた。

「こんな仕組みはおかしい。あってはならないものだ。聖女なんてモノ無くしたいと思ってる――俺は……俺はあんたの、」

 カチャン、とカップを置いた音が言葉を遮る。

「ローウェン。貴方を私のものにしたのは、聖女から抜け出したいためではないわ」

 どこからどう見ても慈愛に溢れた完成された微笑みを携えて、彼女はきっぱり告げた。
 だがその瞳には何も映ってはいない。光など無く、まるで生きながらに死んだような目が俺をまっすぐに見据えている。

「貴方はただ、私の側にいればいいの」
「……なんだよそれ。飼い殺しにでもするつもりか」
「ええ、そうね。私が求めるものが手に入るまで――いえ、知り得るまで。貴方にはずっとそうしてもらうかもしれないわね」
「求めるもの? あんたが求めるものって一体何だ?」
「……」

 彼女は質問には答えず、バルコニーから見える風景を眺める。
 そよ風がウェーブがかった髪をなびかせ、彼女の儚げな表情をする横顔を撫でていった。

 同じ目をした少女のことを、不意に思い返す。
 目的に少しでも近づくため、騎士団の中で目立たぬよう行動していた最中に偶然出逢った少女。
 最初は細い身体に心配して。次代の聖女と気づいてからは、『忌み子』として仲間意識――いや、同情心から接した。

 一度、少女を連れて逃げてしまえばと考えたことがある。
 だが逃げてどうする。かつての俺のように行き倒れさせるつもりか。そんな自身の内から声が聞こえて、口を引き結んだ。
 『聖女』を取り巻くもの全て壊さないと、どうあっても本当の自由になんてなれない。
 だから目立たぬように、誰にも知られないように細心の注意を払いながら、せめてあの子が世界を呪うほど堕ちないよう関係を育んだ。

 けれど。あの大司教クソ野郎に無理やり暴かれそうになっているのを見て、カッとなった。勢いのままに踏み込み、醜悪な顔面を殴り飛ばした。
 あんな腐れ外道でも一応は大司教様だ。殴ればどうなるかなんて考えるまでもない。それなのに止められなかった。
 後悔はない。むしろ前々から殴りたくて堪らなかった。
 一生を牢獄で過ごすか、処刑か――目的が果たせない悔しさもあったが、それより少女が捕まって何をさせられるかを考え恐怖した。
 結果は最悪を回避できてよかった……と言えるだろう。あくまで最悪から逃れられただけだが。
 奴隷紋と言われる隷属の証を刻まれたものの、目的であった聖女に近づけた。少女の安全も約束された――元の生活から抜け出してやれなかったことが、残念ではあるけれど。
 
 ――あの子の前から俺は消えて、いずれは記憶からも消えてしまうんだろう。

 少し、ほんの少しの時間を共有しただけなのだ。それも仕方ない。
 だが願う。願い続ける。あの子が幸せに笑える日が来ることを――ただ、今は。
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